先見日記

先見日記とは 先見リメ[ス

2005 Nov 15
飛幡祐規
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社会の亀裂
パリにて

 先週、フランス政府が集会や夜間外出の禁止令を許す1955年の特別治安法というとんでもない措置をもちだす前から、日本からの電話やメールで「だいじょうぶ?」と言ってくる人がいたので、報道というものの難しさをつくづく感じた。800台、1300台と燃やされた車の数が増え、幼稚園や学校の放火が報じられ、ずらっと並んだ機動隊や焼け落ちた建物の写真を見れば、すごい動乱のような印象を受けるのだろうが、カトリーナやましてパキスタンの地震に比べればはるかに規模の小さい事件だ。被害は局所的で同じ場所でつづけては起きず、暴徒が市民に襲いかかってくるわけではなく、機動隊との衝突もそれほど多くはない(かつての学生のデモ隊と機動隊の衝突より、規模も小さい)。パリ市内でも車が燃やされたとはいえ少数だし、在仏日本人の圧倒的多数は「貧しい郊外」には住んでいないから(行ったこともないだろう)、被害に遭った日本人はほとんどいないのではないかと思う。

 遠いだけに恐ろしいものに見えるのはフランス人にしても同じで、燃える車や機動隊の画像を連日テレビで見ていると、「なんで軍隊を出さないのか、ドンとやっちまえ」というような反応も起きるようだ(何事もなかった田舎やパリのカフェでのこうした発言を、ラジオ番組で聞いた)。73%が夜間外出禁止令に賛成し、首相の人気上昇という世論調査の結果は、秩序の崩壊を恐れる人々の心情を反映したものだろう。

 でも、ちょっと落ち着いて考えてみよう。たとえば車の放火だが、これはだいぶ前からストラスブール市で毎年、大晦日に数十台が燃やされ問題になっていた。ネットで調べてみると、車の放火はとりわけ大晦日や革命記念日の際に全国的な現象になっていて、昨年は年間21400台、今年は10月までに既に約28000台(1日平均約77台)が燃やされたという。「イギリスやドイツではこの1割以下だから、車の放火はフランスの特技だ」とも書かれていた。実際、12〜13日の晩、パリ近郊イル・ド・フランス地方で燃えた車は76台だったが、これは「土曜の晩にはふつう」の数字だと警視庁が言っている。車の放火はギャングの抗争にも使われるかなり日常的な犯罪らしいのだ。

 むろん、だからたいしたことはないと言いたいわけではなく、短期間にこれほど大量の車が燃えたのも初めてだが(10月末から8000台以上)、車はもっとも手近な破壊対象(自分には得られない移動の自由と所有の象徴?)ということなのだろう。不幸にも、被害者は同じ貧しい地区の住民で、中には中古車を買うために何年も節約した人も多い
(中古だと保険はきかない)。幼稚園、学校、体育館、図書館、劇場など、「何もない」と住民たちが嘆く地区にかろうじて存在した公共施設の破壊にいたっては、地区の生活改善に尽力していた少数の人々の活動を踏みにじる行為であり、「哀しい」としか言いようがない。

 さて、15日現在の状況は、パリ近郊の暴力は沈静化に向かい、いくつかの地方都市で放火・破壊がつづいている。夜間外出禁止令を出した市のほうがむしろ事件が起きたようなので(リヨンがそのいい例だ。市長は反対だったが知事=国の命なので)、やはりアルジェリア戦争時代の忌まわしい記憶を呼び起こす特別法の適用など逆効果なだけでなく、象徴的にひどいことをしたものだと思う(無意識はこわい)。夜間外出禁止令はなにしろ、ユダヤ人を収容所に送ったあのモーリス・パポン(『過ぎ去らない過去』参照)がパリ警視庁長官だった1961年10月に、「イスラム教徒のフランス人」に対して発効したときのことを思い起こさせるのだから。10月17日、この措置に反対して平和的デモに参加したアルジェリア人を警察は暴力的に弾圧し、数百名(公的には約40人)の死者を出した。(http://17octobre1961.free.fr/index.htm

 政府は人々の恐怖感を利用して「厳しい姿勢」をますます強め、既に2600人以上が逮捕された。サルコジには、発端の事件に関する虚偽の発言や暴言を謝ったり訂正したりする気はまったくなく、逮捕者のうち外国人は合法の滞在者でも国外追放されることになった。12日の土曜日、パリでは、差別とサルコジの発言、特別法に抗議するデモが行われ、1000人ほどが参加した(この法律によってパリでも「路上や公共の場の秩序を乱す性格の集会」が土曜の朝10時から日曜の朝8時まで禁じられたのだが、この集会は許可がおりたのだ)。しかし政府は、必要性も効用もない現実離れしたこの特別法の施行を3ヶ月間も延長した。サルコジは、機動隊を暴力の起きた地区に常時おく(!)案を検討中だという。これではたとえ暴力が一時的におさまっても、若者たちの怒りは鎮まらないだろう。

 シラク大統領は14日の晩にやっとテレビで演説し、どこの出身であろうとみんな共和国の息子と娘たちである、だから法を守りなさい、親はもっと厳しく教育しなさい、と家父長的な口調で言った(なぜもっと早く出てこなかった?)。差別を取り除く努力や、自治体に20%の低家賃住宅を課する法律(豊かな市では守られていない。『住まいをもつ権利』参照)についても語ったが、本気で取り組む意志があるのだろうか? もっとも重要な政策を要する教育面で、14歳から職業見習いコースを復活させるという退行的な措置を持ち出してきたのをみると、今の政府が問題の深刻さを理解しているとは思えない。

 一方、若者たちの暴力が政治的な闘争や社会運動に移行できるかというと、その望みも薄いような気がする。先週も書いたように、これは不満の爆発であるばかりか、ギャング抗争などの混在した多面的な現象でもあり、当事者が言葉で政治的・社会的要求を表現できない事件だからだ。暴力の後ろには「俺を人間として尊重しろ(「リスペクト」は彼らのライトモチーフだから、シラクも使ったが)という叫びがあるが、サルコジを「やってやる」つもりで隣人の車を燃やしてしまうほど、彼らの視野は塞がれているのだ。10月12〜13日付リベラシオン紙の「私の日記」でアメリカの作家ラッセル・バンクスは、彼らが「消費者」として以外は社会でまったく不要な存在にされた点が、この暴力の原因のひとつだと指摘している。「教育をちゃんと受けなかった思春期の若者たちは、グローバル経済が製造する無意味でろくでもない商品の消費者となる。人は消費者として以外は自分が社会で何の役にも立たないと感じると、怒り出す。歴史的・思想的語彙を持たないと、彼らはその怒りを自分たち自身やすぐそばの人・物に向けるのだ」(部分訳筆者)(http://www.liberation.fr/page.php?Article=337863

 郊外の若者たちはフランスでいちばん先にブランド信仰に染まり、最新のナイキを身につけていないと「恥」だと感じるほど自分に自信がない。「恵まれない地区」の若者を対象にしたセーヌ・サン=ドニ県の文化・芸術アトリエに参加したアーティストは、「彼らは自分たちが嫌われていると信じ込んでいる」と言う。(http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0@2-706693,36-709583@51-704172,0.html)とりわけ元植民地からの移民の子孫の場合、親たちの祖国の文化からもフランス社会からも疎外されているというアイデンティティ不安に陥りやすく、日常的な差別は被害妄想的な心情を生み出す。差別はたしかにあるが、被差別者がより弱い者を差別する図式に彼らがはまらないようにするには、つまり徒党を組んで自分のグループとなわばりに閉じこもり、男性優位主義と劣等感にもとづく規範に従わないようにするには、どうすればいいのだろうか?

 とにかくまず、教育ではないだろうか。フランスの教育システムは、早い時期からできない子をどんどんふり落とすエリート抽出の機械だ。将来はどうせ失業者だと劣等感をもつ子が、おとなしく勉強するはずはない。保育園や幼稚園(フランスでは3歳から無償公教育)の段階から教育に大幅な予算と想像力を注いで、恵まれない家庭が提供できない言語・情操教育を徹底させるのが、後の問題を予防するための近道だと思う。郊外の教育優先地区の学校には、子どもに自信をもたせて向学心を引き出そうと、ユニークな教育法を編み出している教師もいる。でも「優先」とは名ばかりで、予算も教員数も不足している。これらの地区の教育に本気で取り組むことがいちばんの緊急対策だろうに、「見習いコース」を持ちだしては、「きみたちはどうせ学業には向かないのだから、さっさと働け」と言っているようなものだ。

 今回の「暴動」について外国のメディアは、フランスでは共和国の理念である平等主義のもとに人種差別の現実が否認され、アファーマティヴ・アクションのような差別是正対策をとってこなかったと指摘した。また、英米の「多文化主義」に対し、移民に「同化」を要求するフランスのインテグレーション政策は失敗したとも言われた。もっとも英米でも暴動は起きているから、欧米先進国はすべて同様の課題に直面しているといえよう。でも、フランスが人種差別と植民地支配の歴史に目を向けてこなかったことはたしかだ。貧しい郊外の諸問題を民族・文化だけに還元するのは一面的だと思うが、経済的・社会的措置と同時に、差別と植民地支配の歴史を直視して議論し、元植民地からの移民の子孫にアイデンティティのよりどころを与えるような種々の努力が今、求められていると思う。折しも今週は、国営ラジオ局のフランス文化放送で毎日、「植民地支配による亀裂、社会の亀裂」というタイトルで植民地支配の歴史と記憶について特別番組が組まれている。(http://www.radiofrance.fr/chaines/france-culture2/dossiers/2005/colonisation/index.php)もっともこのラジオはものすごくマイナーだから、学校やテレビでもっとどんどんこの問題を扱ってくれるといいのだが。

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