先見日記

先見日記とは 先見リメ[ス

2006 Feb 1
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パイク氏の外電
自宅にて

 パイク氏が亡くなった。新聞社からの電話で知った。いま外電が入ったという、その「外電」という言葉に、生々しさがあった。パソコンだ、メールだという世の中で、やはりまだ外電という言葉の生きている世界があるのだ。
 パイク氏は昔から、どことなく病気の種を抱えている風だった。痩せてはいなくて、額はふくふくとして弱そうには見えないけれど、繊細な神経が皮膚の下まできている印象があった。

 知り合ったのは1963年のころ。ちょうどぼくらがハイレッド・センターという試みをやっていて、パイク氏は日本にいたのだ。その前にもいたようで、生れは韓国、という名前の前の朝鮮だけど、はじめ会って話しているときには、そんなことにまったく気づかなかった。
 白南準という漢字の名前を、ハクナンジュンと読むのかと思ったが、パイクという呼び方を刀根さんから教えられた。さっきその刀根康尚さんからパイクの死を知らせるメールが入っていた。ぼくはパソコンもメールもやらないけれど、家内がときどきカチャカチャやっている。それがさっき「あれ、刀根さんからメールだよ」と読ませてくれた。だから口述筆記で、家内に返事を打ってもらった。これも外電ということになるのか。
 パイク氏に会ったのは合計してもわずかな時間だけど、瞬間に理解し合った点がいくつかあった。世の中の人間は、互いがさまざまに理解し合う線で繋がっている。太い線もあり、か細い線もあり、そういう見えない線がさまざまに交差している。ハイレッド・センターのころに、パイク氏とは往来自由の太い線が施設されていたと、こちらでは思っている。

 とにかく亡くなった。この歳になるともうあれこれ驚かないが、いまもなお不思議な人だと思っている。

End

















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