先見日記

先見日記とは 先見リメ[ス

2006 Oct 6
佐山一郎
backOct 5
伊藤ガビン
Sep 29
up
nextOct 7
しりあがり寿
down
Oct 13

北東アジアの生命・財産と「読書の秋」
自宅にて

 北朝鮮の地下核実験は果たして強行されるのでしょうか。朝鮮労働党創建記念日にあたる10日説も囁かれる中、胸中穏やかではいられません。紛争がエスカレートして、いざ米軍による軍事制裁となった時に、どんなことになるかについては既に米国防総省もシミュレーション済み。売られた喧嘩を買った時の対価には計り知れないものがあります。報復され、全面戦争に拡大した場合、ソウルに飛んで来るミサイルに対して少なくとも3分間は手も足も出ないというのが通説のはずです。
 軍事的緊張ということでは、なんと言っても1993年から94年にかけての核脅威問題が忘れられません。でも日本ではあまり覚えていない人が殆どじゃないでしょうか。記憶力の悪さを補うもの、それはやはり書物です。

 今次の危機をきっかけに、本棚からまず引っ張り出したのは、朝鮮戦争後、初めてピョンヤンに足を踏み入れた外交官ケネス・キノネス著『北朝鮮 ー米国務省担当官の交渉秘録』(中央公論新社・2000年)。
 原題は99年刊行の『NORTH KOREA'S NUCLEAR THREAT』ですから、「北朝鮮の核脅威」。日本語タイトルでは副題にあたる「OFF THE RECORD MEMORIES(オフレコの追想)」のニュアンスを採用していました。
 同書で扱っている時期は、核兵器開発疑惑問題の本格化する92年初頭から95年初頭。IAEA(国際原子力機関)の査察発動→NPT(核拡散防止条約)脱退宣言→93年6月の米朝初交渉脱退停止→協議継続→94年3月の南北実務レベル会議での北朝鮮側主席代表による「ソウルは遠くない。戦争が始まればソウルは火の海になる」発言→同年5月の核兵器再開発の動き→一か八かの賭けであった同年6月のカーター元大統領電撃訪朝→金日成国家主席との会談→戦争回避→同年7月、金日成、急死→韓国軍全軍に特別警戒令発令→同年10月、米朝「核合意」という一連の動きをこの本で辿ることができます。
 更にこちらで補足すると、91年のソ連崩壊によるエネルギー、肥料不足→北西部を襲った95年8月の集中豪雨→主体農法の失敗や党幹部の食糧確保などにより、内陸部中心に百万〜3百万人が餓死→以後も平和を脅かす軍事的事件が多発……。
 でもどこか余所事なんですよね、この本だと。それでもう一冊引っ張り出したのが、韓国哲学研究者・小倉紀蔵さんから頂いた『韓国、愛と思想の旅』(大修館書店・04年)。氏は緊張が極に達した当時のソウルに留学していたから、当時の危機的状況をとてもリアルに記しています。特に打撃を与えたのが、南北実務レベル会議での朴英洙(パク・ヨンス)首席代表による「火の海」発言。そして多くの日本人が関心を払いもしなければ、「キューバ危機」ほどにも記憶していない事態が露わになります。

 同書中の記述によれば、駐韓米軍の家族、日本企業の駐在員家族が続々と帰国。月夜の児童公園に退勤後の会社員たちが招集されて行う予備役訓練が頻繁になったそうです。再読した際にふたたび驚かされたのが、戦争となれば召集必至のソウル大学の友人たちの反応。
<どうせいつかは死ぬのだから、と妙に恬然としている男もあれば、まだ死ぬのは嫌だと酒を飲み大泣きする奴もいた。女子学生の前でも、平気で大泣きをするのだった。(中略)今まで一緒に勉強してきた俊秀たちが、ここで空しく死にに行くとは、何ともいえぬ口惜しさだった。白米にキムチだけの質素な弁当を食いながら、貧しい学生たちが何のために歯をくいしばってこれまで刻苦勉励してきたというのか>
 再度確認すべきは、こうした現実が近過去とも言える94年に実際にあったことです。

 日本の古称は多くの島々から成る意の「大八洲国(おおやしまぐに)」。排他的経済水域まで加えれば、世界第6位の領域があると新聞に出ていました。人々が島国根性で危機意識を欠きがちなのは致し方のないこと。でもその薄ぼんやりを精神的余裕と捉え直して、せめて出版物享受の質量においても、世界の六番目ぐらいはキープしていたいと想う、2006年「読書の秋」です。

End

















backOct 5
伊藤ガビン
Sep 29
up
nextOct 7
しりあがり寿
down
Oct 13


各日記の内容については必ずしもNTTデータの見解を表明しているわけではありません。