先見日記

先見日記とは 先見リメ[ス

2006 Oct 13
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「F」の栄光
自宅にて

 次第に秋が深まり、ディープインパクト(4歳)のように引退して「種馬」になりたい今日この頃です(冗)。
 今週は、ディープの生誕地と同じ北海道をホームにする、日本ハムファイターズの出場するパシフィツク・リーグのプレーオフが行われ、人気者SHINJO(34歳)の引退カウントダウンと福岡ソフトバンクホークス王貞治監督(66歳)の神通力との戦いでした。
 ぼくは60年代からの東映フライヤーズ・ファン。ですから当然「Fighters」を応援します。でも本拠地移転後の今、過去との連続性を感じさせるものは帽子の「F」マークぐらいしかないのもまた事実。 新ユニフォームもカッコいいし、札幌ドームのお洒落度の高さや道産子の人懐こさに安心して「故郷にあった球団」をお任せしている心境なんです。

 東急フライヤーズ(1947/1949-1953)以来のファンは居るものの、1946年創立時の(青踏)セネタース(会長:西園寺公一)時代からという超古参ファンはいったいどのくらい居らっしゃるのでしょう。たぶん下限で、70歳前後なんじゃないですかね。
 セネタースの名前の由来は、ワシントン・セネタースと同じ「上院/参議院」の意。すっかり忘れ去られた愛称「青踏」を調べることで、さぞや意外な史実が出てくることでしょう。青鞜とは毛糸のブルーソックス。女性解放的なニュアンスが感じられます。
 そのセネタースとしての1シーズンだけは帽子が「S」だったのかなと調べたら、なんと、阪急のお下がりのユニホームだったんですね。どうやら当時の帽子にマークは付いていなかったようです。
 しかし日本一が自分の小学4年生の時のわずか1回というケースも珍しい。「1回ぽっきり組」を他に探しても、阪神タイガースだけですからね。「F」が最後に日本シリーズに出たのは大沢親分時代の1981年。2位で終えたシーズンもわずか4回しかありません。

 辛く哀しいファンとしての記憶が沢山あります。極めつきは、森安敏明投手(岡山・関西高出/1947-1998)の「黒い霧事件」での球界永久追放です。あれはぼくの高校時代の70年夏の裁定でしたから、ドラフト一期生(65年)の森安さんは、たった数シーズンで58勝も挙げたことになります。サイドハンド気味の投法で初登板初完封。まさに剛腕のイメージそのものでした。
 去る者は日々に疎しとはよく言ったもの。記憶装置はやはり書物ということになるようです。井手耕也著『ゲーム』(大和書房・84年)でまず、その後の人生が描かれ、更に後藤正治さんが『不屈者(ふくつもの)』(新潮社・05年)の中で「幻の史上最速投手」として愛情細やかに描いています。
 詳細はそのご本を当たっていただくこととして、やはり処分解除と名誉回復がなされるべきとぼくも考えます。
<今後、よしんば名誉回復がなされたとしても、森安の場合は「死者の名誉回復」でしかない。たとえそうであったとしても、残された家族のためにもそうなってほしいと私は願う。この拙文がそのための一助になってくれればと思っている。長男は2001年春、父の母校、岡山・関西高校に入学した>と後藤さんは綴ります。
 昨年の野球協約改正で永久失格処分を解除された池永正明さんにしても、事件発生当初から処分の妥当性が疑われていました。生け贄という名の途方もない「個」の犠牲によって球界の危機が救われたことは確かなことです。 

 25年前のリーグVと44年前の日本一との間にあった最も哀しい出来事。その不条理に思いを致すのも「Fの栄光」が取り戻されつつあるから。セントラル・リーグの覇者、中日ドラゴンズに勝利して、ここは是非、森安さんの名誉回復の追い風としたいものです。

End

















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