先見日記

先見日記とは 先見リメ[ス

2007 Jul 23
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時空の旅
横浜郊外の仕事場にて

 あるサイトで2年間にわたって続けてきた連載が、つい先日終了した。その最終回の原稿を書いているとき、最後の数枚で不覚にも涙が出てきた。そんなこともあるかもしれないと、ふと想像してはみたが、まさか本当に泣くとは思わなかった。感動巨編でもなければ、大恋愛小説でもないのだ。

 1972年に日本に復帰するまでの27年間、沖縄の人たちは基地へ赴任してきたアメリカ人たちとどのような交流を図ってきたかということが、その連載のテーマだった。なかには兵士と恋をした沖縄女性もいたし、物資を盗みに基地へ忍びこんだ者もいた。知り合いとなったアメリカ人からアップルパイの焼き方を教えてもらい、それを民間で売り出した者もいた。戦争が終わって日本兵から解放された彼らは、むしろ自由な気分で新しい支配者と関係を持とうとした。日本よりもアメリカの方がよい……基地の存在を苦々しく感じながらも、はっきりとそう口にする沖縄の老人は決して珍しくない。
 そのようなひとりひとりの顔が脳裏に浮かんできたから、原稿を書いていて感極まったわけではない。取材に応じてくれた人々にはいまでも会おうと思えば会えるのだし、自分で泣くほど感動的な描写を書いたのでもない。そもそも人を泣かそうと思って書く原稿など、あまり誉められたものではないだろう。

 それでは何に対して自分は心を揺さぶられたのか……それは2年間にわたった原稿の「時空間」に対する惜別の念なのではないかと思った。取材を重ねたノンフィクションとはいえ、いまから約30年まえの時代を軸とした沖縄の社会が、そこでは大きな背景となっている。進行中の現実からある部分をくり抜いたのではなく、想像の力を使っていったん過去へ戻り、それを自分の手で現代へ向けて再加工してある。その意味では、事実の積み重ねではあっても「ある時空間を創造的に旅した」と言えなくもないわけで、それに別れを告げているときに自然と涙が出たのだ。

 自慢みたいでみっともないが、その原稿を受け取った編集者も、同様に泣けたと言っていた。そして彼はその理由を、連載を紹介する編集前記のなかでこう書いている。
「読んでいるぼくの魂の一部は、連載が終わってもなお、沖縄の時空間をさまよっている。(中略)本を読むたびにいつも、魂の一部をその本の中に残してきているのだと思う。(中略)ストーリーは思い出せなくても、読んだときの熱さのようなものはすぐに思い出せる。(中略)単行本になるまでに都合三度は読み返すことになるだろう。そうして何度も同じ島を訪れることができる。しかもそれが仕事なのだ。編集者でよかった」
 ハーメルンの笛吹き男ではないけれど、読む人の魂を遠くへ飛ばすことができるなんて、それこそ物書き冥利につきる。単行本にする作業が終わったら、また次の場所へ行かなければ。

End

















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