先見日記

先見日記とは 先見リメ[ス

2008 Feb 29
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バックアップ
自宅にて

 北極海にあるノルウェイ領・スヴァールバル諸島に、地球上に現存するすべての食用植物の種子を集める貯蔵庫が完成し、種子の備蓄作業が始まったそうです。世界各地に植物の「種子バンク」づくりを進めてきた「Global Crop Diversity Trust(世界作物多様性財団)」が計画し、ノルウェイ政府の手で昨年から建設されていました。
 この施設には、実に300万種類におよぶ種子が、人為的あるいは自然環境の変化から可能な限り影響を受けないような形で長期保存され、「運命の日(doomesday)」、つまり惑星規模で起こるかもしれない大災害や気候変動、あるいは核戦争のような人類社会の壊滅的な事態に備えるとのことです。

 色んな連想をかきたてるこのニュースを耳にして、真っ先に思い浮かんだのは、小松左京のある短編小説でした。太陽の異常活動によって破滅した地球を逃れ、すべての生物種の遺伝情報や凍結DNAサンプル、全人類一人ひとりの記憶情報などを一切合切バックアップ・コピーした宇宙船。いつか地球と似た惑星にたどり着き、そこで再び生態系を「解凍」する日を夢見てあてどもなく宇宙を進む……という設定です。その中でただ一人、「生身」の人間として活動する艦長が物語の主人公なのですが、要するに彼は、いつの間にか生態系の去就を左右する「能力」を手に入れ、それを保全管理(マネージ)すべき「責任」を負わざるをえなくなった我々人類そのものの象徴といえるのでしょう。

 さて、この現実化したノアの箱舟の主人である我々人類は、本当にその「責任」を十分に果たせるだけの思慮深さや、他の多くの生命への慈愛の姿勢を持っているといえるのでしょうか。既知の食用植物をすべてバックアップするというこの貯蔵庫の意義は大いに認められる一方で、これまで世界各地に建設された種子バンクは、たとえばイラクやアフガンの戦乱の中で荒らされたりもしました。だからこそ、今回のこの施設のロケーションに人里離れた環境が設定されたわけですが、一番厄介な問題が人の欲望や憎悪であるということは、今一度認識しておく必要がありそうです。

 そしてまた、このバックアップの対象が食用植物だということにも留意すべきです。ここで言っている生物多様性というのは、あくまでも人類の生存にとって有用な範囲でのそれであって、地球上のすべての植物ではないわけです。もし、地球生態系の管理という責任を考えるなら、いずれは全ての生物種のバックアップということも構想されなければならないはずです。人類にとって有用か否かではなく、すべての生命が等しく自己の生存を全うするために競争/共存しているのがこの世界なのだとすると、それらすべてを引き受けるだけの「覚悟」があるかどうか、ということも究極的には問われていきそうな気がします。

 もう1つ想像してしまうのは、万が一この施設を使う事態に陥った時のことです。果たしてそんな事態が起きた時に、このバックアップ貯蔵庫を有効に活用できる文明レベルは、維持できているのでしょうか。荒廃した大地に再び種子をまき、農業を復興させるためには、それらに関連したソフトウェア、つまり知識や経験のアーカイブも必須になります。核廃棄物の地下貯蔵施設の存在や危険性を数万年スパンの長い期間にわたって受け継いでいくために、口承伝承のような形式で情報化していく研究があると聞いたことがありますが、生物種のバックアップにとっても、似たようなことが必要になるのかもしれません。

End

















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