Scroll

技術の将来展望がビジネスの未来を拓く

NTT DATA Technology Foresight の目的

ITがビジネスや生活の環境を変えることで、新たな市場の創出や既存ビジネスモデルの刷新がもたらされています。
こうした状況に適応し最適な経営判断を実施するには、将来変化を捉え、進むべき道を解き明かすことが重要です。
そこで、NTTデータでは、今後3年から10年後にインパクトを与える先進技術や社会動向を継続的に調査し、調査結果から導出したトレンド情報を毎年公開しています。
このトレンド情報を基に、お客さまと将来に向けたコミュニケーションを深めています。

NTT DATA Technology Foresight 2017

NTT DATA Technology Foresight 2017 では
4つの情報社会トレンドを策定しました。

ITの進展により多くの既存の制約が緩和され、社会のしくみに変革がもたらされることを、様々な観点で捉えています。フィジカルとデジタルの融合が、社会のしくみやビジネスのあり方に転換をもたらしています。社会における個の影響力が高まり、オープンな連携を基本とする新たな社会が構築されつつあります。

NTT DATA Technology Foresight 2017 では
8つの技術トレンドを策定しました。

人工知能技術の進展は目覚ましく、対話型コンピューティング、ロボット、ライフサイエンスといった、他の領域の技術進化にも大きな影響を与えています。また、超臨場チャネルを実現するVRやAR等の技術は、人とシステムのインタフェースを大きく変えていきます。一方で、システム全体を支えるITインフラやサイバーセキュリティの技術も重要な変化の局面を迎えました。これらの技術進化を通じて、より自然で革新的なユーザ体験を実現するサービスがコラボレーションデザインにより創造されていくでしょう。

NTT DATA Technology Foresight 2017 Download
資料ダウンロード

  • パンフレットダイジェスト版
  • パンフレット詳細版

Web Archive

  • NTT DATA Technology Foresight 2012
  • NTT DATA Technology Foresight 2013
  • NTT DATA Technology Foresight 2014
  • NTT DATA Technology Foresight 2015
  • NTT DATA Technology Foresight 2016

Information Society Trend 01
個の影響力拡大が社会の変革を促進する

個が中心の社会が、既存のしくみの変革を促している。多様な個が、事業の再構築、選択肢の拡大、柔軟性の高い社会への転換を促す。

詳細を表示
情報力格差の縮小

インターネットの普及は、企業と消費者、企業と労働力、大企業と中小企業等の間に歴然と存在した情報力格差を縮小した。ソーシャルメディアの普及により個人の発信力が高まり、提供者にとって無視できない圧力となっている。製造分野では、大量生産や均一的なサービスによる低価格化では多様化する消費者ニーズに十分に応えられなくなり、大量生産から多品種少量生産へ、さらには消費者の要望に応じたパーソナライゼーションへのシフトが進んでいる。モノやサービスの提供者やブランド等を切り替えるスイッチングコストが大幅に低下したことで、消費者の相対的な力が強まった。ビジネス市場に先駆けて消費者市場でイノベーションが起こり、それがビジネス現場に持ち込まれるコンシューマライゼーション(消費者化)が進行している。

政府と国民の情報力格差の縮小は、政治、経済等、社会生活全般に変化をもたらしている。尖った個の意見や抑制されていた世論が目立ちやすくなり、政策への反映を過度に迫るようになってきた。帰属意識の希薄化やポピュリズムの台頭等も見られ、選挙や国民投票等で予期しない結果が生じる例も見られる。均衡点を見つけるにはもう少し時間がかかることが予想される。

個別化の進展

パーソナライゼーションは、個別化(individualization)にまで深化し始めている。個が要求をより強く主張するようになったことに加え、個人やその行動に関する正確な情報が把握できるようになったことから、単に年齢や性別等の属性や購入履歴等によりグループ化した対応では、必ずしも最適な結果が得られるわけではないことが明らかになってきた。例えば、ソーシャルメディアでの発信の分析や、家族や資産等の情報、位置情報、状態や行動等のリアルタイム分析を組み合わせることで、成約率や好感度の上昇が見られる。個人の好みや関心に基づいて優待の内容を個別化した結果、優待のバリエーションが1万倍以上になり、利用率は2倍以上になったとする事例もある。顧客満足を獲得するためには、モノやサービスの提供者の業務再構築が不可欠である。医療分野でも、病気の状態や併存する疾患だけでなく、遺伝子情報、患者の性格、生活環境等も考慮した治療法の選択が進むであろう。プライバシーに関する懸念があるため、選択制で適用されるようになると考えられる。利用者にとって効果が大きいことがわかれば、普及が進むであろう。

3D印刷は、個のニーズにより的確に、素早く対応できるしくみとして、試作品に加え最終製品や部品等への活用が今後急速に拡大すると予想される。製造プロセスの個別化も含め、製造現場を最終消費地により近いところに配置することにつながり、サプライチェーン全体の見直しにまで発展する可能性がある。IDCの調査によれば、3D印刷市場はCAGR(年平均成長率)22.3%で成長し、2020年の市場規模は2016年の2.2倍近い約290億ドルに達すると予想される※1。特に歯科や医療のインプラント治療等の分野で拡大が見込まれている。

ベンチャー企業の台頭

デジタル化の進展は、既存企業のビジネスモデルに変革をもたらしている。音楽の購入がレコードやCDから楽曲単位に変わり、新聞も記事単位の購読が可能になる等、流通のしくみに変革が起こった。サービス分野では、得意分野に特化して既存の金融機関の一部の機能を担うFintech企業が登場する等、画一的なサービスから特定の機能に絞ったサービス提供へのシフトが起こっている。支店を持たずアプリケーションのみでサービスを提供する金融機関や、利用者の要望に合わせて提供する機能を拡大する銀行もある。物流分野では、一気通貫のサービスを提供する大手に代わり、複数のベンチャー企業等の選択的な組み合わせで同様のサービスが得られるアンバンドリングが進行している。建築、ヘルスケア等の分野でも、特定の機能に絞って専門性の高いサービスを提供する例が増加している。ベンチャー企業にとっては、顧客との距離の近さが強みとなっている。

デジタル化の進展が標準化やトランザクションコストの低下を生み、1社ですべての機能を提供するメリットを縮減させた。大手企業にとっては、規模が大きいことによる官僚的構造や意思決定の遅さが逆に足枷となる可能性があり、イノベーションを創出したり採り入れたりするしくみが求められている。その結果、大手企業とベンチャー企業の提携も増えてきた。IT化が加速し業種の境界が曖昧化している。IT系のベンチャー企業が自動車産業や宇宙産業等へ参入する例も見られる。

オンデマンドエコノミーの拡大

需要に基づいてモノやサービスを提供するオンデマンドエコノミーは、米国で利用経験者が成人の40%以上に達する等、拡大が続いている。スマートフォンやソーシャルメディア等の普及により効率的・効果的なマッチングが可能となり、遊休資産の有効活用にもつながっている。

一般消費者が提供者になる途が開けたことで、市場秩序を揺るがす例も増えている。自動車や宿泊施設のシェアリングは、タクシー業界やホテル業界の反発を招く一方、既存業界の硬直的なサービスに不満を感じる利用者が、規制を受けないベンチャー企業の参入を支持し、拡大が続いている。自動車業界自らが販売量の抑制につながる可能性があるシェアリングビジネスに乗り出す等、自動車業界のビジネスモデルにまで影響を及ぼした。食料品の宅配や家事サービス等、サービスの種類の拡大と並行し、利用者も拡大しつつある。現在はまだ流行に敏感でITに詳しい若年層の人々の利用が中心であるが、今後はひとつの事業形態として市場に定着すると予想される。

ギグエコノミー※2の浸透

先進国を中心に、特定の企業や組織に属さずフリーランスで働く人口が増加する等、個の働き方の多様化が進んでいる。デジタル化やモバイル化が進展したことで仕事と作業場所が切り離されたことに加え、オンデマンドエコノミーやクラウドソーシングの拡大により、個人の持つ能力や資源等を活用する手段が提供されたことが、フルタイムやパートタイムのフリーランサー増加のひとつの要因となっている。特に、専門性の高い個人が世界中から自身の能力を活かせる仕事を選ぶ例が増えてきている。米国のフリーランサーは約53百万人と労働人口の約1/3を占め、2020年までには労働人口の50%以上に達すると予想されている※3。欧州や日本でも伸びが大きく、大企業でも活用するところが出てきた。利用する側の意識が、コスト削減や雇用量調節の目的から、高い専門性の戦略的活用へと転換することが競争力強化につながる。企業や組織が重要な業務を外部の技能労働者に依頼するようになれば、組織のオープン化が進むであろう。

個の力の定着

個の力は既に世の中に定着し、社会における主体間の関係性に変化をもたらしている。ネット上の偽ニュースが政治にまで影響を及ぼしているという負の側面も見られるが、個の影響力は引き続き強い状態を維持し、業界の変革、規制の見直し、新たな制度の整備等が進むであろう。社会における力関係(パワーバランス)は、今後も後戻りすることなく変化を続けると予想される。企業にとっては、変化の先を見据えた十分な備えが必要である。

※1 https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prUS42211417
※2 労働市場における個人による短期請負型の契約形態
※3 https://freelancerworldwide.com/the-freelancing-business-is-booming-in-europe-and-america/?lang=en

Information Society Trend 02
オープンな連携が新たな社会のしくみを生み出す

多くの人、あらゆるモノがインターネットにつながり、イノベーションが起こる。各要素が自律的に行動し、関係が動的に変化する新たなエコシステムが構築される。

詳細を表示
社会のインターネット化

一元的な管理機構が存在せず誰もが参加できるインターネットは、利用者同士が対等で相互に接続されたピアツーピア(peer to peer)型のネットワークにより、情報流通のしくみを変革した。組織構造のフラット化が進み、分散型のオープンなしくみが社会全体に拡大しつつある。

集合知の活用

インターネット上では様々な情報が流通している。全世界で34億人以上が利用するインターネットでは、知識やノウハウ等も多く流通する。インターネット上で最もよく利用される百科事典は、誰もが自由に編集に参加できる。それぞれが得意分野の知識を出し合ってつくられる集合知で、誤った情報は時間経過とともに矯正されるため、正確性においても専門家が編集した百科事典に遜色ないと言われている。むしろ、一般の百科事典では取り上げらない詳細な情報が得られるとの評価もある。

同様に集合知が利用される例として、患者の提供する種々の情報を基に病気の原因の究明や治療法の開発等を行うプロジェクトや、環境モニタリングや渋滞情報把握等に利用される参加型センシング等が挙げられる。参加型センシングは、精度は高いが高価なため計測地点が限られるセンサに代え、一般市民のスマートフォン等のセンサを活用する方法で、精度は低くても面的な広がりを持ち膨大なデータを収集することができるため、全体的には誤差が低く抑えられると考えられている。参加型センシングは、地図情報の更新や都市計画等にも利用されている。

不特定多数の人から知識やノウハウ、サービス、作業等を募るクラウドソーシングは、オープンイノベーションの手段のひとつとして、大企業も含め活用が進んでいる。新しい商品やサービスの企画、課題解決のアイデア、専門知識や技能等、活用方法が多様化してきた。活用される側の個人にとっても、高い専門性や余剰時間等を活かす手段となっている。不特定多数の人から資金を募るクラウドファンディングは、資金調達リスクが分散されることや、既存のしくみとは異なる観点で投資判断が行われ、担保がなくても斬新なアイデアへの共感が得られれば資金が集められる可能性があること等から、新たなイノベーションの創出につながっている。市場とのコミュニケーションを通じ、開発段階からアイデアの改善や反応の予測等ができるとして、ベンチャー企業だけでなく大企業が新製品の開発等に活用する例も拡大しつつある。

IoTの普及

モノのインターネット(Internet of Things: IoT)は、概念としては以前から存在したが、最近になって急速に一般的になりつつある。センサと通信機能等を付加することで、スマートフォンや通信機能を持つ情報機器、家電等に加え、あらゆるモノがデジタル機器に転換し、機器や環境等の状態や変化の通知、遠隔からの監視・管理・制御等が可能となる。2020年にはインターネットに接続する機器数が200〜300億個に上ると予想され※1234、機器同士の相互連携が行われるようになると考えられる。家庭内のエアコンや洗濯機等を相互連携したピーク電力量の抑制や、自動運転車やドローン等の相互通信による衝突回避等、人工知能やビッグデータ分析と結びつけた自律的な問題発生の回避、最適状態の実現等が期待される。

産業界では、IoTがインダストリー4.0やインダストリアル・インターネットと呼ばれる製造業の革新につながっている。部品や製造機械等に取り付けたセンサと、ヒト(労働者)、生産計画、プロセス等を相互に連携させ、調達・生産段階から出荷後までを含めた製品ライフサイクル全体を通じ、種々の観点から最適化が図られている。市場動向の変化に応じたリアルタイムの生産計画の変更や、機械の故障等に応じた生産プロセスの組み換え、製品状態のモニタリングによる運用効率向上等が可能になり、「機械稼働の最適化による収益向上の実現」等の新しいビジネスモデルが誕生している。流通業等も含めたサプライチェーン全体にわたる連携から、例えば特定の部品の到着遅れを事前に把握し、複数の工場間にまたがる生産計画の最適化を実現すること等も検討されている。

ブロックチェーン技術※5の出現

国家や中央銀行等の発行主体を持たず、分散化されたオープンな元帳により信頼性を担保する仮想通貨は、価値の流通を実現するカネのインターネットである。通貨に代わる決済手段としてだけでなく、仮想通貨と有形、無形の資産を連携させ、権利関係や契約関係の管理・移転等を行うこともできる。透明性が高く改竄されにくいため、不動産登記、著作権流通、医療情報等の管理に活用され始めている。中央管理機関が存在しない分散型の電子商取引、市場予測等も登場し、投票や公証サービス等での活用も模索されている。

中央集権的な統治機構を持たない自律分散型組織(Distributed Autonomous Organization)は、予め決められたルールに従い組織運営されるため、無人の運営が可能である。取り消しができないという特徴があるためトラブルへの対処等に課題があるが、シェアリングサービス、投資ファンド、資産管理等への活用が志向されている。今後さらに適用領域が拡大する可能性もある。エストニアでは、外国人向けのe-Residencyで、婚姻、出生、契約等の公証サービスを実施している。仮想国家によるIDの発行、公証サービス等は、国家に依存しない証明手段として、今後利用が拡大する可能性がある。

APIエコノミー※6の台頭

企業間の情報連携に基づく一体型のサービス提供が増えている。企業が保有する情報やシステムの機能の公開が、異業種を含めた幅広い関係者を巻き込んだ連携に結びつき、利用者にとって利便性の高い新たなサービスやイノベーション創出に結びついている。例えば、航空機の運航情報と乗車サービスやホテルの受付との連携、自動車から得られる種々の情報の保険やメンテナンスサービス等への活用や、スマートフォン上で住宅の検索からローンの申し込みまで完了する例等が挙げられる。利用者にとっては、状況に合わせてサービスが提示されるため自分から行動を起こすハードルがなくなり、購入の意思決定に結びつきやすい。ソーシャルメディアや決済サービス等と組み合わせ、欲しいと思った商品をその場で購入できるコンテクスチュアル・コマースは、購買行動に変化をもたらしている。

分散型社会への移行

分散型のしくみは、現在は一部の先進的取り組みが中心であるが、仲介者を必要としない価値交換のしくみとして、将来的には社会に広く浸透していくと考えられる。現在、中央集権的管理が行われているしくみのうち、国際間の決済や送金のようにもともと中央管理者が存在しない分野や、行政機関の業務のうち民間委託に適した業務等から順次分散型に移行すると考えられる。一方で、上場株式の取引のように状況が瞬時に変化するものや厳格な判断が求められる分野等、分散型のしくみに適さない業務も多い。行政の役割等についても再検討が必要と考えられる。

2016年に行われた政府によるインターネットの遮断は、部分的なものも含め、18ヵ国、56回に上った※7。真にオープンな分散型社会であれば、政府であってもサービスを遮断することはできない。オープンな分散型社会は、本来は透明性が高く軋轢のない社会である。一方でリーダ不在の社会でもある。分散型社会への移行の速度や拡がりは、今後の制度設計や社会的な受容の程度に依存するであろう。

※1 http://www.gartner.com/newsroom/id/3165317
※2 IDC, “Worldwide and Regional Internet of Things (IoT) 2014–2020 Forecast: A Virtuous Circle of Proven Value and Demand,” May 2014.
※3 Ericsson, “Ericsson Mobility Report,” November 2016.
※4 IHS Technology, “IoT platforms: enabling the Internet of Things,” March 2016.
※5 Bitcoin等の仮想通貨の中核となる技術
※6 ソフトウェアの機能を呼び出すしくみであるAPI(Application Programing Interface)を外部に公開(プラットフォーム化)することで、他の企業との情報システム連携を容易にし、新たな価値やビジネスを創出する動き
※7 https://www.accessnow.org/keepiton/

Information Society Trend 03
進化する価値が既成概念の転換を促す

情報の分析と活用の高度化がモノの概念を変える。完成しないモノが登場し、変化・成長する機能、性能、価値等がビジネスモデルの再構築を促進する。

詳細を表示
モノからコトへ

グローバル化の進展やデジタル化の拡大等に伴い、製品のコモディティ化が進行している。一方で、工業社会から知識社会への移行に伴い、価値の源泉が有形のモノや資産から無形の情報、デザイン、機能等の活用へとシフトしてきた。同じ製品であっても、得られる価値は利用者の価値観、状況、使い方等によって異なり、情報分析等によりさらに高い価値を引き出すことも可能となる。製品に新たな価値を付加することで価格引き下げ競争を脱し、価格引き上げに転じる例も見られる。得られる価値を反映した一物一価から一物多価への転換も起こり始めている。

製造業では、製品をモノではなくソリューションの手段として提供するサービス化の動きが拡大してきた。価値は、使用・消費するモノではなく、実現する便益に依存するというパラダイム・シフトを伴う。サービス業においても、例えば買物を効率的に済ませたい顧客と買物そのものを楽しみたい顧客では、店の雰囲気、店員の応対、価格等、求める価値が異なる。金融、医療、福祉等の分野で、顧客に提供する価値の再定義が求められている。

ビッグデータの分析

ITの発展により、ヒトやモノが発するあらゆる情報が、記録・蓄積されるようになった。リアルタイムに生成される多様かつ大量な情報の分析により、顧客、市場、社会、環境等の状態が可視化される。これまで把握できなかった変化の兆候や相関関係等を、例えば顧客満足度の向上、新製品の開発、病気の診断、医薬品の開発等に結びつけることができる。プライバシー等考慮すべき課題もあるが、行動パターンや環境条件と、成功や失敗、病気や事故、犯罪行為等の関連から、問題発生を未然に防止し、好結果を生むこと等も可能になると考えられる。

ビッグデータから価値をいかに引き出すかは、解析アルゴリズムに依存する。例えば顧客の属性分析は、使用するデータや解析アルゴリズムにより結果が異なり、顧客ロイヤリティを高める可能性も低める可能性もある。消費者金融の分野では、伝統的な収入、債務残高、クレジットヒストリー等に加え、従来は見逃されていた金融行動や、署名の仕方、大学での専攻、ソーシャルメディアでの発言のような一見金融行動とは無関係と思われる情報までを含めた大量のデータ分析により、個人の全体像からクレジットリスクを判断するアプローチが登場している。クレジットヒストリーがない層でも貸付を受けられるようになり格差の是正につながる一方、デフォルトリスクの高い申込者への貸付が減り、デフォルトによる損失が20%以上減少した金融業者もある。

進化するモノ

自動車、機械、家電等のモノがインターネットに接続されるようになると、これまでITの世界で行われていたことがフィジカルな世界でも行われるようになる。例えば、コンピュータやデジタル機器では一般的なユーザによるソフトウェアのアップデートが、より広範なモノの世界に適用されるようになると、機能追加や性能の向上等のメリットを買い替えなくても享受できるようになる可能性がある。これまで、モノは機能が追加された新製品が登場したら買い替えることが前提であったが、今後は、装置(ハードウェア)は使い続け、ソフトウェアのみを更新することが一般的になるかもしれない。そうなると、装置はできる限り汎用的で使いやすくし、いろいろな機能はソフトウェアで実現するように設計思想の見直しが行われる可能性がある。ソフトウェアの機能によって装置の一部を交換するモジュール化や、モノの開発へのアジャイル開発手法の導入につながることも考えられる。

既に、ソフトウェアをインストールすると自動運転車に転換できる自動車や、アプリケーションを追加することで機能が拡大するロボットが登場している。教えると作業を覚えるロボットや、自己学習機能のある人工知能(Artificial Intelligence: AI)を搭載したロボット等も存在する。これまで、モノは生産と消費に時間的な差があり、価値は完成した時点で確定し消費により減少する一方、サービスは生産と消費が同時で、生産者と消費者が共同で価値を創出する、という違いがあると言われていた。しかし、機能追加等により利用開始後に価値が増大するモノが登場したことで、モノとサービスを区別することが意味をなさなくなってきている。産業分類や会計における減価償却の考え方にも影響を与える可能性がある。

スマートマシンの出現

近年、自己学習機能を持ち、自ら判断し自律的に行動する人工知能を搭載した自動運転車、ドローン、ロボット等(スマートマシンと総称する)が登場してきた。スマートマシンが普及すると、社会において人間や機械の果たす役割や機能が変化すると想定される。例えば、工場や施設等では無人化が進み、機械の監視もロボットが行うようになる。物流は自動運転車やドローンが担うようになり、銀行や店舗等ではバーチャルアシスタントが応対するようになるであろう。既にロボット同士が自己学習した内容を伝達することができるようになっている。今後は、衝突回避等スマートマシン同士が認識を共有し、協調的に行動するようになると考えられる。人間中心の社会でありながら、社会のインフラや制御の中心的役割はスマートマシンが担うようになり、社会のしくみやプロセスの再構築が起こると想定される。

AIとの共生

自己学習により、例えば将棋や囲碁の世界で一流プロを破るほどの能力を獲得した人工知能が登場したが、これらの知能は特定の技能に特化したもので、人間のように全般的に高い知性を有する人工知能はまだ登場していない。今後、人工知能の判断に頼ることが多くなることを考えると、人工知能にも人間の子供と同じように正しい判断ができるような基礎教育を行い、汎用的な高い知性を持たせるべきとも考えられる。人工知能は、悪意のある開発者等が誤ったことを教え込む可能性があるほか、偏った情報を与え続けることで、誤った判断をしたり善悪の判断がつかなくなったりする可能性もある。AIの活用が進むと、倫理上の問題等専門外の判断を求められることも多くなると考えられ、人工知能が一般的な“良識”を身に着けることが不可欠となるであろう。既に、人工知能の教育機関を立ち上げたNPOもあるが、今後は人工知能の教育が重要になるかもしれない。

一方、スマートマシン(人工知能)が自己学習した能力が原因で事故が発生した場合、その責任を所有者、利用者、製造者、ソフトウェアの開発者等にどこまで問えるかという問題も発生する。スマートマシンに自然人、法人に次ぐ第三の人格を与え、責任を負わせるという考え方の検討も始まっている。

人工知能やロボット等が、国により労働人口の4割から5割の雇用に影響を及ぼすという研究結果※1がある。学校教育や労働者教育の場で、人工知能に代替されにくい高い協調性や創造性、新たに創出される雇用に必要なスキル等を身に着けさせることが重要と考えられる。人工知能に代替される雇用が新たに創出される雇用を上回ることも想定されるため、8時間労働制の短縮による新たな雇用の確保や、ベーシックインカムの導入等社会保障の考え方の見直しを含め、社会のしくみから検討し直すことが必要であると考えられる。

サイバーセキュリティの強化

今後は、スマートマシンによるリアルタイムの状況判断やスマートマシン同士の継続的なコミュニケーション等による事故等の回避も多くなると考えられ、通信機能の品質や信頼性確保が今以上に重要になる可能性がある。セキュリティの脆弱性を突かれて大規模な停電や交通網のマヒ等が起こると、社会全体が機能不全に陥るおそれもある。ハッキングされたスマートマシンが、自ら攻撃を始める可能性もある。

サイバー攻撃を避けるためにインターネットへの常時接続を回避することもひとつの選択肢ではあるが、それでは既存の情報を最大限活かすことができなくなる。サイバー攻撃への対抗策を強めセキュリティの確保に努めることは当然であるが、障害が発生した場合の影響を極小化するしくみや、スマートマシンが予期していない行動を起こした時に阻止するしくみ等を備えることも必要であろう。

※1 https://www.nri.com/~/media/PDF/jp/opinion/teiki/kinyu_itf/2016/itf_201603_2.pdf

Information Society Trend 04
フィジカルとデジタルの融合が生活やビジネスの可能性を広げる

人々がフィジカル(リアル)とデジタル、オフラインとオンラインの境界を意識せず自由に行き来するようになる。時間的、空間的、能力的制約が緩和され、新たな価値の創出をもたらす。

詳細を表示
スマートシティへの移行

国連によれば、2100年の世界人口(中位推計)は112億人と、2015年の73億人から約1.5倍に増加すると推計されている※1。一部の先進国では移民の流入等による人口増加が期待されるが、多くの先進国は人口減少に直面する。今後の都市計画は、人口が増加する地域では増大する社会インフラやエネルギーに対する需要に効率的に対処し、人口減少地域では将来過剰インフラとなるリスクを回避するため、社会インフラを建設や拡幅で補う物理的、技術的対策から、利用密度や利用率等の向上で補完するアイデアやデザインによるデジタルな対策へと重点を移していく必要がある。

例えば道路の渋滞は、信号制御やライドシェア(相乗り)、自動運転車の導入等で解消できる可能性がある。電力不足は、スマートグリッドやデマンドレスポンス等のしくみの導入で、適度な均衡点を見つけられると予想される。老朽化したトンネルや橋梁等は、遠隔監視や予防保全等を組み合わせることで、維持管理コストの削減、長寿命化につなげることができる。スマートシティでは、フィジカルなインフラとデジタルな情報の組み合わせによる全体最適の実現が図られている。

自動運転は、自動車メーカやIT企業等が試験走行やそれに近い段階に達している。これまで、自動運転技術に関しては技術開発が先行し、ルールづくりが追いついていなかったが、米運輸省が独自のガイドラインを公表し、国連でも国際基準作りが行われている。国際的なルール制定にはまだ時間がかかると考えられるが、公道での試験が進み、実用化に近づくものと推測される。完全自動運転技術が実用化されれば、自動車の個人所有は現在よりもさらに減少するであろう。バスも必ずしも決められたルートを時刻表通りに走る必要がなくなり、バス、タクシー、シェアリング、レンタカー等の区別がなくなって、需要に応じて運行される柔軟な交通のしくみに転換すると考えられる。都市計画も、自動運転車の走行や効率的な配車を優先したものに移行していくであろう。

人口増加に伴う食糧需要の増大に対処するには、農業生産の拡大が不可欠であり、デジタル化が食糧供給の安定化につながると期待される。既に、センサを使った温度や湿度、土壌等の状態の測定、ドローンによる肥料の空中散布や生育状況の監視、無人運転の農機による耕作や収穫等が行われ始めている。生育不良の最大の原因は天候に関わるため、最適な土壌の管理に、メッシュの気象予測データを活用する動きも起こっている。収穫予測精度の向上は、保管、配送、販売、加工等の事前手配を可能とし、廃棄率の低減につながることも期待される。漁業、畜産業等でもデジタル化の取組みが始まっている。

機械と人間の関係の変化

機械と人間との関係も変わりつつある。これまでは使用する機械に合わせた使い方をする必要があったが、今後は直感的なインタフェースに置き換わっていくであろう。人と接するのと同じように、姿や表情(画像認識)、言葉(音声認識)による指示が増えていくと考えられる。既に、顔がわからなくても個人を特定できる技術が開発され、主要な音声認識ソフトでの認識率が90%以上に達する等、人間に近い水準まで技術開発が進んでいる。2020年頃には、検索の5割がイメージや声によるようになるとの予測もある。家庭内の家電製品やレストラン等の予約、eコマースでの注文等は、スマートホーム機器等への自然な呼びかけでコントロールできるようになると期待される。家電製品からスイッチやパネルがなくなる可能性もある。家庭用のコミュニケーションロボットが話し相手になるだけでなく、音声パターンにより感情の変化や病気の兆候を発見し、苦痛を緩和できるようになることも考えられる。体調の変化等を早期に把握してヘルスケアスタッフ等に通知するようになれば、高齢者の自立した生活にもつながるであろう。

企業と顧客の間でも、チャットボットと呼ばれるテキスト(文字)や音声を用いた自然なコミュニケーションツールが使われ始めている。旅行予約、ショッピング、タクシーの手配等、用途も拡大しつつある。現在は、まだ目的に合わせたチャットボットを呼び出す必要があり、コミュニケーションもテキストベースが中心であるが、将来的にはバーチャルアシスタントが自然言語による音声会話を行いつつ、個々のチャットボットをコントロールするようになると予想される。

個人の認証も、カードや暗証番号等は使用せず、触れたり話したりするうちにいつの間にか指紋や声紋等で生体認証されるようになると考えられる。ヒトが機械に合わせる時代から、機械がヒトに合わせる時代への転換が始まっている。完全自動運転車も、ヒトに合わせて動く機械への転換と捉えることができる。機械の使い方がわからないことによるデジタルデバイドは、今後解消される方向へ向かうであろう。

制約からの解放

遠隔医療やテレワーク等の普及は、フィジカルとデジタルの融合により時間と空間の制約を乗り越え、サービスがヒトの所にやってくると捉え直すことができる。従来は、距離の克服に映像と音声を使用する方法が主流であったが、VR(仮想現実)技術を使って人工的に作り出した環境とテレプレゼンスにより臨場感が増す。現実の世界とデジタル情報をリアルタイムで重ね合わせるAR(拡張現実)技術、およびそれらを組み合わせたMR(複合現実)技術も、徐々に身近になりつつある。VRは、ヘッドマウントディスプレイ等を必要とすることが普及の障害になっていたが、スマートフォン等で手軽に体験できるようになった。現在はゲーム等エンタテイメント系が中心であるが、教育、難しい仕事やスポーツ等の訓練や疑似体験、テレワーク、遠隔サポート等での利用が始まり、より幅広い活用が期待される。ARもゲームアプリがきっかけで身近になったが、観光・イベント、プロモーション、建築・インテリア等、幅広い活用が行われ始めている。農業、漁業等への応用も期待される。

生体情報や活動量等を計測・記録するウェアラブル端末は、常時身に着けることで平時の健康状態を把握できる。病気や症状の変化の要因等の発見につながる可能性があり、予防医療にも効果があると期待される。医療従事者と患者の関係性が変化し、医療に対する考え方も、体調が悪い時にかかるものから健康状態を常時把握するものへと変化する可能性がある。

デジタルビジネスへの変革

フィジカルとデジタルの融合は、企業にデジタルビジネスへの変革を迫っている。従来は、ビジネス上の判断を行うのはすべて人間であったが、デジタルビジネスにおいては、人間に加え機械、モノ、取引等、ビジネス上のすべての構成要素がそれぞれのレベルに応じて判断を行うようになる。例えばモノのインターネット(IoT)化が進んだ工場で、部品の供給が遅れたために工場内の機械やモノの判断で製造ラインを切り換え別の製品の製造が行われた場合、人間がそれに従って活動することも起こりうる。従来は全く考えられなかった対応が求められ、既存の組織やしくみではデジタルビジネスの利点を十分に活かせない可能性が高い。発想を根本から見直す必要があり、企業活動だけでなく、産業構造にも転換をもたらすであろう。

同様の変化は、社会全体のしくみにも影響を及ぼすと考えられる。急激な変化に対する適応力には差があるため、新たな格差が生まれる可能性がある。グローバルと国内の変化の速度の差が、経済の不均衡をもたらすかもしれない。教育を通じ、変化に強い文化を構築していく必要があると考えられる。

※1 United Nations, Department of Economics and Social Affairs, Population Division (2015). ”World Population Prospects: The 2015 Revision, Key Findings and Advance Tables.”

Technology Trend 01
人工頭脳の浸透

機械学習技術の発展とオープン化は、AIを急速に浸透させ、生活の利便性向上や知的労働不足の解消、科学の劇的な進歩を生み出す。あらゆる領域でAIは必然となり、AIを活用する知識・技術が競争力の源泉となる。

詳細を表示
深層学習の普及

2016年、人工知能(AI)に関するニュースは、多くのメディアを賑わせた。この盛り上がりは、生物の脳神経細胞を模倣したディープラーニング(深層学習)と呼ばれる技術の発展によるところが大きい。深層学習は、従来のAI技術に比べて高い精度が期待できるだけでなく、学習に必要となる特徴抽出の自動化が可能となり、専門家以外でも扱えるようになってきたため、活用が広がっている。また、TensorFlowやDSSTNE、CNTKといった深層学習を実行するためのフレームワークやクラウド環境が整備されてきたことにより、深層学習に取り組む敷居が下がってきている。近年、最新の研究成果がすぐにオープンソースソフトウェアとして公開される傾向にあり、環境だけでなくソフトウェアのオープン化の流れも深層学習の利用を促進させている。画像認識等の特定の用途向けには、プログラミングなしにマウス操作だけで深層学習を行い予測まで実行できるウェブサービスも登場している。

このように、深層学習は急速に身近な存在となり、もはやAIを専門とする企業、ひいてはIT企業だけが利用するものではなくなってきている。事実、個人農家がキュウリ画像を学習させ等級判別を行なったり、皮膚科医が症例画像を学習させ皮膚がんの判定を行なったりと、専門の知識がなくても深層学習を活用した事例が増えてきている。今後は、より一層容易に深層学習を実行できるようになり、コモディティ化が進んでいくだろう。

広まるAI適用

深層学習を中心に、AIは様々な領域での活用が進んでいる。医療分野では診断や創薬に、金融分野では株取引や与信判断に、小売分野ではマーケティングや接客等、既に多くのビジネスシーンで活用されている。日常生活で当たり前に利用しているウェブ検索や経路検索、翻訳等もAI技術で支えられている。現在、AIによる効果を実感しているサービスも、数年後には当たり前の存在となり、それをAIと意識しなくなっているかもしれない。このように、AIはあらゆる領域に自然な形で浸透していくだろう。

Robotic Process Automation(RPA)と呼ばれるルールエンジンやAIで動作するデジタルロボットによりホワイトカラー業務を自動化する取り組みが広がりをみせている。RPAは、プログラミングなし、かつ既存システムに手を入れることなしに、業務を自動化する。現在は、定型的な業務をルールベースで自動化しているものが中心だが、今後は、高度なAIを活用し、非定型業務、業務の分析・改善、意思決定といった領域まで、拡大していくと考えられる。2025年までに全世界で1億人分以上のフルタイムの知的労働力を代替可能という予測※1もあり、労働力不足解消に大きく貢献するだろう。

AIを研究に適用する試みも行われている。過去にノーベル物理学賞を受賞した要因となった、複雑な制御を必要とし再現が難しい気体の状態を、AIが再現することに成功している。しかも、AIはレーザの当て方、強さ等を自分で考え調整することで、人間が思いつかない方法によってわずか1時間で実現している。今後、AIは科学や物理学等の研究分野においても躍進し、人類に劇的な進歩を生み出すかもしれない。

さらなるAI技術の進化

画像認識や音声認識を中心に急速な発展を続けるAIは、さらなる進化を遂げようとしている。一つには、意味理解の実現に向けた進展である。画像に写っている内容をテキストで説明するだけでなく、近年は、テキストから画像を生成する研究も活発に行われており、テキストの“意味”に近い画像を生成できるようになってきている。言葉と映像間の双方向の変換が可能になるということは、意味理解の実現に近づいていると言えるだろう。

もう一つは、学習に大量の教師データが必要となる問題に対する進展である。人間は明示的に正解を与えられなくても起きている出来事から自然と学ぶことや、1度教えられただけで物体を判別することが可能である。この能力の実現に向けて、次に取るべき行動やあるべき状態を経験から自律的に学習する強化学習に、深層学習を組み合わせた深層強化学習と呼ばれる技術が注目されている。この技術は、機械学習に必要な教師データを事前に与える必要がなく、目標とする行動や状態を設定するだけで、自ら試行錯誤を繰り返し、学習する。2016年にプロ棋士に勝利し世の中を驚かせた囲碁AIの「AlphaGo」や、自動運転、工場内のロボット等に既に活用されている。

強化学習が適用できないタスクにおいては、少ない教師データをもとに学習を可能にしようとする研究が多くなされている。基本的な考え方は、転移学習と呼ばれる、あるタスクで学習したときに得た知識を、別のタスクの学習時に適用することで効率的に学習させようとするものである。データを限定した画像分類タスクでは、未学習のカテゴリの画像を1枚学習させるだけで、大量のデータを学習させた場合とほぼ同等の精度を達成している。AIがこの1度見ただけで識別できる汎用的な能力を手に入れる日も遠くない。そして実現されれば、世の中のモノや出来事を劇的なスピードで学習可能となり、AI活用はさらに飛躍的に拡大すると予想される。

AIの活用知識・技術が重要に

深層学習の発展は目覚ましいものの、万能ではない。そのため、深層学習の得意、不得意を理解した上で、適用領域を見極めることが重要となる。条件によっては、ルールベースや確率・探索モデル等の従来からあるアルゴリズムを選択すべき場合もあるだろう。チェスの世界では、AIに人間は勝つことができないが、アドバンスド・チェスと呼ばれる、AIが候補を提示し人間が最終的な手を判断するといった協調して戦う方法が最も強いとされている。このように人間とAIが協調することで、これまで以上の成果を上げることが可能な場合もあり、その領域や協調の方法を見極めることも重要となる。

また、前述の転移学習のような少量のデータで学習を可能とする技術の進展はあるものの、新たな分野で実用的な精度を出すためには、大量の学習データが必要だ。そのため、事前に学習データをどれだけ用意できるか、運用中のフィードバックにより永続的にデータを蓄積する仕組みを作れるかがポイントとなる。他にも、高い精度の実現には、データクレンジング等前処理やパラメータチューニングのノウハウも重要となる。機械学習は容易に一定レベルの精度を実現可能になってきているが、差別化を図るためには、AIを活用する知識・技術が鍵となるだろう。

より人類に貢献するAIに向けて

深層学習が実現している高い精度は、計算機の処理能力の向上により、実際の脳神経細胞により近い、非常に複雑なネットワーク構造に基づいた演算が可能になったことが一つの要因である。一方で、答えに到るまでの過程も複雑となり、出力される結果に対してその判断理由を人が理解することが難しくなっている。これが深層学習の課題の一つである。人間も象の画像を見たとき、象と認識できるが、論理的に理由を考えながら判断はしていないだろう。しかし、象と判断した理由を聞かれたら、鼻が長くて耳が大きい等、後から理由付けすることはできる。このように後から説明付けする、もしくはAIならば判断に到った過程を正確に説明可能になるかもしれない。出力結果の根拠を説明するためのプロジェクトも立ち上がっており※2、今後、判断理由を説明する力をAIが手に入れることができれば、精度の改善は容易になり、自動運転等の人の命に関わるようなケースにも適用し易くなるだろう。

AIの急激な発展に伴い、AIが人間の能力を超えるとされるシンギュラリティについての議論も活発化している。AIの私蔵化や悪用を防ぐことや、AIを正しい方向に発展させ社会貢献すること、AIの影響力を評価し開発原則を策定すること等を目的に多くの非営利団体が創設されている※3。AIを取り巻く社会的・倫理的・法的な問題を解決していく必要があり、これらの取り組みは今後より重要となるだろう。しかし、判断理由がわからないからと言ってAIの利用を制限する、AIは将来重大な問題を起こすリスクがあるためその開発に厳しい制約をかける等、AIを抑止するための議論だけが優先されるべきではない。AIはまだ発展途上にある。AIが持つリスクを理解した上で、AI技術をいかに発展させ、有効に活用するかの議論が重要ではないだろうか。それが労働力不足の解消やエネルギー問題の解決といった人類の利益に寄与することになるだろう。

※1 http://www.mckinsey.com/business-functions/digital-mckinsey/our-insights/disruptive-technologies
※2 Explainable Artificial Intelligence
※3 OpenAI、Partnership on AI、AIネットワーク社会推進会議

Technology Trend 02
対話型コンピューティング

音声認識技術や感情理解技術等の発展は、人とシステムの自然でシームレスな対話を可能にする。真のパーソナライズを実現する知的対話型システムは、人の行動を変え、社会との繋がり方や意思決定の方法さえも変革する。

詳細を表示
対話型インタフェースの拡大

スマートフォンに向かって話しかけている光景も珍しいものではなくなってきている。音声パーソナルアシスタントは、自分の予定やその日の天気を確認したり、近くのレストランを検索したりと、様々な場面で利用されている。また、テキストメッセージを使って、商品の問い合わせや、注文、決済・振り込み処理を行ったことがある人も多いのではないだろうか。実際、ビジネスにおけるコミュニケーションにおいてメッセージツールを望むユーザが約89%いるという調査結果※1も出ている。

スマートフォンだけでなく、家やオフィスに設置する音声アシスタント端末も欧米を中心に普及し始めている。これらの端末は常時待機しているため、操作なしに話しかけるだけで、音楽をかけたり、エアコンの温度や部屋の照明を調整したり、商品を注文することができる。

スマートフォンの普及に伴い、コンピュータとの音声対話やテキストチャットの利用が文化として根付いてきたことが対話型インタフェース普及の背景にあるだろう。メッセージアプリを毎月1度以上利用するアクティブユーザ数は、世界で約30億人を越えるまでになっている。また、ユーザのアプリ疲れも普及の一つの要因だろう。現在、数百万種類のアプリが存在しており、ユーザはアプリをインストールし、アプリごとに利用方法を学ぶことを面倒と感じている。事実、ユーザの4人に1人は1度アプリを利用しただけで利用をやめてしまっている。一方で、メッセージツールは、人々が慣れ親しんだ自然言語を利用するため、目的ごとに利用方法を学ぶ煩わしさがなく、ITリテラシーの程度に依らずに、すぐに利用することができる。

近年の人工知能(AI)の発展により、対話を通じて高度な処理が可能になってきたことも普及を後押ししている。特に、チャットボットと呼ばれる、AIによってコミュニケーションを自動化するプログラムが広がってきている。フライトの予約をしてくれるものや不動産を提案してくれるもの等、様々なサービスが存在する。銀行においては、対話で残高確認や送金を行うだけでなく、利用状況に基づいて金融プランのアドバイスをしてくれるサービスも登場予定だ。今後、AIと連携した対話サービスは増加していくだろう。

会話サポート技術の発展による、
さらなる自然な対話の実現

近年のディープラーニング技術の発展により、画像認識を始めとするパターン認識の精度向上は著しく、音声認識技術においても、2016年10月に音声認識のエラー率※2が文字起こしの専門家による精度と同等の5.9%を達成した。音声だけでなく、AIによる読唇術においても、プロの読唇術者の約4倍の精度である46.8%を実現している。これにより、声を出すことができない場面や離れた場所にいる場合にも、コンピュータとの対話が可能となるかもしれない。読み取るだけでなく、状況に応じてトーンや間を使い分けることで人間に近い自然な音声を出力できるようになってきている。

また、音声や表情、テキストから感情を認識する技術の活用が広がってきている。CMに対する視聴者の感情変化を分析することで、効果的なシーンの明確化や、同じコンテンツに対する国や文化ごとの反応の違いの把握が可能となり、マーケティングに活用されている。また、コールセンターにおいて顧客の感情に配慮した対応を行うといった活用もされている。このような人間を支援する目的での利用だけでなく、今後はコンピュータが人間の感情を読み取った上で直接対話するといった利用も増えるだろう。例えば、車の運転中に怒りを読み取ると、落ち着かせるような会話をするといったことが挙げられる。

一方で、コンピュータはまだ人間のように言葉の裏に潜む文脈を理解できない。そのため、人間が対話にストレスを感じてしまい失望され、幻滅期を経るかもしれない。しかし、近い将来、音声認識や感情認識技術、音声合成技術と同様に、文脈理解技術も確立されるだろう。そのようなコンピュータとの会話をサポートする技術の発展は、対話の背景や相手の意図・感情を的確に理解したより自然な対話を可能にし、それにより対話型コンピューティングの利用はさらに拡大していくだろう。

対話型コンピューティングが変革する世界

AIと連携した対話型コンピューティングは、究極のパーソナライズを実現する。従来のパーソナライズ技術では、閲覧履歴や購入履歴等過去の実績にもとづきユーザの嗜好を推察するが、その場合、既に購入済みの商品や興味のない関連商品等、ユーザが真に期待するものとは異なる情報が提示されることがよくある。対話型システムでは、対話を通じてユーザの意思を確実に汲み取りながら、的確に複雑な要望にも応えることができる。さらに、センシング情報と組み合わせることで、その時その場所でのユーザ個人の状況に合わせた対応が可能となる。これまでとは比較にならないパーソナライズされた情報を提供可能となり、接客やマーケティングの方法、広告の出し方を変革していくだろう。

人間の最も自然な意思疎通手段である対話は、インタフェースの中心的役割を果たし、多くの行動が対話型アプリを起点として行われるようになると考えられる。用途ごとにアプリを開くのではなく、個人秘書の役割を果たす対話型アプリが、ユーザの要望を聞き、内容に応じて必要なアプリやチャットボットに処理を振り分ける形のシステムが実現されるだろう。AIによる自動返答が可能になると、24時間いつでも即時に適した回答をしてくれるようになり、人と社会との繋がり方にも大きな影響を及ぼす。これまでは、メール配信やWebサイト上での広告等、企業からユーザに一方的に情報発信する形や、電話や直接の店舗訪問等、一時的な形での繋がり方が中心であったが、対話型コンピューティングでは、企業と人、人と人の繋がり方を双方向、かつ継続的なものへと変化させるだろう。

対話型コンピューティングは、意思決定の方法さえも変革させる可能性を秘めている。現在、モノの購入や旅行の手配等、自身の目的を達成するためには、溢れかえる情報の中から、能動的に関連する情報を探しだし、決断する必要がある。AIと連携した対話型コンピューティングでは、目的を達成するために必要な情報を、対話を通じて徐々に深掘っていくことで、自然と決断が誘導されるようになる。意思決定のプロセスを変化させるだけでなく、納得感のある意思決定を素早く行うことが可能となる。

今後の対話型コンピューティングの姿

対話型コンピューティングは問いかけると答えを返してくれる単に便利な存在だけにとどまらない。対話履歴とセンシング情報が蓄積されることによって、置かれた状況や個人の嗜好に合わせた行動予測の精度が高まる。ユーザの意図を先読みし、システムから必要な情報を投げかけ、人間の行動を先導する役割を果たすようになるかもしれない。ユーザが必要とする情報、場合によってはその時点ではユーザが必要と思っていなくても、新たな気付きを与えるような情報を、システムから提供することも可能であろう。

究極のコミュニケーションとは、言葉で行うのではなく、思ったことが即座に正確に伝わることではないだろうか。脳波で人間の意図を読み取り、機器を制御するBCI※3に関する研究も活発に行われており、頭で考えるだけでコンピュータや車等の制御も可能になる。複雑な思考も読み取れるようになれば、思っていることをうまく言葉に表現できないということもなくなり、意思疎通の齟齬を発生させない対話が実現されるかもしれない。

対話型コンピューティングはスマートフォンやPCにおける単なる一つのアプリではなく、あらゆるデバイスに当たり前に搭載されるようになり、新しいコンピューティング基盤へと変貌を遂げる。家やオフィス、店、自動車等いつどこにいても話しかけるだけですぐに欲しい情報、モノに手が届く世界となる日は近い。

※1 https://www.twilio.com/white-papers/global-mobile-messaging-consumer-report-2016
※2 WER:word error rate
※3 正式名は、Brain Computer Interface

Technology Trend 03
環境認知ロボット

画像・音声等の認識技術の発展により、ロボットは高度な環境認知能力を持ち、自動運転車やドローンを中心に活躍の場を広げる。自動化のみならず、今まで出来なかった高度な作業を実現し、産業構造さえも変えていく。

詳細を表示
外界を認識する技術の発展

ロボットは人間以上の目を手に入れたといって良いだろう。ディープラーニング技術の発展により、画像認識精度は年々向上している。国際コンテストILSVRCにおいて、画像に映る物体の名前を言い当てる物体認識精度は、2016年にその正解率は97.0%にまで到達している。信じがたいことに、これは人間による精度94.9%をも超えている。さらに、SLAM※1と呼ばれる、カメラやセンサ情報から自分のいる位置の推定と、周囲の環境の地図作成を同時に行う技術により、3次元空間を高精度に把握できるようになってきている。単眼のカメラが搭載されたスマートフォンだけで空間把握が可能な技術も登場している。これにより、スマートフォンだけで屋内の3D地図が容易に作成可能となり、商業施設や倉庫、工場等、今後多くの場所でのビジネス活用が進むだろう。

音声認識も人間と同等程度の精度で可能となってきており、ロボットは目だけでなく耳も手に入れつつある。さらに、もともと人間には認識できない超音波や赤外線、磁気等も知覚できる。人間以上の知覚能力を手に入れたロボットは、その行動範囲をより拡大していくだろう。

空間認識力の向上に伴い、商品を棚に並べる、棚から取り出すといった商品の仕分け作業を競うAmazon Picking Challengeや、サッカーや災害現場での救助を競うRoboCup等、ロボットの機能・性能向上を目的としたコンテストが盛り上がりを見せている。まだ、人間ならば簡単な作業を、ゆっくりとした速度で何とかできるようになってきた段階である。だからと言ってロボットの能力はこの程度だと思うのは早計だろう。コンテストを通じて技術発展が加速することが期待される。事実、DARPA Grand Challengeと呼ばれるロボットカーレースでは、開始された2004年は1台も完走できなかったが、2005年には5台が完走する等、競争の中で技術発展を遂げ、今の自動運転技術の基礎を築いた。

ロボットを支えるハードの低価格化、進化

3次元空間を認識できるセンサ「ライダ」は、電波を使うレーダに比べて、光を利用するため細かい粒度での測定が可能だ。対象物の形状や移動速度まで認識できるため、自動運転車の目として注目されている。現在は数千ドルと高額であるが、メーカ各社が5年後には100ドル以下を目標に掲げている。ライダのセンサを1つのマイクロチップ上に搭載する取り組みもあり、小型化、かつ10ドルという低価格を実現できるかもしれない。そうなると、あらゆるデバイスに搭載可能となり、急速にロボットや家電での活用は広がっていくだろう。

一方で、カメラの性能向上とAIの進化により、カメラだけで物体認識や距離測定が可能となってきており、ライダ等のセンサを使わずに自動運転を実現しようとする動きも出てきている。ライダに比べて低価格というメリットを活かし、AIとの連携による性能向上を狙うカメラと、低価格化を狙うライダによる、ロボットの目としての主役の座を巡る争いは今後、注目すべきだろう。

また、長い年月を経て進化してきた生物が有する、優れた機能や構造を模倣し、技術開発に応用するバイオミメティクスは、ロボットをさらに発展させる技術として注目されている。例えば、人間の痛覚を模倣した触覚センサをロボットに搭載することによって、衝撃を受けた際に痛みを感じ、それを回避する行動がとれるようになってきている。これにより、人間と協調作業が必要な場面でも、安全にロボットを活用できるようになるだろう。

自動運転車を中心とするロボットの普及

自動運転車は、周りの環境を認識しながら自律的に動作するロボットと捉えることができ、現在最も注目されているロボットと言えるだろう。自動運転車の実現に向けて、各自動車メーカだけでなくIT企業も参入し、合従連衡が激化している。2016年、自動運転バスの実証実験や、一般道での自動運転タクシーの試験サービスが始まった。また、約190 kmの高速道路を自律走行し、試験走行ではあるものの、自動運転トラックでの配送も世界で初めて実現された。ECビジネスの拡大により増加し続ける物流において課題となっているトラックドライバー不足も、自動配送が実現されれば大幅に解消される見込みだ。あらゆる条件で人間を必要としない完全自動運転が実現されるにはまだ時間がかかると予想されるが、特定条件下での自動運転はすでに可能となっており、今後確実に広がっていくだろう。

ドローンは、測量、3D地図作成、点検、防犯・警備、捜索・調査、配送、エンタテイメント利用等、多くのビジネスに活用され始めている。そして、これまでは困難だった場所での飛行が可能になりつつあり、様々な場所の空撮や空間情報取得を低コストで行えるようになってきた。ドローンはこれまでとは桁違いの効率性や新しいサービスを可能とする潜在力を秘めており、各産業に与える影響は計り知れない。

ロボットは商業施設や、家庭、公共の場へ活躍の場を広げている。例えば、カメラとセンサを活用し、商品陳列棚を巡回し、商品の品切れや配置間違い、陳列の乱れ等を見つけ出すロボットが登場しており、人手による作業を大幅に削減することが期待されている。また、生活の場においても、自走式掃除機やコミュニケーションロボットだけでなく、庫内にある材料を使ったレシピを提案してくれる冷蔵庫や料理をしてくれるロボットが登場している。

高度な作業や
マスカスタマイゼーションの実現

人間がこれまで行っていた単純作業を自動化するだけでなく、専門家にしかできなかった高度な作業さえも実現しつつある。例えば、農業においては、カメラやセンサを搭載したドローンを使って、害虫の発生箇所だけに農薬を散布したり、場所ごとの作物の生育状況に応じて肥料の量を調整し散布したりと、人間以上の精密さで行なうことが可能となってきている。労働不足の解消だけでなく、農薬や肥料の大幅な節約にもつながる。

多種多様な要望に応える個別カスタマイズはコストの問題で実現が難しかった。今後は、受発注情報や材料調達情報に加え、工場内の製造機械やセンサから取得されたデータを基に、ロボットが製造に必要な材料、効率的な製造方法、他の機械との連携方法等を自律的に判断し、生産ラインを自動的に変えていく自律工場が登場するかもしれない。その結果、ユーザ個人に一品一品カスタマイズしながら生産を行う、マスカスタマイゼーションが実現されるだろう。

ロボットの普及がもたらす経済的インパクト

世界のロボット関連市場は、2016年の915億ドルから2020年には1880億ドルと2倍以上に拡大すると予測されており※2、今後はロボットの機能や価格の競争が激化していくだろう。

特に、自動車産業は今後、大きな変換点を迎えるだろう。自動運転技術の発展途上では走行性能が重要視されるが、完全自動運転車が実現された世界では走行性能は当たり前のものとなり、移動体験が重視されるようになる。これは、これまでのモノを売る形から体験やサービスを売る形に、経済システムがシフトすることを意味する。顧客が「自動車を所有したい人」から「移動ニーズを持つすべての人」に変わり、高度な移動体験を提供可能な企業、つまり幅広い大量のデータを持ち、新しいサービスを提供できる企業が新たな市場を作り、リードしていくだろう。

本格的な議論が始まった法制度改革

高い期待が寄せられる高性能なロボットだが、人間に危害を加える可能性、プライバシー侵害の問題等があり、法整備も含めてそれらを解決していくことが今後の発展に不可欠である。

さらに中長期的な将来を見据えて、ロボットを電子人間とみなし、ロボットの所有者に税金を払わせる、ロボット税の導入についての議論がされ始めている。また、国民に一律に、最低限の生活を送れる金額を給付する社会保障制度である、ベーシックインカムの導入についての議論も活発化し、フィンランドやサンフランシスコでは試験導入も始まっている。これらは、ロボットやAIによって職を奪われる等、社会構造が大きく変わることを見込んだ議論である。歴史的に見て、新たな技術は職が奪う一方で、新たな職を生む。そして、新たな職に就くには、現在とは異なるスキルが要求されるようになる。税金や生活保障の制度面の対応に加えて、このスキルギャップを埋めるための教育も今後は重要となっていくだろう。

※1 正式名は、Simultaneous Localization and Mapping
※2 Worldwide Semiannual Commercial Robotics Spending Guide, IDC

Technology Trend 04
プレシジョンライフサイエンス

DNA解析や生体センサ、EHRの普及は、個に関するデータを生み続け、データ駆動のライフサイエンスを加速させる。遺伝子や生活習慣等が複合する原因の解明が進み、治療に加え予防も個に適した形で実現されていく。

詳細を表示
世界規模で取り組まれるゲノム解析

がんが世の中からなくなると、人々の平均寿命はどれだけ延びるのだろうか。そのような予測を行う必要性がもうすぐ出てくるかもしれない。米国は2016年2月にNational Cancer Moonshotと呼ばれる、がん撲滅を目指すプロジェクトを立ち上げた。10億ドルという膨大な予算が計上されており、かつてのアポロ計画になぞらえた国家プロジェクトだ。その中でも全遺伝子情報であるゲノムデータの収集・活用は特に重要なテーマと位置付けられている。すなわち、ゲノムデータや生活環境データ、EHR等、様々な個に関するデータに基づき、個人に最適な予防や治療、すなわちプレシジョン・メディシン(精密医療)の実現を目指すものである。

ゲノムデータの収集・解析によるプレシジョン・メディシンの発展・普及を目指すのは米国だけでなく、世界各国で国家プロジェクトが立ち上がっている。英国では2012年に約3億ポンドを拠出して、100,000 Genomes Projectと呼ばれる国家プロジェクトを立ち上げ、2017年末までに10万人分のゲノムデータを収集・解析することを目標に掲げている。中国でも15年間で92億ドルを投じると発表している。各国が目標を達成した先には、がんという言葉すらなくなっている世界が待っているかもしれない。

遺伝子解析、生体センサの発展

ゲノム解析が世界中で行われるようになった背景には、遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる次世代シーケンサが高機能、かつ急激に安価になったことがある。現在は、人ひとりのゲノムを1,000ドル以下で読み込むことが可能だ。このような技術的進化に後押しされ、個人で遺伝子分析が可能なDIYキットが999ポンドで発売されるまでになっている。このDIYキットでは自宅で唾液、毛髪、食べ物等の様々なものを解析可能だ。

解析対象はヒトゲノムにとどまらず、人の体内や表面に存在する微生物群「マイクロバイオーム」の遺伝子解析も活発化している。なぜなら、マイクロバイオームは、免疫機能や栄養摂取のしやすさ等、身体に影響を及ぼすため、健康状態を把握するための重要な要素として考えられているためだ。既に、人間の腸に存在するマイクロバイオームに基づいて腸疾患を治療するための錠剤が開発されている。このマイクロバイオーム関連市場は2025年には8億9,910万ドルの規模になると予測されており※1、今後ビジネス展開が急速に進むと注目されている。

また、遺伝子解析の目的は医療や健康に限らない。ビールの主原料であるホップやコーヒーの遺伝子を解析し、生産地で成長しやすい、病原体に強い、苦味の強いといった特徴を持つ品種への改良に既に活用されている。また、土地の微生物を解析し、農作物に適した土地を判断するといった活用もされている。遺伝子解析は、医療だけでなく農業、食品業といった他の産業にも影響を与える存在であり、今後のさらなる発展が期待される。

遺伝子解析技術だけでなく、生体センサの発展によって、歩数や心拍数、血圧、皮膚水分、呼吸等の様々な健康データを収集・解析できるようになってきている。単に健康状態を計測し可視化するだけでなく、健康に悪影響を与える現象を予測することが重要だ。皮膚の水分状態から喉の乾きを推測し、熱中症予防を行うセンサや、呼吸からストレス状態を推定するウェアラブルデバイスも登場している。また、スマートフォンを利用して血圧や脈拍の計測、視力・聴力の検査、超音波検査等もできるようになってきており、病院に行かずに手軽に自身で健康管理ができる時代が目前に迫っている。

AIによって加速するライフサイエンス

AIを活用した創薬が注目されている。一般的に、創薬には10年以上の期間と1000億円以上の研究開発費が必要とされている。病気の原因となるたんぱく質の候補は10万個以上存在し、たんぱく質に機能する化合物の組み合わせは10の60乗以上に上るため、新薬候補を見つけ出すだけで2,3年かかると言われている。さらに、新薬候補のうち有効なものは1%程度しかないと言われており、非臨床試験、臨床試験にさらなる時間を要している。このため、薬価は高額になる傾向にある。既存の薬の分子構造とその作用に関するデータをAIに学習させることで、病気の原因となるたんぱく質に機能する新たな化合物の候補を自動的に見つけ出すことができるようになってきている。AIにより新薬候補を1日で発見した例も出てきており、副作用の恐れのある新薬候補を除外し、有効な新薬を高い確率で見つけることが可能になると、試験も含めた開発の大幅な短期間化と低コスト化が期待できる。

また、医療現場でもAIの活用は広がりを見せている。蓄積された過去の診療データを学習することで、問診情報から症状を特定する鑑別診断をAIで支援可能になってきた。確率の高い順に病名を列挙し、必要な処置内容まで提示してくれるため、医師経験に依らず見落としを回避できる。トップ棋士に勝る囲碁AIを開発したことで知られるGoogleの子会社であるDeepMindは、医療分野に特化したAIの開発を目的にDeepMind Healthを2016年2月に立ち上げた。病院と連携し、医師や看護師向けのアプリを既に開発済みだ。これは過去の症例を学習することで、患者の状態から緊急性を要する急性腎障害を即座に判断可能にする。また、過去の診断画像と症状・処置内容を学習することによる眼疾患の兆候を検出する取り組みや、頭頸部がんへの正確な放射線治療を行なうための取り組みも開始している。今後は、既に存在する医療データに加え、生体センサやEHRの普及に伴って個のデータが増加するため、AIを活用した医療、ヘルスケアはより一層広がっていくだろう。

個に適した医療、ヘルスケアの拡大

遺伝子解析技術やAI技術の進歩は、個に適した治療を着実に可能にしつつある。例えば、乳がんや肺がん等の治療においては、遺伝子情報に応じた治療薬を選択することが既に可能になっている。また、治療だけでなく、遺伝子情報を分析することで、がんになる可能性が高いといった個人の身体の傾向を把握し、事前に対処していくことも広まりつつある。このように、遺伝子解析は、医療に大きな進歩をもたらしているが、国や人種によって、解析されたゲノムデータの量に偏りがあることが課題だ。米国、欧州、日本の人々のゲノムデータが大半を締め、世界の人口の約2割を占めるインド人のゲノムデータは、わずか0.2%と言われている。これは、現在の遺伝的データに基づいた薬や治療法が人種によっては有効に働かない可能性があることを意味する。世界中の人々を対象としたプレシジョン・メディシンの実現には、人種、年齢、環境等の異なる様々なグループでの比較・分析が必要だ。このためには、より一層の遺伝子解析の低価格化と、ゲノムデータが蓄積される仕組み作りを各国が主導することが必要だろう。

治療から予防へ

これまでは体調がすぐれないときに、病院に行き治療を行なうことが医療の中心であったが、予防中心へと変わりつつある。一般的に健康に良いとされる野菜が、人によっては悪影響を与える場合もあり、画一的な対策だけでは十分とは言えない。今後は、個人に適した精密な予防が可能になるだろう。個人の遺伝子情報、バイタルセンサデータ、生活習慣等を複合的に分析することで、病気になる可能性を高める要因を予測し、症状が出る前に個人に適した対策を打つことが可能になるはずだ。そうなると、医療の中心は「症状に対する治療」から「原因に対する予防」へと本格的に変わっていくだろう。予防対策として、専門の機関や企業によって、予防につながる情報やモノを提供してくれるサービスが増加すると考えられる。既に、遺伝子検査と血液検査の結果をもとに、個人に最適な食品を宅配してくれるサービスも登場している。個人がより自身の健康に向き合い、予防による健康増進が実現されれば、今後世界中で問題となる長寿化に伴い高騰する医療費の大幅な削減が期待できる。

個に最適化された予防と治療が実現されると、どのような未来が待っているだろうか。当然、平均寿命は伸び、90歳でも元気に動き回っている人々が大勢いる世界は実現されるかもしれない。しかし、これまでも医学の発展や栄養状態の改善によって平均寿命は伸びてきたものの、1997年に122歳で亡くなった女性以降、最高齢の記録は更新されていない。この状況を打開するには、さらなる技術革新が必要不可欠と考えられるが、その可能性の入り口に立ったと言えるかもしれない。

※1 http://www.marketsandmarkets.com/PressReleases/human-microbiome.asp

Technology Trend 05
超臨場チャネルの獲得

VR/ARデバイスの急速な進化と普及により、デジタル世界と実世界は融合し、さらに拡張されていく。この新たな三次元空間では人間の知覚さえも合成され、知識や体験が流通し共有されていく。

詳細を表示
VRデバイスの急速な進化と普及

仮想空間への没入体験を提供するHMD(ヘッドマウントディスプレイ)は2016年についに本格普及を開始した。人間の視覚を仮想現実の世界に置き換えるために、高精細なディスプレイとレンズを仕込んだゴーグルで視界を覆うVR-HMD装置を一般に普及させる取り組みは、2010年頃から様々な企業で一斉に始まっていた。そのタイミングはVR-HMDに必要な要素技術が普及価格帯で出揃った時期に重なる。仮想的な3D空間映像をリアルタイムで生成するコンピュータ、人の動きを把握するポジショントラッキング技術、極めて精細な表示を可能にする小型のディスプレイがその要素だ。これまで多数の開発者がネット上でお互いに成果を披露しつつハードウェアとソフトウェアの改善に取り組んできた。1968年にはHMDと呼べる装置が登場し、1990年には極めて高価な研究室レベルの機材として市販された。これらと比較して現在の普及機種は、1/4の重さで25倍の密度の精細な表示装置を持ち、その画像は秒間120コマで描かれる。そして価格は1/10以下だ。ある製品は発売から半年たらずで90万台を超える台数が出荷され、一般家庭への普及は急速に進みつつあると言えるだろう。

VRデバイスが生む没入体験

人間の視野が仮想空間に置き換わる体験は、これまでにない感覚と言える。かつての3Dテレビのように、飛び出す映像を受動的に鑑賞するレベルとは全く異なる。まず視覚を完全に仮想空間で覆う点が大きい。視界に「テレビの枠」はなく目線の先には常に仮想空間があり、首を動かすとその動きに極めて正確に追随して仮想空間が描かれていくことで没入感、つまり現実がそこに再現されていると信じ込む感覚は急速に高まる。しかもそこにある物体に顔を動かして近づけば確かに物体は大きくなる。加えてコンテンツとしてのテクニックにより、相手が近づいてくる、足下が崩れるといったイベントが加わると、多くの人は思わず現実の世界でも起こる防御行動をとってしまう。

VR-HMDは人間の視野を仮想空間に連れ出すことに成功し、触覚など他の人間感覚を仮想現実に置き換えるデバイスの開発にも大きな期待が寄せられる。とはいえ、仮想現実の中で何かモノに触る、持ち上げて重さを感じる、その対象が動いた感触を得る、温度を感じるといった触知を再現する手法の開発はまだ途上にある。手指の微妙な動きを繊細にセンシングしてし、その動きに対応した様々な触感をフィードバックするまでの技術的障壁は大きい。現状、仮想現実の世界に能動的に働きかける方法は、腕を使った大きなジェスチャや視線の移動が主で、それ以上の繊細な入力にはコンピュータゲームのコントローラが用いられている。仮想世界に没入している人が実世界との乖離を認知する「没入感の剥がれ」を抑制する自然な感覚で操作できるコントローラや、体感を補完するスーツと言ったデバイスを視覚効果と組み合わせるなど、様々な挑戦が続いていくだろう。

ARによる実用的用途の開拓

2016年にはARやMRと呼ばれる技術開発も本格化した。VRが視野を完全に仮想現実に置き換えるのに対し、ARでは現実世界と仮想現実が混じりあう点に特徴がある。ARのHMDではVRの場合と異なりゴーグルは透明で現実世界がそのまま見えているが、仮想世界がそこに貼り付けられ、融合して見える。古典的な画像合成と異なるのは、視点が自由に動かせること、極めて高い精度で仮想世界が現実に貼り付けられることだ。例えば部屋の中に地球儀が現れて自由に回して使う、バイクや車から航空機の巨大なエンジンなど、本来あり得ない物体を部屋の中に浮かせて自由に回り込んで詳細を見られる、といった方法で、学習やトレーニング・設計といった用途への利用が期待される。

多くの開発者だけでなく、先進的な企業もARに注目し投資を集中させ進化を急がせている。今のところ、ARを実現するAR-HMDには技術的な障壁もあり、発売されている機器も「開発者用」の位置付けだ。特に大きな制約は、仮想現実が表示される範囲がまだ狭く、視線の先の特定の領域でしか現実世界と混じり合わない点だ。VR-HMDが実現している広い視野との差は大きい。それでも人間の自然な視覚に極めて精緻に仮想現実を重ね合わせる融合は、人とシステムをつなぐ革新的UIにつながる可能性がある。

ARはゴーグルではなくスマートフォンの平面な画面であってもこれまでにない利用方法を生むと期待される。自分の部屋をカメラで写し新しい家具の映像を実寸で重ね合わせて見せることで、部屋と家具のマッチングを事前に確認する、さらに商品情報や関連情報を加えて表示するといった、コマースや広告での活用が提案されている。すでにVRを用いた商品紹介や広告が実用化されてはいるが、ゴーグルを装着する心理的・物理的な抵抗感から販売する商品の価格帯によっては採用が難しい。スマホARならばそうした障壁を越えられる。さらにARであれば視覚以外の五感を再現するデバイスが未発達な現状にも有効と言える。例えば繊細な組み立て作業や医療行為をトレーニングする場合には、実際の道具や実物大の大きさの模型を用いて、現実の触感を得つつ作業や操作を繰り返す必要がある。ARなら病気の症状がある患者の肉体、加工によって変化する材料を仮想現実で貼り付けつつ、模型や道具といった物理的に触感を得る現実を融合させた効果的なトレーニングが何度でも実施できる。

デバイスの改善

将来に向けて仮想空間と接続するインタフェースであるHMDにはまだ進化の余地は多く残されている。例えば、極めて高速な計算力を持つコンピュータの「本体」と太いケーブルで接続する必要がある現状は、自由に動き回ることもできず、没入体験がそがれている。ワイヤレス化は当然として、高度な計算力と省電力を併せ持つスマートフォンのプロセッサを流用した「本体」がないHMDも提案されている。内蔵されるレンズの薄型化も進み、顔の前に装着するには大きく重くかさばる黒い箱をストラップできつく縛り付ける現状は徐々に改善される。さらに網膜で認識できるレベルを超えた解像度と、1ミリ秒以下に反応遅れを実現した映像再現を目指した開発も続いている。より正確で屋外でも利用可能な革新的なポジショントラッキング技術も公開され、人間が検知できる精緻な位置情報と仮想空間のズレが生む「酔い」の問題や、屋外利用が難しいといった制約も緩和されていくだろう。そしてコンピュータビジョンの進化により目の前の現実世界をリアルタイムに仮想現実に変換できるようになれば、VRとARが融合することは容易に想像できるだろう。さらにHMDがなくとも物理空間にプロジェクションマッピング技術で仮想空間を貼り付け、そこにインタラクションを加えることで共同作業を実現する提案もされている。

三次元空間との接続

HMDが進化し、さらなるインタフェースも提供され、人々が日常的に仮想現実に触れる日々はいずれ到来する。コンピュータが作り出す様々な仮想空間を統合し、統一されたUIを提供するVROSと呼べるようなインタフェースも登場するだろう。それは、コンピュータとのやりとりを現実世界に融合させ、システムのUIであることを忘れさせるだろう。

しかし現在急速に進む進化の本質は人間の感覚という未知の領域への新たな探求とも言えるだろう。HMDの普及とそれに伴う開発者の増加、膨大なユーザフィードバックにより、様々な人間感覚のノウハウが蓄積されている。HMDを用いた没入体験においては、身体が感じている筈のない浮遊感、実態とは全く別の物質を触った触感、そこにない匂いを感じる嗅覚まで生み出すテクニックにより没入感が高められるという。また視覚が捉える物体の大きさは人間の注意力によって変化することがあるとされてきたが、この問題は仮想空間においてどのくらいのサイズでモノを表示すれば人間が「正しい」と感じ没入できるかという3Dコンテンツ制作者の課題ともなっている。飛んでくるボールを掴む動きも、仮想現実で支援すると人間が本来視覚で行うのとは異なる動き方に変わり、高速化するという報告もある。こうした知見はエンタテイメントとして人間感覚をつくる方向だけでなく、より自然なインタフェースのあり方に活用され、システムと人の関係を改善する糧になるだろう。

Technology Trend 06
IoT時代のセキュリティ

IoTデバイスの遍在は、より広範囲で精細な情報収集を可能にしたが、情報漏洩や大規模攻撃のリスクも拡大させた。膨大な情報の活用が生む価値は高まり続けるが、その扱い方や守り方には変化が求められている。

詳細を表示
さらに深刻化するサイバー攻撃

様々なサイバー攻撃による被害の拡大、深刻化はとどまるところを知らない。攻撃とその結果得られる資金回収までがビジネスモデルとして確立した今日、犯罪を行うプログラムが流布し、より多くの模倣犯が集まり、手法やツールが随時強化される負の循環も加速している。

情報漏洩は拡大の一途をたどっている。オンラインサービスのアカウント情報、メールアドレスとそのパスワード、場合によっては秘密の質問とその回答といった個々人のアカウントに関わる情報が10億セットといった莫大な数で漏れ出している。しかも、ダークウェブと呼ばれるインターネットでも特別な手段でしかアクセス出来ない空間で売買されている事実をもって、2年から3年も前に「いつの間にか盗難にあった過去」が発覚するのだ。こうした漏洩を狙う攻撃を検知し、変化し続ける手法に対抗し、情報を守り続けるスキルを持つ人材の育成が欠かせない。さらに、変化し続ける攻撃手法に対しては完全侵入を防ぐことは不可能であるため、いかに素早く検知・回復できるかが重要となっている。攻撃により侵害された部分をネットワーク的に高速に切り離す技術や、AIを用いた自動防御※1の挑戦も始まっている。

ランサムウェアの被害拡大も続いている。感染したPCのデータを暗号化し利用できなくした上で、復号するために身代金を要求する「身代金要求型マルウェア」とも言われるランサムウェアは、2013年頃に顕在化しはじめたが、4年たった今でも有効な攻撃手段である。ランサムウェアツールがインターネットで販売されており、攻撃者はそれを安価に入手し、流布させて身代金が手に入るのを待つ「ビジネス」を繰り返している。犯罪抑止は一般ユーザのリテラシー向上以外には難しく、被害は続くと想定される。

サイバー脅威を悪化させるIoT

2016年にはこうしたサイバー攻撃をより深刻にする要素としてIoTがクローズアップされた。IoT、すなわち防犯カメラ・ネットワーク機器・ビデオレコーダといった機器は、常時インターネットに接続され、情報の漏洩や乗っ取りの危険性に常に晒される、非力とはいえ単体で成立するコンピュータと言える。しかも、設置時に周知の「初期パスワード」のまま稼働し、その後長年にわたって放置される傾向にある。こうした「野良IoT」を攻撃者は日々探索し、発見次第その脆弱性を突いて乗っ取り活用する。

2016年末には、世界に散らばる野良IoTは実に数十万台の規模で攻撃者が組織化した「ボットネット」となり、史上最大規模のDDoS攻撃に利用された。大量のパケットを特定サイトに投げつけアクセス不能にする古典的な攻撃が、かつてない規模で実行され、複数のオンラインサービスが停止する大きな被害を出した。その後も様々な類似の攻撃の発生しており、さらには完成したボットネットの販売、時間貸しサービスすら確認されている。他のサイバー犯罪同様にIoTボットネットもビジネスとして成立し拡大しつつあると言えるだろう。

IoTが安全上の脅威となる事態を受けて、具体的なセキュリティ対策を求める動きは加速している。だがその実現は容易ではない。IoTにおいてもすでに確立されたコンピュータセキュリティの知見を活用し脆弱性を排除することは可能だろう。ただし、そうした対処に必要なコスト、活動のインセンティブの欠如への対処は難しい。そこでIoT機器製造業者に責任を負わせ今後の「野良IoT」の発生を避ける、機器への認証やラベリング制度が議論されている。日本国内においても、IoTセキュリティガイドラインが公開され、具体的な対策の検討が始まっている※2

IoTにより質量共に激増する
パーソナルデータ

一方でIoTは、セキュリティの対象となるデータ、特に守り活かすべきパーソナルデータの価値も変化させる。従来のパーソナルデータは、自ら登録したデータ、ネット上の行動が記録されたデータといったものであったが、これからはIoT機器が捉えた物理世界での個々人の行動情報や生体情報をも含むようになる。情報が増え続ける一方で、分析能力の飛躍的な向上もあって、個々人に対するより細分化した属性判断をシステムが生み出す段階を迎えると想定される。今日でも、ブラウザでのクリック、SNSでの発言、選択した商品などネット上でのパーソナルデータは徹底して収集されている。例えばオンデマンドビデオにおける極めて精度の高いレコメンドが実現されているが、これを支えるのは、ユーザによる視聴履歴、時間、検索履歴、一時停止、早送り、果てはビデオを選ぶためのスクロール操作までの記録、および分析を行うシステムの存在である。

今後はさらにIoTが観測した物理世界における個々人の行動データがパーソナルデータに加わる。ウェアラブルデバイスで取得される心拍数、血圧、走行距離、スピード、位置情報、ナビゲーションシステムが収集する走行位置、速度、自動車の状態、防犯カメラの映像から自動判別され切り出される顔写真、列車で移動する際の乗降駅・乗車時間・乗換時間に至るまで、ユーザが同意さえすればパーソナルデータに紐付けられ、より強力なパーソナライズを生み出すことになる。

しかし、膨大なパーソナルデータを組み合わせ、AIが推定した作られたデータは、ネガティブな結果や不利益をもたらす可能性もある。例えば、健康状態、健康寿命、将来の発病可能性といった推定データが作成されれば、特定の薬品の広告を提示するだけでなく、保険加入に関わる広告や、ローンの広告を抑制する、といったパーソナライズすら起こりうるだろう。そうしたネガティブな推定データは、個人情報を提供した本人があずかり知らない間に生み出され、故に修正もできず、仮に誤った情報であっても、その結果不利益が生じても個人は対抗する手段がなければ問題となるだろう。

セキュリティと情報の在り方

幅広く収集されるパーソナルデータ、生み出される推定データの扱いが問題となるとき、そのデータは誰のモノか、という議論は避けられなくなった。個人を表す情報であるにも関わらずその帰属は情報を収集し分析した企業などにある現状が問題となったのだ。その結果、各国で、情報収集にあたっての同意の義務化や、情報の第三者提供に関わる法制化が進んでいる。例えば個人情報を集中的にセキュアに保存、管理するサービスとしてパーソナルデータ・ストアが提案されている。また、データ取引市場を整備し価値ある情報の提供には対価を支払う形で流通を促進するトライアルも始まっている。一方では、匿名化技術を用いて、収集したパーソナルデータを個人の特定ができない形に加工したとし、本人の同意無しにマーケティングに活用できるとする企業も存在する。特に厳密なパーソナルデータ保護を目指すGDPR(EU一般データ保護規則)が2018年5月に施行される見通しとなり、各企業はこうした構想の具体化を急ぐべき段階に入っている。

とはいえ、インターネット、特にスマートフォンの情報流通で支配的な地位にある大手企業は、パーソナルデータを生み出した個人自らが自分自身でコントロールできる体制をすでに確立している。彼らはスマートフォンで参照・入力される個々人のデータを独占的に確保し、さらに周辺に増えていくIoT機器の情報の取り込みを目指しサービスメニューを拡大している。そして、情報の種類による細かなオプトイン、取得されたデータの閲覧、広告のカスタマイズ等をユーザ自らが設定できるコンソールを提供している。つまり、大手企業はその企業単体で情報を保持する体制を整えつつ、情報の在り方に対する変化にも対応しているのだ。

こうした情報の寡占に対抗する組織をつくり、情報を活発に流通させる方向性も考えられる。しかし新しい組織が信頼を受けて多くの情報を預かり、日々続く激しい攻撃からそれらを守り、維持運営させていくビジネスモデルの確立は長年の課題と言える。まずは、公的機関が持つIoTデバイスが収集したオープンデータについて、データ交換市場を通して取引するなどの運用を重ねながら、個人情報など価値ある情報を換金する、取引する段階を模索することが現実的な選択となるだろう。

※1 http://archive.darpa.mil/cybergrandchallenge/
※2 http://www.meti.go.jp/press/2016/07/20160705002/20160705002.html

Technology Trend 07
ITインフラの多様化とサービス化

AIやIoTに必要な莫大な計算能力を満たすため、これまでの汎用型だけでなく目的特化型の新たなインフラが登場する。クラウドサービスは多様化するインフラを即座に取り込み、機動的な活用を可能にする。

詳細を表示
交代するプロセッサの主役

テクノロジーの進化は飽くことなく、さらなる計算力、プロセッサパワーを要求する。AIにおいてディープラーニングをブレークスルーさせ実用化したのは強力なプロセッサパワー、自動運転において車を取り囲む四方の物体情報をリアルタイムに把握して次のハンドル操作を決定するのもプロセッサパワー、VRのディスプレイに秒間120枚の精細な画像を利用者の動きに合わせてリアルタイムで生成し没入体験を生み出すのもプロセッサパワー、IoTが生成するこれまでと比較にならない膨大なデータを分析しマーケティングに活用するのもプロセッサパワーである。

プロセッサメーカは高い計算力の要求に応えるべく激しい開発競争を続けている。汎用的なプロセッサであるCPUが計算力を伸ばし続けた時代は数年前には終わり、極めて多数の同質な処理を並列実行することに優れたプロセッサが計算力の主役となって久しい。特に近年のトレンドとなるテクノロジーがいずれも大規模な並列処理を求めたこともあり、あらゆる方面で並列処理プロセッサ、特にGPU(Graphics Processing Unit:画像処理装置)の採用が進んだ。特にAIの領域ではGPUがCPUに比べ10倍以上の効率化を実現したことから事実上の標準になっている。GPUはその特性を活かすソフトウェアライブラリの充実と相まって、本業の画像処理から高度な科学技術計算まで活用の幅を広げている。スーパーコンピュータの世界ランキングであるTOP500で上位を占める機器にもGPUやそれに対抗するメニーコアプロセッサが採用されている。こうした並列処理に特化したプロセッサはその進化も続いており、当面は計算力の主役は揺るがないだろう。

多様化するプロセッサ

一方でGPUのパワーですら飽き足らず、さらなる高速化を求めてFPGA(Field-Programmable Gate Array:プログラミング可能な集積回路)と呼ばれるプロセッサを用いる例もある。プロセッサは生産された段階でロジックが焼き付けられ後から変更ができないが、FPGAならば後から自由に何度でも書き換えてロジックを変更できる。またFPGAならば極めて特殊な用途に特化したプロセッサを数個だけつくることもできる。特に金融業界において、株や為替のアルゴリズム取引を高速に実行するためFPGAを利用し、随時ロジックを変更しミリ秒レベルで高速化チューニングしながら利益を追求することはよく知られている。ますます競争が激しくなるAIやAIを活用した機械翻訳においてもGPUをも越える速度と効率を求めてFPGAに専用ロジックを実装する例が増えている。さらに数千個単位でFPGAを導入してデータセンタの処理能力を向上させる取組も始まっている。

スマートフォンのプロセッサを活用する動きも注目されている。スマートフォンのプロセッサは能力が異なる複数のコアを使い分け、短いタイミングで休止・パワーダウンさせ電力利用効率を向上させる。こうした効率化が低電力と強力な処理能力を高いレベルでバランスさせた結果、その利用範囲はドローン、コネクティッドカーといったIoT機器にまで広がった。今後はさらにデータセンタを高効率稼働させる手段としての利用も期待されている。スマートフォンのプロセッサは出荷数が圧倒的に多いこともあり、進化と経済性を高い次元で両立できる点も注目されている。

目的特化型の専用プロセッサを独自に設計・生産し活用する例もある。ある企業は今日の急速なAIの進化を生み出しているディープラーニングの実行に特化したプロセッサを自ら開発し※1、データセンタに導入、効率化を実現している。これは浮動小数点演算の計算精度を一般的なレベルより抑えてもディープラーニングでは十分に活用できるという知見に基づいた低消費電力のプロセッサだ。この計算精度を抑えて、高速化・効率化を図るアプローチは最新のGPUでも取り入れられ、さらに他のメニーコアプロセッサでの利用も発表されている。ディープラーニングは特に競争が激しい分野であり、目的特化のプロセッサ開発競争も激しくなっていると言えるだろう。

このような新たな計算力の特徴は、プロセッサの特性を活かすソフトウェアの開発が重視される点にある。特に現在主流の並列処理はソフトウェアの支援がなければ成り立たない。こうしたソフトウェアの開発は難度が高く、プロセッサ本来の能力を発揮させることは容易ではない。プロセッサメーカは、ライブラリと呼ばれるソフトウェア部品を充実させ、ソフトウェア開発者がより簡易にプロセッサパワーを利用できるよう支援すると共に、コミュニティとの連携を深めてより多くの利用者を増やすことに注力している。

多様化するアーキテクチャ

システムアーキテクチャもプロセッサ同様に多様化している。エッジコンピューティングは現場=エッジにある膨大なIoT機器を活用し、これまでにない柔軟で動的な処理の分散を可能にするアーキテクチャだ。現場で迅速な処理が必要な場合や収集される情報の蓄積や圧縮が求められる場合はエッジ側で処理しつつ、センタ側との連携も必要に応じて行う。自動運転への適用が期待されており、5Gといった次世代ネットワークの活用と合わせて活発な開発が行われている。

分散型台帳技術であるブロックチェーンはBitCoinを支える基盤技術のひとつとして注目され、その特性を活かしたユースケースを求めて様々な試みが続けられている。ブロックチェーンを用いれば、ネットワーク上に分散してデータを共有しつつ改ざん防止が可能で、中央集権型の堅牢なデータベースを構築する必要がない点で革新的と言える。従来は複雑で費用対効果が見込めなかった領域をシステム化することも可能と考えられており、資金送金や決済の他にも、資金調達、契約管理、政府の公証サービスまで実証実験が行われている。BitCoinがリリース以来ノンストップで稼働を続けていることからも、ブロックチェーンの様々な実装には同様の高い品質が期待されている。

柔軟な選択肢の活用

このように多様化・複雑化したプロセッサ、それを活かすアーキテクチャ、これらをまとめたシステムインフラを使いこなすことは、新しい技術を活用したビジネスアイデアを実現するためには欠かせない。しかしこうしたシステムインフラは、必ずしも所有する必要はない。急速に進化するクラウドが、多様化するインフラを高速に取り込んでいる。例えばAIの機械学習に必須となるGPUについてもクラウドのメニューから選択可能だ。特殊なハードウェアであるFPGAすらクラウドに取り込まれており、ブラウザさえあればトライアンドエラーを繰り返しながらロジックを開発し、そのままサービスをローンチできる。ブロックチェーンのようなこれまでにない仕組みまでSaaSで提供されている。新たなアーキテクチャが登場したときエンジニアに求められた「まずそれが動作する環境を準備する」障壁はかなり低くなっている。さらにサーバレス・アーキテクチャのようなクラウドゆえに生まれた新たな効率化の手法も存在し、インフラの準備や性能設計を考慮せずに低価格に世界規模でデータ処理サービスを立ち上げることも可能になった。オンプレミス環境からクラウドへ大量データを運び込む、取り出す、もしくは他のクラウドへ移行させることは以前に比べれば容易だ。必要な時に必要な量を確保し、いつでも撤退できるというクラウドの利点をより広範囲に活用できる時代の到来は、ビジネスにおけるシステムインフラの活用に柔軟な選択肢をもたらしている。

利用者に求められる変化

一方でこれまでより多様化し複雑化したインフラを使い込むために、利用者にもより多くの知識やノウハウが必要だ。ソフトウェアとの協調によって高速化を実現している現在のプロセッサは、ひとたび性能問題が起これば単なるスケールアップ・スケールアウト手法では改善が難しい。GPUのソフトウェアライブラリは開発者の負担を減らすが、その特性を理解したチューニングがなければパフォーマンスを発揮できないことがある。FPGAがいくらクラウド上にありブラウザで操作できてもソフトウェア開発とは異なる、ハードウェア特有のロジック実装に必要な知識は欠かせない。クラウドが柔軟で多様な選択肢を提示するがゆえに、システムライフサイクル全体を見据えてどのサービスを選ぶか、何をオンプレミスに残すか判断をすることは容易ではない。今日的な技術トレンドの変化や進化を積極的に取り入れ、ソフト/ハードといった枠組みを越え、さらにビジネスとしての必然性を見据えてシステムインフラを検討できる人材の育成はますます求められていくだろう。

※1 https://cloudplatform.googleblog.com/2016/05/Google-supercharges-machine-learning-tasks-with-custom-chip.html

Technology Trend 08
コラボレーションデザイン

APIエコノミーの発達やUXデザインの興隆は、革新的なサービス創造とその継続的な進化を容易にする。IoTの普及は、人とシステムのインタラクションを抜本的に変え、より自然で自由なユーザ体験を実現する。

詳細を表示
APIエコノミーの浸透

サービスの生み出し方は近年大きく変わり、アイデアをビジネスとして実現させるスピードが極めて早くなった。自家用車とその所有者をタクシーとドライバに仕立てて報酬を提供するライドシェアサービスをいち早く実現し急成長した企業はそのスピードを示す例として知られている。彼らはスタート時にはスマートフォンのアプリケーションとその関連部分以外はことごとく外部から調達していた。利用者とドライバに乗車地点や目的地を伝え適切なルートを提示するナビゲーションシステム、クレジットカード決済、電話やメッセージングサービスといった本来サービスの基幹を構成する要素すら、自らは所有していない既存のサービスを活用したのだ。これを可能にしたのがAPI連携だ。このインターネットを経由した既存のサービスの簡易な連携、APIエコノミーと呼ばれる仕組みが素早いサービスの立ち上げを可能にしている。さらにライドシェアサービスは評価を得て安定したサービスと認識されることで、自らもAPI連携で他のサービスから利用される立場となる。ホテルやレストランのサイトにボタンとして埋め込まれたライドシェアサービスは、宿泊客や食事客に移動手段をワンクリック提供するサービスとして連携し利用されている。

ビジネスをITの活用で実現し、必要となる様々な要素もまたITを活用して取り揃える動きは一般化した。小さい規模のスタートアップであっても品質の安定した既存のサービスを組み込んで新たなビジネスを作り上げる。インターネット経由で呼び出して組み合わせ、短いリードタイムでリリースすることで、その価値を世に問う。変わったのはビジネスを実現するスピードだけではない。その後に続くUXの継続的な改善もまたITの活用で加速している。例えばUIの改善案を稼働中のWebの一部に反映して顧客の反応を確認する分析ツールもAPI連携で提供されている。運用段階も含め、ライフサイクル全体でサービスを常に改善していく本来のUXデザインがスピードと容易さを持って実現されていると言えるだろう。

IoTプラットフォームで加速する
APIエコノミー

IoTの普及がビジネスの生み出し方をさらに次の段階に進化させる。各社が提供を開始したIoTプラットフォームでは、多種多様なIoT機器一つ一つに対するネットワークを含めた統合的なマネジメントシステム、それらの機器と連携するサーバ側システム、収集された情報の加工・分析システムが組み合わされている。例えば工場の製造機器や車両に取り付けたIoT機器を管理し、稼働状態、燃料消費量、部品の状態などを収集する。その膨大な情報を分析することで機器の異常検知・適切な交換時期の把握を実現する、作業者の稼働状態を収集する、集計してその平準化に活用するといった例がある。

さらにIoTプラットフォームをオープンに展開する動きも期待される。IoTプラットフォームの多くは、各企業の内部に閉じている。IoTプラットフォームを導入し、そこから得られる情報を活用した効率化を目指す範囲はあくまで特定の企業内だ。今後はIoTプラットフォームでとりまとめた情報、管理しているIoT機器の束をオープンに公開して外部に提供することで新たなビジネスが生まれる。一部の企業によるトライアルでは、同意を得られた家庭から電力使用データを収集し分析した上で業種横断のマーケティングに利用する、といった活用が想定されている。

2017年1月に開かれた家電ショーでは、IoTプラットフォームの可能性が示された。展示された実に700ものIoT製品が、クラウド型音声対話インタフェースとのAPI連携を実装して発表されたのだ。音声対話インタフェースは自然な会話によってインターネット経由の商品発注やサービス呼び出しを実現するスマートスピーカーで利用されており、北米で年間500万台を出荷する人気商品となっている。こうして家庭に浸透して音声認識の実績を十分に積んだ音声対話インタフェースがAPI連携サービスとして提供されているのだ。このサービスを冷蔵庫・掃除機といった家電から自動車などすでにIoTであった機器に連携させることで、音声対応サービスにアップグレードできたのだ。しかもこの音声対話インタフェースはすでに4000ものサービス、あらゆる物販から出前の予約、宿泊予約、タクシー呼び出しなどと連携している。今後こうした多数のサービスとサービスがさらに連携し、よりスマートな体験を提供するプラットフォームに成長する可能性は高い。業種や業態を超えスタートアップ企業から大企業まで活用するAPIエコノミーの範囲がIoTにまで拡大している事実を象徴する出来事と言えるだろう。

ITによるUX革新

サービスはITの力によって、より自然なUXを追求できる段階に入っている。AIの急速な進化をベースにした、音声認識インタフェース、コンピュータビジョンによる空間認識、ARが現実空間と仮想空間の統合など、最新IT技術は全く新たなUX(User Experience:ユーザ体験)を生む可能性を持っている。特に北米の大手通販会社がデモを公開した「レジのないスーパー」はこれまで慣れ親しんだUXをIT技術で完全に書き換えた事例として特筆すべきだろう。この店舗には多数のIoT機器、カメラやセンサが備え付けられている。顧客は入店時にゲートにバーコードをかざすことで認証され、以降店内での動きはそれらのIoT機器によって常に追尾される。このトラッキングは店の中での顧客の位置だけでなく、棚に手を伸ばして商品を手にする動作、迷って棚に戻した動作まで捉え続ける。顧客は必要な商品を手に取りそのまま店を出るだけでよい。スマートフォンを確認するとそこには何をいくつ購入したか表示され決済が完了している。まさに必要なものを持って帰るだけのUXであり、すでに確立したスーパーマーケットのあり方に慣らされた人間では発想が難しい新たなUXの形と言える。商品をカゴに入れ、レジに並ぶ、レジ打ちを待つ、袋詰めを待つという行為は必然なのか、レジに人間を配置する必然性はあるのかという問いが生み出したUXの革新であり、その革新は発展するIT技術が可能にしたと言えるだろう。

継続的なUX革新

UXの革新はIT技術そのものにもおよぶだろう。例えばあらゆるサービスの起点となっているスマートフォンの操作も革新すべき対象だろう。現実世界のメタファーである筈のアイコンを詰め込んだ画面を凝視し、目的の操作を選び出してタッチする操作は本当に直感的だろうか。アイコン=アプリはそれぞれ独立しており、その連携は希薄で情報の共有すら難しい。スマートフォンを触り始めた人がスムーズに利用するまでに多大な習得時間を要する点からも不完全なインタフェースと言えるのではないだろうか。スマートフォンの平面な画面にとらわれずVRやAR、プロジェクションマッピングなどを駆使したインタラクションが必要かもしれない。人間の自然なジェスチャの利用も考えられるが、人が機械に能動的に語りかけなければ成り立たないこと自体が不自然かもしれない。特定のキーワードで呼びかけなければ、人が働きかけていると気がつかない音声対話インタフェースが自然とは言えない。現在のインタフェースは、人の脳による直感的な見る・話す・掴むといった動きとは関わりが薄い、独特な不自然な行動で成り立っていると言えるのではないか。ITのインタフェースはUXの革新を待っている。

またITによるUX革新は技術の無秩序な導入とも異なるものだ。技術的に可能ならまずやってみるというインターネット発祥のビジネスが持つダイナミズムはユーザのフィードバックを受けて後退することもあるだろう。例えばレジのないスーパーは、現在ネットショップが実現しているあらゆる技術を導入できる可能性がある。ある商品を手に取った瞬間、ARを駆使した広告が流れ、2個買えば半額といったキャンペーンが表示されるかもしれない。ユーザによる商品の評価が並ぶかもしれない。いつもカップケーキに手をかけたところで迷う動作を見せる顧客に、購買意欲を高める音楽が流れ、映像が変化するといった仕掛けも不可能ではない。ユーザを特定商品の購買に向かわせる人間工学を駆使した仕組みが取り入れられる可能性もある。こうしたアイデアが果たして適切か。ユーザフィードバックを得て改善を繰り返す真のUXのサイクルが実現されるなら、より穏当な仕組みに取り替えられることは明らかだろう。ユーザを見つめた、継続的で真摯なUX革新こそが人とITのコラボレーションデザインの姿と言えるのではないだろうか。