2014年4月17日

ワシントンコア リサーチャー
伊東 桃子

米内国歳入庁(Internal Revenue Service:IRS)は、所得税、法人税、雇用税等を含む主要な納税申告において電子申告利用率80%達成を目標として掲げており、より効率的な納税申告を目指し、電子申告システムの近代化、ウェブおよびモバイルアプリによるサービス提供に取り組んでいる。本稿では、電子申告利用状況、電子申告利用促進に向けた取り組み、そして近年増加している不正還付申告の防止に向けた取り組みについて紹介する。

1.電子申告の普及状況

IRSは、クリントン元大統領下で1998年に成立したIRS改革法(IRS Restructuring and Reform Act of 1998)を受け、これまでIRSの組織再編や電子申告の普及に取り組んできた。その後、2001年にジョージ・W・ブッシュ元大統領により発表された「大統領管理アジェンダ(President's Management Agenda)」における主要目標の一つに電子政府の推進が掲げられたのを受け、IRSは「Free File Alliance」と呼ばれるTurbo TaxやH&R Blockなどの民間ソフトウエアベンダー14社の協力を得て、2002年度の納税申告から無料電子申告サービス「Free File」の提供を開始した。Free Fileは、年収5万8,000ドル以下の納税者は誰でも利用可能であり、米国の納税者全体の70%が対象となる。2003年の運用開始以降、現在までに4,000万人以上の納税者がFree Fileを利用して所得税を申告した実績を有する。2009年のIRS調査によると、電子申告サービスを利用する96%の納税者が「Free Fileは使い易い」と答えており、その評判は上々である。

また、IRS改革法を受け、米財務省(Department of the Treasury)下に設立された電子申告推進諮問委員会(Electronic Tax Administration Advisory Committee:ETAAC)注1は、毎年6月にIRSによる電子申告の推進状況の評価や今後の改善点などをまとめた年次報告書を発表している。ETAACの主要責務は、米国のすべての納税者(組織)による電子申告利用率80%の目標を達成するための研究、分析、提言を行うことで、最近では所得税の電子申告用の新たな電子プラットフォームの採用などを含め、これまでに同組織からの50以上の提言がIRSにより採用・実施されている。

ETAACによる最新の2013年度年次報告書によると、法人税や雇用税も含む全税カテゴリにおける電子申告の利用率は、2011年度では60%であったのに対し、2012年度では73%に増加したことが判明しており、IRSによる電子申告推進に向けた取り組みの成果が高く評価されている。具体的には、所得税の電子申告は、全体目標の80%を既に達していることが明らかになっているほか、法人税の電子申告についても、同税の電子申告を許可する州の数の増加や、一定金額以上の税還付を申請する場合に電子申告が義務付けられたことなどを受けて、2011年度には48%であった利用率が2012年度には62%へと1年間に14ポイント上昇するなど、大幅な進展が見られている。一方、2012年度の雇用税の電子申告利用率は約29%とまだ80%目標達成には程遠い現状にある。この背景には、雇用税の場合、紙媒体の納税申告でも手続きが簡単で費用もあまりかからないことから、IRSから認可を受けているプロバイダへの委託切り替えの手続きや、IRSからの認可を受けた商用ソフトウエアを購入しなくてはならないなど、手続きやコスト面でのインセンティブが十分でないことがある。

所得税の電子申告利用の高まりにみられるように、IRSの十年来の取り組みは一定の成果をあげているが、IRSは近年、さらなる普及拡大に向けて最新技術を取り入れた電子申告システムの近代化の取り組みを推進している。

参考

2.電子申告システム近代化への取り組み

IRSは2010年より申告処理の一層の効率化やコスト削減の目的から、所得税の申告に利用される電子プラットフォームやデータベースの近代化に向けた取り組みを推進してきた。この取り組みは電子申告システム近代化(Modernized e-File:MeF)プロジェクトと名づけられており、2013年1月にMeFへのシステム完全移行が実現したところである。

これまで所得税の申告において用いられてきたレガシーシステムでは納税者による氏名、住所、雇用主番号等の誤入力に伴うエラー特定が完全でないことやシステム維持に高いコストがかかることが課題となっており、こうした問題を解決する最新技術を採用したウェブ基盤の新プラットフォームの必要性がかねてから指摘されてきた。

具体的にMeFには、

  1. 1.定義された申告データフォーマットに沿って必要なデータが入力されているか
  2. 2.納税者本人および配偶者の名前と社会保障番号情報がIRSの保存するデータと一致するか
  3. 3.収入による税額控除の限度や入力した各税額の計算を示す別表注2の添付の有無などの要件を満たしているか

をそれぞれチェックする3つの検証機能が備わっており、納税者による電子申告の作成から申告の受理が完了するまでに、いずれかのエラーが特定されれば、申告できないように改良された。

また、MeFには、その申告データ認識・処理システムにXMLが採用されており、従来のデータバッチ処理システムに代わり、各申告データをリアルタイムで即座に処理し、同時に数千件の申告処理を行うことも可能になっている。このように、2010年から徐々に導入が進められてきたMeFによって、より迅速かつ効率的なデータ処理が可能となり、これまでに納税者からの誤情報の修正・確認作業にかかっていた約1億2,800万ドルものコストが削減されたほか、申告プロセスで発生する納税者による入力エラーも8%まで低減されたことが判明しており、システム移行が完了したことで、そのコスト削減効果は今後より高まることが予想されている。またMeFの導入は納税者にとっても利点があり、同システムの採用以降、連邦税と州税の同時申告やPDFファイルの添付のほか、これまで小切手郵送のみであった税還付を銀行口座への直接振り込みを通じて受け取ることも可能となった。

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3.ウェブサービスおよびモバイルアプリの充実化による電子申告の推進

こうした電子申告システムの近代化に加え、IRSは近年、納税者を対象とした電子申告の利便性を高めたり、IRSの提供する納税関連サービスを市民がより効率的に利用できるようにするためのウェブサービスやモバイルアプリを充実させることで、さらなる電子申告の活用を推進している。以下に、2013年度から利用できるようになった新サービスの例を挙げる。

●納税申請記録情報を即座に受け取れる「Get Transcript」

「Get Transcript」は、これまでの申告記録の開示をIRSに要請できるオンラインサービスである。これまでは、申請記録の要請のために納税者が書類に必要事項を記入して郵送した後、記録を受け取るまで5~10日かかっていたが、同サービスを利用することで、24時間いつでもオンライン上で、住宅ローン、学生ローンへの申請、新規の納税申告を行う際に必要な過去の納税記録の閲覧、印刷、ダウンロードが即時に可能となった。なお、申告記録のオンラインでの取得には、氏名、誕生日、住所、電話番号、社会保障番号の入力が求められる。

●無償ボランティアによる電子申告支援を受けられる「Free Tax Prep Providers」

IRSではこれまでに整備してきた電子申告システムの活用をより一層普及させるためのサービスにも注力している。これには、年収5万2,000ドル以下の納税者を対象とする「Volunteer Income Tax Assistance(VITA)」と、退職後の納税に係る特別な支援を必要とする60歳以上の納税者を対象者とする「Tax Counseling for the Elderly(TCE)」の2種類が設けられており、納税者はボランティア検索サイトである「Free Tax Prep Providers」で郵便番号を入力し、指定した圏内における支援サービスの場所を検索することが可能で、ボランティアの支援を受けながら電子申告に必要な作業を完了させることができる。

●納税申告処理状況を追跡できる「Where's My Refund」

2002年から提供されている「Where's My Refund」は、納税申告後の処理状況を追跡し、税還付受領日の目途を確認できるオンラインサービスであるが、2013年度の納税申告を前に、同サービスには税還付の処理状況をより詳細に追跡できる機能が追加された。具体的には、納税者は、IRSウェブサイトの同サービスページから社会保障番号や申請情報などを入力してログインすることで、1日1回更新される、1.申告受理(Return Received)、2.申告承認(Refund Approved)、3.還付金送付(Refund Sent)といった、従来の「還付金送付日の目安」のみの追跡機能より詳細な処理状況を確認できる。社会保障番号、既婚の有無、返金申請額の3点のデータを入力するだけで、電子申告受理の24時間後、紙媒体での納税申告の場合は、申告書類を郵送した日の4週間後から利用可能となっている。これまで、IRSのカスタマーサービスに返金処理状況に関する問い合わせの電話が大量に寄せられていたが、2013年度の納税申告より、電話および窓口での対応は、電子申告送信日の21日後、紙媒体による納税申告書類提出の6週間後からのみ問い合わせ可能となったため、IRS職員の負担は大幅に軽減されることが期待されている。

●いつでもどこでもIRSの納税申告関連サービスを利用できるスマートフォンアプリ「IRS2Go」

IRSは昨今のモバイル端末の普及を受けて納税者が場所を問わずいつでも納税申告に係るサービスを利用できるようにするためのスマートフォンアプリ「IRS2Go」を2011年より提供している。同アプリの最新バージョンとなる4.0が2014年2月4日にリリースされ、上記3つの新機能がモバイル端末からも利用できるようになっている。そのほか、同バージョンでは英語およびスペイン語に対応し、従来の過去の申請記録の郵送申請手続きやYouTubeのIRSチャンネルを介した納税関連情報動画の視聴、IRSによる最新ニュースの受信といった機能も搭載されており、これまでに約350万件もダウンロードされた人気の高いアプリとなっている。

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4.電子化に伴うなりすまし犯罪の増加

納税申告の電子化は、納税者にとっても、その処理を行うIRSにとっても利便性が高い一方で、納税申告に関するなりすまし犯罪が急増しており、電子化に伴う個人情報漏えいのリスクに対する懸念も高まっている。米国で急増しているなりすまし犯罪の一つは、個人の税還付金を騙しとる「なりすましによる不正還付申告(Stolen Identity Refund Fraud:SIRF)」とよばれるもので、IRSは2008年から今日までに、SIRFの発生件数は6.5倍に増加したと推定している。元IRSの弁護士、Kenneth Ryesky氏は、IRSが2014年より開始した上述のGet Transcriptサービスに関して、オンラインでの過去の申告記録の取得には氏名、誕生日、住所、電話番号、社会保障番号以上の情報入力を求めるべきであると主張しており、限られた個人情報の入力で個人の重要な納税申請情報へのアクセスが可能となり、なりすまし犯罪が増加する可能性を危惧している。

こうした状況を受け、IRSはSIRF防止に注力するようになっており、法執行機関による介入拡大、なりすまし犯罪に対応する人員の増員のほか、特に、電子詐欺検出システムの刷新に積極的に取り組んでいる。IRSでは、SIRFや納税者による不正申告を防止するため、1994年から現在に至るまで、予測モデリングにより収入と源泉徴収の相違を特定し、不正申告の可能性を判断する「電子詐欺検出システム(Electric Fraud Detection System:EFDS)」を導入・活用している。

EFDSは、納税者により提供される収入と、その収入額から予想される源泉徴収のデータに不自然な点が特定された場合、なりすまし又は不正申告の疑いがあり、IRS審査官による詳細検証が必要な申告ケースとしてマークするシステムである。EFDSによりマークされた申告は、その後IRSの審査官により、当該納税者の過去の申告データと比較してデータに一貫性があるかどうか、雇用主から提供される各データと照合しながらより詳細にデータの検証が行われ、IRS審査官により申告データの不正が確認された場合、納税者本人の身元確認および申告データの妥当性が証明されるまで処理は保留される。

IRS自身による発表ではEFDSにより、2010年では、約88万件(推定被害額73億ドル)の不正申告が特定・防止された一方で、同数を上回る約150万件の不正申告が特定されなかったという分析結果も報告されている。これは、EFDSが特定した不正申告についてIRS審査官が個別に手作業で過去データと照合して検証を行うことが非効率であるほか、検証途中で審査官によるデータ入力ミスが発生することもあり、不正申告を正確に検証できないなどが主な原因である。そこで、IRSは2009年にEFDSに代わる新システムとなる「納税申告審査プログラム(Return Review Program:RRP)」の開発を開始した。RRPは、データマイニングや統計解析など、民間の金融機関で活用されているクレジットカードの不正利用を正確に特定するための高度な分析技術を採用するほか、IRS審査官による検証作業の負担を軽減するため、納税者の過去数年間の収入および源泉徴収のデータと、当該納税者の雇用主から提供されている各データの照合をすべて自動化し効率的に処理する機能を搭載するシステムである。IRSはRRPシステムの開発をIBM社に委託し、同社は2011年から同システムのプロトタイプの構築を開始している。

同プロトタイムシステムの構築は2013年に完成し、そのテスト運用では、電子申告送信後24時間以内に約1億件の電子申告データを処理し、160億ドルの被害額に相当するなりすまし詐欺のケースを特定することが可能となっており、今後2016年までにRRPシステムの完成・運用実現が目指されている。

5.電子申告の普及に関する課題と今後の展望

IRSは、あらゆる税カテゴリにおける電子申告の利用率を80%にまで高めることを目標とし、MeFの導入による申告処理を一層効率化させるためのシステム基盤の刷新・強化や、納税者を対象としたオンラインサービスの充実化を図ることで、より一層の電子申告の普及を推進している。またIRSは、近年増加するなりすまし詐欺を有効に防止するためのRRPシステムの構築を推進し、不正申告の問題への対応に特に注力している。しかし、ETAACは、2013年度年次報告書において、継続したMeFの運用とRRPシステムの運用実現にはさらなる予算が必要である点を指摘しており、連邦財政が逼迫する中、予算問題がこうしたシステム導入・運用の可否を左右する一つの大きな懸念の種となっている。

IRSは長期目標やその時々の社会情勢等を反映した戦略計画を5年毎に発表しており、2009年に発表された「2009-2013年IRS戦略計画」では、納税者の視点に立ったサービス提供やISRウェブサイトの利便性向上などが掲げられた。現にIRSは上述したように、ウェブサービスの向上やアプリ配信を実現させるなど過去数年、これらの目標達成に向けて取り組んでおり、戦略計画はIRS全体の取り組みの方向性を決定する上で重要である。しかし、現時点で2014年から2018年にかけての戦略計画はまだ発表されておらず、なりすまし犯罪やオバマケアによる新税を反映した戦略計画を策定し、方向性や目標を設定しなければ、電子申告の推進に係る技術開発、運営、人材トレーニングを効果的に行えないというETAACの指摘にもある通り、新戦略計画の早期発表が望まれている。

参考

注釈

  • 注1ETAACは、会計業界やソフトウエア業界の代表など15名のメンバから構成される。
  • 注2所得税の申告においては、項目別控除、利子配当所得など主要な項目ごとに詳細数値を記入した別表を添付する必要がある。
  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。