2014年4月17日

中央大学法科大学院教授、東京財団上席研究員
森信 茂樹

今年4月から消費税率が8%になり、来年10月からは10%へと引き上げが予定されている。また、消費増税に伴う逆進性への本格的な対策は現在も議論が続けられ、日本の消費税制度は正に変革期にあると言える。そこで今回は、租税法を専門とされる中央大学大学院法学研究科の森信 茂樹教授に、消費税の増税の必要性や現状課題についてお話を伺った。更に税務分野に関連し、マイナンバー制度についても現状課題を伺っている。

1.なぜ今消費増税なのか

Q.4月から消費税率が8%に引き上げられ、2015年10月には10%になります。増税は必要だとお考えですか。

増税を喜ぶ国民は誰もいません。しかし、今の日本の財政状況を鑑みれば増税せずに放置しておくことはわが国経済に大きなリスクをもたらします。リスクをなくすためにも増税せざるを得ないと考えています。

Q.具体的に、どのようなリスクがあるのでしょうか。

日銀は物価上昇率2%の目標を掲げていますが、物価が上がれば当然長期金利も上がるでしょう。金利が上がると国債の利払い費が膨らみます。我が国の借金(国・地方の長期債務残高)は2013年度で980兆円近くになる見込みです。1%利率が上がるだけで利払い費は2,3兆円近く増えてしまいます。金利が2,3%上昇すれば、今回の消費税増税分を超える金利負担増になります。

我が国の90兆円の予算の半分近くは公債金で賄われている中、景気が良くなる前に金利が上昇し、利払い費が数兆円も上乗せされれば日本の財政再建はますます遠のきます。日本の国家財政に対する海外投資家からの信頼性に大きな疑問が生じ、国債が暴落し、金利は急騰し、日本の財政は破たんしてしまうでしょう。

高齢化で膨らむ社会保障費を賄わなければならない中で、このような財政破たんの危機を現実にしないために財政再建が必要で、消費増税はやむを得ません。

Q.安倍政権は法人税の実効税率引き下げを目指していますが、今のお話からすると財政再建のためには減収は問題ではありませんか。

ご指摘の通りです。私は日本の空洞化を避けるために、法人税率は引き下げるべきだと考えています。しかし、実効税率を10%引き下げると5兆円の減収になります。これは消費税2%分に相当しますので、消費増税分を相殺してしまいます。これでは財政再建のための消費増税にならず、海外の評価は得られないでしょう。そこで、実効税率の引き下げは、ネット減税ではなく課税ベースを広げ財源確保をした上で実施する必要があります。

2.日本の消費税の課題

2.1 軽減税率の導入是非について

Q.消費増税にあたり、逆進性対策として軽減税率の導入が与党内で議論されました。森信先生は8%の段階で軽減税率を導入することの問題点を指摘されています。

「軽減税率」は、食品などの生活必需品について標準税率よりも低い税率を適用する制度で、標準税率が20%前後のヨーロッパなどで広く導入されています。税率が複数になるため複数税率とも言います。低所得者ほど税の負担が重くなる「逆進性」を改善するためです。

私は税率が8%の段階では逆進性対策が必ずしも必要とは考えていません。政治的には必要とされるかもしれませんが...。

軽減税率に反対する理由は、食料品に軽減税率を導入しても、お金持ちの方が食料消費額が多いので、逆進性はなくならないという理由があります。軽減税率のほかに、給付付き税額控除で逆進性対策をという考え方があります。「給付付き税額控除」とは、低所得者には所得税の税控除を行い、控除する税金がない場合は現金の給付を行うもので、低所得者の逆進性対策の効果が高く、導入コストが低いので軽減税率より給付付き税額控除の方が望ましいと考えています。

消費税率を引き上げることを決めた社会保障と税の一体改革関連法では、複数税率の導入か給付付き税額控除のどちらかの導入を検討し、導入する施策の実現までの間には簡素な給付措置を行うことが決まっていました。ところが、今は軽減税率の是非ばかりが議論され、給付付き税額控除については議論がされていません。番号の2016年からの稼働が決まった以上、給付付き税額控除についても具体案を出し議論を発展させた上で、軽減税率との比較検討がなされるべきだと思います。

Q.軽減税率の導入にはなぜ慎重なのですか。

逆進性対策にならないことは前述しましたが、最大の問題は軽減税率を導入により失われる税収が大きいことです。例えば標準税率が10%の時、食料品の軽減税率を5%にしたとしましょう。消費支出の食糧費の割合は大体2割ですから、軽減税率を食料品に適用すると税収が標準税率9%と同じ(10%×0.8+5%×0.2=9%)、つまり消費税1%分の減収になるのです。軽減税率を導入して同じ税収を得るには標準税率を11.25%(1%÷0.8=1.25%)にしなければなりません。

これを避けるために軽減税率の対象品目を狭くしようとすると、どの品目を対象とすべきかの線引きが難しくなります。また、取引にあたり逐一、軽減税率の対象品目かどうかを判断しなければならなくなり、消費者も事業者もコストがかかります。

ヨーロッパでは食料品は軽減税率、レストランサービスは標準税率という国が多いです。よく言われるように、テイクアウトは食料品、イートイン(その場で食べる)は標準税率という区別をする国では、テイクアウトとして購入してその場で食べる事態が発生しています。そこで英国では、ファーストフード店が提供する食べ物でも、温めればホットフードとしてレストランサービスに分類されて標準課税、冷たいデリカテッセンは軽減税率というように温度で決めています。仮に日本でも同様の課税分類を行った場合、コンビニエンスストアで食品を販売する際に温めた場合や、店内のイートインスペースで食べた場合など、さまざまなケースを考慮する必要があり、制度を運用する事業者にも多大な負担が生じるでしょう。

Q.英国やフランス、ドイツでは、軽減税率が導入されていますが、これらの国では品目、条件により異なる複雑な適用税率にどのように対応しているのでしょうか。

実は、売上と仕入れを適用税率別に管理する事務負担を軽減するためにインボイスが導入されています。

「インボイス」とは課税事業者が発行するもので、取引の事実を証明する書類に消費税(付加価値税)額が明記されています。日本では事業者の負担になるとしてインボイスの導入に反対する意見が強いですが、ヨーロッパではむしろ逆の発想です。インボイスが取引毎に作成され、全ての取引の税額が明確になることで、申告時の会計作業はむしろ簡潔に行えるようになるのです。

事務負担増はインボイスによるものではなく、軽減税率の導入によるものです。インボイスはその事務負担を軽減するためのものなのです。ヨーロッパでは、適用税率ごとに品目を抽出して積み上げ計算をする事務負担を避け簡素に納税するために、そして取引から排除されないために、多くの免税事業者がインボイスを発行できる課税事業者を敢えて選択していると聞きます。

Q.なるほど。日本ではインボイスに限らず消費税について色々誤解がありそうですね。

日本特有の現象に、消費税の価格転嫁の困難性という問題があります。消費税は、取引の相手側に価格転嫁することで最終消費者に負担を求める税で、価格転嫁が前提とされています。ですから、税率が上がれば物価が上がるのは当然です。それを確実にできるようにするのがインボイスです。

わが国では、インボイスを使わずに納税額を計算できる帳簿方式です。そこで、事業者は、売上×消費税率-仕入れ×消費税率、つまり(売上―仕入れ)×消費税率で納税額を計算しています。そうすると、これは法人税の計算式と極めて似てくる、つまり粗利に消費税率をかけて納税するという頭になり、消費税も直接税という感じになります。このような認識も転嫁が十分できない要因の一つです。

欧州では、事業者間の取引は税抜き価格で決まります。あとはインボイスを使って消費税額を取引の相手方に送っていくという仕組みなので、転嫁はそれほど問題になりません。

B2C(対消費者取引)でも、わが国と欧州では異なる点があります。わが国のお店は消費税率引き上げの前日に一斉に商品価格を張り替えますが、そのようなことは欧州ではありません。欧州では、消費税率の引上げが行われる半年ぐらい前から、原材料価格や人件費などのもろもろの事業コストを勘案しながら、売れ筋商品は少しずつ値上げをし、売れ筋ではない物やバーゲン品は値段を変えないようです。本来、消費税といっても事業全体のコストの一要因で、いつどの商品の価格に転嫁するのかは各事業者の販売戦略に基づいて決めればよいという考え方です。背景には、モノの値段はコストで決まるのではなく、需要と供給で決まるという認識があるのでしょう。

2.2 インボイスの導入について

Q.そもそも日本の会計帳簿と仕入れの請求書を保存する方式(請求書等保存方式)とインボイス方式の違いとは何でしょうか。

インボイスでは、適用税率と消費税(付加価値税)額を商品、サービスの価格とは別に明記することが義務付けられており、消費税(付加価値税)の税額控除はインボイスがないとできません。一方、日本では取引の相手方(第三者)が発行した請求書等という客観的な証拠書類の保存を仕入れ税額控除の要件とし、帳簿の価格から計算しています。各商品、サービスの適用税率、税額の記載は義務付けられていません。

インボイスのメリットは、先に述べた事務負担を軽減することの他に、税の転嫁が容易だという点が挙げられます。B2B(企業間取引)は、インボイスがあれば付加価値税をほぼ完全に転嫁できるのです。

図表1を見てください。売り手は買い手に取引価格に係る付加価値税額50をインボイスで請求し、買い手は売り手に支払います(図中1)。売り手はそれを国に納税(図中2)、買い手はインボイスを証拠として50を仕入れ税額控除(図中3)できるのです。インボイスは言わば国に対する債権です。このようなツールがあってはじめて消費税は間接税となる、ともいえます。

インボイス制度の下では企業間は税抜きで交渉することができますので、消費税分はほぼ確実に転嫁ができるともいえます。日本では税込で交渉が行われ、消費税分は値引きしてほしいという商慣行があると聞きます。消費税の転嫁ができないケースが生じ、国による対策が必要となっています。日本ではインボイスがなく帳簿方式のため、このような欧州の方法、つまり消費税(付加価値税)は事業者間ではパスしているだけ、ということが認識されずそれが転嫁できないという問題につながっているのでしょう。

【図】

図表1:消費税の仕組みとインボイス

Q.インボイスの導入は日本でも必要でしょうか。

私は軽減税率の導入如何にかかわらずインボイスが必要だ、という立場です。

ただ、日本にインボイスを導入する場合難しいのは、課税売上1,000万円以下の免税事業者の取り扱いです。免税事業者はインボイスを発行できないために、取引の相手側が控除を受けられず、免税事業者が取引から排除されるおそれがあるのです。現在わが国では、消費税を負担しない免税事業者からの仕入れを税控除できるわけで、これをインボイスを導入した時にどうすべきか難しい問題が生じます。

インボイスがあって、適正に相手側に消費税を転嫁できて、適正な税計算ができ、益税(消費税を負担しない免税事業者が仕入れにかかった消費税分を超えて消費者に過剰転嫁する部分)が生じないことが本来の消費税の姿です。この立場からは、免税事業者でも取引から排除されたくないというのであれば、課税選択をする、その手間はインボイスがあれば難しくない、これが本来の姿です。そうなれば、益税の問題もなくなります。先ほど述べた難しさを考えると、軽減税率導入というショックがないと日本にインボイスを導入することは難しいかも知れません。

Q.インボイスを導入する国では、課税事業者を番号により管理し、インボイスにもその番号を記載することが一般的です。日本では2016年からマイナンバーと法人番号が導入されますが、インボイスを導入することになれば、これらの番号を使うことになりますか。

欧州ではVAT番号(各課税事業者に割り振られる番号)が導入されており、インボイスに必ず記載されています。欧州では税務の現場でIT導入が進んでおり、ビューズ(VIES:Value Added Tax Information Exchange System)という欧州統一システム上で取引相手が真正な課税事業者かどうか事業者がVAT番号で照会できます。また、税務当局同士ではVAT番号を使ってインボイスの中身まで把握できるようです。

日本でインボイスを導入する場合は、法人は法人番号がVAT(消費税)番号として使われることになるでしょう。問題は、個人事業主です。マイナンバーは特定個人情報ですから、インボイスに記載してあちこちに流通させることはできません。ですから、個人事業主に対しては新たにVAT番号が必要になるでしょう。事業主でない個人の場合でも、講演料などで課税売上が1,000万円を超えれば課税事業者となります。課税対象者のVAT番号を管理するため国税当局に新たなシステムが必要になるでしょう。

3.番号制度について

Q.2016年から社会保障・税番号制度(マイナンバー制度)が導入されます。マイナンバー制度について課題等あればお聞かせください。

マイナンバー制度については、番号法に「施行後3年を目途に利用範囲、用途が見直される予定」とありますが、「3年後見直し」とは何か、内容や範囲を国民に具体的に示す必要があると思います。

例えば、マイ・ポータルの使い道を決めることや、政府税制調査会で議論されている預金口座への付番、一定の手続きの際に住民票などの証明書を本人同意の上でマイ・ポータルで照会できるバックオフィス連携などは3年後見直しの範囲ではない、ということのようです。番号法を改正することなく、マイナンバーの使われ方が変わることに違和感を覚える国民もいらっしゃると思いますので、その辺の関係をもっと説明する必要があると思います。

もう一点、上記とも関連しますがマイナンバーの「民間利用」の定義も明確にすべきでしょう。オランダでは、財務省の内部管理用の番号を20年近くかけて全行政分野に使う共通番号(市民サービス番号)に進化させました。また、番号の利用目的を法律で明記したうえで国民的な議論を重ね、少しずつ利用範囲を拡大してきました。このように、国民や関係者に透明で納得感が高い導入プロセスは見習うべきではないでしょうか。

4.その他

Q.最後に、ITに関わる国や省庁、ITベンダーにご助言などありましたらお願いいたします。

IT総合戦略室が内閣官房にでき、これまでIT担当室と社会保障改革担当室に分かれていた業務が統合されました。しかし、有機的に動いているように思えません。ITの専門家と法律の専門家が上手く連携して番号をどう使うのかを総合的に考えて動いてほしいと思います。

マイナンバー制度の導入に向けて、各省庁はマイナンバーの登録やシステム対応に手一杯で、税で言えばマイ・ポータルを使った記入済み申告の実現など国民のメリットになる新たな番号の使い道を考える余裕がない状況です。民間からどんどん活用法を提案していくと良いのではないでしょうか。

もう一つ、マイナンバー導入には官民大きなコストがかかるわけです。それに見合う行政コストの削減を実施してほしいいと思います。きちんと国会で議論すべき課題です。

略歴

中央大学法科大学院教授、東京財団上席研究員
森信 茂樹

法学博士。1973年京都大学法学部卒業後大蔵省入省、主税局総務課長、東京税関長、2004年プリンストン大学で教鞭をとり、財務省財務総合研究所長を最後に退官。その間大阪大学教授、東京大学客員教授。10年から12年まで政府税制調査会専門家委員会特別委員。現在、中央大学法科大学院教授、東京財団上席研究員。著書に、「消費税、常識のウソ」(朝日新書)、「日本の税制 何が問題か」(岩波書店)、「給付つき税額控除」(共著・中央経済社)等。

聞き手

株式会社NTTデータ経営研究所 ライフ・バリュー・クリエイションコンサルティングユニット シニアコンサルタント
小林 洋子

株式会社NTTデータ経営研究所 公共行政サービスコンサルティングユニット コンサルタント
石黒 裕佳子