2014年4月24日

日本総合研究所理事
翁 百合

混合診療禁止の規制は、これを緩和した場合の限界的な経済効果の大きさにはさまざまな見方があるものの、かねてから医療分野の規制の中で象徴的な扱いをされてきた。安倍政権が、この問題にどのような姿勢を示すか注目されているが、本稿では混合診療禁止の規制の現状とメリット・デメリット、改革の方向性について論じてみたい。

1.混合診療禁止とは何か

混合診療禁止とは、保険診療と保険外診療(患者の自己負担で受ける自由診療)の併用を禁止する規制である。もし患者がこれを併用して受けたいと望むならば、自分が受けた保険対象の診療や検査について、自分が納付してきた保険料の見返りとして本来受けられる給付を受けられず、自己負担しなくてはならなくなる。

たとえば、ダヴィンチといわれる高度なロボット医療機器が現在、病院の手術現場で使われている。傷口が小さくてすむ手術が可能で、身体への負担が少ない。ただし、現在保険診療として認められているのは、前立腺がんだけである。前立腺がん治療を受ける人は、検査に伴う治療費も手術料も保険対象となり、自己負担は小さくて済む。しかし、子宮がんや大腸がんを患った人がダヴィンチによる手術を受けたいと思った場合、当該手術代だけでなく、保険対象であった手術前の検査までもがすべて自己負担になってしまう。したがって、特に所得の低い患者にとっては、この手術を断念して身体的負担の大きい別の手術を受けるか、それとも今まで保険給付を受けていた分も金銭的な負担をしてダヴィンチ手術を受けるか、厳しい二者択一の選択を余儀なくされる。

2006年に保険外併用療養費制度が、従来からあった特定療養費制度をさらに拡充する形で創設された。この制度の中では混合診療は認められている。保険診療と混合して受けられる保険外診療を健康保険法86条では、評価療養と選定療養と定めている。前者は高度先進医療などに代表され、一定期間の評価を経ていずれ保険収載されることが前提となっている。後者は差額ベッドなど患者の満足度を高めるものであり、恒久的なものである。先進医療は、厚生労働省の下にある先進医療会議で認められる。厚生労働省は、現在先進医療を積極的に導入する姿勢を示している。すなわち、併用しても安全性、有効性が認められれば、具体的には数例の使用実績で事故が起こっておらず、査読した論文等で有効性が期待できるものは、スピーディーに評価療養として認めるとしている。しかし、現段階では、先進医療として認められているのは100程度の医療技術、治療と限定的であり、全国の多様な重篤な疾病に悩む患者の切実なニーズには、数ヶ月単位でしか応えられていない注1

したがって、現在の混合診療禁止の規制は、特に、病気を抱える、所得が必ずしも高くない患者が、納得のいく治療を受けるため、海外では実績があるが国内では未承認で保険外となっている治療法をすぐに試したいという希望を持つような場合、患者の治療の選択権を制約する方向に作用してしまっていると考えられる。翻って、医師サイドからみても、目の前にいる患者にとって最善と考える保険対象外の検査や治療が必要と判断される局面であっても、国の保険制度の枠組みによって、その医療の提供が制約される可能性があることを意味しており、そうした状況を改善してほしいとの声は、主に大学病院等先進的な医療に取り組む病院に勤めている医師を中心に聞かれる。

2.なぜ混合診療を禁止しているのか

混合診療禁止の規制は、そもそも何のために設けられているのだろうか。

厚生労働省は、本年1月の規制改革会議に示した見解で、「安全性、有効性が確認されていない医療は保険制度からは給付できない。併用すること自体の安全性と有効性が確認されていないものついては、単独の医療行為について安全性と有効性が確認できないものと同様である」としており、保険診療と保険外診療の併用のリスクを問題としている。

このほかにも、現状の日本の医療制度は必要な治療は保険の範囲で受けられる安心な制度であり、無秩序に混合診療を認めるとそれが崩れてしまうのではないか、といった不安も指摘されてきた。また、特定療養費制度が設けられた背景(歯科材料の差額徴収や差額ベッド代の問題)を踏まえれば、現在の制度は、医師が「他に自由診療でこんなにいい治療法がありますよ」とさまざまな怪しげな治療を勧める歯止めになっているメリットも、確かにあるように思われる。医師と患者の間には情報の非対称性があり、これを完全に乗り越えることは難しい。そうした制約のもとで、厚生労働省としても、医師の良心を前提に医療保険制度を設計することはできない、と考えているように思われる。

3.運用の実態との矛盾

昨年秋以降、規制改革会議は厚生労働省と議論を積み重ねてきたが、その中で混合診療禁止が何を指すのかが、厚生労働省と現場の医師の間で異なることが浮き彫りになった。厚生労働省は、一連の診療であれば、別の診療所で別の日に保険診療と保険外診療を併用していても違反、との見解を示した一方で、現場の医師は、このような場合必ずしも違反には当たらない、という認識であった。

医療の現実に照らすと、厚生労働省の見解はいくつかの問題点を含んでいるように思われる。

第一に、混合診療禁止の運用の実態は、むしろ患者のリスクを高めているという問題である。医師や患者は、別の日に別の診療所で保険診療と保険外診療を併用することは認められると考え、現実にそのように対応している。しかし、これは厚生労働省が心配する、併用のリスクをむしろ拡大しているように思われる。患者の保険診療と保険外診療の併用のリスクを小さくするためには、むしろ同じ病院・診療所で行ったほうが、薬の飲み合わせなど患者の情報などが明確にわかるはずであり、患者の負担も小さい。

第二に、規制のエンフォースメントの問題である。異なる病院や診療所で診療を受けることが規制違反ならば、国としてそれを規制すべきであるが、現実にはしていない。実態として、保険者も患者が別の診療機関で自由診療を受けていることを把握できておらず、エンフォースメントとしてできないことを規制しようとしている印象を受ける。

第三に、自由診療単独の場合でも安全性と有効性についてのリスクはあるが、そのリスクを国は必ずしも把握できていない。自由診療にリスクがある以上、国民の受ける医療の安全性を担保するために併用のリスクだけを取り上げることは、適切とはいえないだろう。

4.より良い医療制度のために

このように、混合診療原則禁止の制度は、一定のメリットは認められるが、さまざまな矛盾もあり、改善が必要であると考えられる。医療の技術は日進月歩であり、また一刻を争う医療の現場を国の保険制度でコントロールしようとしても、さまざまな矛盾が出てしまう。規制改革会議の議論の過程で、いわゆるコンパッショネートユース注2の導入や、商業上の理由や費用対効果の面で保険対象としにくい先進医療についても、保険診療との併用を続けられる方向で検討することも、昨秋厚生労働省から打ち出された。こうした混合診療禁止の柔軟化は、切実な患者のニーズに応えるものと評価できる。

これらに加えて、多種多様な疾患に悩む患者が、安全性や有効性が海外で確認されている保険外診療をよく理解し納得したうえで一刻も早く受けたいと切実に望み、それを医師が最適な治療と考えるような場合、患者への十分な説明と第三者のチェックを前提として患者の治療の自己選択権が狭められないように、保険内の分は給付されるような対応が必要であると考える注3。こうした対応は、特に低所得の患者にメリットがあるはずである。今まで実態がつかめていなかった自由診療のうち海外で既に治療実績があるようなものは、同一病院において患者に明確にエビデンスを活用して説明しながら実施できるようにし、それをデータベースとして残していけば、評価療養や保険収載につながる道も開かれ、医療の発展にも資すると考えられる。このほかにも、何のために何を禁止しているのか、わかりやすく混合診療禁止のルールを医療機関や国民に示すことや、自由診療について実態を把握することも課題であろう。日本の国民皆保険を維持しつつ、より良い医療保険制度に向けて、混合診療禁止の規制をめぐって取り組むべき課題は多いと考えられる。

※ 筆者は規制改革会議に所属しているが、本意見は会議を代表するものではなく、個人のものであることをお断りしておく。

2014年4月17日 執筆記事

注釈

  • 注1日本再興戦略によって認められるようになった最先端医療迅速評価制度でも、最短で3か月はかかる。
  • 注2重度の病気で他に代替的手法がない場合に、治験中の未承認薬の使用を治験対象外の患者にも人道的に認める制度。
  • 注3規制改革会議は、こうした制度の創設に関連し、3月27日に選択療養制度(仮称)という考え方の骨子を公表している。