2014年4月24日

SunGard Consulting Services社長兼マネジングパートナー
Jeffrey Wallis

米国では金融市場取引の電子化が進み、取引の種類/手法が多様化する一方で、これを支える金融システムの脆弱性に対し懸念が高まっている。米証券取引委員会(SEC)では、市場参加者に向けて、システムの信頼性を確保するための規則を提案し、相次ぐシステム障害により投資家が損害を被る事態に歯止めをかけたい思いがある。しかし、その内容や施行方法を巡っては、市場参加者の中でも賛否両論があり、イノベーションとのバランスをうまくとったSEC規則の着地が注目されている。

米国で金融市場における取引の電子化が進むなかで、市場の信頼性はこれを支えるシステムにかかっていると言っても過言ではなくなってきている。代替取引システム(Alternative Trading System:ATS)の参加者や取引手法が多様になり、コンピューターのアルゴリズムに基づいて高速かつ大量の取引を実行する高速取引(High Frequency Trading:HFT)の存在感も増した。その結果、既存のSEC規則では市場取引を監視/監督し、投資家を保護する役割を十分に果たすには限界があると見られているのである。特に2010年以降は高速取引のアルゴリズムの誤作動により、数分間で株価が大暴落する「フラッシュクラッシュ」に始まり、2012年にはニューヨーク証券取引所、ナスダックに続く第3の株式取引所である電子取引所Bats Global Marketにおいても、システム障害を原因とする誤発注が発生した。さらに同年は、Facebookの株式公開時にもシステム不具合が生じ、SECはこの市場の混乱に対し、ナスダック市場を運営するNASDAQ OMXに1000万ドルの制裁金を課した。このように相次ぐシステムの不具合が投資家に損害を与え、金融市場の信頼性が大きく揺らいだことから、SECは2013年3月、新しい規則を発表した。規則はレギュレーションSCI(Regulation System Compliance and Integrity)と呼ばれ、主に大量の取引を扱うATSや決済機関、自主規制団体等の市場参加者に向けて、取引に利用するコアな技術がSECの定める一定の基準を満たすことを求めている。このSEC提案は2013年7月まで一般からの意見を募り、2014年にも最終規則が発表される見通しとなっているが、規則が金融市場のイノベーションを阻害しかねないとの懸念も根強い。市場の信頼を回復し、公正で秩序のある取引を維持するため、システム不具合の増加に歯止めをかけるにはどういったSEC規則が有効なのか。そもそも市場取引のイノベーションを抑圧しないSEC規制は可能なのか。米大手金融ITコンサルタントSunGard Consulting Servicesの社長兼マネジングパートナーを務めるJeffrey Wallis氏に意見を聞く。

Jeffrey Wallis氏へのインタビュー

Q.レギュレーションSCIはこれまでのSEC規則に比べてどう新しいのか。

新規則は自主規制機関や電子商取引ネットワーク等を含むATSが、実際に取引業務で利用するシステムに対し、物理的かつ具体的なシステムの変更点についてまでSECが踏み込んで把握し監督しようとしている点で新しいといえます。これまでの市場の混乱を見ると、ソフトウエアの不具合に起因するケースが多いことから、具体的には利用するシステムのデザインや開発、テスト、オペレーション等についてもSECが監督する内容になっています。また、システムが十分な容量、セキュリティ対策、リスク耐性等を維持するために必要な方針と手続きを策定することや、業務継続対策を実際にテストし、システムが停止した事例を報告すること等も義務づけています。市場の構造が変われば、それに伴い利用するシステムも変化を続けます。このため、SECの目の付け所は適切だといえます。

Q.SECが監督を強化しようとしている「SCI対象事例」とは具体的にはどういうものか。

SECが最終案を策定するにあたり、実はこのSCI事例をどう定義するのかが大きな焦点となっています。規則の中では「システム変更等により、市場に重大な影響を与えるもの」を、SECに報告すべきSCI事例としており、具体にはシステム障害やコンプライアンス違反、不正アクセス等を想定していると見られます。しかし、例えばデータ等の経路を示すルーティングテーブルに変更を加えた際に、データを間違ったポートに送り、市場の取引に障害が発生したとしましょう。この場合、ルーティングテーブルへの変更がどんなにマイナーなものでも、その変更が正しく行われなければ、また扱われるデータの内容によっては、市場に大きな影響を与えてしまうこともあるのです。このため、SECでは、過去の大きなシステム障害の事例等を参考にして、市場への重大な影響についてもう少し具体的に定義した上で、SCI対象事例を具体的に特定していく必要があると思います。

Q.市場参加者の役割、利害、規模等が多様なため、レギュレーションSCIは機能しないとの見方もある。

規則の効果に疑問があがる1つの要因は、規則のカバー範囲が不十分であることにあると思います。例えば、取引所を介さず、証券会社等の機関投資家間で取引を成立させるダークプール取引を行う市場参加者はレギューレションSCIの対象になりますが、資産管理会社等は、同じように取引所等を介さない直接取引を行うにもかかわらず、規則の対象には含まれません。また、投資家の取引注文/実行を内部で完結させるブローカー/ディーラーも現時点では対象に含めるか否かは不透明です。つまり、SEC提案は市場の取引プラットフォームの一部しかカバーしていないのです。これを2010年のフラッシュクラッシュの事例で説明すると、これは一ブローカーレベルでのアルゴリズムの誤作動が引き金となったものだったため、仮にSCI規則が当時あったとしても、フラッシュクラッシュは未然に防ぐことはできなかった可能性が高いということになります。この他にも、SCI規則が発効した場合、そのコンプライアンスコストが大きな負担になると見られており、規則の対象となるかどうかで、競争力に差が出てくることも指摘されています。

Q.システムの変更/アップグレード等には、システムを熟知する利用者が一番適しており、SECが介入する必要はないとの意見もある。

レギュレーションSCIの対象に含めるかどうかは別として、ブローカー/ディーラーは自分たちの利用しているシステムの複雑な仕組みや脆弱性等に詳しいのは事実です。例えば昨年、ナスダックのソフトウエアのバグにより、証券情報プロセッサとNYSEアーカとの接続障害が発生し、取引が数時間停止した事例がありましたが、一部のブローカーは表示される取引値の異常を察知できていたという報道もありました。しかし、市場参加者の多くが異常を察知できなかったということも事実です。このため、SECが市場で利用されているシステムについて、ある程度把握し監督する必要はあると思いますし、SECの介入により投資家の間に安心感が広がるという効果も期待できると思います。ただし、SECが複雑で変化の激しいシステムの内容やその変更等にどこまで介入するのかについては議論の余地があります。

Q.レギュレーションSCIが金融システムのイノベーションを阻害するとの意見がある。

レギュレーションSCIの狙いは、市場取引に十分な容量やセキュリティ対策等のあるシステムを利用することにより、公正で秩序ある市場を維持/促進することです。しかし、システムのデザインやアルゴリズムの変更等の情報は、企業のビジネスモデルを大きく左右する機密情報となるケースもあります。このため、監督局とはいえ、こうした情報を報告するよう求める規則は侵略的(invasive)で、競争やイノベーションを阻害しかねないと批判する声が上がっています。また、システム等の変更を実施の30日前までにSECに報告するよう求めている点も、イノベーションの阻害要因だと見ています。めまぐるしく変化する市場環境に合わせ、必要なシステム変更は迅速かつ継続的に行うべきなのですが、30日前までの報告を義務づけられた場合、これがボトルネックになり、必要なアップデートや変更が遅れることになりかねません。その間、アップデートや変更により防げたはずのエラーを発生させてしまう可能性も出てきます。頻繁な変更やアップデートを通じシステムの調整を頻繁に行うほど、大きなエラーや障害も少ないですから、これは見直しが必至だと思います。

Q.提案されたレギュレーションSCIはどのように改訂されるべきだと思うか。

市場の参加者や取引の種類等が多様化していることを勘案すると、やはりもう少し規制の対象者を広げることが妥当だと思います。金融取引では市場の参加者間でのネットワーク接続が重要ですから、システムのアルゴリズム開発を行うブローカーやディーラーも広く規制対象に含め、適切な接続の有無を確認するテストを市場全体で行うことのほうが有益と考えます。また、システムのイノベーションを阻害させないようにすることももちろんですが、特にソフトウエアの開発やテストの方法等をSECが細かく規定して遵守を求めるのは、あまり現実的ではないように思います。SECとしては、むしろ報告されたシステム障害等の事例について、その後の対策や改善の有無等をモニタリングし、一定のレベルのサービスを提供できているかどうかを監督する役割が必要になってくると思います。その際には、GoogleやAmazonなど、株式取引所と同様の仕組みを持つ広告の取引所(アドエクスチェンジ)を、年中無休で運営する専門家の意見を取り入れることも一案だと考えます。

Q.レギュレーションSCIに期待される効果は

すでにシステム障害による市場の混乱が相次いだことで、金融市場では投資家の信頼回復が最優先課題だと捉えています。SECが市場の番人として介入することは、多少なりとも市場の信頼回復に貢献するだろうと思います。その際に、SECはSCI規則を通じ市場参加者の間に規律を導入する一方で、どこまでを監督し、どこまでをシステムを熟知した市場参加者に任せるのかの線引きを明確にすることで、イノベーションの阻害、市場参加者の競争上の不利益といった問題に対応する必要があると思います。これは年内にも発表される最終案で明示されることが期待されています。

インタビューを終えて

SECがSCI規則提案について一般からの意見を締め切り、8ヶ月以上経ちますが、いまだに最終案が出ない様子を見るに、監督とイノベーションのバランスを取ることの難しさが伺えます。これは同時に、多様化する市場参加者を対象に、高度に精度を上げ続けるシステムを監督局が細かく監督するというのは、コスト面からも実務面からも非現実的であるということの表れなのかもしれません。結局のところ、SECは「投資家保護」という使命に則して何が必要な規則なのかという点に立ち返ることになるのでしょう。SECがシステムの内容にまで踏み込んだ異例の規則、イノベーションを阻害しない形でどう実現させるのか、SECの舵取りに注目が集まっています。

注釈

  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。