2014年5月15日

株式会社NTTデータ経営研究所 公共行政サービスコンサルティングユニット シニアコンサルタント
鏡 晴子

経済成長の著しいアジアの新興国ベトナムでは、急速に進む社会経済発展の下、主要都市部への人口集中や、地方都市における産業構造の変化により、さまざまな環境負荷を生み出している。本稿では、同国の環境汚染の現状やその対策を概観し、ICTを活用した最新の環境モニタリングプロジェクトについて紹介した上で、環境対策における現状の課題や今後の解決の方向性について報告する。

1.ベトナムにおける環境問題の現状

ベトナムは、農業国からの転換を目指し、積極的な外資優遇政策により、急速に工業化を進めてきた。しかしその一方で、環境に対する規制が不十分であったために、以下のような大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、悪臭・騒音等の環境問題が深刻化している。

1.1 大気汚染

交通量の増加と産業施設からの排ガスによる汚染の深刻化

ベトナムの大気汚染は、主に車両やバイクの排気ガスと、工場等の産業施設からの有毒物質の放出によるものである。汚染は国内全土に広がっているが、特に首都ハノイ、ホーチミン、ダナン、ハイフォン等の大都市における汚染が深刻である。同国では、主な移動手段がバイクであるため、都市部のラッシュ時には交通量が非常に多くなる。また自動車についてもその台数は年々増加しており、旧式の車両が多いために排ガス対策が難しく、未だに高硫黄燃料が使用されている状況にある。これらの車両から排出される大気汚染物質によって、都市部ではCO(一酸化炭素)、SO2(二酸化硫黄)、NOX(窒素酸化物)、鉛、粉塵等の濃度が上昇し続けている。

WHO(世界保健機関)によると、ハノイ市では大気中の一酸化炭素濃度がWHO基準(2013年)の約1.5倍であるというが、その他にも鉛と粉塵による健康被害は甚大であり、喘息や結核、慢性気管支炎等の呼吸器系疾患が報告されている。

一方、工場や火力発電所等の産業施設による大気汚染については、国内企業がそれまでほとんど大気汚染対策を行ってこなかったこと、排出基準はあっても立ち入り検査機器の不足等により守られてこなかったことなどから、SOX(硫黄酸化物)による汚染が特に深刻な状況にある。

【図】

図1:ハノイ、ホーチミンにおけるバイクの数と一酸化炭素濃度の推移
出典:Ministry of Natural Resources and Environment, "State of Environment, Report of Vietnam"を基に作成

1.2 水質汚濁

健康被害も深刻な都市部の水汚染

ベトナムの水質汚濁は、生活排水、産業排水、河川や湖沼に投棄される廃棄物等が複合的な要因となり発生している。その改善が遅れている最大の理由としては、汚水処理施設の欠如や不足といった水質汚濁対策インフラの未整備が挙げられる。

河川の上流部の水質はまだ良好であるものの、多くの工場が集まる都市部を流れる川の下流部は、真っ黒によどみ悪臭を放っている。首都ハノイ市内の川では、ここ10年で特に水の汚染が悪化し、水質の有機汚濁レベルの指標であるBOD(生物化学的酸素要求量)はベトナム政府基準(TCVN)の約7倍、COD(化学的酸素要求量)の値は7~8倍で、年々上昇している。また、その他の水質汚濁指標であるDO(溶存酸素)の測定値も年々悪化し、魚がほとんど生息できないレベルに達している場所も多い。

【図】

図2:ベトナム工業地区における排水中のBOD濃度
出典:Ministry of Natural Resources and Environment, "National State of Environment Report 2009 - Industrial Zone Environment"を基に作成

また、ホーチミン市内を流れるサイゴン川には、周辺の工業団地から排水が流れ込み、下流では政府基準を上回る鉄分や鉛、水銀等の重金属も検出されている。WHOは、2004年時点で既にベトナムでは死者の4人に1人の死亡原因が環境汚染と関係があると発表しているが、現在の状況はその当時よりも更に悪化し、赤痢や下痢等の健康被害が発生している。

【図】

図3:サイゴン川流域近くの健康被害
出典:Vietnam Ministry of Health, 2005を基に作成

この状況に対しベトナム政府では、工場への立入検査を強化したり、都市内河川の改修、海外諸国からの技術や人的援助による下水処理施設の建設に取り組んでいるが、排水量の増大に追い付くことができず、大きな効果を挙げるには至っていない。

1.3 土壌汚染

残存農薬や不適切な廃棄物処理による土壌の汚染

ベトナムの土壌汚染は、主に残存農薬や不適切な廃棄物処理によるものである。農薬については、使用された窒素農薬やカリウム農薬の約5割、リン酸農薬の約8割が土中に残存していると言われており、これが土壌に化学的な変化をもたらし、農業生産性の低下を引き起こす有害物質の発生に繋がっている。

また産業廃棄物については、その不適切な処理方法が土壌汚染を引き起こす要因となっている。従来ベトナムでは、生活廃棄物と産業廃棄物が分類されることなく収集され、そのほとんどが埋め立て処分されていた。しかも2000年になっても、これらの廃棄物の収集率は大都市部で6割程度、全国平均では5割程度に過ぎず、収集されない廃棄物については河川や空き地等にそのまま投棄されるか野焼きされており、新たな公害発生源となっていた。廃棄物処理施設の整備の遅れや、既存の処理施設においてほとんど環境衛生対策がとられていなかったことが、廃棄物問題を更に深刻なものとしてきたのである。

近年は特に工業地域の近隣の土壌中の重金属濃度が上昇し、政府基準値の15倍濃度のクロムや、5倍濃度のカドミウム等の汚染が報告されている。

1.4 その他の環境問題

不適正なごみ処理や畜産業による悪臭

ベトナムでは、一般的に都市ごみは埋め立て処分が成されている。しかしながらこの処分が適正に行われていないことから、埋め立て処分場の周辺住民からは、悪臭に関する苦情が寄せられている。

また畜産業においては、家畜の糞尿が未処理のまま環境中に排出されていることから、それが水質汚染や土壌汚染に繋がっているだけでなく、周辺の悪臭を生んでいる。

車両やバイクによる騒音

ベトナム都市部における車両やバイクの台数は、年々増加中であるが、それらの急速な普及により騒音被害が報告されている。

森林破壊

森林破壊もベトナムにおける大きな環境問題の一つである。その原因としては、燃料や商業用の伐採、移動耕作等が挙げられるが、最大の理由はベトナム戦争である。同戦争中に散布された大量の枯れ葉剤は、広大な面積のマングローブ林や森林を破壊しただけでなく、ダイオキシン汚染も残すこととなった。

参考

2.ベトナムにおける環境汚染対策

2.1 ベトナムの環境政策

環境保護国家戦略の策定と規制の強化

ベトナムでは、積極的な対外開放政策に重点が置かれたことにより、環境に対する規制強化が遅れていたが、環境汚染の深刻化を受け、1994年に同国の環境問題を包括的にとらえた初めての法律である「環境保護法」が施行された。続いて1995年には、望ましい大気や水質等のレベルを示した環境基準や、排水や排ガス等に対する具体的な排出基準値を定めた「ベトナム政府基準(TCVN:Vietnam Standards)」が一斉に規定された。

その後2003年には、2010年までの戦略および2020年に向けたビジョンを内容とする「環境保護国家戦略」が策定され、2004年にはベトナムの持続的経済発展のための「ベトナム・アジェンダ21」が、更に2005年には1994年の環境保護法を改正した「新環境保護法」が制定されるなど、現在政府は積極的な環境政策を打ち出している。

最近の動きとしては、2012年9月に、先の「環境保護国家戦略」を2030年までを視野に入れて改定した「環境保護国家戦略-2030年までのビジョン(NATIONAL STRATEGY ON ENVIRONMENT PROTECTION TO 2020 WITH VISIONS TO 2030」が発表された。また、同国における環境対策の更なる強化と抜本的な改善を図るため、現在2005年に改正された環境保護法の更なる改正作業が行われている。同作業は、2013年に改正に関する議論が行われ、2014年中には新環境保護法が発効される予定で進められている。

2.2 関係省庁による取り組み

ベトナムの環境政策関連機関

ベトナムの環境行政を所管するのは、天然資源環境省(Ministry of Natural Resources and Environment(MONRE)である。同省は、その前身となる国家環境庁を母体として、農業農村開発省の一部局である水資源管理局、工業省の一部局である地質鉱物資源局等を統合し、多岐にわたる環境行政の一元化を目指して2002年に設立された。同省は鉱物資源の探査や開発に対する許可証の発行等、天然資源分野の監督も行うが、環境に関しては、環境政策立案、環境モニタリング・システムの構築・管理、環境影響評価の指導、環境基準の策定、環境報告書の管理、環境保護に関する国際協力活動の主管等の役割を担っている。

なお、MONREの中で環境保護に関わる政策の立案、環境基準の遵守状況のモニタリングや環境事故の処理、地方の部局や機関に対する指導を実施しているのは、ベトナム環境総局(Vietnam Environment Administration(VEA)である。同局の中の公害管理部(Department of Pollution Control)が、環境汚染対策の中心的な役割を担っている。

また地方の環境行政については、天然資源環境局(Department of Natural Resources and Environment(DONRE))が担っており、大気や河川等の環境モニタリングの実施、工場に対する環境ライセンスの発行のほか、工場から排出される排ガス、排水、廃棄物の実際の規制を行うため、立ち入り検査の実施や違反企業の摘発を行っている。

2.3 環境汚染対策の現状(ICTを活用した環境モニタリング)

環境汚染対策には、一般に、汚染された環境を清浄化するための技術の他に、対策の根拠となる規制や制度、またそれらを執行するための組織や人材が必要となる。そしてこれらの複合的なパッケージにより対策が実施されるが、ベトナムでは、まず法令等の規制面の整備が行われてきた。現在は、環境モニタリングや立ち入り検査、環境保護法等の規制違反に対する罰則の強化等による汚染の抑制と、各種汚染処理施設の整備による汚染環境の清浄化という両面からその対策が行われている。

これらの対策については、我が国でも環境省等、その現状を紹介した文献が多いことから、ここではICTを活用した環境モニタリングについて、その最新動向を紹介する。

地球観測衛星(リモートセンシング衛星)を活用した環境被害の監視については、今回は「iDragon Cloud」というクラウド・プラットフォームに、地球環境災害監視システムを搭載したパイロットプロジェクトについて報告する。

「iDragon Cloud」プロジェクトの概要

「iDragon Cloud」は、ベトナム情報通信省(MIC)傘下の国家ソフトウェア・デジタルコンテンツ産業研究所(National Institute of Software and Digital Content Industry(NISCI))が開発したクラウド・プラットフォームである。iDragonは、環境監視、防災、交通、エネルギー、医療等の分野で利用することが可能であり、安全安心な経済社会の構築に向けた活用が期待されている。

【図】

図4:「iDragon Cloud」のイメージ図
出典:National Institute of Software and Digital Content Industry(NISCI)

本プロジェクトは、NISCIが窓口となり、各地方政府に対して参加希望を募り、Thanh Hoa、Da NangとCan Thoの3地域において、2012年4月から開始された。プロジェクトは日本政府の資金援助と日本企業の技術協力のもとで行われたが、Can Tho市の場合、河川監視のセンサー設置費用である20万ドルの75%を日本政府が支援し、残りを地方政府が負担するという予算配分で実施された。

【図】

図5:「iDragon Cloud」プロジェクトの実施地域
出典:National Institute of Software and Digital Content Industry(NISCI)

これらの3地域を含め、ベトナムでは、それまで水質検査を行うためのサンプルを手動で採取し、それをテスト・センターに送り検査を依頼するという古典的な手法を採用していたが、本プロジェクトでは、環境データの収集装置を各地点に配置し、インターネットを介してデータをNISCIのiDragon Cloudに集積、NISCIからMICに内容の報告を行うという仕組みとなっている。

今回のパイロットプロジェクトは3地域において実施されたが、Hoa Binh省からもプロジェクトへの参加希望表明があるなど、ICTを活用した環境モニタリングへの要望は強い。今後は、観測地域を拡大し、また収集するデータの種類や量についても増やす予定である。

【図】

図6:「iDragon Cloud」プロジェクトにおける情報の流れ
出典:National Institute of Software and Digital Content Industry(NISCI)

参考

3.ベトナムの環境汚染対策における課題とその解決に向けて

3.1 規制や基準は整備されるも執行面で残る課題

農業から工業への産業構造の転換により、急成長を遂げたベトナムであるが、経済成長を優先してきた結果、環境対策を後回しにしてきた感は否めない。ベトナム政府も、日本と同等に厳しい汚染水や汚染ガスの排出基準を設定してきたが、たとえ工場がそれらを超える量の有害物質を排出していたとしても、罰金等の罰則が低いために、それが環境汚染の抑止力となるまでには至らなかった。

また、環境対策の強化に向けた法制度や実施体制の整備に取り組んできたものの、一方で政府関係機関の人員、予算不足、職員の経験不足等の理由により、せっかく制定した政策が効果的に実施されないという問題を抱えていた。

同国においては、環境汚染対策に関わる規制や政府基準は整備されつつあるものの、その執行面で、下表のように未だ多くの課題を抱えている。

カテゴリ 課題の内容
政策
  • 経済成長が優先されるため、政策、戦略、計画等の策定において環境保護の概念が十分に考慮されない。
  • 環境保護に関する違法行為を抑制するための厳格な制裁措置が実施されていない。
予算
  • 環境保護に対する国家予算の配分が低い。
  • 環境保護に対する投資を躊躇する企業が多い。
  • 地方に対する支援プロジェクトが少ない(支援は大都市に集中)。
組織体制・人材
  • 分野/地域横断的な環境問題に対処するための関連省庁間の協力が効果的に行われていない(取り組みの重複、責任の不履行等)。
  • 十分な経験や専門知識を有する人材が不足している。
国民の意識
  • 企業利益や就業維持を優先し、重大な環境汚染が発見されても操業停止や工場閉鎖に否定的である。
  • 環境汚染対策設備の稼動コストが負担となるため、立ち入り検査時のみに稼動させている。

表2:ベトナムにおける環境汚染対策の執行に係る課題
出典:環境省「ベトナムにおける環境汚染の現状と対策、環境対策技術ニーズ」

3.2 環境問題の解決に向けて

ベトナム政府は、今後ますます環境問題に重点を置き、環境汚染を引き起こす汚染企業に対し、移転、事業所閉鎖、汚染処理の実施等の選択肢を迫るといった罰則の強化を行い、企業に対する環境規制を厳重に行う姿勢を打ち出している。

ベトナムの環境汚染は、地域によっては大変深刻であり、あらゆる分野で世界のボーダーレス化が語られる中、環境問題ももはや一国のみで解決すべき課題ではないだろう。ベトナムにおいて、日本をはじめとする世界トップレベルの環境技術を求めるニーズはますます高まってくる。

最近では、従来の円借款による環境管理分野における支援プロジェクトだけでなく、新たな支援のあり方として、環境汚染対策の分野で高い技術と豊富な経験を持つ日本の民間企業が、ビジネスとして現地に進出する動きも始まっている。

それまでベトナムの工業団地には、一応の排水処理施設等はあるものの、機能していない施設も多く、日本企業の技術が生かせる余地が十分あった。しかし、日本企業は資金繰りが課題となり進出をためらいがちであったため、そこをJICA(国際協力機構)が、企業に長期の低金利の融資を行うことで、ベトナムでの環境ビジネスを促すことを始めたのである。まずはJICAが安定した長期の資金を提供することで実績をつくり、将来的には民間の金融機関がその役割を引き継いでいくことが期待されている。

このように、外国企業にとってもベトナムにおいて新たな環境ビジネスのチャンスを生み出す仕組みをつくることにより、環境問題への解決に向けて双方がWIN-WINで取り組み、解決が促進されるような体制が求められている。

参考