2014年5月22日

ワシントンコア リサーチャー
伊東 桃子

大統領就任以来、継続して気候変動対策に注力するオバマ大統領は2014年3月、2013年6月に発表した地球温暖化防止に向けた新たな行動計画における国内の気候変動の影響対策の一環で、政府の気象関連データを有効に活用するためのツール提供を目指すイニシアチブを立ち上げた。本稿では、同イニシアチブの内容を中心に米国におけるデータおよびツールを活用した環境対策の最新動向を紹介する。

1.気候変動の影響に備えるためのデータおよびツールの提供を推進するオバマ政権

オバマ大統領は2013年6月、包括的な国家の気候変動対策案を示した「大統領気候行動計画(The President's Climate Action Plan)」を発表した。同計画は、政権二期目(2013~2016年)の政策方針として、

  1. 1.国内の炭素汚染の削減
  2. 2.気候変動に対する影響への国内準備
  3. 3.国際的な気候変動対策の主導

の3つの主要事項について、米国がとるべき具体的な政策措置の内容を示すものである。

オバマ政権は、同計画において2020年までに温室効果ガスの排出量を2005年比で17%削減する目標を掲げており、1.の国内の炭素汚染の削減政策では、具体的に、米国環境保護庁(Environmental Protection Agency:EPA)による新規および既存の発電所における炭素排出基準の設定、省エネ技術の開発・利用イニシアチブへの財政支援、再生可能エネルギーの供給・活用、ハイドロフルオロカーボン(hydrofluorocarbons:HFCs)と呼ばれる強力な温室効果ガスの排出を削減する機会の創出や連邦省庁による包括的なメタン削減戦略の策定などを主要政策として打ち出している。また、3.の国際的な気候変動対策に関しては、中国やインド等の主要炭素排出国との新規および既存の二国間イニシアチブを拡大することや、(最貧困諸国において最も効率的な石炭技術が利用できる場合などを除き)諸外国における新たな石炭火力発電所建設に対する連邦政府による公的融資の打ち切りなどが主要政策として示されている。

こうした国内および国際レベルでの炭素排出量削減に向けた具体的な取り組みが示されている一方、同計画で興味深い点は、気候変動の影響はもはや避けられない問題であるという認識のもと、2.の気候変動に対する影響への国内準備に関する政策において、現在および将来的な気候変動に伴う破壊的なダメージから米国市民を保護するための諸政策を示していることである。同政策の中では、特に州・地方政府および民間の市民・関係者が必要とする情報を容易に得られるようにすることを一つの重要な目標として掲げており、オバマ政権は2014年3月、この目標達成に向けた取り組みとして「気候データイニシアチブ(Climate Data Initiative)」を発表した。

オバマ政権は、気候変動をはじめとする環境問題に効果的に対応するためには、市民に十分な情報提供を行うことが必須と考え、政府の透明性や説明責任を強化する目的で、主にEPAなどが中心となり、オンライン技術を活用した情報・ツールの提供をかねてから推進してきた経緯がある。こうした一連の取り組みにおいて今回新たに立ち上げられた同イニシアチブは、連邦政府の有する膨大な気象関連データを市民が容易且つ有効に利用できるようにするため、連邦政府機関のほか、民間企業や学術機関、国際機関、非営利団体など、さまざまな機関が協力する産学官連携による大規模な取り組みとして注目を集めている。

以下では、この気象データイニシアチブに加え、EPAの推進する気候変動(環境)に係るオンラインでのツール・情報提供に関連した取り組みを紹介する。

参考

2.気候変動の影響に対する国家の耐久力強化を目指す「気象データイニシアチブ」

気象データイニシアチブは、

  1. 1.気候変動に対する米国の耐久力(resilience)を高めること
  2. 2.一般市民や民間企業(起業家)、研究者等の主体による連邦政府の有する膨大な気候関連のデータへのアクセスを容易にし、技術革新と経済成長を促すこと

の二点を主要目標としている。

オバマ政権は、同イニシアチブの立ち上げに伴い、まず、2014年3月に、米国の政府機関データ公開ポータルサイト「Data.gov」に、気象関連の政府データ専門サイト「climate.data.gov」を新設した。同サイトには、米海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration:NOAA)、米航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration:NASA)、米国土安全保障省(Department of Homeland Security:DHS)、米国家地球空間情報局(National Geospatial-Intelligence Agency:NGA)の保有する気象関連データが集約されており、当初はベータ版として沿岸洪水と海面上昇に焦点を当て、既に100種類以上のデータセットやウェブサービス、ツールが公開されている注1

同イニシアチブでは、特に、各連邦政府機関が衛星や科学分野の研究のために設置されている計測装置などから収集した気象データを、一般に利用し易い情報およびデータに加工して提供することが目指されており、その目標を達成するため、NASAおよびNOAAは、公共データを用いて各コミュニティにおける洪水および海面上昇レベルの危険性を効果的に通知できるようなソフトウエアの開発を民間企業および研究者に求めるイノベーションチャレンジ、「沿岸洪水チャレンジ(Coastal Flooding Challenge)」を立ち上げている注2

これまで本イニシアチブには、大手テクノロジー企業をはじめとする民間企業を中心に、多数の組織・機関がこの連邦政府の取り組みを自主的に支援する方針を打ち出しており、以下に、主に民間企業が発表している本イニシアチブへの参画内容を簡単に紹介する。

  • Esri社

    連邦政府機関や市政府・地方自治体を対象にマッピングおよび地理情報システム(Geographic Information System:GIS)ソフトウエアの「ArcGIS」を提供するEsri社は、米国12都市と協力し、地方自治体による干ばつや熱波、洪水等、最も緊急な対応を必要とする気候変動の影響対策への計画立案を支援するための無料の地図およびアプリケーションを構築する。また同社は、気候変動の影響に対応するために不可欠な情報を共有するための気象に焦点を当てた地理情報ポータルの新設や、GISシステム開発者による、各コミュニティにおける気象リスクの把握および準備を支援する地図・分析ツールの開発支援プログラム「Esri Climate Resilience App Challenge」を立ち上げている。

  • Google社

    Google社は、政府および科学者から提供された気象衛星観測データや数値標高データ、気象・天候モデル等の公開データを保存するため、1ペタバイト(1,000テラバイト)のクラウドストレージのほか、地理環境分析プラットフォームの「Google Earth Engine」上で、5,000万時間分の高性能クラウドコンピューティングを本イニシアチブのために無償提供する。また同社は、砂漠研究所(Desert Research Institute)、アイダホ大学、ネブラスカ大学と協力し、米国の大陸全土の干ばつ情報を地図上でほぼリアルタイムで確認・監視することや、地球全体における植物の水消費をモデル化する計画も発表している。

  • Microsoft社

    Mircrosoft社の基礎研究部門Microsoft Researchは、気候変動を専門とする科学者等を対象に、気象データの研究・分析を行うためのクラウドコンピューティングリソースを12カ月間無償提供する。2014年6月15日まで受け付けた応募者の中から40名を選定し、各選抜者はそれぞれ20テラバイトのクラウドストレージおよび18万時間分のクラウドコンピューティングリソースを利用できる。また同社は、過去および現在の気象観測情報を取得し、将来の気候を予測できるようにする無料のインテリジェント環境情報検索サービス、「Adaptable FetchClimate」の導入計画を発表している。

  • Intel社

    Intel社は、ワシントンDC東に位置するチェサピーク湾と、ルイジアナ州ニューオリンズ、カリフォルニア州サンノゼの3拠点において、各地域のエンジニアやコンピューターサイエンスを専攻する学生等を対象に、気候変動対策に焦点を当て、気象関連データを活用した新ソフトウエアアプリケーションおよびツールを開発する「ハッカソン(hackathon)」イベント注3を開催する予定である。

気象データイニシアチブには、これらの企業のほか、マサチューセッツ工科大学やロックフェラー財団、世界銀行なども参加している。オバマ政権は、同イニシアチブにおいて、民間および研究者の最先端の技術と知識を借りて、政府の気象データを活用し、例えば、ハリケーン被害地域において洪水が特定の建物、家屋、道路などにどのような影響を与えるかを予測して示すインタラクティブマップなど、各コミュニティの市民が十分な情報を得た上で意思決定を行える実用的な情報提供ツールの開発を目指している。これは一般市民、非営利団体、民間企業に対し、アプリケーションやツールを構築し易い形で政府データの提供を義務付ける、オバマ大統領が2013年5月に発表した「オープンデータ政策(Open Data Policy)」の内容にも沿うものである。ボストン大学の長期的未来研究センタ(Center for the Study of the Longer-Range Future)のディレクタを務めるAnthony Janetos氏は、「海面上昇レベルなどを把握するための一部の気象システムについては、実利的なリスク分析を行うに十分な技術基盤があると考えられ、政府の気象データを用いて優れたソフトウエアが開発されれば、こうしたツールに対する市場はある」との発言にもみられる通り、同イニシアチブが市場に大きな経済効果をもたらす可能性に期待が集まっている。

参考

3.EPAによる市民の環境問題への理解向上を促すオンラインツールと市民による環境調査支援プログラム

市民の健康および自然環境の保護を担うEPAは、市民による気候変動をはじめとする環境問題への理解向上を支援するため、これまで、オンライン上で政府の環境関連データを活用したさまざまなツールを提供しているほか、特定のコミュニティにおける市民の環境調査活動を積極的に支援するイニシアチブも推進している。

3.1 EPAの提供する環境データオンラインツール

これまでにも、ウェブベースの環境情報提供ツール「MyEnvironment」注4や、発電所や製油所等、大量に温室効果ガスを排出する施設の温室効果ガス排出量に関する情報を提供するウェブツール「Facility Level Information on GreenHouse gases Tool:FLIGHT)」注5など、利便性の高いツールを開発・提供してきたEPAは、最近では、オバマ大統領の気候変動計画イニシアチブの一環で、政府の保有する気象データを有効に活用するためのツールの開発に注力している。

EPAは2014年1月、オバマ大統領の気候変動計画イニシアチブの一環で、各地域における年間雨水流出量を予測するデスクトップアプリケーション「全米雨水計算・気候評価ツール(National Stormwater Calculator and Climate Assessment Tool)」の更新版を発表した。米国では、毎年数十億リットルの未処理下水、ごみ、家庭用化学薬品、都市流出水などが河川および湖に流れ込んでおり、こうした汚染水による生態系への影響が問題となっており、同アプリケーションは、景観設計家や都市プランナー、家主等、汚染雨水の流出抑制に関心を持つユーザを対象に、各地域において適切なグリーンインフラの導入を促進することで水資源の安全性を高めることを目的として開発されたものである。具体的にユーザは同ツールを用いることで、各地域の土壌状態、傾斜、土地被覆、降水記録情報のほか、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change:IPCC)の気候変動シナリオに基づく季節的な降水量の変化、頻繁に発生する猛烈な豪雨の影響、蒸発率の変化等のデータを基に、米国内の場所別に天水桶やレインガーデン等、汚染雨水の流出を抑制するために適切なグリーンインフラや汚染雨水の流出抑制効果について理解を深めることが可能となっている。

3.2 クラウドソーシングを活用した環境活動支援「市民科学プログラム」

こうした市民の環境問題への理解向上を促すことを目的とした実用的な環境オンラインデータツールの提供に加え、EPAでは、環境問題が深刻な地域(ニュージャージー州、ニューヨーク州、プエルトルコ、米領バージン諸島を含むEPAの管区2(Region 2)注6)で、各コミュニティにおける市民の環境調査活動を支援する「市民科学プログラム(Citizen Science Program)」を推進している。同プログラムは、環境問題に関心を持つ各コミュニティの環境活動家や学生をはじめとする市民ボランティアを環境科学者として採用し、適切なツールなどを提供し、環境サンプルの収集や絶滅の危機にある生息地の記録などの野外環境調査活動を通じて、コミュニティにおける環境保護教育および環境保護責任を強化することを主な目的としている。

EPAは2012年以降、連邦・州政府・地方自治体の関係者や学術機関の専門家、市民を対象に、市民科学プログラムの開始方法や資金提供、環境データの活用や環境モニタリング技術・最新ツールの紹介などに関する情報提供を行うワークショップを多数開催している。またEPAは2014年1月、その市民科学プログラムのウェブサイトを刷新しており、各コミュニティにおける大気、水、土壌といったテーマごとの環境モニタリング調査に役立つツールやガイダンス資料のほか、これまでに実施されたプロジェクトの成功事例、政府・民間による資金提供プログラム、ワークショップ等に関する詳細情報を包括的に提供することで、コミュニティの環境および公衆衛生保護に向けた市民科学者による環境調査活動への参加を促進している。EPAの科学者の一人であるPatricia Sheridan氏は、市民科学プログラムは、政府の科学者が専門に行う環境調査活動を代替するものではないが、「政府内のリソース不足が深刻化する中、同プログラムはEPAおよび他の環境規制当局の活動をある程度補えるもの」と評しており、クラウドソーシング(crowdsourcing)を活用した環境調査活動の発展が期待されている。

参考

4.環境問題でオバマ政権が直面する課題と今後の見通し

前任のブッシュ大統領と比較して積極的に環境問題に取り組む姿勢を示し、再生可能エネルギーに対する1,500億ドルの投資や500万人のグリーン雇用の創出を中核とする「グリーン・ニューディール」政策を打ち出して大統領に就任したオバマ大統領は、世界の環境関係者から多くの期待を集めたが、未曽有の経済危機やイラクからの米軍撤退等の対応に追われる中、これまで環境問題に対する成果をほとんど示すことができていないとの見方が大勢である。しかし、二期目に入り、オバマ大統領は再び環境問題に積極的に取り組む姿勢を明確に示している。この背景には、近年、猛暑や干ばつ、ニューヨーク周辺地域に多大な被害をもたらしたハリケーン・サンディなど、異常気象が頻繁に発生していることを受け、米国民のおよそ90%が地球温暖化対策およびクリーエネルギー資源の開発を大統領および議会が取り組むべき優先事項と考えるようになっているという調査結果が明らかになるなど、政治を取り巻く環境が変化していることが一因として考えられる。

オバマ大統領の気候行動計画には、共和党が下院の多数派を占めるねじれ議会を考慮し、大統領・行政府の権限により実行可能な対策が具体策として示されているが、EPAによる発電所向けの新たな炭素排出基準の設定については、同機関によるこうした権限行使を阻止する法案が下院で審議されるなど、大統領の思惑通りに政策が実行されるかは不透明である。一方で、気候変動に伴う不可避な影響に対して、国家の耐久力を備えることが急務となる中、気候変動により予想されるさまざまな被害から市民が自身を守る確かな情報を得られるようにする気候データイニシアチブは、災害の被害を受けやすい地域に住む人々の救済につながる現実に即した取り組みである。技術革新と経済成長も睨んだ同イニシアチブにおいて、大手テクノロジー企業の協力も受け、今後見込まれる気象関連データを活用した新たなソフトウエア・ツールの開発動向およびその活用動向が大いに注目される。

注釈

  • 注1将来的に、climate.data.govのデータおよびリソースは、人間の健康、エネルギーインフラ、食糧供給等の気象に関連した脅威情報を提供するために拡充される計画である。
  • 注2「沿岸洪水チャレンジ」は、2014年4月12~13日にかけて開催されたNASA主催の宇宙・地球環境・衛星関連のデータを使ったアプリケーション、ソフトウエア、ハードウェア等の開発イベント「ISAC(International Space Apps Challenge)」の一部のチャレンジプログラムとして実施された。
  • 注3ハッカソンイベントとは、ソフトウエアの開発者などが短期集中的に共同作業を行うソフトウエア開発プロジェクトのイベント。
  • 注42009年4月から提供されているMyEnvironmentは、ユーザの拠点(郵便番号)別に大気、水、土壌の汚染状況や当該地域に住む人口の健康状態、発電施設の種類別発電・消費量に関する統計データや、最寄りの環境活動に関するイベントデータなどを提供するウェブアプリケーション。
  • 注5EPAが2010年以降、同組織のウェブサイト上における温室効果ガス報告プログラムのページで公開しているFLIGHTは、米国で大量に温室効果ガスを排出している全米8,000以上の発電所や製油所等の施設における炭素排出量データを提供するウェブアプリケーション。
  • 注6EPAは、全米の各地域ごとに10の管区に分けて環境保護活動に取り組んでいる。
  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。