2014年5月29日

2005年に運用が開始したEU域内排出権取引制度(EU-ETS:EU Emission Trading Scheme)は、現在第3フェーズ(2013年1月から2020年12月)を迎え、恒常的に余剰である排出枠は、制度開始時の6分の1前後の価格で推移している。EU-ETSが再生可能エネルギーへの転換を促すインセンティブとして機能するために、排出権の需要と供給の均衡をはかる欧州の取り組みを紹介する。

1.第3フェーズを迎えたEU域内排出権取引制度(EU-ETS)

2005年に運用が開始したEU域内排出権取引制度(EU-ETS:EU Emission Trading Scheme)は、取引を統一管理するEU登録簿(the Union Registry)への移行も完了し、現在第3フェーズ(2013年1月から2020年12月)を迎えている。EU-ETSは、欧州31カ国注1、11,000以上の発電事業者および各種産業プラント等に加え、航空業界も参加する世界で最も巨大な排出権取引市場を形成している。同市場は、欧州域内が排出する温暖化ガスのおよそ45%をカバーしているとされ、第3フェーズ終了までに、EU-ETSが対象としている施設から排出される温室効果ガスの量を、2005年比で21%削減するという目標を設定している。さらに、2030年には同基準年から43%の削減を目指す予定である。第3フェーズで排出枠の対象となる温暖化ガスは、二酸化炭素(CO2)に加え、亜酸化窒二素(N2O)と完全フルオロカーボン系(PFCs)のガスである(表1参照)。

温暖化ガスの種類 温暖化ガスの排出源事業の種類
CO2

電力および熱生産企事業者、エネルギー多消費型産業(オイル精製業、鉄鋼業や鉄・アルミ・その他金属・セメント・石灰・ガラス・セラミック・パルブ・紙・段ボール・酸・大容量有機化合物の生産業など)、商用航空業

N2O

硝酸(HNO3)、アジピン酸(C6H10O4)、グリオキシル酸(C2H2O3)の生産事業

PFCs

アルミニウム生産事業

表1:EU-ETS第3フェーズにおける排出枠の対象となる温暖化ガス
出典:The EU Emissions Trading System

参考

2.低迷する排出権価格への対策として排出権の供給量を一時抑制

EU-ETSは、事業主に対し温暖化ガスを排出できる枠注2を設定、その過不足を、EUA(European Union Allowance)という排出権として取引できる市場であるが、CER(Certified Emission Reduction)注3やERU(Emission Reduction Unit)注4などの排出権売買できる国際クレジットも、一定の条件を満たせばEUAの代わりに購入することができる。このようにEUAと国際市場の排出権は緩やかにリンクしているが、2009年以来、EU-ETSの市場は、継続的にEUAの余剰を増加させ、排出権価格が低迷している。この余剰増加は複数の要因によると分析されている。一つは、不景気により企業活動で生じる排出ガス量が予想以上に減少したこと。これに加え、記録的な国際クレジットの購入や、第2フェーズの繰り越しオークション枠や第3フェーズの早期オークション枠などが重なり、第2フェーズ終了時には、およそ20億トンの余剰EUAが積み上がってしまった(図1参照)。この余剰は、第3フェーズ開始時における欧州全体の年間排出枠(2,084,301,856tCO/年、除く航空業界)に匹敵するような量であり、対策を施さない限り容易に減少しないと予想されている。さらに、この年間排出枠は、毎年38,264,246 tCO2づつ削減される予定で、第3フェーズ終了年の排出枠は、1,816,452,134 tCO2になり、余剰EUAは、国際クレジット分を除く欧州全体の年間排出枠を超えると推計されている。需要と共有のバランスが崩れている欧州の排出権取引市場は、環境対策を促進する力を失ってしまう危機にさらされており、この対応は危急の課題と認識された。

【図】

図1:EU-ETS市場における温暖化ガス排出量・排出枠・余剰EUA量の経年変化
出典:EC排出枠取引市場の機能検討ワーキンググループ資料

欧州委員会は、簡単に実行できる短期的な対応策として、まず、CERやJIのような国際クレジットの利用について、第3フェーズでは以下に示す条件を設けている。

  • 国連登録されたCDMのうちLDC諸国(後発開発途上国)注5で実施されるCDM事業から生じる国際クレジットが購入対象。
  • 欧州諸国別に購入できるCERの総量規制を設ける。
  • 世界ダム会議基準に合致しない20MWを超えるような大規模水力事業や森林事業から創出されるCERは購入対象としない。
  • 産業ガス起源の排出権(HFC23、アジピン酸製造時のN2O)は認めない。

この他、第3フェーズが開始して約半年経過した2013年7月、短期的なEUAの需要を喚起するため、かねてから欧州委員会が提案していた9億tCO2注6の排出枠供給の延期(The Back-Loading)について、賛成344票、反対311票で可決した。これは、EUAの余剰に対するEUの具体的な対策がみられないまま第3フェーズが開始した後、EU-ETS市場のEAU価格が下落し続け、2013年1月に記録的低価格となる398.7円/tCO2(€2.81/tCO2)を記したことを受け、気候変動担当欧州委員のコニー・ヘデゴー氏(Ms Connie Hedegaard)がいよいよ市場への介入が必要との意を強調したことに端を発している。議会では、EAU価格については介入よりも可能な限り市場に委ねたいという思いがあったが、あらゆる市場での可能性を検討した結果、一時的にでもEUAの供給を絞るしかないという結論に至り、合意にこぎつけたとコニー氏は述べている。尚、オークション供給枠を延期するにあたり検討された内容は「Proportionate impact assessment」にまとめられている。同報告の中で、EUAの需要と供給の不均衡を緩和する効果があるが、一方で欧州産業の競争力に多大な影響を及ぼしたり、価格の急激な変動を生じないなどの点について、6つのオプションを仮定し検討している。

こうして、2013年12月には、温室効果ガス排出権取引指令が改正された。ただし、このオークションへのEUA供給延期は、第3フェーズにおけるオークション排出枠総量を縮小させるものではなく、第3フェーズの最後にこれを市場に戻す。そのため、ロイヤル・ダッチ・シェルのアドバイザーのデイビッド・ホーン氏(David Hone)は、欧州各国の政府がEU-ETS市場を重視していることを示したという点で、この動きを歓迎しながらも、市場の抱える構造的な課題は解決しておらず、至急課題への取り組みが必要だと述べていた。

2014年1月、EUの気候変動委員会(EU Climate Change Committee)は、EU-ETSオークション規則のBack-loadingに関する改正案に合意し、オークションにおけるEAU供給量に関するスケジュールを公表した(表2参照)。

供給削減量(tCO2 供給増加量(tCO2
2013 400
2014 300
2015 200
2016
2017
2018
2019 300
2020 600

表2:第3フェーズオークション供給EAU調整量
出典:EU規則(オークションの改正案)(2014年1月)

参考

3.第3フェーズに開始した排出枠オークションの実績価格

第3フェーズでは、排出枠は基本的にオークションにより供給することが決められている。オークションを実施するプラットフォームは、複数あり、一つは、欧州最大規模で最も多くの国が参加しているEEX(European Energy Exchange)が運営するプラットフォームである。このEEXはまた、ドイツのオークションプラットフォームも運営している。二つ目のプラットフォームは、英国のプラットフォームとして運営されているICE(ICE Futures Europe)である。2013年は、まず全排出枠の4割をオークションで供給しているが、余剰EUAの影響を緩和するための種々の調整がなされた結果、相変わらず低価格であるがこれまでのところEUAは567.6円/tCO2(€4/tCO2)から851.4円/tCO2(€6/tCO2)の間で推移している(図2参照)。

【図】

図2:プライマリー オークションの平均EAU価格(€/tCO2
出典:EEX(European Energy Exchange)よりLRI作成

参考

4.独自の環境税を導入する一方で企業の環境コストを緩和する英国

EUAの価格が低迷する中、温室効果ガスの排出コストを高め、環境対策を促進しようとして、2013年10月、英国は、独自に環境税(CPF:Carbon Price Floor)を導入した。これは、二酸化炭素1トンに対しCPFで指定する価格を上乗せしている。CPFの価格は、導入当初は2767円/tCO2(£16/tCO2注8で、2020年には5188円/tCO2(£30/tCO2)まで上昇させる計画である。

しかしながら、CPFの上乗せでコストが上昇する発電事業者は、これを電力料金に転嫁するため、電力消費者は同環境税の導入に反対していた。特に製造業はCPFの導入に反対し、何らかの対策を求めていた。その結果、今年3月、環境税や高い再生可能エネルギー費用から企業を保護する策として1兆2千億円(£7,000,000,000)ビリオンのエネルギー請求書削減パッケージが実施されることとなる。中規模メーカーはこれにより年間約870万円(£50,000)程度を節約することができる他、化石燃料から生成された電力に課す税は2016年に凍結され2020年の終わりまで2016年時のレートのまま据え置きされる。また、財務大臣のジョージ・オズボーン氏(Gerge Osbone)は、製鉄や化学プラントなどの大量電力消費業界に対して保証スキームを4年間延長し、場合によっては最大2020年まで延長を認めることもあるとした。この新しいスキームは1730億円(£1,000,000,000)の価値に相当し、これらの企業を再生可能エネルギー利用によるコストの上昇から守る。同パッケージは、およそ英国の半分という安価なエネルギーを利用している米国企業と競争している企業にとって朗報である。英国政府は、温暖化ガスの削減に取り組みながらも、エネルギー価格の上昇が英国産業の競争力に重大な影響を及ぼすことを見過ごすことはできないと考えていると、Gareth Stace気候変動大臣は述べた。しかし、一方で、再生可能エネルギー企業は、この施策は同業界への投資家の自信をそぐものであり、相次ぐ政府の介入や政策の変更は、投資家の不安を喚起するため、できればそのまま消費者にコストを添加して欲しいという意見もある。オズボーン氏は、予算演説で飾辞をつくして英国の産業を見殺しにしてまで地球を救うことはしないと明言する一方で、再生可能エネルギーへの投資の手を緩めるつもりもないと、利害関係の相反する業界のいずれにも対応すると述べ、その難しい立場が浮き彫りになった。

そして先月、セメントや石灰、石膏、ガラス、セラミックなどの業界はEUルールにより、英国政府が用意したエネルギーコスト上昇緩和策の恩恵にあずかることができないと判明し、物議を醸している。政府は、環境政策の実施にあたり、経過措置として国内支援を実施してよいが、EU-ETS規則のAnnexIIのリストに載っていない企業は政府支援を受けることができない。鉱物生産協会(Mineral Product Association)によれば、その結果業界全体でおよそ130億円(£75,000,000の追加費用を負担することになると推計している。

5.さらなる抜本的なEU-ETS市場の構造改革

第3フェーズのEU-ETS市場は、排出権の需要と供給の慢性的な不均衡から約20億tCO2にも達する余剰EUAを積み上げ、同フェーズ終了時には26億tCO2に達するとの推計もある。このような、大幅な排出権の余剰は、温暖化ガス削減インセンティブを著しく損なっているが、第3フェーズで実施しているような排出枠の供給延期などの策を施せば、一時的に余剰を抑制することは可能である。また、2021年から開始する第4フェーズにおいてより厳しい排出削減目標と排出権の割当を設定すれば、再びEU-ETS市場が温暖化ガス削減インセンティブを取り戻すこともできると思われる。しかしながら、現在のEU-ETS市場は、温暖化ガスの排出量に大きな影響を与えるような景気の低迷や浮上などの想定外の事態が発生すれば、再び需要と供給の間に大きな不均衡が生じる仕組みとなっている。需要と供給が柔軟に変化する仕組みであれば、市場は自力で均衡を取り戻すが、需要と供給を予測し、計画的に一定量の排出枠を供給するという現在のEU-ETS市場は、需要と供給の不均衡が生じやすい特徴を内在している。欧州委員会は、こうしたEU-ETSが抱える根本的な課題を認識し、これを解決するため、2014年、以下に示す改善を提案した。

  1. 1.需要と供給のバランスにより、極端な価格が変動をしないよう、排出権の供給を調節するための排出権調整口座「Allowances Reserve」注9を設ける。
  2. 2.8億3300万tCO2を超えるEAUの余剰が発生した場合、将来実施するオークションの排出枠から一定量を排出権調整口座に移す。
  3. 3.4億tCO2を超えるEAUの不足が発生した場合、将来実施するオークションの排出枠に、排出権調整口座から一定量のEAUを移す。
  4. 4.排出権調整口座から出し入れするEAU量は、市場への課題な影響を押さえるため、現在の年間平均温暖化ガス排出量の5%にあたる1億tCO2とする。

温暖化ガス削減策として運用を開始したEU-ETSだが、運用開始から約10年が経過し、具体的な課題も見えてきた。欧州では、より洗練された排出権取引市場を目指し、改善が進むだろう。加えて、2015年中頃にはオーストラリアのETSと連携するための原則に合意した。完全なる連携は2018年に完成する予定である。この他スイスETSとも連携することを交渉している。理想的には、排出権に価格をつける事で、市場の力を借りて、温暖化対策を進めることができると考えていたが、景気を減速することなく温暖化ガスの排出削減を進めるためには、欧州各国はいましばらく公的支援が必要なようである。

注釈

  • 注1欧州加盟28カ国と欧州経済領域(EEA)に参加している欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国のアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー(スイスは参加していない)。
  • 注2航空業界は、欧州加盟諸国(EU-ETS参加31カ国)で発着する活動から排出される二酸化炭素が排出削減の対象である。しかしながら、EUは2012年に業界が独自スキームを検討することを承認し、2013年10月、ICAO(International Civil Aviation Oeganization)の会議において、2016年までに国際的な航空業界の温暖化ガス規制システムを公表しグローバル市場を開発すること、およびその適用を2020年までに実施することで合意した。欧州委員会は、この動きに呼応して、排出ガス規制指令2003の改正プロポーザルを提出している。
  • 注3CER(Certified Emission Reduction)は、CDM(Clean Development Mechanism)から生じる排出権(クレジット)
  • 注4ERU(Emission Reduction Unit)は、JI(Joint Implementation)から生じる排出権(クレジット)
  • 注5国連の定義する後発発展途上国(LDC:Least Developed Country)は48カ国。アジア9カ国(アフガニスタン、イエメン、カンボジア、ネパール、バングラディッシュ、東チモール、ブータン、ミャンマー、ラオス)、アフリカ33カ国(アンゴラ、ウガンダ、エチオピア、エリトリア、ガンビア、ギニア、ギニアビサウ、コモロ、コンゴ民主共和国、サントメ・プリンシペ、ザンビア、シエラレオネ、ジブチ、スーダン、赤道ギニア、セネガル、ソマリア、タンザニア、チャド、中央アフリカ、トーゴ、ニジェール、ブルキナファソ、ブルンジ、ベナン、マダガスカル、マラウイ、マリ、モーリタニア、モザンビーク、リベリア、ルワンダ、レソト)、オセアニア5カ国(キリバス、サモア、ソロモン諸島、ツバル、バヌアツ)、中央アメリカ1カ国(ハイチ)。
  • 注6二酸化炭素やその他の温室効果ガスなど異なるガスの環境への影響を比較できるよう数値化するために使われる単位で、当該ガスの排出量などを、相当する温室効果を有する二酸化炭素の重量に換算したもの。
  • 注7換算レートは1ユーロ=141.9円
  • 注8換算レートは1ポンド=172.94円
  • 注9呼び方は多少ことなるが同様の考え方で排出権を管理する口座は、EU-ETSの他、RGGI(Reigional Greenhouse Gas Initiative(米国東部地域))、カリフォルニアETS、ケベックETSでも導入されている。