2014年5月29日

サステナビリティ日本フォーラム 代表理事
後藤 敏彦

近年、欧州を中心とする諸外国では、企業によるESG(環境・社会・ガバナンス)等の非財務情報開示の動きが加速している。今回は「サステナビリティ日本フォーラム」代表理事の後藤 敏彦氏をお招きし、非財務情報の開示を巡る最新の動きや、情報開示基盤におけるICT活用の在り方、さらに非財務情報の開示が日本全体にもたらす効果と今後の展望等についてお話を伺った。

1.非財務情報とは

Q.そもそも、「非財務情報」というのは、どういった情報を指すのでしょうか。

「非財務情報」とは、簡単に言えば、企業に関する情報のうち、バランスシート、損益計算書、キャッシュフロー等の財務以外の情報のことです。例えば、有価証券報告書には、従業員に関する情報、生産状況に関する情報、リスク情報など、財務以外の情報も多く記載されていますね。それらの情報はまさに「非財務情報」であるといって良いでしょう。

ただし財務以外の全ての情報が、非財務情報として重要視されている訳ではありません。現在、重要な観点として認識されているのは、「環境・労働・人権・腐敗防止」という4つの項目です。さらに2013年12月に、国際統合報告評議会(IIRC:International Integrated Reporting Council)が発表した「国際統合報告フレームワーク」では、企業の持つ資本を、「財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本」の6つに分類しています。

このように、現状では、非財務情報を捉える枠組みにはさまざまなものがあり、"これが非財務情報である"というような、共通の定義はありません。目的によって、さまざまな観点から財務以外の情報を分類し、明示する取り組みが行われているのです。

参考

2.非財務情報が注目される背景

Q.何故、非財務情報が重要視されるようになったのでしょう。

企業価値に対する考え方が変わってきたことが、最も大きな要因だと思います。最近では、企業の持つ価値の大半が、インタンジブルアセット、つまり無形資本によって占められるという認識が広がっています。従来の財務情報だけでは捉えきれない、人材や組織力、知的財産を含むイノベーション力等の無形資産が、企業の価値を大きく左右するという考え方です。特に機関投資家等が長期的な投資を行う際には、それらの非財務情報を把握することが重要と認識されています。財務情報だけでは企業の長期的な成長性やリスクを判断できないことが明らかになってきたため、非財務情報が不可欠な情報になりつつあるのです。

Q.投資家の間で非財務情報の重要性に対する認識が広まってきたというお話ですが、その様な動きは、いつ頃から、どの様な形で浸透してきたのでしょうか。

この分野では特に欧州が先行していますが、これには、大きく二つの背景があると考えられます。

一つ目は、欧州においては1990年頃から、財務情報だけではなく、社会性や環境の観点における評価を加えて投資判断を行う「社会的責任投資」(SRI:Socially Responsible Investment)が浸透して来たことです。この背景には、失業率の問題があります。欧州では、80年代頃から失業率が大きな社会問題化し、従来の国家の施策だけでは対応が困難になってきました。そこで、企業による社会的責任(CSR:corporate social responsibility)の遂行を求める動きが出て来たのです。特に、2001年に欧州委員会が、「CSRのための欧州の枠組みの促進」("Promoting a European framework for corporate social responsibility")と題するグリーンペーパー注1を発表したことは、欧州全体がCSRの推進に大きく舵を切るきっかけとなりました。

しかし、実際にCSRを推進する上では、企業の主体的な取り組みが欠かせません。そこで、企業に対する一種のインセンティブとして、SRIが大きく拡大することになりました。例えば、英国では2000年に、年金基金の運用において、"倫理的、社会的、環境的側面についてどの程度考慮したか"という情報を説明することが、法制化されました。この結果、英国では、約5年で、ほぼ全ての年金基金がSRI投資に移行したと言われています。欧州全体でも、既に全体の2割近くがSRI投資になっています。

二つ目の背景は欧州に限ったものではありませんが、国連が2006年に提唱した、「金融業界に対する責任投資原則」(PRI:Principles for Responsible Investment)です。これは主に機関投資家を対象に、資産運用において、「環境(Environment)、社会(Society)、企業統治(Governance)」(以降、ESG)に配慮することを求めるものであり、世界1241機関(うち日本からは29機関)が署名しています(2014年1月時点)。この原則は、法的拘束力を持つものではありませんが、署名をすると、活動状況の報告義務が生じるなど、より実効性を高めることを目的とした項目が盛り込まれています。

3.環境情報開示の動向

Q.ESGの中で、「E」、つまり環境分野についてお伺いしたいのですが、現在、どの様な点が重要視されているのでしょうか。

欧州では、日本で考えられている以上に、カーボンリスク、つまり気候変動の問題がシビアに受け止められています。例えば、現在、製造過程で二酸化炭素を大量に出している企業が、今後の地球環境の悪化によって二酸化炭素の排出が制限された場合、その生産自体を縮小せざるを得なくなる可能性もあります。この様なリスクに対する配慮がない企業が、果たして長期的な投資対象になり得るのか、という視点で見られているのです。

また、こちらも日本ではあまり意識されることはありませんが、水に対する危機意識は非常に高いものがあります。二酸化炭素同様、水を大量に使用する企業の持続可能性について、厳しい目が向けられるわけです。さらに欧州は有害化学物質汚染にも非常にセンシティブであり、有害化学物質規制(RoHS)、有害化学物質新規制(REACH)等の規制が、EUで次々と制定されています。

このように欧州では、持続可能性という観点から、企業は環境分野で起こり得るリスクに対処すべきであるという認識が浸透しています。また機関投資家はそれらの情報を基に投資を行うので、企業側の環境への取り組みがさらに強化されるという仕組みです。

Q.投資家の目線が、短期から長期に移行することで、ESGの観点がより重要になっているということですね。

その通りです。先ほど欧州では投資全体の2割がSRI投資になっていると申し上げましたが、アメリカでも既に約1割を占めるようになっています。またESGの方は、欧州では半数以上、オーストラリアや南アフリカなどでも約3割程度に浸透して来ました。

そこで日本を振り返ってみると、約2年前のデータですが、ESG投資は未だ0.2%であり、極めて低いのが現状です。おそらく現時点でもそれほど変わっていないでしょう。これは日本における投資が短期志向であることが最大の原因として考えられます。また、日本は、欧米と比較すると直接金融より間接金融の比率が高いことも大きく影響しているでしょう。ただし、当然ながら日本の機関投資家は、ブルームバーグ(Bloomberg)等が提供する非財務情報も、財務情報と同様に活用していますので、このような統計上の数字に現れていない要素も多いと考えます。

4.最新の動きと今後の展望

Q.今後の方向性として、特に注目していらっしゃる動きはありますか。

実は、非財務情報の開示という観点では、この1年の間に大きく4つの動きが起こっています。

1点目は、2014年4月に、EUにおいて、非財務情報開示に関する会計指令改定案が欧州議会を通過したことです。これにより、従業員500人以上のEU域内企業は、「環境、社会、従業員、人権、腐敗防止」に関する会社の方針や結果、リスク等に関する情報を、年次報告書で毎年開示することが義務付けられることがほぼ確実になりました。

2点目は、2013年5月にGRI(Global Reporting Initiative)注2の国際会議において、サステナビリティ・レポーティング・ガイドライン(GRIガイドライン)の第4版が発行されたことです。GRIガイドラインとは、"事業者による環境・社会・経済的な発展に向けたサステナビリティ報告のための国際的なガイドライン"であり、2000年に第1版が発行されました。今回の第4版では、マネージメントアプローチ、つまりガバナンスの強化や、重要(マテリアル)な項目に焦点を当てた報告の実施等に関する事柄が改定されています。

3点目は、2013年12月に、冒頭に述べた、IIRC(国際統合報告評議会)による国際統合報告フレームワークの第1版の公表です。

最後、4点目ですが、これは日本における大きな動きであり、2014年2月に金融庁が発表した「『責任ある機関投資家』の諸原則」、通称「日本版スチュワードシップ・コード」です。

Q."スチュワードシップ"とは、日本ではまだあまり馴染みの無い言葉だと思うので、少しご説明頂いても宜しいでしょうか。

"スチュワードシップ"は、直訳すると、"預託された人の責任"といった意味になるのですが、実はイギリスの中世の荘園制度に端を発する言葉です。貴族が所有する荘園の管理を預託された人、つまり管理人が"スチュワード"であり、受託者としての責任(fiduciary duty)を果たすべく、荘園を管理する業務を執り行っています。彼らに求められる行動規範が、"スチュワードシップ"です。余談になりますが、この"スチュワード"による報告を、不在地主である貴族が聞く(audio)ことが、監査(audit)の語源とも言われているそうです。

今回、発表された「日本版スチュワードシップ・コード」は、イギリスで2010年に制定された「スチュワードシップ・コード」の枠組みも参考にしながら、有識者による検討を経て、取りまとめられたものです。国内の生損保や信託銀行、年金基金等の機関投資家を対象とし、投資先企業との対話を通じて、企業の価値向上や持続的成長を促進しながら、顧客の中長期的な投資リターンの拡大を図ることを目的としています。

Q.この「日本版スチュワードシップ・コード」の持つインパクトは、どの程度になるとお考えでしょうか。

非常に大きな影響を及ぼすと確信しています。金融庁は、「日本版スチュワードシップ・コード」導入の目的はアベノミクスの推進にあると述べており、日本企業、ひいては日本経済の持続的成長のためには、長期的観点の投資が行われるべきであるというメッセージが明確に示されています。またこのコードに従って投資を行おうとするならば、長期的な視点の必要性から、間違いなく非財務情報の分析が必須となることが予想されるでしょう。

参考

5.情報開示におけるICTの活用

Q.今後、非財務情報を含む情報開示が進む中で、情報の収集・管理に向けて、ICTの活用が不可欠になると思われます。その中でも、XBRL(eXtensible Business Reporting Language)が重要なツールとして認識されていますが、その背景について教えて頂いても宜しいでしょうか。

これまでの国による検討を通じて、ICTの活用は不可欠であり、その中でもXBRLが重要であるという認識が共有されています。ここに至るまでの流れを簡単にご説明しますと、平成23年度に環境省が「環境情報の利用促進に関する検討委員会」の分科会として、「ICT環境利用ワーキング」を設置しました。この時点ではまだXBRLありきではなく、ICT技術を活用した情報開示基盤の必要性という観点から議論が行われました。翌年度の「平成24年度環境に配慮した事業活動の促進に関する検討委員会」でも、日本における投資家向けの情報開示の不足が議論に上り、情報整備の在り方について検討が行われる中で、XBRLの重要性に対する共通認識が醸成されてきました。その上で、昨年度、私が座長を務めた「平成25年度金融機関等向けサプライチェーン排出量等の情報開示基盤整備事業ワークショップ」では、金融機関等において利用しやすい情報開示基盤整備の際のフォーマットや開示の仕組み、開示情報の利活用等について、具体的な検討を行いました。昨年度から3ヵ年を費やし、XBRLを活用した本格的な情報開示基盤を構築する計画が進んでいます。

Q.今後、財務情報だけではなく、非財務情報のXBRL化も進めることになると、XBRLが一つの共通言語になりますね。

実は、日本は、XBRL分野では、他国に対してアドバンテージを持っています。既に2008年から有価証券報告書等の財務諸表部分にXBRLを導入しており、2013年には、有価証券報告書や四半期報告書等の開示書類全体のXBRL化を完了、非財務情報も含む企業の情報開示がXBRLによって実現しています。

一方、アメリカでは、日本から1年遅れて2009年からXBRL化が始まりました。その後、日本と同様に、開示対象範囲の拡大を進めていますが、欧州を見ると、一部の先進国では取り組みが進んでいるものの、まだ各国の適用状況は足並みがそろっていません。おそらくEU全体のXBRL化が終了するには、まだまだ時間がかかると見られています。

その様な状況を考えると、日本は、非常に良いポジションにいるのではないでしょうか。今後、非財務情報の開示が進む中で、世界に先んじてプラットフォーム化を実現することができれば、大きな優位性を確保できると思われます。

また非財務情報を含むXBRL化の実現が、日本企業への投資を促進する可能性も見逃せないポイントです。現在、非財務情報は、ブルームバーグ等のインフォメーション・ベンダーが独自に収集し、供給していますが、ウェブサイトからの情報収集における加工過程のミスが、情報の劣化を引き起すことが指摘されています。投資家の立場からすると、誤った情報による投資のリスクは見過ごせるものではないでしょう。XBRL化によって、こういったリスクを回避することが出来るのです。

Q.財務情報と非財務情報という2つの異なる情報を、どの様な形でXBRL化し、開示していくべきだとお考えでしょうか。

財務情報と非財務情報の開示の在り方については、2種類の情報を統合してインテグレートした形で示すべきだとする意見と、各々開示し必要に応じて繋げることが出来るようにした方が良いという意見に分かれています。ここで言うインテグレートとは、企業が財務情報と非財務情報を統合し、いかに自社の長期的成長を実現するかという観点を示すことを指します。実は、投資家が知りたいのはこの情報ではないでしょうか。もしこの様な形の情報開示が実現すれば、日本企業に極めて大きなイノベーションが起こると考えています。

ただし、現在の日本では、すぐにインテグレートした情報開示を実現することは難しいでしょう。それは、日本企業のガバナンスに根拠があります。日本の企業の大半は、ボトムアップとトップダウンをミックスした経営形態をとっています。しかしこうした革新的な動きについては、まずトップが内容を理解し、部下に案を出させる指示と経営資源の配分を言い出さない限り、実現は困難です。残念ながら、現在、そうした動きになっている企業は多くありません。また、今後の検討にもかなり時間が掛かるでしょう。

また、今の日本を見ていると、長期的なビジョンを明確に示す企業が非常に少ないことが気になります。多くの企業が発表している3年間の中期経営計画は、単なる利益計画に過ぎません。例えば、資源・環境・人口等の企業を取り巻くさまざまな制約の中で2030年にどの様な会社になることを目指すのか、2050年はどうか等、持続的成長に向けたポリシーを発表する企業は殆ど見受けられません。現在の日本経済を取り巻く閉塞感は、20世紀型のビジネスモデルが役に立たなくなってきたことに端を発するのではないでしょうか。過去ではなく、未来を見つめた21世紀型ビジネスモデルを構築する様な新たな視点が求められていると強く感じます。

6.国内企業、および投資家へのメッセージ

Q.最後になりますが、非財務情報を開示する側、活用する側の両方に対して、何かメッセージがありましたら、ぜひお聞かせ下さい。

まず、世界全体が非財務情報を開示する方向性に進んでいる中で、日本では殆ど"E"を除き投資家たちが求める"SG"情報の開示が進んでいないことについて、問題意識を持って頂きたい。このままだと日本だけが取り残されてしまうようなことも起こり得るのではないでしょうか。

実際、日本の株価低迷は、企業による情報開示の不足が原因にあると指摘する人が少なくありません。特に開示が先行する欧州においては、日本企業がESG情報を開示していないことが投資を抑制していると言われています。日本は、ESGのうち、上述のように環境の情報開示は進んでいますが、特にガバナンス情報の開示に対する評価が非常に低いことが指摘されています。今後、さらにグローバルな投資を呼び込むために、ESG情報の開示を進めることのメリットは、非常に大きいでしょう。

機関投資家の方々は、この度、「日本版スチュワードシップ・コード」が発表されたのを機に、ぜひ非財務情報を活用した長期的視点による投資行動を進めて頂ければと思います。これは投資先企業だけでなく、自社に資金を預託している顧客に対する義務の遂行という観点においても、非常に意味のあることです。

一方、情報を開示する側の企業経営者の方々は、日本における外国人持ち株比率の上昇等を考えると、情報開示における世界的な潮流をこれまで以上に意識すべきです。さらに重要なのは、非財務情報の開示が企業のイノベーションにつながるという点です。財務情報と非財務情報をインテグレートするのは容易ではないと思いますが、チャレンジすることで、間違いなく企業のイノベーションを起こし、発展を実現することができると確信しています。ぜひ長期的視点で情報の統合にチャレンジして頂きたいと思います。

略歴

サステナビリティ日本フォーラム代表理事
後藤 敏彦

昭和39年東京大学法学部卒業。サステナビリティ・コミュニケーションネットワーク代表幹事、社会的責任投資フォーラム最高顧問、グローバル・コンパクト・ジャパン・ネットワーク理事、環境監査研究会代表幹事、環境経営学会会長。環境管理規格審議委員会EPE小委員会・14005国内委員会委員、環境コミュニケーション大賞審査委員会委員、など。著書に「環境監査入門」(共著)ほか、講演多数。

聞き手

株式会社NTTデータ経営研究所 社会システムコンサルティング部門 社会・環境戦略コンサルティングユニット シニアスペシャリスト
大塚 俊和

株式会社NTTデータ経営研究所 グループ事業推進センター 業務改革コンサルティンググループ チーフインフォメーションリサーチャー
小田 麻子

注釈

  • 注1グリーンペーパーとは、欧州委員会が特定の政策分野に関して刊行する文書です。ドキュメントとして刊行され、立法のための参考資料として関係者に配布されます。(出典:国立国会図書館ウェブサイト)
  • 注21997年にアメリカのCoalition for Environmentally Responsible Economies(CERES)や国連環境計画(UNEP:United Nations Environmental Program)が設立した非営利団体。国際的なサステナビリティ・レポーティングのガイドライン策定等を行っている。