2014年6月17日

シンクタンク・ソフィアバンク 代表
藤沢 久美

アベノミクスの成功の鍵は、官民協働による成長戦略の実行である。しかし、バブル崩壊以降、冷え込んでしまった官民の関係を再び取り戻し、かつての官民協働を復活させても意味はない。一段の進化を遂げた、国民全員参加とでも呼べる新たな官民協働をめざすべきである。そして今、その動きが文部科学省で始まっている。

1.アベノミクスの成功の鍵を握る「官民協働」

間もなく、アベノミクス第三弾の戦略発表があるが、1年前、2013年6月に発表された日本再興戦略の一説には、次のような表現がある。

「「日本産業再興プラン」は、この失われた20年間で生じたヒト、モノ、カネの構造的な「澱み」を解消するため、直ちに取り組むべき必達計画である。プランの実行により、民間に対しては、産業や人材の新陳代謝を進めるため、代謝不足の体質を改善し、世界で戦える筋肉質な体質となることを促す。官の側では、企業やヒトの活動の足かせとなる規制や制約を積極的に省いていく国(規制省国)となり、また、省庁縦割りによる非効率性を徹底排除して、日本の総合力を発揮できる体制(オールジャパン)の構築を目指す。これにより、官民で攻めの経済政策を実行する力を確保する。」

アベノミクスの成功の鍵は、官民による成長戦略の実行である。安倍総理は就任以来、「官民協働」という言葉を数多く発し続けている。それに呼応するかのように、財界トップもまた、政策を後押しする企業行動の実践を宣言している。本年1月に行なわれたダボス会議においても、安倍総理による自信と覚悟にあふれたプレナリーでのスピーチを受け、その夜行なわれた会議参加の財界主催のジャパンナイトでは、財界メンバーから「アベノミクスは、我々が成功させる」という声が上がった。

2.高度経済をリードした官民協働とその衰退

戦後日本の経済成長は、官民協働の歴史であった。日本の主要産業を育成するため、官民が一丸となって通商交渉をし、日本の輸出力は高まっていった。そうした政官財の経済活動は、バブル崩壊後に、政官財の癒着という言葉によって批判の対象となり、戦後続いてきた官民関係に、大きな溝ができてしまった。官は、企業行動の機微を感じ取ることができなくなり、表層的な情報しか入手することができなくなった。政治と民間の関係も、距離ができた。民間とのパイプが細くなってしまった閣僚たちは、官僚から上がってくる情報の裏をとることも、かつてほどはできなくなり、企業活動にとって本当に必要な後押しとは何かが見えなくなった。

世界が情報化の時代へと移行し、情報入手のスピードが勝敗を決める世界で、日本の中枢では、情報流通がスローダウンしてしまった。こうして、「財界が要望を出し、政官がその要望を後押しするかたちで規制を撤廃したり新たな規制を設け、財界は確実に要望したことを実行する」というかつてのサイクルは破綻していった。そして、財界は実践をしない評論家の様相となり、政官は、なす術もなく、デフレが続く中、税金の無駄遣いという批判の嵐の中で、身を縮め続けるしかなかった。

3.新たな進化型・官民協働の誕生

安倍政権が誕生し、政官財の関係に新たな変化が起きた。政権発足当時から、政府は、「官民協働」を宣言している。数多く生まれた官民ファンドについても、シビアな見直しが官邸内で行なわれており、成長戦略を成功させるための実行力ある官民協働のあり方が模索されている。

新たな官民協働の時代へと入った今、文科省で進化型の官民協働が、小さく動き始めている。それは、『官民協働海外留学支援制度「トビタテ!留学JAPAN」プロジェクト』である。

本プロジェクトは、下村文科大臣の「すべての学生に海外体験の機会を提供したい」という考えからスタートしたものだ。学生が海外体験をすることは、グローバル化の時代に、極めて意義高い。それは、学生個人にとってのみならず、硬直化してしまった大学に改革の風を吹かせることにもつながる。海外での体験を通じて、学生が、学びにどん欲になったとき、大学側は変わらざるを得なくなる。

しかし、現在の留学法制度の下では、すべての学生に海外体験させることはできない上に、多様な学生にあった多様な体験プロジェクトや事前事後の研修を施すこともできない。そこで、その解決策として発案されたのが、「官民協働海外留学支援制度」だ。民間から資金を集めることで、国家予算を使うときにかけられる制限から自由な形で、留学支援ができる。しかも、民間からは、資金を得るだけでなく、社会で活躍する人材を育成するための留学プログラムの企画運営、インターンシップの受け入れ、留学前と後の研修への講師派遣、留学生審査への企業人材派遣など、物理面でもナレッジ面でも、民間からの協力を要請した。

この制度を作り上げる過程は、文科省にとっても新しい挑戦であった。プロジェクトの推進に民間人を採用し、本来の文科省の空気感の中では「実践できない」と言われてきたことを一つひとつ「できる」に変えていった。また、留学生課のトップや文科省トップから現場職員までが、企業を訪問し寄付集めに歩いた。学校に指示を出すことが主な仕事だった文科省の職員たちが、民間企業にお願いに行くという営業活動をやってのけ、2014年4月25日現在で、66億円の寄付を集めた。当プロジェクトの民間からの寄付目標は、200億円であるため、この営業活動はまだまだ続くが、文科省の関係者が一丸となって財界を口説いた結果が実り始めている。

4.「官民協働海外留学支援室」の誕生

そして、本年4月、学生支援機構の中に、「官民協働海外留学支援室」が立ち上がった。本籍は、学生支援機構だが、物理的な場所は、文科省の中にあり、文科省トップと定期的に議論をしながら、ことを前に進めている。

特筆すべきは、このチームのメンバーだ。文科省職員や学生支援機構の職員はそれほど多くない。大半が民間人だ。企業からの派遣者もいるし、自ら手を挙げて、高額の年収を捨て、このプロジェクトに参加してきた民間人もいる。ベンチャー企業からの出向者もいる。地方大学からの出向者もいる。極めてダイバーシティに富んだチームが生まれた。

かつての官民協働は、政府と大企業という構図であった。しかし、本プロジェクトは違う。官僚、大企業、ベンチャー、大学若手職員、個人、が集っている。間もなく、地方自治体や地方の中小企業も、プロジェクトづくりに関わり始める予定だ。まさに、安倍総理の言う「国民全員参加」の第一歩だ。

さらに、このチームは、プロジェクトを執行し、制度の改革にも関わる。官が規制によって民に追い風を吹かし、民が実行するというかつての官民協働ではない。官も民も共に、追い風を吹かし合いながら、実行を担って行く。別々の役割をもっていた官と民が、互いの役割を融合させて、新たな施策づくりと実行をしているのだ。

未だ小さな取り組みであり、世の中からは、見えていないかもしれないが、これは今世紀の新たな官民協働、官民パートナーシップの試金石になることは間違いない。グローバル化の時代、政官財の協働は、政府と霞ヶ関と大企業だけが実践する時代では、もはやない。国民全員参加で、それぞれが縦割りで役割を担うのではなく、互いの役割を協働して担っていく。今、日本から、あらたな官民協働の形が生まれ、動き始めている。

【図】

出典:新たな海外留学支援制度事前説明会(平成26年2月3日 文部科学省 高等教育局 学生・留学生課 官民協働海外留学創出プロジェクトチーム)

2014年6月6日 執筆記事