2014年6月19日

ワシントンコア リサーチャー
伊東 桃子

米環境保護庁は昨年11月、2014年に適用される米国の再生可能燃料基準(RFS:Renewable Fuel Standard)の総量を、RFSが定められた2007年以来、初めて切り下げる提案を行った。RFSはトウモロコシを原料とする米国のエタノール業界の発展を支えてきた重要な基準であり、同提案はエタノール業界および石油業界を巻き込んでさまざまな議論を呼んでいる。本稿では、RFS基準をめぐるバイオ燃料政策において米国が直面している課題について紹介する。

1.米国のバイオエタノール産業の成長を支えるRFS基準とEPAによる基準引き下げ案

米環境保護庁(Environmental Protection Agency:EPA)は2013年11月、2014年の再生可能燃料基準(Renewable Fuel Standard:RFS)の年間義務付け総量を初めて切り下げる案を発表した。RFSは、国内のエネルギー供給の安全保障に向けた再生可能燃料の利用促進を目的として、毎年ガソリン販売業者等に義務付けている再生可能燃料(トウモロコシベースのバイオエタノールを中心とする従来型バイオ燃料、セルロースベースのバイオエタノール、バイオディーゼル、セルロースおよびバイオディーゼル以外の先進バイオ燃料)の一定使用義務量である。前ジョージ・Wブッシュ政権下の2005年エネルギー政策法(Energy Policy Act of 2005)において導入された同基準の目標値は、2007年のエネルギー自立・安全保障法(Energy Independence and Security Act:EISA)において、ガソリンに占めるバイオ燃料の混合率を徐々に増やし、2022年までに合計360億ガロンのバイオ燃料を混合するよう義務付けが拡大された。

【図】

図:2007年のEISAで規定されたRFS基準(バイオ燃料使用義務量)の推移
出典:米エネルギー省の資料を基に著者が作成

現在米国で用いられている再生可能燃料(バイオ燃料)の大部分はトウモロコシを原料とするバイオエタノールである。RFSの設定に伴うバイオエタノールの需要拡大により、バイオエタノールの生産量は1980年時の1億7,500万ガロンから2013年には約133億ガロンとなるなど、米国のエタノール産業は飛躍的な成長を遂げており、アイオワ州、インディアナ州、ネブラスカ州をはじめとする米中西部州のトウモロコシ生産者やバイオエタノール製造企業に、新規雇用の創出などを含めた大きな利益をもたらしてきた。

2007年法では、2022年までのRFS基準が既に定められているものの、このRFSによるバイオ燃料の使用義務量は、経済・環境に深刻な害があると考えられる場合又は再生可能燃料が不足する場合を考慮して、米エネルギー情報局(Energy Information Administration:EIA)の需給予測データ等を基に、EPAが毎年11月に翌年の使用義務量を見直し、必要に応じて調整することになっている。政権発足以来、再生可能エネルギーを含むクリーンエネルギー政策に注力してきたオバマ大統領は、バイオ燃料をクリーンな輸送燃料とみなし、これまで積極的に開発を支援してきた。しかし今回EPAが2007年の法律で規定されている2014年のRFS基準を見直し、予定の181億5,000万ガロンから152億1,000万ガロンとし、2007年の設定以来、初めてガソリンへの再生可能燃料の総使用義務量を切り下げる提案を行ったことで、将来的なトウモロコシベースのエタノール需要の後退やこれに端を発するエタノール産業への影響が懸念されている。

2014年のRFS基準(EPAによる修正案) 2007年法での2014年のRFS基準(目標値)
従来型バイオ燃料(トウモロコシベースのエタノール) 130億1,000万 144億4,000万
セルロースベースのエタノール 1,700万 17億5,000万
バイオディーゼル 12億8,000万 10億
その他の先進バイオ燃料 9億300万 10億
再生可能燃料義務付け量合計 152億1,000万 181億5,000万

表:2007年法でのRFS基準に対する2014年のRFS基準修正値(案)
出典:各種資料を基に著者が作成

  • 単位はガロン。なお、2014年のRFS基準においてEPAはトウモロコシベースのエタノールについては特定の目標量を示していないため、先進バイオ燃料の目標量から算出。また、バイオディーゼルに関しては2012年(10億ガロン)以降の義務量を規定しておらず、EPAが毎年決定することになっている。

参考

2.「ブレンド・ウォール」とバイオ燃料政策を取り巻く政治的環境

EPAが2014年のRFS基準を引き下げる提案を行った主な理由は、米国の現在のインフラ整備状況では、再生可能燃料をこれ以上消費できない状態である「ブレンド・ウォール(blend wall)」に直面していることが挙げられる。現在、米国のガソリンスタンドで普及している給油設備のほとんどは、ガソリンに10%のバイオエタノールを混合した、通称「E10」と呼ばれるものであり、再生可能燃料の生産量が急激に増加する中、10%以上の混合燃料を給油する設備が増加しない限り、使用義務量を消費することができない状況となることがかねてから予想されていた。このようなインフラ面での課題がある一方で2007年のRFS設定当時には高まることが予想されていた国内のガソリン需要が、ガソリン価格の高騰や自動車の燃費改善等により、年々減少傾向にあるなど、ガソリンに対する需要そのものが減少傾向にあることもバイオ燃料の消費をこれ以上底上げできない要因となっている。

EPAのRFS引き下げ提案は、連邦政府がブレンド・ウォールの課題に実質的に対応する必要があると判断した結果と捉えることができる。そして、EPAによる同提案を受けて、RFSによるエタノール産業擁護政策にかねてから反対してきた石油業界は、ガソリン需要が減少する中、エタノールの混合率の増加を義務付けるRFSは、業界におけるRFS遵守にかかるコスト負担の増加、ひいてはガソリン価格の高騰につながるもの注1として、RFSの撤廃に向けたロビー活動を積極的に行っている。一方で、米国最大規模のバイオ燃料業界団体の一つである再生可燃料協会(Renewable Fuel Association:RFA)によると、米国のトウモロコシベースのエタノール業界は148億ガロンのエタノール生産能力があるが、EPAによる修正案でその義務量が12%削減され、130億1,000万ガロンとなれば、全米に210あるエタノール工場の一部は閉鎖に追い込まれる可能性が高いとしている。また、米国のエタノール業界では、2013年後半に入って2012年夏の干ばつによる影響が終息し、原料となるトウモロコシ価格が下落、エタノール生産の利幅も回復傾向にあり、エタノールの増産に向けた環境がようやく整いつつあったことから、今回の発表による業界の不満は大きく、EPAが提案通りバイオエタノールの使用義務量を引き下げれば、訴訟も辞さない態度を示している。

参考

3.ブレンド・ウォールを克服するための取り組み

石油業界およびバイオエタノール業界共に、政治・経済的な影響力が強いことから、将来的なバイオ燃料政策において厳しい舵取りを迫られているオバマ大統領であるが、同政権は、RFSの目標値を修正する提案を発表した一方で、今後もバイオ燃料の技術・産業の発展を推進する方針に変わりないようである。以下では、オバマ政権がブレンド・ウォールを打開するために注力する政策と民間レベルでの取り組み内容について紹介する。

3.1 バイオエタノールのガソリン混合率10%以上の混合燃料に対応した給油設備および車の普及に向けた取り組み

再生可能燃料の利用を促進するオバマ政権下において、EPAは2010年10月、2007年以降モデルの車(SUV、軽トラックを含む)について、バイオエタノールのガソリンへの最大混合率を15%とする混合燃料「E15」の使用を認め、その後2011年1月に、2001年以降のモデル車(米国における半数以上の車(当時))についてもこれを拡大して認めることを発表している。しかし、2013年12月時点で、E15を販売する給油所は、米国内14万箇所以上の給油所の内、わずか60箇所程度にとどまっている。

E15のインフラ普及を妨げている主な理由として、ガソリン販売業者は、E15に対応するために誤給油防止等に関する特別な体制を整備する必要があるほか、新たな貯蔵タンクやポンプ等への設備投資に、場合により最大で1スタンドあたり30万ドル以上のコストがかかることが挙げられる。また、EPAが特定のモデル車へのE15の利用を認めたとはいえ、米国石油協会(American Petroleum Institute)や米国自動車工業会(American Petroleum Institute)、米国自動車協会(American Automobile Association)といった関連団体は、エンジンへの損傷を危惧してバイオエタノール混合率10%以上の混合燃料の使用を推奨しておらず、自動車メーカーも2001年以降のモデル車の90%以上についてE15の使用を承認していないことも、E15の利用普及を妨げている主要因の一つである。大手自動車メーカーでは、Ford社が2013年モデルからE15の使用を認めており、General Motors(GM)社も2012年モデルからE15に対応した車の設計を開始している。またToyota社も、同社の2014年モデルの半数以上はE15に対応する一方、他のモデルについてはE15の使用に関する警告を今後も取扱説明書に記載する方針であるという。このように、大手自動車メーカーの間で新モデル車におけるE15への対応は推進されているが、米国の大部分の車がE15に対応するようになるには、少なくともあと10年を要するとみられている。

オバマ政権は、10%を超えるバイオエタノールを混合したガソリンの給油設備を拡大するため、米農務省(U.S. Department of Agriculture:USDA)の「米国のための農村エネルギープログラム(Rural Energy for America Program:REAP)」注2の一環で、2011年以降、バイオエタノールとガソリンを混合して給油できる燃料ポンプ(flex-fuel pump)の設置を促進するために助成を行ってきた。具体的に同取り組みは、向こう5年間で同燃料ポンプを全米1万箇所に設置する目標を掲げていたが、2014年2月に成立した2014年農業法(2014 Farm Bill)では、下院通過時にこの助成を削除する条項が追加され、成立となった。これは、エタノール需要の拡大を目指す業界にとって、EPAによるRFS引き下げ案に続く打撃となったが、オバマ大統領は同法成立から間もない同年3月に発表した2015年度大統領予算案において、代替燃料を供給する給油所のインフラ建設(すなわち、バイオエタノールとガソリンの混合供給ポンプの設置)を対象とする先進エネルギー製造投資税控除(advanced energy manufacturing tax credits)に最大2億ドルを計上し、バイオエタノール業界の反感を和らげている。

3.2 自動車以外のバイオ燃料の用途拡大に向けた取り組み

上述のように、米国ではバイオ燃料混合ガソリンの大部分がE10であり、E15に対応したインフラ整備の遅れや対応車が限定されているため、自動車向けバイオ燃料の需要の急速な増加は見込めない状況となっている。そのため、オバマ政権は自動車以外のバイオ燃料の利用に向けた取り組みを推進するなどし、バイオ燃料需要の増加およびブレンド・ウォールの克服に期待をかけている。

例えば、オバマ政権は2013年4月、USDAが連邦航空局(Federal Aviation Administration:FAA)やBoeing社らと共同で、2010年から2012年にかけて推進していた持続可能な航空燃料の開発と利用促進を目指す「Farm to Fly」プログラムをさらに5年間延長することを発表した。新たに更新された同プログラムでは、2018年までに航空用バイオ燃料を年間10億ガロン供給することを目標としており、利用できる多様な原料について検討し、複数の原料サプライチェーンの開発などに注力する見込みである。またUSDAと米海軍(US Navy)は2013年12月、「Farm to Fleet」プログラム注3の一環で、海軍が毎年利用している合計約770万ガロンの軍用ジェット燃料JP-5および艦船用燃料F-76に対し、2015年以降、10~50%の範囲でバイオ燃料を混合することを発表している。

こうした取り組みに加え、2014年1月に米国のバイオエタノール輸出量は8,620万ガロンに達し、ここ十数年間で最大となる輸出量を記録するなど、バイオ燃料の輸出品としての需要増加への期待も高まっている。USDAのTom Vilsack長官は、2014年3月にテキサス州サン・アントニオで開催されたトウモロコシ、大豆、小麦等の生産者が集う年次会合において、バイオ燃料業界を支援するための一つの方法として、対外需要に目を向けたバイオ燃料の輸出拡大の必要性を挙げており、中国のほか、インドや日本にもその輸出対象を拡大することに意欲を示している。

参考

4.RFS基準とバイオ燃料政策の今後の行方

2007年にRFS基準が定められて以来、初めてその年間義務付け総量を引き下げる提案を行ったEPAは、昨年末に、同基準値のほか、バイオ燃料需要の拡大とブレンド・ウォールの克服に向けた課題および対策について各業界のステイクホルダから意見を求めるため、60日間のパブリックコメント期間を設定した。2014年1月末の期限までに寄せられたコメント数は10万件以上にのぼり、これらのコメントおよび市場データを踏まえ、同年2月時点でEPAは、RFSの最終決定を同年6月末までに行う見通しを示している。

オバマ政権は、「All-of-the-above」戦略」と呼ばれるエネルギー政策を掲げ、国内の石油および天然ガス(シェールガス)の増産が続く中、海外石油依存の削減と環境に配慮した安全な国内エネルギーの供給を主要目標として、バイオ燃料、風力・太陽光を利用した再生可能エネルギーだけでなく、石油や天然ガスを含む国内で利用可能なすべてのエネルギー資源の開発を推進するようになっている。ガソリン価格の高騰などを受け、石油や天然ガスの利用を促進するより現実的なエネルギー政策を推進するオバマ政権下で、バイオエタノール業界の懸念は高まっている。また、オバマ政権がクリーンエネルギーとして支援してきたバイオ燃料については、バイオエタノール産業の急速な成長に伴うトウモロコシ畑の拡大と無理な開墾がもたらした二酸化炭素排出量の増加や水質汚染等の環境への悪影響のほか、トウモロコシ収穫後の茎や葉といった食糧と競合しない材料を用いる次世代バイオ燃料の一つとして今後本格的な商用利用が注目されているセルロース系エタノールの生産には、短期的にガソリンよりも7%多い温室効果ガスを排出するといった研究結果が最近相次いで明らかにされており、オバマ大統領のバイオ燃料政策やバイオエタノール業界に対する風当たりは強まっている。

雇用機会や経済発展を促進してきたRFSを含むバイオ燃料政策は、トウモロコシベースのバイオエタノールの大部分を生産する米中西部州において特に重要であり、2014年11月の議会中間選挙を睨み、政治的に強い影響力を持つバイオエタノール業界の支持を取り付けることはオバマ政権にとっても重要である。一方で、同様に政治的に強い影響力を持つ石油業界は、RFSの撤廃を求めて強力なロビー活動を展開しており、ブレンド・ウォールを巡る双方の議論を踏まえ、バイオ燃料の用途拡大を考慮しながら、オバマ政権が2014年および同年以降に適用されるRFSについて最終的にどのような決定を下すかに注目が集まっている。

参考

注釈

  • 注1RFS義務を負ったガソリン販売業者は、実際にガソリンにエタノールを混合する以外に、再生可能識別番号(Renewable Identification Number:RIN)と呼ばれる再生可能燃料の使用に関する法的義務を負う事業者間でのみ売買可能なクレジットを購入し、義務量を達成することも可能である。RINクレジットの売買市場では、同クレジットは、2013年はじめには1ガロン当たりの単価が7セントであったのが、7月半ばには1.43ドルと20倍以上に上昇し、ブレンド・ウォール発生の懸念により、同クレジットの供給が将来的に逼迫し不足する可能性が懸念されたことが同クレジット価格の急騰につながったとみる見解も多く、これがひいてはガソリン価格の高騰につながったとして石油業界はRFSに批判的である。
  • 注2REAPは、農村地域における農業生産者や企業による省エネ向上、再生可能エネルギー施設の導入などを助成するために2008年農業法で設立されたプログラム。
  • 注3オバマ大統領の働きかけにより、軍用燃料として既存インフを用いてそのまま利用可能であり、石油燃料と競争力のある国内バイオ燃料の活用に向け、2010年以降、USDA、エネルギー省(Department of Energy:DOE)、米海軍が共同で推進しているプログラム。
  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。