2014年6月26日

経済ジャーナリスト
財部 誠一

日経平均株価が一時の勢いを失いつつある中、アベノミクス第3の矢の効果に対する海外投資家からの批判がヒートアップしている。これに対し安倍政権は、早急に株価を再び上昇軌道に乗せるべく、年金積立金管理運用機構独立行政法人(GPIF)の株式投資比率の引き上げや法人税率の20%台への引き下げなどの政策を打ち出した。しかし、いまわが国に必要なのは、短期的な株価を意識した政策ではなく、日本経済の中長期的な安定成長を実現するための政策である。アベノミクス第3の矢の原点に帰り、規制緩和を中心とした成長戦略を着実に推進することが期待される。

安倍政権は発足直後のロケットスタートが忘れられないのだろう。日経平均のだらだらした下落に歯止めがかからず、2014年4月に1万4,000円台を割る水準にまで下がるや、海外投資家は「第3の矢」批判をヒートアップさせた。

要すれば「第3の矢がこれ以上、体たらくを続けるなら日本株に見切りをつけるぞ」といわんばかりの、脅しのような市場予測を海外投資家が一斉に叫び始めたのである。すると日本のメディアがそれをおうむ返しにする。かくして、東京の金融関係者から地方の中小企業経営者まで、第3の矢への期待感は失望感へと急速に変化した。

そこに拍車をかけているのが集団的自衛権行使をめぐる議論だ。一日も早い閣議決定を目指す安倍首相の言動からは、安倍政権の「一丁目一番地」が「経済」から「集団的自衛権行使」に転じてしまったかのような印象を強く与えた。本来、経済政策と安全保障政策は対立概念でもなんでもないのだが、世論とはそういうもので、より多くメディアに露出している問題にばかり、関心が過度に集中する。

だから日経平均が1万4,000円を割り込んでいくことへの危機感は、集団的自衛権の閣議決定が拙速に行われるのではないかという危機感に打ち消されていた。だが日本株専門に投資をしている海外のファンドマネージャーたちは「集団的自衛権」などどうでもよい。彼らの最大の関心事は2012年から2013年に、8,000円から1万6,000円まで日経平均が急騰する過程で、自らが運用するファンドに新規流入した投資マネーの動きだ。日本株に高いパフォーマンスを期待して集まったマネーだが、2014年2月以降の急落で、日本株専門のファンドマネージャーたちは、自らのファンドからマネーが凄まじい勢いで流出してしまうのではないかという不安に苛まれていた。

だが第3の矢は即効性を期待されるべき性質のものではない。

規制緩和を中心とした成長戦略なのだから、具体的な果実を得るまでには5年、10年かかるものばかりである。農業、医療など「岩盤規制」と呼ばれ、成長戦略の目玉と言われる分野での規制緩和には、既得権者からの強い抵抗があるのは当然のことで、そこにドリルで穴を開ける努力を安倍政権は継続している。総じて言えば、苦戦続きだ。減反政策廃止など安倍首相は2013年暮れに「減反廃止を実現した」と高らかに宣言したが、同じころ林芳正農林水産大臣は「減反廃止など一言も言っていない」とテレビのトーク番組で堂々で首相発言を打ち消していた。

ならば成功事例を先行させようということなのか、特区による農業改革に大胆なモデルが出現した。兵庫県の山間地にある養父市を特区指定し、農地の流動化、大規模化を実現することを決めたのである。これまで流動化を阻んできた地元の農協や農家が中心となって、農地利用の可否に関する決定権を持っていた「農業委員会」なる組織を廃止して、養父市が農地利用の可否を決定できる特区ができた。すでに有力な大規模農家がさびれる一方の中山間地で大規模農業を展開することになっている。

これは一事例としてはきわめて素晴らしい。農地問題の構造的な欠陥にメスをいれた点で大いに評価できる。だが農業関係者からは「兵庫県の中山間地だけだから特区指定できた」という声が絶えない。これをいきなり全国展開しろといったら、間違いなくつぶされたはず、と考えている人たちが少ないということである。

私自身は困難な規制緩和であればあるほど「特区」で成功事例を創り、やる気のある首長に追従してもらうことが、規制緩和を進めるもっとも現実的な戦術であると考える。

だが、その場合も、日本全国に農地利用に関する規制緩和が広がっていくまでには、相当の年月を要することになる。養父市が「成功」と認定されるまでにも2~3年の時間的経過が必要だろう。日本全体の規制緩和となったら、いったいいつになることとやら。それでもやるのが政治だ。

しかし海外のファンドマネージャーには、それを漫然と待っている余裕はない。日本株再上昇のきっかけ作りを政府に求めてくる。そして政府はまさに彼らの求めに応じた。

年金積立金管理運用機構独立行政法人(GPIF)の株式投資比率の引き上げだ。きわめつけは株価低迷の6月に政府は、運用比率引き上げの開始時期を「前倒し」するとアナウンスした。すると株価はするすると1万5,000円台を回復した。

私の目には、「法人税減税」を次の国会で実現するとした安倍首相の発言も、株価対策を強く意識したものとうつる。法人税を減税しただけで、上場企業の株価は上がるからだ。正しい政策を打つことで、株価を押し上げ、その資産効果でさらに消費が押し上げられる。それがこれまでのアベノミクスだった。だがここにきて、経済政策の手詰まり感から、経済政策があからさまな株価対策へと変質してきた。これは似て非なるものだ。

2014年6月24日 執筆記事