2014年11月7日

株式会社NTTデータ経営研究所 公共行政サービスコンサルティングユニット マネージャー
渡邊 敏康

フィリピンでは、サイドカー付き自動二輪車「トライシクル」が、主にタクシー用途として短距離の交通手段として利用されているものの、これら車両の排気ガスによって、大気汚染の拡大やCO2の排出増大へと繋がっている。その解決策の一つとして、フィリピン政府では、トライシクルの電動化(Eトライシクル)の取り組みを推進している。本稿では、フィリピンにおけるEトライシクルの導入背景や、取り組み状況等について紹介する。

1.はじめに~フィリピンにおける自動車の普及状況~

人口9,580万人(2012年)、そして1人当たりGDPが2,614米ドル(2012年)注1のフィリピンは、ASEAN諸国の中でも、タイやインドネシアに次いで、乗用車の大衆化(モータリゼーション)が間近に迫っている国の一つと捉えることができる。これは、主要国における乗用車保有台数と一人当たりGDPとの関係から、一般的にモータリゼーション度合いを測ることができると言われている。これは、一人当たりGDPが3,000ドルから5,000ドルへと向かうにつれ、二輪車から四輪車へと普及が加速していく、というストーリーである。例えば、アジア諸国を見てみると、タイやインドネシア、中国がそれに該当する(図1)。

【図】

図1:主要国における一人当たりGDPと乗用車保有台数の関係
出典:世界銀行データバンクを基にNTTデータ経営研究所にて作成

フィリピンにおける二輪・四輪自動車の保有台数(総数)は、622万台である。そのうち、乗用車は78万台、ユーティリティー車(主に「ジープニー」と呼ばれるトラック改造の旅客用四輪車)は164万台、そして二輪車は320万台となっている(いずれも2009年)。フィリピンにおける320万台という二輪車の保有台数は、日本における二輪車の保有台数(350万台、2009年)とほぼ肩を並べる規模である。フィリピンおよび日本の二輪車の構成比を見ると、保有台数としてはどちらも同規模でありながら、フィリピンが半数を占めるのに対して、日本では二輪・四輪自動車の保有台数(総数)が7,904万台であることから、わずか2%に過ぎないことが分かる注2(図2)。各種文献注3を踏まえると、トライシクルの台数は現在300万台以上となっており、二輪車の大半の台数をトライシクルが占めていることになる。つまり、フィリピンでは自動車市場の約半数をトライシクルが占めていることから、例えば、エネルギー消費や大気汚染等の環境負荷の面で、トライシクルが自動車市場全体に与える影響度が高いと言える。

【図】

図2:フィリピンおよび日本の二輪・四輪自動車の保有台数の構成比
出典:国土交通省 主要運輸事情調査報告書フィリピン編(2011年)を基にNTTデータ経営研究所にて作成

参考

2.トライシクルによる大気汚染の問題

トライシクルは、排気量100cc程度のオートバイにサイドカーを付けて、乗客を2~3人、そして多いものでは7~8人程度乗せることが出来る。2トンクラスのトラックを改造したバス的な位置づけのジープニーとともに、トライシクルは、住民にとっての安価な交通手段(タクシー)として活躍している。

トライシクルは、低料金で短距離を移動する交通手段として人気が高いものの、年間1,000万トンを超える二酸化炭素(CO2)を排出している注4。このほか、エンジンやマフラーの性能が十分ではないこと等から、窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)、粒子状物質(PM)等が排出されることで、大気汚染を引き起こす原因にもなっている。アジア開発銀行の調査によると、大気汚染原因の30%が公共交通機関からによるものであり、その汚染原因の大部分が低品質エンジンを搭載しているトライシクルによるものだとされている注5

3.フィリピン政府における電動三輪タクシー(Eトライシクル)の取り組み

トライシクルの大気汚染問題を受けて、フィリピンエネルギー省(DOE)は、トライシクルの動力を電動化するプロジェクトの検討に着手した。フィリピンにおけるこの電動三輪タクシー(Eトライシクル)導入支援に向けて、アジア開発銀行(ADB)とクリーンテクノロジー基金(CTF)から約5億ドルの拠出が実現することとなった。Eトライシクルは、気候変動対応を目的とする省エネ・再生エネルギー推進支援プロジェクトの一環として、2011年から2016年までの5年間に10万台のEトライシクルを導入するプロジェクトとしてスタートした。

Eトライシクルは、ノートパソコンや携帯電話に使われるリチウムイオン電池を動力とするため、初期コストは高いものの、長期的な管理・維持費は従来型のトライシクルより低くなることをコンセプトとしている。また、鉛電池のリサイクル環境が整備されていないフィリピンにおいては、鉛電池のリサイクルの仕組みを構築するよりも、リチウムイオン電池のサプライチェーンを新規に構築することの方が今後の産業育成の観点からもメリットが高いとの背景もある模様である。

バイクの改造を前提とした従来のトライシクルに比べて、新規レイアウト設計がなされたEトライシクルは、デザイン性やメンテナンス性、客室快適性等の配慮が伺える。

項目 特徴
搭載電池

3kWh リチウムイオン電池(約2,000回充電可能)

最高速度

60km/h

最大登坂確度

16度(30%勾配に相当)

乗客定員

5名

その他特徴
  • 乗降が容易な入口
  • フィリピン国土交通省(LTO)認証
  • 省メンテナンス性
  • 良好な操縦安定性と客室快適性
  • 低振動性(従来トライシクルに比べ)

表1:Eトライシクルの主な特徴
出典:フィリピンエネルギー省 THE E-TRIKE PROJECTを基にNTTデータ経営研究所にて加筆

20台のEトライシクルのパイロット走行評価(2011年)、そしてプロトタイプの制作・走行評価を受けて、本プロジェクトに参画するメーカーを入札によって選定するプロセスとなっている。この入札には、フィリピン国内企業に加え、日本や台湾といった海外企業の参加を表明している。

参考

4.Eトライシクル導入による期待される効果

フィリピン政府は、Eトライシクルの導入によって、環境負荷の低減、コスト削減、Eトライシクルの運転手の収入向上、そして産業育成・雇用創出が期待できるものと考えている。

  • 環境負荷の低減

    旧来型のトライシクルの代替を進めていくことで、CO2排出量が年26万トン近く減少する。

  • コスト削減

    ガソリンから電気へとエネルギー源をシフトさせることで、年換算で1億ドル相当のガソリンの輸入コストが軽減する。

  • 運転手の収入向上

    従来に比べて車両1台当たりの積載人数が増えるため、タクシー運転手にとっては増収効果も見込まれる。加えて、ガソリンが割高なフィリピンでは、電動化によって燃料代(電気代)を大幅に削減でき、Eトライシクルの車両リース代を差し引いたとしても、手取り収入の増加が見込める。

  • 産業育成・雇用創出

    Eトライシクルの関連部品産業の創出や電池のサプライチェーンの構築、充電ステーションの構築等により、2015年までに1万人の雇用創出が期待できる。

上述の産業育成・雇用創出に関しては、フィリピン政府は、海外で高い実績を有しているバッテリーメーカーを誘致し、当該地域でのEトライシクルの生産能力を定着させるための先行投資を計画している。背景として、最終的には、自国で設計開発したEトライシクルを、他のASEAN諸国へ輸出していくことへの道筋を付けたい想いがある注6

5.今後の動向

フィリピン政府は、Eトライシクルのプロジェクト推進によって、Eトライシクルの普及・拡大による大気汚染の問題解決に留まらず、自国産業の育成や雇用機会の拡大を目指している。

現在、Eトライシクルのプロトタイプ評価から調達フェーズへと移行しつつあるが、日本を始めとした諸外国で販売している電気自動車の普及・拡大フェーズにおいても障壁となっている充電インフラの拡大方法や、購入価格の低減方法等、今後顕在化していく課題が出てくるものと想定される。また、4,000~5,000ドル程度の低コストでの車両生産が前提となる中、リチウムイオン電池の調達からリサイクルまでのバリューチェーンの構築は、海外企業の誘致・連携をEトライシクルの範疇までとするのか、あるいは電気自動車まで想定したビジョンを描くかで方向性が変わってくることになるだろう。特に、バッテリーマネジメント技術や電力系統との(情報)連携技術の必要性については、充電インフラ整備や、リチウムイオン電池を始めとする電気自動車関連製品のバリューチェーン構築に向けたグランドデザインにも影響を与える部分になってくる。このような、ICT活用の範囲をどこまで想定するかの論点は、Eトライシクルの事業に参画準備を進めている日本や台湾を始めとした外資系企業が、どのようにして政府と協調領域を作り上げていくかが重要になるだろう。

世界に目を向けると、エネルギー資源減少や価格変動、需要成長の急速な増減による競争環境の不確実性が高まっていることから、世界のエネルギー輸入国は、エネルギーセキュリティ向上の政策措置を取り始めている。エネルギー安全保障に取り組む戦略として、電気自動車の導入を計画しており、例えばイスラエルでは、政府が2020年までに電気自動車の普及を100%にすると誓約し、それを奨励する政策を打ち立てている。米国においても、2015年までに100万台の電気自動車を普及させる目標の達成のために、1台につき7,500ドルの税額控除の政策を取っている。日本やイギリス、オーストラリア、アイルランド、シンガポールを始めとして、電気自動車の普及促進に向けた前向きな政策を立てている注7。フィリピン政府においても、Eトライシクルの普及促進を踏まえつつ、電気自動車の普及促進に向けた次なるシナリオを描き始めていることが想定される。

注釈

  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。