2014年11月14日

農業生産法人 株式会社GRA代表取締役CEO
岩佐 大輝

日本の農業を取り巻く環境は、さらに深刻化しつつある。平成25年の農業就業人口はピーク時(昭和35年)の約16%まで減少、平均年齢は66.2歳と急速な高齢化が進んでいる。今後の農業の在り方に向けて様々な方向性が模索されている中で、今回は、東日本大震災の被災地においてイチゴ栽培に取り組む、農業生産法人株式会社GRA CEO 岩佐 大輝氏に、ITを活用したノウハウ継承の取り組みや、海外展開の方向性等についてお話を伺った。

1.農業参入のきっかけと現在の事業概要

Q.まず、IT企業を経営しながら、東日本大震災の被災地で農業を手掛けることになった経緯をお聞かせください。

私は、宮城県の沿岸南部にある山元町という町で生まれました。その後、東京でITベンチャーを立ち上げ、経営していたのですが、2011年3月に東日本大震災が起こりました。東日本の沿岸部を津波が襲い、故郷である山元町も大きな被害を受けてしまったのです。

震災後、しばらくの間は、ボランティアとして現地に通い、津波に遭った家の泥かきなどをしていました。そうしながらも、いろいろな人に話を聞いてみると、もっと長期的なかかわり方が必要とされていることがわかってきました。特に企業経営者である自分に対しては、地元に雇用や産業を作ることに力を貸して欲しいという声が多かったのです。

そこで、まずは農産物のブランディングや6次産業化の支援に取り組みました。しかし、地方の農業を取り巻く環境は非常に複雑で、私たちが新しいマーケティングやブランディングの施策を提供しても、必ずしもすぐに受け入れられるとは限らないことが見えてきました。

どうしたら良いのか?自分には何ができるのか?必死で考えた結果、選択したのは、支援という形ではなく、自らが主体となって農業に取り組むことでした。規模は小さくても、目に見える成功事例を作ることができれば、何かが変わるのではないか。そう考えて、自らの資金を投じ、2011年秋に最初のイチゴのハウスを建設したのです。

農業を始めるにあたっては、40年近いベテラン農家の橋元忠嗣さんに協力を仰ぎました。橋元さんの遠戚であり、私の同級生でもある橋元洋平と3人で農業生産法人GRAを立ち上げたのです。また2011年末には、農林水産省の実証研究(「被災地の復興のための先端技術展開事業」)を普及支援組織として受託し、さらにGRAとしてもITを活用した環境制御の研究を行うために、大規模な先端園芸施設を2つ建設しました。

  • 農山漁村に豊富に存在する地域資源を活用し、1次産業としての農林漁業と2次産業としての製造業、3次産業としての小売業等の事業との、総合的かつ一体的な推進を図り、新たな付加価値を生み出す取り組み。(出典:農林水産省ウェブサイト)

Q.津波の被害を受けた故郷の町に産業を興すために、イチゴ栽培事業を始められたということですね。現在は、どのような形で事業を展開されているのでしょうか。

今、山元町では、「ミガキイチゴ」というブランドでイチゴを生産しています。熟練農業者である橋元さんの「匠の知恵」を活かし、ITを使ってノウハウを形式知化することで、非常に糖度の高い、美味しいイチゴの生産が可能になりました。大手百貨店やECサイト等、独自の販路を開拓することにも成功し、現在では、全国から購入が可能です。

また6次産業化の取り組みとして、「ミガキイチゴ・ムスー」という名前のスパークリングワインを作っています。これは当社の大ヒット商品になり、百貨店やECサイトのほか、表参道ヒルズや東京駅等でも販売されるようになりました。その他、「白いちご」という名称の化粧品も販売しています。こちらの主な販売先は、タイや香港、台湾等の海外が中心です。

今後の展開として、イチゴの通年栽培に向けた研究を行う予定です。イチゴは季節性があり、夏に作るのが非常に難しい作物なのですが、環境をコントロールすることで、1年を通じて栽培できるようにしたいと思っています。現在、そのための新たなハウスを建設中で、今年の10月に完成する見込みです。

Q.インドでもイチゴ栽培を始められたと伺いましたが、それはどのようなきっかけで始まったのですか。

GRAでは、2012年から、インドのマハーラーシュトラ州ブネという地域で、イチゴの栽培を行っています。きっかけになったのは、NECのCSR部門からのお話でした。インフラも何もなくなった被災地でイチゴを作ることができたのなら、インドでもやれるのではないか、ということで声をかけて頂いたのです。NECとNPO法人ICA文化事業協会とコンソーシアムを組み、インドの貧困地域における女性の地位向上を目的としたJAICAのプロジェクトに参加することになりました。栽培場所の選定から始まり、私自身も現地に赴いてインドの業者と一緒にハウスを建設しました。これまで培った水耕栽培技術を提供し、2013年3月には初めてのイチゴの収穫にこぎつけました。

さらに今年は、コンソーシアムではなくGRA単体でJAICAのプロジェクトを受託しました。既存のハウスに加えてさらに2つを増設し、合計3つのハウスでイチゴ栽培事業を展開する予定です。

また、今後は中東への展開も検討しています。日本のイチゴ栽培技術は世界的に見ても非常に高いレベルにあることは間違いありません。ぜひ、日本の美味しいイチゴを世界に広めるために、今後も展開を続けていければと思います。

2.農業の産業化に向けたIT活用の在り方

Q.先ほどITを、イチゴの生産に活用していらっしゃると伺いました。具体的にはどのような形で導入しているのでしょうか。

GRAを立ち上げた後、まず目標にしたのは、農業を産業化するために、品質を安定させることです。つまり高品質のイチゴを高い再現性で生産し続けなければならないと考えました。そこで、熟練農業者の橋元さんに栽培方法を伝授してもらおうとしたのですが、彼は自らの感覚でその都度対応しているので、他人が再現することは非常に難しいことが分かったのです。

しかし、農業を産業として自立させるためには、やはり何かしらのオペレーション・マネジメント的な考え方を導入する必要があります。橋元さんのノウハウを形式知化し、イチゴの栽培をシステム化することはできないか。そこで取り入れたのがITによる環境制御です。ハウス内の温度や湿度、日照やCO2の濃度など、さまざまな生育条件をモニタリングし、数値化して栽培に反映させる取り組みを始めました。

実は、生産技術の形式知化という取り組みは、決して目新しいものではありません。研究所レベルでは、これまで試験栽培を通じて数多くのデータが蓄積されてきました。ただし、実際に農家が大量生産を行った場合のデータがほとんどなかったのです。逆に言えば、その部分の形式知化を行うだけで、容易に差別化ができるのではないかと考えました。

Q. "「匠の知恵」を形式知化する"というお話ですが、実現にあたっては、どういった点がポイントになるのでしょうか。

最も難しいのは、「匠の知恵」を持つ農業者との"共通言語"を確立することです。橋元さんのような熟練者は、通常、体験に基づいた"感覚"で話をします。そこに存在する"知恵"を、どのように汲み取って外形化していくかは、我々の側の課題だと言えるでしょう。

これまでの取り組みを通じて感じているのは、やはり現場におけるコミュニケーションの重要性です。農場で、日々、ベテランと若手が会話をしながらノウハウを吸収すること、そしてそこから得られた"知恵"をITに反映させるという、地道な繰り返しが、成功につながる唯一の道ではないでしょうか。

また、どこまでを形式知化するか、という見極めもポイントの一つに挙げられます。形式知化が困難な部分まで無理に取り込もうとして、全体のコストが上がってしまっては意味がありません。例えば、葉の色の良し悪しは、慣れてくれば、ぱっと見ただけですぐに判断できるものです。微妙な色の差異を判定するシステムを構築するためにコストをかけるのか、見る目を養う若者を育てた方が良いのかは、冷静に判断しなければなりません。農産物は工業製品のように全てを形式知化できないという前提に基づく、バランス感覚が求められるところでしょう。

Q.御社の取り組みを伺っていると、そのスピード感が非常に印象的なのですが、差別化の要因はどこにあるのでしょうか。

目標とする「匠の知恵」の形式知化は、まだ全くの途上にあると思っています。品質の向上に、何がどのように効果を及ぼしているのか、精緻な解が得られている状況ではありません。今後もPDCAを繰り返しながら、再現可能なレベルを目指すことになるでしょう。

個人的には、PDCAサイクルを早く回すことが、すべての事業の成功の鍵だと考えています。ただし、そういった意味では、現在の当社のスピード感はまだ十分とは言えません。農業の場合、リードタイムが長く、1年経たないと成否がわからないのが難しいところです。

それでも3年経って、これまで取れなかったデータが少しずつ集まるようになってきています。環境に応じて糖度がどう変わっていくのか、そうした細かいデータの蓄積を少しずつ紐解いていくことで、より高いレベルの栽培管理が可能になります。こうしたアプローチは、通常の企業なら当たり前のことですが、農業分野ではこれまで全くと言って良いほど行われてきませんでした。逆に言うなら、取り組み始めると、比較的早期に違いが見えてくる部分といえるかもしれません。

3.海外展開に向けた戦略的なクラスター化の必要性

Q."農業とIT"というテーマになると、よくオランダの事例が話に出てきます。事業を始めるにあたって、視察に行かれたと伺いましたが、どのような印象をお持ちですか。

オランダのIT農業のやり方を真似すれば良いという考え方は、少し単純すぎると思います。まずオランダでは非常に大胆な農地の集約が行われています。多くの農場では、4ヘクタール程の大規模な農地を、1台のコンピューターで管理しています。さらに国の戦略として栽培品目が5種類程度に限定されているなど、規模の経済が効果を上げるような環境が、元々整っているのです。

これは、平地が多く大規模な施設運営に適している土地柄や、ドイツやフランス、スペインのような近隣諸国からいくらでも他の農産物を輸入できるという、オランダ独自の地理的な条件があって、はじめて可能になることです。日本が単純に真似できるとは思いませんし、またすべきだとも考えていません。日本の農業の特徴は、その多様性にあると思うからです。地場の伝統野菜をはじめ、土地の文化と結びついた様々な農作物を生産する力が、日本の食文化を支えています。単純に規模の経済を日本の農業に持ち込もうとするなら、極論ですが、そういった文化そのものを諦めねばならない。果たしてそれで本当に良いのかは、もう一度、きちんと考える必要があるでしょう。

Q.日本の農作物の海外展開を考えた場合、どのような点がポイントになるのでしょうか。一定の量を輸出することが必要であるというお話をされていましたが、少し詳しくお聞かせいただけますか。

量の問題は非常に重要です。例えば香港やシンガポールでは、日本のイチゴは1パック2、3千円という価格が付き、高級品として販売されています。しかし、昨年の日本のイチゴの輸出額を見てみると、たった2億4千万円しかありません。シンガポールにおける日本のイチゴのシェアは、おそらく数パーセントしかないでしょう。一方、国内の市場は約1,600億円です。つまり、栽培されたイチゴのほとんどが国内で消費されている状況なのです。

もし本格的な海外展開を考えるなら、マーケットを面で抑えることが必須になります。現状のように、一部で品質の高さが認められているとしても、全体として一定のシェアを取ることができなければ、将来的に存在感を維持することは難しいと思います。

Q.そのためにはどういった施策が必要だとお考えですか。

先ほどのオランダの事例から参考になる点があるとすれば、戦略作物を定めてクラスター化することでしょう。これまで日本のイチゴ生産は、産地ごとに組合の主導で行われてきました。福岡の「あまおう」や栃木の「とちおとめ」のように、産地ブランドの強化は行われていますが、産地間連合という体制が取れないため、オール・ジャパンとして世界で戦うことができなかったのです。一方、アメリカは、カリフォルニア州をイチゴの一大生産地と位置づけ、国として総力戦で世界に出てきています。これでは勝負になりません。

そこで、例えば輸出向けのイチゴを作る産地クラスターを設定し、一定の品質を保ちながら、大規模生産を行うことができれば、十分海外で競争することが可能だと思います。

ただし、スケールメリットを発揮するには、小規模な経営体が集まるだけでは効果がありません。むしろ各経営体の固定費が嵩み、全体から見ると非効率になってしまいます。理想はやはり一つの経営体が大規模な事業を行うことでしょう。もし海外の良い点を真似しようとするなら、ここは外せないポイントだと思います。実現するためには、農地法の制限をなくして一般の株式会社が農業に参入できるようにするなど、何らかの規制緩和が必要になるかもしれません。

4.日本のIT事業者への示唆~初めから世界市場に向けたシステム作りを~

Q.農業分野におけるIT事業者の取り組みについては、どのように評価されていますか。

長年、IT企業を経営してきている目から見ると、日本のIT企業は、世界基準でも非常にレベルが高いと思います。しかし、それでいながら、世界ではなかなか勝つことができません。開発力や設計のセンスは日本企業の方がはるかに勝っているのに、例えば農業分野を見ても、オランダの開発したシステムが世界を席巻しています。

そこで、まずは発想の転換をしてみてはどうでしょうか。つまり、作ったシステムを世界で売ろうとするのではなく、最初から世界で売ることを目的としたシステムを開発するのです。同じ開発費を使うなら、国内の農家だけを対象にきめ細やかな対応をするのではなく、グローバル市場を視野に入れた世界標準のシステムを作るという選択肢は十分あり得ると思います。農業のIT分野で世界シェア1位、2位の企業は、いずれも数十人規模の非常に小さな会社ですが、中国のような新興市場に向けて、現在も大きく販路を広げています。日本企業の潜在力から考えて、最初からグローバルを意識したシステムを作ることができれば、それらの競合に対しても、十分に勝機があると思います。

5.「1万人の雇用を創出する」

Q.今後のビジョンや方向性として、どのようなことを考えていらっしゃるのでしょうか。

まず、今私たちが取り組んでいる、形式知化した栽培ノウハウを横展開するビジネスを行いたいと考えています。そして、そこからより多くの雇用を生み出していきたいのです。「1万人の雇用を創出する」というのが、私の従来からの目標です。

GRAを始めた当初、何をKPI、つまりパフォーマンスの指標とするかを考えました。そもそも私たちが山元町で事業を起こしたのは、地域に産業が必要だという地元の切実な声があったからです。そう考えると、やはり雇用の創出そのものをKPIとすべきであるという結論に至りました。「1万人」という目標は非常に大きな数字に思えますが、一つのビジョン、大きな方向性として、社会に示していく意義があると考えているので、いつも様々な場所でお話しさせていただいています。

Q.農業に関係する事業者に対して、何かメッセージがあれば、お聞かせください。

農業にかかわる事業者の皆さんには、まず若者が農業に入って来やすいような環境作りを考えて頂きたいと思います。現在、農業を支えている高齢者層が亡くなったら、その土地が耕作放棄地になってしまうという今の農業の在り方は、早急に変える必要があります。若い経営体を育てるのに何が必要かを優先して考えていかなければなりません。

そういった考えから、私たちは「農業の産業化」に取り組んでいるのです。単に農業をやるのと、農業を産業化することは全く違います。地域で自立できるようなきちんとした産業に育てるためには、まずは個々の経営体の自立が必要なのです。まだ取り組みは始まったばかりですが、私たちの会社自身が良いモデルになれるよう、これからも努力を重ねていきたいと思います。

略歴

農業生産法人 株式会社GRA代表取締役CEO・経営学修士MBA
岩佐 大輝

1977年宮城県亘理郡山元町生まれ。24歳でITベンチャーを起業。東日本大震災後にGRAグループを創設。現在5社のCEOを務める。専門はITサービスマネジメント。著書に『99%の絶望の中に、「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)がある。

聞き手

株式会社NTTデータ経営研究所 社会システムコンサルティング部門 公共行政サービスコンサルティングユニット 上席研究員
小豆川 裕子

株式会社NTTデータ経営研究所 グループ事業推進センター 業務改革コンサルティンググループ チーフインフォメーションリサーチャー
小田 麻子