2014年12月5日

2060年、欧州の人口構成は高齢者1人に対し2人の労働人口になると予想されている。変質する社会への対応を迫られている欧州では、高齢者に対する考え方を転換し、可能な限り社会との関わりを持ち続けながら生活するという「アクティブエイジング」という考えを提示した。2020年までにEU市民の平均健康寿命を2年延ばすことを目標に掲げた欧州の取り組みとICT事情を紹介する。

1.高齢者の捉え方の転換を提案する「アクティブエイジング」

多くの先進国同様、欧州でも出生率の低下と平均余命の上昇により、全人口に占める高齢者比率は、上昇の一途を辿っている。65歳以上の高齢者1人に対し4人の労働人口(15歳から64歳)という現在の人口構成は、2060年には高齢者1人に対し2人になると予想されている注1。特に、欧州における急激な人口構成の変動は、第二次世界大戦後のベビブーム世代が大量にリタイアする2015年から2035年に訪れると予想され、こうした人口構成の変化に対応することは必至の課題である。健康で長生きする人々が増えるという事は、それだけ多くの知識や経験を、人類は蓄えることができるようになったという喜ばしいことでもある。人々が、年齢を重ねても、可能な限り自立した生活をし、社会活動や経済活動へ貢献することができる社会を形成することができれば、高齢者の増加は有益な社会のリソースと成り得る。欧州では、2010年頃から高齢社会に対応するため「Active and Healthy Ageing」事業を実施してきた。そして、一昨年国連の加齢対策10周年を機に、2012年をアクティブエイジング推進の年(the EY2012:European Year for Active Ageing and Solidarity between Generation 2012))と定め、まず手始めに欧州における高齢者を取り巻く状況を知るためのインタビュー調査(「Special EuroBarometer 378:Active Ageing Report」注2)を実施した。この「Active and Healthy Ageing」事業は、(1)高齢者の就労、(2)地域社会の高齢者活用、(3)高齢者の自立した生活、(4)全ての年代のための社会形成をめざした世代間の連帯強化の4点をあげ、2020年までにEU市民の平均健康寿命を2年延ばすことを目標に掲げている。

  • 注1日本の65歳以上の高齢者1人に対する労働人口(15歳から64歳)は、2.4人(総務省統計2014年2月現在の確定値より)。
  • 注2本調査は、EU27カ国とクロアチア、アイスランド、マケドニア共和国、ノルウェイ、トルコを対象に、2011年の9月から11月にかけて実施した対面インタビュー調査。インタビュー対象者は、15歳以上の31,280人。

参考

2.ICT利用に困難を抱える高齢者達

EU28カ国の総人口は、過去10年微増注3しており、現在5億人(Eurostat2014年1月データより)を超えている。このうち65歳以上の割合は、欧州28カ国平均で18.2%。特に高齢化率が高く20%を超えている国は、イタリア(21.2%)、ドイツ(20.7%)、ギリシャ(20.1%)の3カ国であるが(図1参照)、いずれも日本の高齢化率23.3%(総務省統計2011年より)には及ばず、欧州は、日本と比較すれば緩やかな高齢社会の進展を経験している。

【図】

図1:総人口に対する65歳以上人口の割合(%)(2013年時点)
出典:Eurostat

前述した「Special EuroBarometer 378:Active Ageing Report」調査によれば、高齢者は、緩やかなリタイアが出来ず、年を重ねるに従い研修や訓練の機会から外される等、雇用環境における不利な条件が高齢者の活用を阻害しているという。また、55歳以上の労働者は、知識と経験が豊富で信頼の置ける労働力である一方、新しい考えを取り入れる事に否定的でICTのスキルに欠けると思われている。概ね6割の人が平均61.7歳まで働けると考えており、特に、55歳以上の回答者に限れば、平均66歳まで働けるとの回答が得られている。そして、社会との繋がりを継続するために、公共部門や民間ビジネスによりオンラインで提供されるサービスや情報が手軽に利用できることは大切であるが、半数以上の人々が今日増加しているこうした日常的な場面での情報技術の利用に際し何らかの困難があると考えている。また、この困難感は年齢が上がるほど上昇する傾向があった。国別では、スウェーデン、オランダ、デンマーク、チェコでは10人中9人が利用に障害があると思っている一方、ルーマニアのそれは10人中5人程度であった。また、携帯機器によるインターネット利用も、55歳以上のグループは、いずれのタイプの携帯機器でも10%以下の利用率で、それ以外の世代と比較すると4倍以上も少ない。多世代と比較した55歳以上の携帯機器利用の特徴は、比較的大型なタブレット系を使う傾向があることで、携帯電話やスマートフォンの利用率が高い若い世代とは異なる特徴を示している(図2参照)。

【図】

図2:機器別世代別インターネット利用者の割合(%)(EU27カ国・2012時点)
出典:Eurostat

  • 注3日本の総人口は2011年を頂点に減少し始めている。2013年現在の総人口はおよそ1億2730万人(総務省統計)。

参考

3.アクティブエイジングを進める「Active and Healthy Ageing」事業

「Active and Healthy Ageing」事業は、IU(Innovation Union)注4のパートナーシップ事業の一つとして実施されている。同事業では、活力のある高齢社会を創造するためにイノベイティブなアイディアを持つ事業参加者に対し、政策立案者や自治体、研究者やサービス提供事業者に加え患者や市民を含むサービス利用者、そして産業界など幅広いパートナーとの必要に応じた連携機会を提供したり、事業実施にあたり必要なビジネスパートナーや情報等を得る事が出来るコミfュニケーションと情報のハブである「Market Place」を提供、この他、資金調達の支援等も実施する。事業参加メンバーは、取り組みたい事業内容により以下に示すいずれかの「アクショングループ」に参加し事業を進める。そして、良い事業の実践は、「reference sites」に登録され、オンラインで情報が共有される。

「Active and Healthy Ageing」事業のアクショングループ

  1. 1.処方箋とアドヒランスな治療注5
  2. 2.より良い予防措置とパーソナライズ化した健康管理
  3. 3.心身の機能劣化や弱体化の予防の支援
  4. 4.地域レベルで活用できる慢性疾患の総合的な介護モデルの進展(含む遠隔医療)
  5. 5.より長期な高齢者の自立した生活を支援するICTソリューションの配備(含む互換性、ビジネス向けガイドライン)
  6. 6.加齢にやさしい(age-friendly)建物、街、環境の整備を促進するイノベーション

EUは同事業を進めるにあたり、本人の意思に反した不当な労働の強要や社会への貢献とならないよう、社会保障制度委員会(the Social Protection Committee)と雇用制度委員会(the Employment Committee)により注意深く検討されたガイドラインにそって、高齢者世代の未開拓な可能性を活かす「Active and Health Ageing」事業を実施している。

  • 注4IU(Innovation Union)は、innovation-friendlyな環境をつくり、画期的なアイディアやサービスを容易に製品化したり、ビジネスに結びつけることができるよう、EU加盟各国の活動を支えるEU戦略のひとつである。現在IUが実施しているパートナーシップ事業は30余。
  • 注5「アドヒアランス」とは、患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定にそって治療を進めることを意味する。これまでの医師主導の「コンプライアンス」と対峙する考え方として現れた治療に対する考え方の一つ。

参考

4.アクティブエイジング指標(AAI:The Active Ageing Index)

2013年3月、新しいアクティブエイジング指標(AAI:Active Ageing Index)が、新しい統計ツールとして共同編集が可能なWikiの形式でオンライン公開された。この指標は、欧州の政策立案者達が、高齢者の状況を理解し、彼らを社会に活かす事が出来る潜在的な可能性を数値的に把握し、政策形成に役立てる材料として提供されているものである。指標は、欧州委員会の雇用・社会問題・インクルージョン総局が国際連合欧州経済委員会(UNECE:the United Nations Economic Commission for Europe)の人口ユニットとウィーンにある社会福祉政策と研究に関する欧州センター(the European Centre for Social Welfare Policy and Research)との共同により開発された。AAIは、高齢者を様々な角度から捉えるため、就労、社会参画、自立した生活、アクティブエイジング能力の4つのドメインに分類した計18の指標により構成され、各指標は最大値を100とする数値で表されている。理論的に各指標は100の値を示す事が可能で、100に満たない値が各指標の示す状況に関する高齢者の潜在的な可能性を示す。同指標のデータは、高齢者という新たな切り口で欧州の既存統計注6を抽出し値を得ている。ドメイン4のアクティブエイジングの能力を構成する指標のひとつは、ICTの利用スキルである。この4ドメインの指標は、就労(35)、社会参画(35)、自立した生活(10)、アクティブエイジング能力(20)とウェイト付けした結果を合算平均し、アクティブエイジング度を示す総合順位を計算している。このウェイト付けからもAAIが、高齢者の積極的な社会における活用を推進したいというEUの政策意図が反映された指標である事がわかる。同指標は、よりアクティブエイジング政策に有益な指標となるよう今後も改善を続けていく予定である。

  • 注6EU Labour Force Survey(EU-LFS)2010、European Quality of Life Survey(EQLS)2011、EU Survey of Incom and Living Conditions(EU-SILC)2010、European Social Survey(ESS)2010、Eurobarometer Special edition 334 2010、Eurostat ICT survey 2010、European Health & Life Expectancy Information(EHLEIS)
【図】

表:アクティブエイジング指標(AAI:Active Ageing Index)

第1回AAI報告によれば、スウェーデン(指数44)がアクティブエイジング度の最も高い国である。第一位のスウェーデンであっても指数44と半分以下であることから、欧州における高齢者のアクティブエイジング度は、まだ発展の余地があると言える。また、ドメイン4の「アクティブエイジングを実施する能力」を表す指標と、能力活用の結果であるアクティブエイジングの状況を表すドメイン1、2、3指標の相関関係をそれぞれみてみると、「2.社会参加」と「3.自立した生活」との間には正の相関関係がみられるが、「1.就労」との間には有効な相関関係はみられなかった。また、既存統計とAIIの関係では、GDPとの間にも緩やかな相関関係がみられた他、生活満足度との間にも強い相関関係がみられたと報告されている。

欧州の高齢者就労率(高齢者人口に占める割合)は、欧州27カ国平均で27.1%。今後希望者が容易に就労できる環境を整備する必要があると考えられている。高齢者の雇用率が低い理由は複雑で各国異なる事情を抱えているが、そのひとつに、ICTスキルの不足があると言われている。同指標データからは、ICTの利用行動と就労率に関連はみられない(図3、4参照)。

【図】

図3:55-74歳の就労率(%)
出典:AAI

【図】

図4:55-74歳のインターネット利用率(%)
出典:AAI

  • 赤は高齢化率20%を超える国
  • 図4のインターネットの利用とはインターネットを少なくとも一週間に一回は利用する人

参考

5.アクティブエイジングの取り組み事例

高齢者を社会活動に取り込むというアクティブエイジングの取り組みは、様々行われている。例えば、最も高齢化の進んでいるイタリアでは、UniCreditがネットバンキングサービスの対象者として高齢者に焦点をあてたサービスの検証実験を行っている。視力の衰えなど様々な健康状態を抱える高齢者に対応するだけでなく、ICTスキルの低い高齢者でもホームバンキングサービスを利用することができるようサービスをデザインする。驚いた事に、イタリアは欧州域内で最も高齢化が進んでいる国であるにも関わらず、ネットバンキングの顧客として高齢者をターゲットにする試みは、これまで行われていなかったと言う。EU政策としてアクティブエイジングという高齢者に対する考え方の転換を示した事が、こうした企業活動を促したと思われる。

この他、地域の特性にあわせた人材を上手に活用している高齢者を対象にしたICT訓練を実施している。例えば、デンマークでは、65歳以上の高齢者17人が、ボランティアとして移動困難な高齢者15人の家庭を訪問し、ICTの使い方指導を行った。イタリアと英国では、若者をICTコーチにして高齢者にICT訓練を提供する試みを行った。まず、16歳から25歳の若者を高齢者向けICTコーチとして養成し、一方で55歳以上の退職した人々を若者のメンターとして養成する。そして、この事業の鍵となる若者と退職者をコーディネートする仲介者を養成する。両者を組み合わせることで退職者はICTの使い方を習い、若者は人生経験豊富な相談相手を得ることになる。

この他「Active and Healthy Ageing」事業では様々な実践が行われており、詳しくは以下の好事例集にまとめられている。

6.高齢者のICTインクルージョン

高齢者のICT利用は依然として低く、高齢者層は欧州においてデジタル技術の恩恵から阻害されている最大のグループである。AAI分析においても、ICTとアクティブエイジング向上の関連性は明確ではないが、ICTの利用が促進されることが必要との認識は明らかである。例えば、主な恩恵としては、e-ヘルスは投薬の誤りを予防したり質の高い効率的な医療サービスの提供を可能にする。e-デモクラシーや電子政府は一般市民と行政組織の距離を縮めアクセスを容易にするだろう。またインターネットは、オンライン学習を通じて新たなスキルの獲得を容易にし就労機会を拡大する他、オンライン求職活動で多様な就職機会へのアプローチが可能になると思われる。そして、インターネットや電子メールは、高齢者同士のネットワーク形成に非常に便利である。特に、国境を越えたネットワーク形成にはインターネットが非常に有益である。加えて、ネット経由で提供される製品やサービスは通常低価格であり、消費活動にも利点がある。これまで最もデジタル技術の恩恵から疎遠であった高齢者世代は、以上のようにその恩恵を受ける事が出来る多くの余地を残している。高齢者によるICT利用もこれから徐々に進んで行くと思われる。緒についたばかりのアクティブエイジングの成果は、今後のAII分析などを通して明らかになってくるだろう。

注釈

  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。