2014年12月12日

株式会社NTTデータ経営研究所 公共行政サービスコンサルティングユニット
上瀬 剛

オーストラリアの北西部に位置するクイーンズランド州では、ヘルスケア分野のICT戦略が新たに見直されている。日本の約5倍という広大な土地に約20分の1の人口が暮らすという環境の中、遠隔医療の推進を大きな柱としているのが特色である。今後、地方において医療をはじめとする住民サービスが大きな過渡期を迎える日本にとって、ICTを活用してサービスの向上に取り組む同州から学ぶべき点は多い。

1.クイーンズランド州とは

オーストラリアは連邦政府国家である。クイーンズランド州は、同国の中で2番目に大きく、約170万平方キロの面積に約474万人が住んでいる(州政府HPより)。日本の約5倍の土地に日本の約20分の1の人々が暮らしている。グレート・バリア・リーフや様々な国立公園など豊かな自然を有しており、州政府による地方自治では注目すべき動きがある。医療分野におけるICT戦略の見直しもその一つである。

本稿では、2014年に入って見直された、ヘルスケア分野でのICT戦略及びそのロードマップについて概要を整理するとともに、今後の日本への示唆について取りまとめた。

2.ヘルスケア戦略の全体ビジョン

クイーンズランド州のヘルスケア分野での戦略について、全体方針を取りまとめたのが2013年2月に発表された"Blueprint for better healthcare"である。これは、クイーンズランド州がオーストラリアのヘルスケアを主導していくための、同分野における構造的かつ文化的な見直しの青写真となっている。"Value for money, performance and delivery"をスローガンとしていることからも、単に医療の質の向上を掲げることだけでなく費用対効果を重視している点が特徴である。内容は、以下の4つの柱で構成されている。

  • Health services focused on patients and people(患者、住民中心)
  • Empowering the community and our health workforce(コミュニティ、人材強化)
  • Providing Queenslanders with value in health services(高付加価値サービス)
  • Investing, innovating and planning for the future(将来に向けたイノベーション、投資)

上記に関する国民向けのドキュメントはパンフレット形式でわかりやすくまとめられており、例えば官僚主義の廃止や人材不足等、従来の同州が抱えていた課題(20強)に対しての抜本的な改革を示している。注目すべきは州内の病院について、「待ち時間の短縮」「救急病棟から一般病棟への速やかな搬送」等の現時点での指標と目標値を個別に掲載して、良い意味で病院間の競争意識を促していることがうかがえる。

また、ICT関連では、遠隔医療(Telehealth)を大きな柱としている点が特色である。広大な土地を有する同州では、遠隔医療の充実が大きな課題である。パンフレットの冒頭の州知事の挨拶によると、遠隔医療のネットワークを刷新して遠隔地の住民に対しても24時間の医療サービスを提供するとしている。どの病院からも州の最高の医療サービスを受けることができ、X線診断も例外ではないとのことである。

参考

3.州政府戦略

政府の担当部門(Department of Health)の運営戦略も5か年計画が刷新されたところである(Department of Health Strategic Plan 2014 - 2018)。同戦略は、州保健省が州のヘルスケア分野における中心的な役割を担い、新たなイノベーションや見直しによってサービス提供の改善を図ろうというものである。同戦略が目指す結果(outcome)は以下の4つであり、行政・公共政策色が強いものとなっている。

  • Queenslanders live longer, healthier and more independent lives(高寿命、健康、自立)
  • Health equity is improving.(平等)
  • Queenslanders have confidence that their health system responds well to their needs(自信)
  • The health system is affordable, sustainable and continually improving(低価格、自立運営)

また、特色としては、戦略を単に策定するだけでなく、実施期間中のその進捗を図る指標をわかりやすく示している。指標は計17あり、喫煙率、待ち時間から、入札のオープン性まで多様である。

一方、ICTに関しては、戦略の柱としてはInnovation and Researchに包含されて直接の記載はされていないものの、リスクの一つとして言及されてある(Strategic Risk)。すなわち、ICTの導入には、その水準が低い場合には住民や医療現場からのニーズを満たせないこと、コストの圧迫リスク、そして高レベルのICTが導入されたとしてもそれが結果(outcome)をもたらさないリスクがあるとしている。すなわち、先ほどのblueprintにもあるようにICTの貢献に対する期待は高い一方、成果へのコミットメントが従来にも増して行政視点で求められている。

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4.地方局レベルでの戦略

クイーンズランド州における地方支局レベルでの戦略(Hospital and Health Service Strategic Plans)も計16、取りまとめられている。こうした地域レベルでの戦略は、州政府の戦略を補完するものともいえる。特に同州は非常に広大な土地を持つ中で遠隔地の住民に対しても高いレベルのサービスの提供をblueprintで約束していることから、実際にどの程度のサービスを地方レベルで提供できるかはヘルスケア改革の大きな鍵を握っている。

戦略の内容は地域によりばらつきがあり、また、開始年度も2012年から2013年までと幅があるが、一例としてICTを柱に掲げている(観光地としても有名な)ケアンズ地区の戦略を紹介する。主なポイントは以下の通りである。

  • ieMRとDigital Exemplar Hospitalの着実な実行
  • 地域内でのまんべんなくICTのシステム、インフラへのアクセスの保証
  • 部門をまたがった患者の記録に関する共有、連携強化

ちなみにieMRとは、integrated electronic medical recordの略で、同州の柱となる医療記録のデジタルによる統合の取り組み、Digital Exemplar Hospitalは、州内でデジタル、ICT活用面で模範的となる病院を展開していこうというものである。

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5.医療サービスに係る戦略

上記の全体戦略に紐づけられるかたちで、個別ターゲット(癌対策、糖尿病等)に応じてより詳細な医療サービスに係る戦略が取りまとめられている。内容は分野によって異なるものの、共通点としては、期間が10~15年と中長期を見据えていること、医療を取り巻く環境変化に迅速に対応すること、特定の対象者や疾病に対してより個別具体的な戦略を展開させることなどをあげることができる。また、こうした個別ニーズがさらに多様化することを見据えて、戦略作りのためのガイドラインも別途取りまとめられている(Guide to Health Service Planning)。

今回は、特にICTの活用に重点が置かれている、地方向けの医療サービス提供に係る戦略(Rural and remote health service planning process)に言及する。同戦略の内容は、以下の通りである。

  • ICTプラットフォームには、電子医療記録、遠隔医療(Telehealth)、eHealthが含まれる
  • ICTに関する戦略、投資計画を立てることで、医療サービスのイノベーションに寄与する
  • ICT投資の成果、パフォーマンスを監視し、具体的な成果を計測する
  • 広域ネットワーク(WAN)、ビデオ会議等の整備、活用とともにその状況をモニタリングし、遠隔医療を基盤とする医療サービスを本格整備する

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6.ICTに係る戦略

全体戦略や行政機関の戦略として整理されているICTに関する取り組みを具体的に展開するための計画が、医療分野におけるICTに活用に関するロードマップ"The Queensland Health ICT strategic roadmap"である。

同計画は、ICT投資に係るビジョンとして、世界のベストプラクティス(技術面に加えて、ガバナンス、運用面も含む)を盛り込んだものとなっている。ホームページによると、同戦略の策定に当たっては、グローバルレベルで著名な戦略コンサルティングファーム(マッキンゼー)の協力を得て、2014年6月に計10年間の戦略ロードマップとして取りまとめ、公表されている。

同戦略では、1.戦略、2.大規模プロジェクト、3.ICTに係る意思決定の集約化、4.ガバナンス・業務の改善の4つの領域において、今後州政府が提供する病院や健康に係るサービスが住民ニーズとマッチすることを目指している。また、対象期間は10年間であるが、短期(1~2年)、中期(2~5年)及び長期(5~10年)に分けた上で、それぞれの目標を掲げている。

  • 短期

    ICT投資とその成果に対して政府機関がオーナーシップを発揮することによる、ベストプラクティスを実現可能とする強い基盤の確立

  • 中期

    患者を中心とするバリュー(付加価値)ベースのサービス基盤及びその提供ルートの確立

  • 長期

    州政府全体でのマネジメントの一元化の確立

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7.人材育成等に係る戦略

こうした全体及びICTの戦略を実行するとともに、成果を発揮させるためにはサービスを提供するための高度な人材の育成が不可欠である。こうした人材育成に係る戦略が"Future workforce strategy for better healthcare in Queensland 2013 - 2018"である。

同戦略は2013年から18年までの五か年計画となっており、以下の8つを柱としている。

  • 人材の付加価値を重視し、患者第一を貫く文化やリーダーシップを生み出す環境の構築
  • 文化や行動様式が多様な地域のニーズに合わせたサービスの提供
  • 改革や改善を志向するスタッフの育成
  • 民間、非営利部門まで視野に入れたキャパシティーの向上
  • 民間、非営利部門、他の政府機関とのパートナー関係の強化による人材育成の横断実施
  • 財務状況の改善
  • 従来のプロフェッショナル(専門職)間の壁の打破
  • 地域レベルでの意思決定を容易とするための雇用関係、対民間関係の良好化

なお、人材育成に係るICT面としては、遠隔医療について言及されている。すなわち、近年のヘルスケアサービスがモデル面で転換期にあることを踏まえて、当該分野に関わる者は病院の仮想化(virtual hospital)や遠隔医療について理解しておくべき、としている。具体的には、戦略の中に含まれているアクションプランに遠隔医療に係るものとして以下の2つが含まれている。

  • アクション2.1

    遠隔医療の活用を含む人材に係るワークモデルの開発

  • アクション3.3

    遠隔医療の活用により地方、遠隔地での勤務を可能とする人材の開発

遠隔医療は医療サービスの受益者である住民にとって変革をもたらすとともに、提供者である医療従事者にとってもテレワークの一種として勤務地に関する制約の軽減というメリットがもたらされるともいえる。

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8.最後に

日本は今後、都市部への人口集中及び高齢化によって、特に地方においては財政面及び医療をはじめとする住民サービス面で大きな過渡期を迎える。今回、調査対象としたクイーンズランド州は、人口、面積の点では日本とは対照的であるものの、ICTの活用及び戦略上の位置づけの強化によって過疎化の課題を解決させる点では参考になる点が多い。特に遠隔医療(Telehealth)については、州政府レベルから地方レベルまでいたるところで戦略の柱として散見されたが、日本においても法律、技術等様々な課題はあるにせよ、いずれは活用にかじを取っていくことになるだろう。あわせて、地域の多様性への理解、人材育成等、多角的な観点から進めている点については、日本の医療・ヘルスケア分野では途上にあることから、全体フレームワークという点でも学ぶべき点は多いといえる。

注釈

  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。