2014年12月19日

ワシントンコア リサーチャー
小林 悦子

米国における医療費の高騰に歯止めを掛ける手段のひとつとして、医療費の透明化がある。これは、各々の病院等が提供する医療サービスの価格情報を消費者に開示することで、消費者は妥当な価格の医療サービスを選択することが可能となり、結果的に医療市場における健全な競争を促し、市場全体の医療費低下を実現するというものである。本稿では、連邦および州政府による医療費の透明化に係る主な動きを紹介する。

1.医療費の透明化に動きだすオバマ政権

米国の医療費は、主要先進国の中でも際立って高額である。その主な要因は、政府による公的医療保険制度であるメディケア(高齢者および障害者向け)やメディケイド(低所得者向け)に関する支払レートが設定されていることを除いて、米国には医療費の設定に関する規制がなく、医療ケアを自由市場として見なしているという現況にある。従って医療費は医師、病院、保険会社の間での交渉の繰り返しで決定されることが多く、患者にとって診療後まで医療費を知るすべがないという実情がある。

このような状況を改善すべく、保健福祉省(Department of Health and Human Services:HHS)下の公的医療保険制度の管轄機関であるメディケア・メディケイドセンタ(Center for Medicare and Medicaid:CMS)は2013年5月、最も一般的な入院患者向け医療サービス100種類の費用に関する情報の公開に踏み切った。具体的には、2011年会計年度にメディケア受給者が受けた医療サービスの費用として病院がメディケア・プログラムに請求した金額と、メディケア・プログラムが実際に医師に支払った金額に関するデータを、全国3千以上の病院別にエクセルおよびCVS形式でリストアップし、CMSウェブサイトからダウンロード可能とした。その1ヶ月後の同年6月には、2011年にメディケア受給者が受けた一般的な外来患者向け医療サービス30種類に関する全国の病院別費用も公開した。これらのデータは年次データとして開示されることになっており、今年6月に各々の2012年版が公開されたところである。

ここで注目したいのは、病院がメディケアに請求した金額に関する情報である。病院は各種経費や利益を含めた医療サービス価格を内々に設定しており、それをもとにメディケアや保険会社などへの請求額を決定している。実際メディケアが病院に支払う額は、CMSが診断群分類を基準に定めた支払レートをもとに、地域特有の労働賃金レートや低所得層の患者率など複数の要因による調整を交えて算出されることになるため、病院の請求額によって左右されることはない。それにも係らず、病院の請求額はメディケアの支払額より3~5倍も高いことがCMSのデータから分かった。この請求額とメディケアの支払額の差額がメディケア受給者の負担義務になることはないが、メディケアの受給資格がなく、民間の保険会社にも加入していない保険未加入者の場合、請求額の全額を要求されかねない。なお、病院の請求額が高い理由は、病院が民間の保険会社との交渉の末、通常請求額より低い額の支払いに合意することになるため、その割引を見越して請求額を高く設定している、と米国病院協会(American Hospital Association)の関係者は述べている。また、異なる地域の病院間だけでなく、同じ地域内の病院間でも同じ医療サービスへの請求額が場合によっては何万ドルもの格差があることも明らかとなった。このような病院が独断で決定している請求額の実態を病院間での比較が容易な電子データとして公にすることで、病院による価格設定への説明責任と透明性を向上すると同時に、メディケア受給者だけでなく、あらゆる消費者、特に保険未加入者によるより適切な医療サービスや病院選びを支援できるとCMSは期待している。CMSが開示した医療費データには、ワシントンポスト紙やニューヨーク・タイムズ紙など主要メディアも注目し、各メディアがCMSのデータを独自に分析し病院の請求額の格差を報道した記事には、何百ものコメントが読者から寄せられ大きな反響を呼んだ。

さらに、今年4月には、全国の医師によって2012年にメディケア受給者に提供された特定の医療サービスの種類・患者数・実施回数、医師がメディケア・プログラムに請求した費用、メディケア・プログラムから実際に医師に支払われた金額など、医師ごとの医療費に関するデータも公開された。このデータには、合計6千種類もの多様な医療サービスを提供し、メディケア・プログラムから総額770億ドルの支払いを受けた88万人以上の医師が包括されている。当時HHS長官であったKathleen Sebelius氏は、これらのデータは、研究者、政策立案者、そして一般市民に医療費と医療サービスの提供傾向を観察する新たな機会を与えることになると述べている。

参考

2.CMS医療費データの利用促進を図るツール開発

一方、これらのCMSの医療費データは膨大であり、消費者が各自のニーズに合わせてそれらを理解し、病院や医師の選択において有効活用することはコンピューターやデータの取り扱いに慣れていない限り難しい。そこでこのような課題を解決するために以下のようなツール開発イベントが実施されている。

2.1 RWJF Hospital Price Transparency Challenge

米国民の健康と医療ケアの改善に取り組む慈善団体であるRobert Wood Johnson Foundation(RWJF)は2013年6月、CMSの入院および外来医療に関する病院別医療費データの利用を促進する技術開発を競うコンペ「RWJF Hospital Price Transparency Challenge」を開始した。賞金総額12万ドルを懸けた同コンペは、(1)インタラクティブなデータの可視化と(2)アプリケーション・ツールの2部門に分かれている。前者は、利用者がCMSの医療費データから示唆される偏差や地理的傾向、また病院の質や地域の特徴などほかの論点との潜在的関係などをよりよく理解する手助けとなる効果的なデータの可視化を対象としている。一方、後者は、利用者が医療費データをよりよく理解し、医療サービスに関する意思決定や医療費の交渉において活用するためのデータ分析機能等を備えたアプリケーション・ツール開発となっている。

(1)の部門で合計130以上、また(2)の部門には85の開発者・チームが参加した。その中から選ばれた受賞者の発表は、(1)に関しては、同年10月に医療ケア分野における技術革命を推進する見本市の主催や情報発信等を手がける企業Health2.0がシリコンバレーにて開催した秋の年次会議「Health2.0」にて、また(2)は今年6月、医療データの刷新的な利用を推進する官民連携コンソーシアムHealth Data ConsortiumがワシントンDCにて開催した年次会議「Health Datapalooza」にて行われた。各部門の最優秀賞を獲得したツールの概要は以下の通り。

(1)可視化部門(賞金9千ドル)

受賞者

Adam McCann氏(大手コンサル会社Deloitteのスペシャリストマスター)

ツール名

Optimal Hospital

概要

利用者が(1)病院が提供する医療ケアの質、(2)費用、(3)治療時間や患者対応などのサービス、(4)病院と患者間のコミュニケーション、(5)清潔感や騒音レベルなど病院内の環境の5つの要素に関して、各自のニーズに合わせてそれぞれの重要度を5段階(0:重要でない~5:非常に重要)で設定すると、選択した都市における病院すべての格付けスコアが自動的に算出される。都市内の病院間や全国平均スコアとの比較をさまざまなグラフや地図形式で表示できる。同ツールは現在MyOptimalHospital.comと呼ばれるウェブサイト上で公開されており、無料利用可能となっている。

(2)アプリケーション・ツール部門(賞金5万ドル)

受賞者

非営利消費者団体Consumer Unionの医療ケア部門VPであるPaige Amidon氏や同団体のインタラクティブデザイナーのChris Baily氏を含む7名のチーム

ツール名

Consumer Reports Hospital Adviser:Hip & Knee

概要

腰痛やひざ関節症の治療手術に最適な病院を検索するためのツールで、CMSの医療費データに、同団体の独自調査による病院の質に関する格付けデータを組み合わせることで、格付けが高く、かつ医療費が低い、すなわち高価値の病院を容易にリスト形式や地図上で検索、比較することができる。

2.2 Code-a-Palooza challenge

CMSの医師別の医療費データに関しても、今年4月、CMSは、HHS下部機関の一つで、米国における医療ITの導入を推進している医療IT全米調整官室(Office of the National Coordinator for Health Information Technology:ONC)と協力し、消費者が同データを理解・利用するためのツール開発コンペである「Code-a-Palooza challenge」を立ち上げた。賞金総額3万5千ドルを目指し、56の開発者が提案書を提出しており、今年5月初旬にはその中から10のツールが最終選考進出組として選ばれた。それらのツールは翌月の6月、上述の「Health Datapalooza」の会場で披露され、その中から3つが受賞ツールとして表彰された。

最優秀賞(賞金2万ドル)を獲得したのはカリフォルニア州サンカルロスの医療ケア関連アプリケーション開発企業であるLyfeChannelによって開発された「Smart Health Hero」と呼ばれるウェブサイトである。同社が43名のメディケア受給者である高齢者へのインタビューから学んだことは、高齢者は医師に対してその医療費が高すぎないか突然問い掛けることはやぶさかであると感じる一方で、多くの患者は診察時に担当医と医療費について交渉できる機会があることを希望していたということであった。よって開発されたウェブサイトは、そのような話題を切り出すきっかけとなる情報ツールとなることを主目的としたものである。

具体的には、医師が推薦した医療サービスの費用に関する情報を収集したり、利用者の居場所から20マイル以内で関心のある医療サービスに対して最低医療費を提示する医師5名を抽出したりすることを可能とするほか、それらの情報を医師との面会時に持参できるよう高齢者でも読みやすい大きなフォントで印刷できるよう設定されている。高齢者はそれらの情報を携帯端末から第三者に送信したり、ほかの端末で受信したりする機能には関心がなく、複雑な機能の作り込みは不要であった。同サイトの開発者はCMSのビッグデータを扱いつつも、高齢者にとって理解しやすく実用的なアプリケーションを作るというバランスが同社の優先事項の一つであった。なお、同サイトは今年6月末をめどに一般公開される予定であったが、同年7月上旬時点でまだ公開されていない模様である。

参考

3.州政府における医療費の透明化の現状

医療費の透明化は州政府においても関心の高い分野である。州政府は、自らが多数の職員に医療保険プランを提供し、多額の医療費を負担している組織である上、メディケイドや低所得層の児童を対象とした保険プログラム(Children's Health Insurance Program:CHIP)などの公的保険制度を連邦政府の支援のもと運用している立場でもあり、年々高騰する医療費を抑えることに余念がない。また、州民に提供されている医療ケア制度を評価・改善することも、州民がより適切な医療サービスを選択できる環境を整えることも州政府の役割である。州内における医療費に関するデータはこれらの課題の解決に資することから、州政府の多くは病院等に対して医療費に関するデータを州政府に提出することを義務付け、州政府や州内の医療関連団体がそれらのデータをウェブサイトなどで一般公開するためのさまざまな法規制を成立してきている。

中でも、All-Payer Claims Database(APCD)と呼ばれる、州内の保険会社における医療保険請求額や支払額に関するデータを一括するためのデータベースを導入する動きが数々の州政府の間で活発化しており、保険会社に対するデータ報告義務に加え、APCDの構築・運用を実現するための州法の整備も進められている。APCDの歴史はやや古く、2003年にメーン州が州内の医療費に関する分析調査のために最初に導入して以来、これまでにマサチューセッツ州やコロラド州などを含む11州で運用されている。APCDの用途は、州民への医療費に関する情報提供、地域間での医療費や医療サービスの偏差の研究、州における医療改革の設計や評価、保険会社や大企業などによるコスト効果の高い保険プランの設計などさまざまであり、これらの事例に見習い、現在6州で導入中、さらに20州が導入への関心を高めている

しかしながらこれらの取組みにも係らず、殆どの州が医療費データに対する適切なアクセスを消費者に提供できていないという報告書が今年3月に発表された。「Report Card on State Price Transparency Laws 2014」と題するこの報告書は、全米50州の州政府における医療費透明化の現状を評価するもので、AT&Tやボーイングなど、社員やその扶養家族等の医療費を多額に負担している大企業・組織を代表し、医療費の削減と質の高い医療ケアの促進を目指す非営利団体Catalyst for Payment Reform(CPR)と、これと同様のミッションを持つ医師、企業、保険会社などのさまざまなステークホルダーによって支持されている非営利団体Health Care Incentives Improvement Institute(HCI3)によって共同作成されたものである。

評価の観点は、(1)医療費の透明化に関する法規制(法規制が定めている透明化のレベルや、対象となる医療費・医療サービス・医療提供者の種類など)と、(2)それらの法規制によって設置が義務付けされた医療費の透明化に関するウェブサイト(ウェブサイトの実用性、顧客経験、スコープ、データの正確性など)の2つである。州ごとに(1)で最高100点、(2)で最高50点、合計150点満点で評点が付けられ、135点以上(90%以上)が「A」、120~134点が「B」、105~119点が「C」、104点以下(69%以下)が「F」と評価される。その結果は、「A」と評される州は不在で、メーン州とマサチューセッツ州の2州が「B」、コロラド州、バーモント州、バージニア州の3州が「C」、そのほかの45州はすべて「F」という落第点が付けられるという厳しいものであった。約40州が先述の州政府への医療費に関する報告義務などに代表される医療費の透明化に係る何らかの法規制を導入しているが、その内容はまだまだ不十分であり国民は依然として医療費データへ容易にアクセスする有効な手段に欠いていると結論づけられた。

それでも翌年に行われる予定の再評価における結果の改善は期待できる。例えば、ノースカロライナ州は140種類の医療サービスに関する費用データを州のウェブサイト上で公開することを義務づけるという、医療費の透明化を強力に推進する州法を2013年に可決したが、本評価時点ではまだどのデータもオンライン化されていなかったことから、現時点での総合評価は「不可」とされた。このようなケースは早々にばんかいできる可能性がある。また、同評価では、病院や医師の言い値である保険会社への請求額より、保険会社が実際に病院等に支払った金額のほうが真の医療費の理解に役立つと考えられており、保険会社から支払額に関するデータを確実に収集できるAPCDの構築を明文化した州法を定めている州は(1)の観点で高得点を稼ぎやすくなっている。よって先述のとおりAPCDの導入に前向きな州は多く、それらの州は関連州法の整備を急ぐことで評点を稼ぐ可能性を秘めている。

  • 現在APCDを導入中の6州は、ニューヨーク州、コネティカット州、ロードアイランド州、バージニア州、ウェストバージニア州、ネブラスカ州である。またAPCD導入への関心を高めている20州には、ペンシルベニア州、フロリダ州、イリノイ州、テキサス州、アラスカ州などが含まれている。

参考

4.医療費の透明化により解放されるビッグデータ

連邦レベルにおいてもようやく医療費の透明化に向けた法規制の導入が本格化してきている。例えば、2010年に制定した医療保険制度改革法(Patient Protection and Affordable Care Act)、通称オバマケアでは、同法のもと昨年秋に開設されたオンライン保険市場に参加する保険会社に対し、保険請求への支払いや保険担保範囲に関する詳細をHHSや州政府に提出し、かつ一般入手可能とすることを義務付けており(第1311(e)(3)条)、2015年をめどに施行される予定である。なお、このオンライン保険市場とは、雇用主から医療保険が提供されず、かつ各種公的保険制度の適用外であるため保険に加入していない国民が、保険商品を容易に比較し契約することを可能とするウェブサイトであり、州政府が独自に、または連邦政府の支援を受けて運用している。また、同法によって、国内全ての病院は提供する医療サービスの標準価格を毎年設定・更新し、一般公開することも義務化された(第10101条(f))。CMSが今年4月に発表した同条項を施行するための規則提案によると、医療サービスの標準価格の一般公開方法は病院に依存することになっており、同条項への遵守手段に柔軟性を持たせている。CMSは同年6月末までこの提案に関する意見を一般から募っており、最終規則の発表が待たれている。

このように長年米国の医療業界が自在に操ってきた医療費が公となる動向に対し、病院側の心境は決して穏やかではない。例えばCMSは開示した医療費データの背景について説明不足であり、医療サービスの正確性と価値に関して誤解を招く恐れがあるとAmerican Medical Associationなどの医師団体は懸念を示している。また、医療サービスに対していくら請求するかは企業秘密に等しく、医療費開示は事業の痛手になるという医師の声もある。しかし、国民が負担する医療費が高まるごとに、国民は医療費の実態をますます知りたくなるのは当然であり、この情勢に対して医師らが抵抗し続けることはおそらく不可能と、プリンストン大学の医療ケア経済学者のUwe Reinhardt氏は見解している。先述したような連邦および州政府による医療費の透明化への取り組みは国民の支持を得て今後加速すると考えられ、より多くのより詳細な医療費に関するデータが解放されると予測できる。この新しいビッグデータの波の中にビジネス機会を模索するIT企業や起業家は先述のコンペからも少なくはないと見られ、この医療費の透明化の動きが単なる政府の医療制度改革の一部であるだけでなく、米国に新たなデータ市場をもたらし、IT業界の成長を助成する役目も果たしている点は見逃してはならない。

参考

注釈

  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。