2015年1月9日

ワシントンコア リサーチャー
小林 悦子

米国政府によるオープンデータ・イニシアチブが推進されるにつれて、最近政府内外において実際にオープンデータが経済や社会に与える価値を検証する試みが活発化している。本稿では、米国オープンデータの経済的価値に関する最近の調査を中心に、オープンデータ利用企業例やオープンデータの経済的価値を確実に生み出すための政府・企業間の新しい連携の動き等を紹介する。

1.米国経済に影響をおよぼすオープンデータ

2009年にオバマ政権が発足以来、政府が保有する公共データの利用を推進して早くも5年以上が経った。中でも2013年5月に発行された、連邦政府により新たに生成されるデータは基本的にすべてを機械可読かつオープンとすることを省庁に命じる大統領令と同令遵守の指針となる「オープンデータポリシー(Open Data Policy)」は、同政権におけるオープンデータ推進への意気込みを示す重要なマイルストーンであったといえる。最近では、2014年5月に「米国オープンデータ行動計画(U.S. Open Data Action Plan)」を発表し、利便性に優れ、優先度の高いデータを開示し続けるための行動例や、米食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)の製品リコールに関するデータをはじめ、2014年および2015年にオープン化予定のデータ例を示している。

米国のオープンデータ・イニシアチブは、オープンデータが政府の効率化や説明責任の向上だけでなく、民間セクターにおけるイノベーションや経済成長を促し、米国市民の生活の質向上をもたらすというオバマ政権の確信の上に成り立っている。では一体オープンデータからどのような規模の経済的価値が生まれると期待できるのか。この問いへの回答を試みたのが、2013年10月にコンサルティング社McKinsey社のビジネス・経済研究部門であるMcKinsey Global Institute(MGI)が発表した調査報告書「Open data: Unlocking innovation and performance with liquid information」である。同報告書の目玉は、オープンデータを政府が保有するデータおよび企業などが他組織と共有している私有データと定義した上で、これが教育、運輸、消費者商品、電気、石油・ガス、医療ケア、金融の7分野で世界規模で年間3兆ドル以上の経済的価値を創出することができるとオープンデータの潜在性を経済価値という観点から数値化したことである。この巨額な経済的価値は、オープンデータの利用による新製品・サービスの開発、事業効率化、消費者が享受するさまざまな利点(コスト節約、利便性向上、およびより優れた品質の製品)などから得られると推定されている。同報告書は世界規模の調査であり、詳細な国別分析は行われていないものの、年間3兆ドル以上の実に3分の1以上を占める1兆1,000億ドル以上の経済的価値が米国内において見込まれると推定している。

参考

2.GovLabのOpen Data 500プロジェクト

MGIの調査は米国オープンデータ・イニシアチブが生み出す経済的価値の潜在性をマクロ的視点から理解するために役立つ一方で、実際にどのような企業がオープンデータを利用して、雇用創出やイノベーションに貢献し、経済成長を促しているのかという実態を明確に示すものではなかった。そのようなミクロ的視点から新規ビジネスの創出や新しい製品やサービスの開発事業において、政府のオープンデータを主要リソースとして活用している米国企業500社の実態に迫る前例のない調査を実施したのが、「Open Data 500」と呼ばれるGovernance Lab(通称GovLab)のプロジェクトである。

GovLabは、 科学技術の進展を利用してガバナンス方法を変革することで、市民生活の改善を目指すことをミッションとし、2012年に米国主要基金団体であるマッカーサー基金(MacArthur Foundation)と ナイト財団(Knight Foundation)からの出資を受けてニューヨーク大学内に設立された研究機関である。また、オープンデータの経済的価値の算出に資する情報を収集すると共に、政府のオープンデータを活用する企業例を示すことでより多くの企業におけるオープンデータの利用を奨励することを目標として、2013年9月にOpen Data 500プロジェクトを立ち上げた。GovLabは、さまざまな専門家からの助言や独自の調査活動等を基に同プロジェクトの調査対象とする500社を選定、これら500社全てに対し、業種や事業概要・財務情報などに関するアンケート調査への参加を依頼すると共に、当該企業から直接情報を収集することにも注力した。

調査結果は、報告書形式ではなく500社の企業プロファイルを、州別、業種別、データ提供元の省庁別、アンケート調査への対応有無などで、絞り込み閲覧することが可能なインタラクティブな企業リストや統計グラフとして、Open Data 500のウェブサイトに2014年4月に公表された。本調査の主な発見は次のとおり。

  • 500社の企業を業種別で分類すると16もの異なる業種にまたがっており、さまざまな業種においてオープンデータが活用されている。なお、データ・技術業界(85社)、次いで金融・投資業界(74社)が企業数順で上位の業種となっている。
  • オープンデータに起因する企業の収益源は、ソフトウェア開発に留まらず、広告料、サービス販売、他のビジネスへの照会などを含め多様である。
  • 30の異なる連邦政府機関からのオープンデータが利用されており、多くの企業は100種類以上のオープンデータを利用している。
  • 商務省(Department of Commerce:DOC)は最も多くの企業にデータを提供している省庁であり、特に、同省の下部組織である国勢調査局(Census Bureau)と米海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration:NOAA)のデータの利用が多い。商務省に次いで利用の多いデータ提供省庁は、保健福祉省(Department of Health and Human Services:HHS)や証券取引委員会(Securities and Exchange Commission:SEC)である。
  • オープンデータを活用する企業規模はさまざまであるが、中でも、過去5年以内に設立された新興企業によるオープンデータの活用が普及しており、それらの新興企業の事業拠点はカリフォルニア州またはニューヨーク州を中心に全米36州をカバーしている。

Open Data 500プロジェクトのディレクタであるJoel Gurin氏は、同調査を通じて、オープンデータの利用がこれほど広範囲に渡り、多様化していることの確たる証拠を得ることができたと述べ、同氏自身、その事態に驚かされたという。

  • GovLabが500社の分類に用いた16の業種とは、データ・技術、金融・投資、事業・法務サービス、ガバナンス、医療ケア、地理空間・地図、運輸、エネルギー、調査・コンサルティング、ライフスタイル・消費者、教育、住宅・不動産、科学研究、環境・気象、保険、および、食品・農業。

参考

3.オープンデータ利用企業例

MGIやGovLabの調査結果は、オバマ政権にとってオープンデータの重要性を補強する材料となることから、大統領府正式ブログ上でも度々引用されている。また、同政権自身も、連邦政府の総合データポータルであるData.gov上にも2014年4月、「影響(Impact)」と題するページを追加し、オープンデータを利用する企業例を掲示し始めた。現在掲示されている企業数は22社で、各社のオープンデータを活用した商品・サービスの概要や企業情報が簡潔に紹介されている。これらの企業の選定基準に関する情報は見受けられないが、22社中18社は、GovLabのOpen Data 500の中にも含まれている。以下に示す一部の例からは、オープンデータが米国経済に新風を吹き込む様子が伺われる。

分野 企業名 商品・サービス概要 企業情報 主な利用データ
金融 BillGuard 銀行口座明細書上の不必要な料金や手数料を特定する個人向けサービス 設立:2010年
本社:ニューヨーク州
社員:23名
調達資本:1,300万ドル
消費者金融保護局クレジットカード苦情データベース
住宅 Zillow 不動産価値、住宅ローンに関する消費者の意思決定を支援する不動産情報サービス 設立:2006年
本社:ワシントン州
社員:850名
NASDAQ上場
労働省、連邦住宅金融庁、商務省・国勢調査局のデータ
食品・農業 Mercaris 有機栽培・非遺伝子組み替え農作物に関する市場価格や取引統計、売手と買手をマッチングさせる場を提供するなどの情報サービス 設立:2012年
本社:メリーランド州
社員:4名
調達資本:不明
農務省・農業市場局の市場ニュースレポート、海外農業局のデータ
医療ケア Propeller Health 空気質など詳細な環境データと喘息発作を高度分析によって関連付け、喘息患者を遠隔支援するウェブサービス 設立:2010年
本社:ウィスコンシン州
社員:18名
調達資本:1,200万ドル
米国GPS、環境保護庁、商務省NOAA、国立公園局、地方自治体のデータ
エネルギー Clean Power Finance 一般住宅向け太陽光発電システムのメーカーや設置業者と、住宅所有者側の初期コストを融資する投資家の間の仲介サービス 設立:2006年
本社:カリフォルニア州
社員:125名
調達資本:9,000万ドル
エネルギー省・エネルギー情報局および科学技術情報局のデータ

表:オープンデータ利用企業例
出典:Data.govの「影響」ページおよびOpen Data 500の情報を基にワシントンコアにて編集

参考

4.商務省が推算する連邦統計データの商品価値

また最近、商務省では連邦政府のオープンデータの中でも、国内総生産(GDP)、雇用者数、消費者物価、農業需要供給、企業利益、国際貿易など、連邦政府内のさまざまな統計局が生成する統計データに的を絞り、それら連邦統計データの経済的価値を推算するという新しい試みも行われている。

これは同省内の経済統計局(Economics and Statistics Administration:ESA)が主導した調査で、その結果は2014年7月「Fostering Innovation, Creating Jobs, Driving Better Decisions: The Value of Government Data」と題する報告書において発表された。公開市場で取引される商品やサービスと異なり、誰もが自由に入手できる政府データの価値を測定することは難題であるが、同調査では、連邦統計データへの依存度の高い業界(Government Data-Intensive Sector:GDIS)を構成する主な企業を特定し、それら企業の売上額の合計をGDISの最低市場規模の目安として、一方、各企業が属す産業界全体の売上額の合計をGDISの最大市場規模の目安として見なすことで、連邦統計データの経済的価値を査定するという斬新な手法が採用されている。

GDIS構成企業の特定は、連邦政府内のさまざまな統計局スタッフからの意見や企業の年次報告書などに含まれる競合他社に関する情報などをもとに行われ、企業向け顧客情報管理ソリューション大手のAcxiom、経済・金融情報サービス大手のBloomberg、GISソフトウェア大手Esri、マーケティング調査大手のNielsen、オープンデータ利用企業例として上表に示したZillowなどを含む13社が特定された。各社の売上額は、会計報告書または私企業の場合は民間企業データベースから近年の売上データが収集され、その合計は約240億ドルと概算された。また、13社が属する産業界は、各社に適用されている連邦政府の企業分類標準である北米産業分類システム(North American Industry Classification System:NAICS)コードを確認したところ、13社は「インターネット発信・放送・ウェブサーチ」「ニュース・シンジケート」「管理コンサルティングサービス」「市場リサーチ・世論投票」「その他の不動産関連活動」の5つの産業のどれかに属しており、これら5つの産業の2012年度売上額の合計は約2,210億ドルであった。従って、GDISの市場規模、すなわち、連邦統計データの経済的価値は少なくとも約240億ドル、最大約2,210億ドルにおよぶと推算された。かなり粗く、上下差の大きい推定値ではあるが、企業の商品・サービスへのインプットとして政府データが重要であることを例証しているのは事実である。

ESAを管轄する同省のMark Doms次官は、本調査は連邦政府データの価値をドル換算した最初の試みであり、その結果から学ぶことは多く、さらなる深堀調査の実施を期待していると述べている。

参考

5.政府と企業を結ぶオープンデータ円卓会議

オープンデータの経済的価値を今後着実に生み出すには、政府の努力だけでなく、民間セクターの協力が必要であることは言うまでもない。米国政府は、これまでに省庁のオープンデータ推進活動に民間セクターの専門家をフェローとして招き入れたり、民間セクターにおけるオープンデータへの認知を広め、オープンデータの利用促進を図るためにツール開発イベントなどを実施したりすることで、すでに民間セクターとの接点を設けているが、その一方で、多くの省庁は各自のデータを利用している企業を十分に把握しておらず、またデータ利用者である企業の多くは省庁側との面識がなく、データに関する要望を伝える機会に欠けているのも現状である。

先述した「米国オープンデータ行動計画」においてもオープンデータ利用者である民間セクターのフィードバックを得る機会を設けることは、米国政府が今後取る行動の一つとして掲げられていることもあり、連邦政府はGovLabの協力を得て、政府データへのアクセスや利用に関するさまざまな課題について特定の省庁と企業が直接対談できる一日イベントであるオープンデータ円卓会議(Open Data Roundtable)を共同主催することを決定した。2014年6月に開催された第一回目の会議は商務省が、また同年8月に開催された第二回目の会議は農務省が担当した。

第一回会議では、商務省からはPenny Pritzker長官やBruce Andrews副長官代理の高官をはじめ、同省下部組織のCTO等を含む20名以上が参加したほか、大統領府から連邦副CTOのNick Sinai氏および連邦CTOのシニアアドバイザーであるErie Meyer氏も参加し、政府側の気合いが感じられた。一方、企業側には、Open Data 500調査の中で同省データを利用している120社以上の企業の中から大小さまざまな企業約20 社が参加した。加えて、Center for Data Innovationなどオープンデータを推進するシンクタンクやNPOも複数参加した。会議内容の詳細に関しては、GovLabが2014年8月時点でとりまとめ中である報告書の一般公開が待たれるが、気象や地図データなど、商務省の異なる下部組織が保有するデータ分野ごとに焦点を当てた議論や、あらゆる下部組織を通じて共通した問題、例えば、データインベントリ、データ相互運用性、官民連携などに関する意見交換が行われた。先述したGovLab のGurin氏によると、同会議は終日、会議後に催された懇親会も含めて、非常に率直かつ有意義な議論が飛び交い、政府、企業、NPOの各者からは貴重な体験であったと評価が高く、今後も対話を続けたいという前向きなフィードバックを得たという。また、第二回目会議に関しては公開情報が限定的であるが、農務省の公式ブログによると、第一回同様省庁・企業・NPOの関係者が一同に集まり、食料供給の信頼性と強靱性の維持を念頭に、同省が収集する穀物、気象、土壌などに関するデータの利用改善について議論され、より優れたデータ検索が可能なシステム開発やデータ利用者を補助するデータ・コンシェルジュ設置などを含め、数々の提案が挙げられた。GovLabは、今後のオープンデータ円卓会議の開催に向けて、労働省、運輸省、および財務省を含め複数の省庁と協議を進めており、円卓会議のシリーズ化を図っている。

このように米国政府は、これまでのオープンデータへの取り組みがもたらす経済的メリットを実感できる証拠を得て、今後の活動への弾みをつけたことになる。さらに、オープンデータ円卓会議を通じて、政府は需要のあるデータの種類や形式をよりよく把握することで、より効果的なオープンデータ活動を展開でき、一方、民間セクターはニーズに見合ったデータを手にし、より多くのイノベーションを生み出し、結果的により大きな経済的価値が生まれる可能性が高まることになる。オープンデータの推進において政府と民間セクターとの関係作りに積極的な米国の姿勢は、世界各国でオープンデータ・イニシアチブが推進される今日、他諸国にとって模範となるであろう。またオープンデータには企業売上を伸ばすだけでなく、米国市民の生活を改善するという社会的使命も託されている。先に示したオープンデータ利用企業例をはじめ、Open Data 500の米国企業群が提供する多彩な商品・サービスは市民・企業・政府のよりよい意思決定を支援し、市民の生活を直接または間接的に改善する潜在性に満ちている。オープンデータの社会貢献度を高めることに関しても、米国の誇る刷新的アイデアと起業家精神に世界が学ぶことは多いだろう。

参考

注釈

  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。