2015年1月23日

欧州ではビッグデータのビジネス的価値を高めるためオープンデータの活用を円滑に進める取り組みが続いている。本稿では、2013年欧州議会が採択したPSI指令の改正案に関する動向と最近のオープンデータ活用事例を紹介する。

1.ビッグデータの活用を支えるオープンデータの取り組み

言語も文化も多様な国の集合体であるEUがビッグデータビジネスに共同体として取り組むためには様々な調整が必要で、その実現には時間を要しているのが現状である。こうした中、EUのオープンデータ施策は、欧州におけるビッグデータ活用の推進において重要な役割を果たしている。以下、これまでEUが行ってきたオープンデータの取り組みについて簡単にまとめてみる。

1.1 PSI指令の改正

公共分野の情報(PSI:Public Sector Information)は、欧州に存在する情報源の中でも最大規模の市場価値(推計4.4兆円)注1を持つと目されて久しい。本来政府や公的機関のみが利用できるという厳しい制限のあるPSIであるが、PSIの再利用を広く開放すれば、新たなビジネス機会を創造し、消費者に対しても様々な選択肢を提供することになると期待されている。2003年に発行されたPSI指令(Public Sector Information Directive 2003/98/EC)は、公共部門が所有する情報の再利用に関する原則を示し、加盟各国に対して国内法への実装を義務化したが、どのように情報を開放するかについては各国の判断に委ねられていた。そのため、2011年には、情報の再利用の円滑化を図るため、公共情報の再利用に関する新たな枠組みを示すPSI指令改正案が提示されていた。1年半余の検討期間を費やした後、欧州議会は2013年6月に同改正案を採択した。その結果、EU加盟各国は、2年後の2015年7月18日までに同指令が示す枠組みに準ずる国内法の整備が義務づけられた。PSI指令の主な改正点は以下の通りである。

  • 注11ユーロ=136.3円
  1. 1.PSIの再利用を基本的に無条件で認め、全て情報を再利用可能とした。また、情報は機械可読なオープンフォーマットで提供する事を推奨する。
  2. 2.大学・公共図書館、公文書館及び博物館等の文化関連施設にまでPSI指令の対象機関を拡大した。
  3. 3.PSIの再利用に際する課金料金を引き下げた。公開する情報を再生産、供給、流通させるために必要な限界費用を上限とし、その費用を徴収することができる。ただし、図書館等の文化関連施設は、組織を継続的に運営する為に必要な資金を得るため等の理由により限界費用を超えた課金を徴収することができる。
  4. 4.公開データに対し透明性を向上するためその枠組みを示した。これは、再利用における誤用や悪用などの不正使用を抑制し、その起訴リスクを最小限にする他、課金に関する規則や条件も公開することで、より適切な課金が行われる事を期待するものである。
  5. 5.資料のデジタル化に関する独占契約の規則を変更した。契約は10年を超える事ができず、かつ7年ごとに見直し、デジタル化する源資料の所有者である公共組織は、無料でデジタル化した資料のコピーを得る事が出来る。
  6. 6.PSI再利用に関する行政業務に対する不服申請を取り扱う独立した組織の設置を義務づけた。

2014年7月には、国内での法制化を円滑に進めることができるように、PSI指令改正案のガイドラインを発行した。このガイドラインに強制力はないが、データの価値を高め欧州の経済を活性化するため大切な改訂のポイントについて示している。

まず、PSI利用に際して、ライセンス契約は強制ではないが、データの利用に際する法的立場が明確である事がその利用を促進するという考えから、必要に応じて使う事を推奨している。使うライセンスは、標準的なオープンライセンスを推奨し、EU全体で共通のライセンスになることを期待している。例えば、CC(Creative Commons)のように資料の法制上のステータスが容易に理解できる簡素でわかりやすいライセンスが好ましいとして、最新のCCライセンスバージョン4.0は、特に手を加える事なくPSIの再利用ライセンスとして使えると紹介している。そして、CCを使わない場合でも、採用するライセンスはオープンスタンダードであることを推奨している。

次に、活発なPSIデータの利用のために、これまでの情報利用者調査などをもとに、データに求められている事を示している。最も要求が高い事項は、データの高い質と機械可読なことである。フォーマットは、CSV、JSON、MXL、RDFなどオープンフォーマットが推奨され、アクセスしやすく長期間のデータ公開が期待されている。再利用の要望が高いPSIは、地理空間情報を筆頭に、交通運輸情報、そして各種統計と各地の天気や水質など地球環境に関する情報に加え財務と契約に関する情報と企業登記関連の情報である。

これまでの調査によればデータ利用コストの低い方が、結果的に利用が活発になり経済的効果は高まると報告されているため、課金については、できるだけ低くすることを推奨している。そのため、その限界費用として考えられる内訳について、以下のような例を示している。

  1. 1.生産コスト

    データ及びメタデータの作成費用、質の確認作業費用、暗号化費用、収集費用、整理費用、匿名化作業など

  2. 2.配給コスト

    インフラ整備費用、ソフトウェア保守管理費用、複製費、切手及び電話などの通信費を含む利用者サービス費用など

  3. 3.広報コスト
  4. 4.その他

    図書館および博物館等にかかる費用(キュレーション及び保存費、権利関係整理費用など)

参考

1.2 公共部門情報の再利用を進めるオープンデータ施策

EUはPSIの再利用を進めるために、前述した法規制の整備に加え、情報交換の場やツールを整備するなど様々な事業を実施している。以下に、いくつか紹介する。

  1. 1.PSIグループ

    PSIグループは、2002年に欧州委員会がPSIの再利用について討議し情報交換する場として設置した専門組織で、年1~2回の会議を開催している。組織は欧州加盟28カ国の代表により構成され、会議では討議するテーマに応じて民間組織やPSI専門家などから適切な人物が招集される。2013年11月26日に行われた直近の会議では、2014年中頃に発行を予定していたPSI改正指令の国内法制化のガイドラインの内容について検討していた。

  2. 2.ePSIプラットフォーム

    ePSIプラットフォームは、PSIに関する情報を提供する包括的なプラットフォームで、PSI再利用に関する製品、サービス、裁判例などの多彩なニュースを掲載している。例えば、EU加盟各国のPSI担当者と連絡先リストもこのサイトに掲載されている。また、EU加盟各国がどの程度PSIを進めているか測定できる指標を設定しその測定結果を「score board」に公開、PSI進展度が視覚的に比較できる。

  3. 3.LAPSI(Legal Aspects of Public Sectior Information)

    LAPSIはPSI再利用に関する法律専門家(実務家及び学術研究者を含む)により構成されるネットワーク作業部会で、PSIの再利用の障害となる法規制を整備する。また、この運営は、EUのCIP(Competitiveness and Innovation Framework Programme)の資金に支えられている。

  4. 4.EUのOpen Data Portal

    Open Data Portalは、EU関係機関や組織が提供するPSIへのシングルアクセスポイントである。尚、同サイトは全てオープンソースソリューション注2を活用し構築されている。

  • 注2例えば、使用しているオープンソフトウェアは、LAMP(バンドルソフトウェア)、Drupal(PHP言語で書かれたオープンソースのモジュラー式フレームワーク)、CKAN(Open Knowledge Foundationにより開発されたデータカタログ構築用ソフトウェア)、Dublin Core(メタデータ語集)、DCAT(Data Catalogue Vocabulary)、ADMS(Asset Description Metadata Scheme:共通メタデータ語集)等。

参考

1.3 PSIの再利用に関する委託調査

  1. 1.委託調査1:現存するPSI再利用に関する独占契約

    PSI指令は、基本的枠組みとしてPSIの再利用に際し、特定の出版社や民間運用事業者などに独占的な利用権を与えることを禁じている。この結果、例えばオランダの車輛登録情報やスウェーデンの戸籍情報(人口登録)の利用契約はある企業との間に結ばれた独占契約があったため、PSI指令を施行するにあたり終了せざる得なかった。つまり、EU加盟各国がPSI指令を国内法制化するにあたり、現存するPSI利用に関する独占契約を特定し、これを停止(破棄、解除)しなければならない。EUは加盟各国がこうした調査を円滑に進める事が出来るよう資金を提供していた。尚、調査結果を公表しているのは、ベルギー、オーストリア、チェコ共和国、デンマーク、ポーランド、スペイン、イタリア、フランス、ドイツである。今回行われたPSI指令の改正で新たにオープンデータの義務が課された美術館や博物館などの文化施設は、企業と独占契約を結んでいる場合も多く、改正指令に準じた国内法施行にあたり各国は契約の見直しを迫られ、更なる調査が必要になると思われる。

  2. 2.委託調査2:PSI再利用の影響に関する経済的分析

    PSI指令の改正を検討するにあたり、経済効果についていくつかの調査を実施している。ひとつは、課金とその経済効果についてで、結果は「Review of recent studies on PSI re-use and related market developments」にまとめられた。当時は、PSI再利用の研究は国別あるいは分野別であり欧州全体を論じたものはなかった。欧州全体の経済的効果は推定で算出し、直接効果が5.5兆円と報告されている。また、課金モデル研究は、会計コンサルティングファームが実施した「Pricing of public sector information(POPSIS)」がある。同報告は、より廉価な課金が利益を増大するという結果を示している。より安い課金であればPSIの再利用が促進され、活発な経済活動、市場の活性化、イノベーションや雇用を生み出すだろうという。最後に、文化施設におけるPSIの再利用に関する収益構造について研究したのは「PSI re-use in the cultural sector」で、文化的資料の再利用市場の開発とその収益実態を明らかにした。

1.4 公共性の高い学術研究結果の再利用をすすめるオープンアクセス

少なくとも一部でも公的資金を受けている学術研究は、その成果やデータの再利用を促している。学術データをオープン化し再利用をすすめることで、より強固な学術研究基盤を整備する事が目的である。多くの研究者は既にデータを無料で公開することに積極的であるが、その質については管理ができておらず、オープンデータの課題である。2014から2015年度にかけて約4100億円の事業費をかけて学術データの公開について実践研究するOpen Research Dataというパイロット事業を実施している。

1.5 オープンデータの普及を促進する資金的支援

オープンデータ分野の研究開発を支援している主な事業が二つある(表)。Horizon2020(欧州最大の研究開発支援事業、事業期間は2014-2020の7年間)とCEF(Connecting Europe Facility)という助成事業である。CEFは欧州におけるエネルギー、運輸、デジタル産業分野において欧州全体の連携を進める事業に対する資金的援助を実施するものである。

【図】

表:近年のオープンデータにかかる調査研究

参考

2.最近のオープンデータ活用事例

では、欧州ではオープンデータがどのように活用されているのだろうか。以下にオープンデータ活用事例をいくつか紹介する。

2.1 CitySDK(City Service Development Kits)

CitySDKは都市行政のサービス開発に使えるツールを提供し、様々なオープンデータを使ったアプリ開発を支援する事業である。総事業費9億円のうち欧州委員会は約5億円を負担している。事業期間は、2012年1月から2014年10月までで、これまでCitySDKを使って開発されたアプリは17件紹介されている。例えば、オランダは交通違反箇所と地図データを使って街の中の交通違反の多寡を視覚的に地図上に示したり、市街地の建物の築年数を色分けし都市の建物の老朽化状況を視覚的にしめしたAPPを作っている。

参考

2.2 英国「Companies House」の無料化

英国の企業登記情報や会計資料を管理している「Campanies House」は、これまでデータの一部のみ無料で公開し、企業会計資料など詳細な企業活動情報の多くは有料で提供していた。しかし、この夏、Companies Houseは、その保有するデータをオープンにし無料化を実施した。参考までに、一昨年はCompanies Houseのデータ利用料で約1600億円注3の収入があった。これらの収入を失ったCompanies Houseの実践は、データ無料提供の運営モデルのひとつを示すことになると思われる。

  • 注31ポンド=173.1円

2.3 グラスゴーで初のビッグデータスマートシティ

スコットランドの最大都市であるグラスゴーの中でも最も貧しく平均余命も最低である地域が、スマートシティの実証実験の場となっている。平均以下の生活を強いられている地域が、新しい技術を取り入れる事でどのように暮らしを変えて行くのか、興味深い取り組みである。グラスゴーでは、犯罪発生率、街頭の場所、サッカー試合後におきるサポーター同士の小競り合いなど様々な情報を束ねて分析、その活用可能性を探る。街にパッチワークのように存在する400余ある空き地に太陽光発電機を設置したり、サイクリストにアプリを配布し、どこにサイクリングレーンを設置すればいいか検討する情報も収集している。同事業は、30に及ぶ企業からの申請事業の中から選ばれて、42億円の助成金を得ている。これまで、資金の半分程度はコントロールセンタ―など技術基盤の導入に活用され、400余の高解像度CCTV等が設置された。街のあちこちで収集されるデータは、コントロールセンターに集められ分析ができるようになる。インテリジェント街頭は、人感センサーの働きで、誰もいないと照明が暗くなり、人がいると明るくなりエネルギーの節約に繋がる事が期待される。このような事業に対する懸念は、街の至る所に設置された街頭やCCTV等によるサーベイランスは、プライバシーを侵害した過剰監視の状態になっていないのかという点である。集められたデータは、本当に人々の生活を良くするのだろうか。例えば、情報がネットワーク上で利用可能になれば、これまでグラスゴーに情報公開請求対応に要していた億に達する費用は抑制されるのだろうか。集まったデータをもとに、健康状態や学業成績の変化などを認識することは、街の課題が顕在化する前に予測して対応することにつながるのであろうか。また、助成金が終了した後、街は継続的にスマートシティであり続けられるのであろうか。現時点では、先のことを真剣に考えている職員はいないようである。グラスゴーの取り組みはこれからしばらく継続するが、スコットランド政府の資金による類似するスマートシティ実践が行われるらしく、2014年6月グラスゴーの英国出資によるスマートシティ事業の重要人物5人が事業チームから離脱してしまった。グラスゴーはオープンデータを活用したスマートシティの試みが盛んであるが、一方で高度なスキルや経験を持つ人材が不足しているようである。

2.4 オープンデータを使ったAPPsのコンテストいろいろ(2014年分のみ)

オープンデータを使ったAPP開発コンテストが盛んに行われている。2014年に行われたコンテストからいくつか拾ってみると、例えば、フランスの大手金融機関クレディ・アグリコル(Crédit Agricole)は、2012年10月にパブリックAPIをリリースし、2013年2月に欧州の金融機関で初めてアプリケーションストアを開いた。そして、2014年には1月17日から19日にかけてイノベイティブなモバイルバンキングAppを開発するハッカソンを開催した。イタリアのシチリア島にあるパレルモ市は、同市が所有するオープンデータセットを公開し、これを使ったアプリケーション開発のアイディアを2ヶ月間募った。コンテスト優勝者は総額約500万円の開発助成金を受けAPP開発をすることができる。ギリシャのテッサロニカは、the Apps4Thessalonikiコンテストを開催した。コンテスト公式サイトには7万件のアクセスがあり、8割はギリシャ国内からのアクセスであったが残りの2割は米国、オーストラリア、ドイツ、英国、キプロス共和国や南アフリカを含む様々な外国からのアクセスがあったという。220人が新しいアプリケーションを提案し、これらの提案に対する人気投票ではおよそ3,000人からの投票があった。最終的に利用できる形で14件のアプリケーションを公開し、2014年3月26日までの間に900人からの投票を受けた。ラトビアでは農業関係のオープンデータを使ったハッカソンを2014年9月15日~17日まで開催した。このハッカソンにはフリーランスや学生を無料で招待し、投資家や開発の専門家等との出会いの場を提供し新しいアイディアのアプリケーション開発を促進している。

3.進むデータの再利用と個人データ保護規則の厳格化

データのオープン化を進め再利用する際は、常に個人情報の取り扱いが課題となる。欧州のデータ保護に関する法令は今年でその制定から19年目を迎えているが、これは今日程インターネットが普及する以前のもので、現在の社会情勢に応じた改訂が検討されていた。今年の3月、ようやくEUデータ保護規則の厳格化が図られる改正案が欧州議会で可決した。この改正は、消費者が自分のデータ削除を求めることができる「忘れられる権利」を盛り込み、本人による個人情報管理の権利を強めた他、収集したデータから個人の健康状態や経済状況、活動場所などを分析することに対して規制を設けた。また、国境を容易に超えることができるデータから欧州市民プライバシーを守るため、国境を超えてデータを持ち出す場合は、当該国のデータ保護監督機関から事前に許可を得なければならないだけでなく、本人にも明確に通知しなければならないとした。この他、違反に対する取り締まりの厳格化を図るため罰金の額も上げている。約140億円あるいは当該企業の世界全体の売り上高の5%のいずれか高額な方を上限とし、罰金の支払いを命じることが出来るようにした。欧州議会は今回の改正案の可決を受け2014年末までには本指令と規則の成立を目指している。多様なデータの再利用が可能となり、大量なデータの分析が可能となり、これまで想定していない状況による個人の特定などが可能となる事態を予想し個人情報の取り扱い規制の強化に関する検討が進む。欧州は、データを取り巻く社会情勢に照らして、こうしたリスクをコントロールしながら、データが持つ価値を最大限引き出せる環境整備を続けている。

注釈

  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。