2015年3月6日

Health2.0
共同代表

Matthew Holt

モバイルの普及やソーシャルメディアなどの利用拡大に加え、ヘルスケア関連のデータ公開が進んだことで、米国の医療サービスが大きく変わろうとしている。消費者によるヘルスケア関連の情報入手/発信が容易になっただけでなく、公開データを有効利用してヘルスケアを安価に迅速に提供する新サービスの出現や、手軽な健康管理アプリなどの開発も進んでいるのである。こうした動きは個人の健康管理への関心を高め、シックケアからヘルスケアへのシフトを後押ししている。個人情報の取り扱いを巡るセキュリティへの懸念は根強いが、データを有効利用するイノベーションの可能性に期待が高まっている。

米国において、これまで閉鎖的で透明性が低いと言われてきたヘルスケアサービスが大きく変わろうとしている。これを後押しする要因はいくつかある。一つは、ネットやモバイルの普及に加え、ソーシャルメディアなどの利用が拡大したことで、消費者が自分で多くの情報を得られるようになり、結果としてヘルスケアサービスに求める水準が高まっていることが挙げられる。そして二つ目は、米政府が進めるオープンデータ・イニシアチブにより、これまで非公開だったデータが一般公開されたことや、消費者自らが発信するヘルスケアデータが多く利用できるようになったことがある。一連のデータを今までにない形で組み合わせ、データの新しい意味を発見すると同時に、これを元に、利便性の高いヘルスケアサービスを実現しようとするイノベーションの動きが活発になっているのである。例えば、同じ医療保険プランでも、インフルエンザの治療を受ける際に、医療機関や薬局などで治療費や処方薬の代金が異なる現状に対し、消費者が事前に料金などを比較できるサービスが人気を集めている。また、月額10ドル程度のサービス料を払うことで、必要な時にネットやビデオで診察を受けるなど、オンラインショッピング感覚で消費者がヘルスケアを買う形も広まり始めているのだ。このような新サービスの出現は、ヘルスケアの透明性を高め、消費者がより健康管理に興味を持つ流れに一役買っており、シックケアからヘルスケアへの転換を後押ししている。また、米国ではヘルスケアのプロバイダー側も2009年電子健康記録の導入を進め、データの有効利用と医療の質向上への取り組みを進めている。多くの個人情報が収集/利用されることに対するセキュリティへの懸念が根強いなかで、データを利用したイノベーションがどう展開されていくのか。ヘルスケアIT分野の最先端のイノベーターを集めた国際会議を米国、欧州、アジア各地域で開催するHealth2.0の共同代表Matthew Holt氏に意見を聞く。

Matthew Holt氏へのインタビュー

Q.医療制度が異なる国で会議を開催する際に、イノベーションへのニーズに違いを感じるか。

Health2.0は米国で始まり、現在は欧州、アジアにも広がり、2015年は日本でも開催しますが、文化、医療制度、法制度の違いは大きいです。しかしどの国/地域にも三つの共通点があるといえます。まずは高齢化社会に伴い、医療費負担が増え続けている現状を打破する必要があるということです。特に日本のように世界的にも高齢化のペースが早い国では、これは早急に取り組むべき課題です。二つ目は、消費者が自分で情報収集する機会が増えたため、医療に求める水準が上がる一方なのに対し、かかりつけ医と病院などのコミュニケーションが十分ではないという点です。こうなると、仮にある医療施設が最新の医療機器を導入しても、医療施設を超えた相互運用性が無いため、収集したデータの交換ができなくなります。結果としてデータを十分に活用できず、医療の質向上を妨げかねません。そして三つ目は、多くの人がネットやスマートフォン、ソーシャルメディアなどの共通の技術を利用している点です。どの国/地域も、共通に抱える課題の打開策をイノベーションに求め、これら共通の技術を基盤に広めようとしているのです。

Q.イノベーションを支えるデータの量や質をどう見るか。

イノベーションに利用されるデータは大きく三つあります。一つは個人に関するデータで、基本情報や医療費請求に関するものが含まれます。これらのデータは病院や薬局、保険会社などに分散していますが、米国ではこれを一元化するよう取り組んでいます。この際にデータの質を確保するために莫大な投資がなされています。データやデバイスの相互運用性を確保する以前に、データソースがきちんとしているかどうかが非常に重要だからです。二つ目は政府がこれまで収集し保管していたデータです。これは政府が主導し、開発者に利用を促すようにデータ公開を行っており、公衆衛生目的などでの利用が進んでいます。そして三つ目は新しいタイプのデータで、血圧測定器や運動量の測定デバイスなどで収集する生体情報や、遺伝子に関する情報です。特に遺伝子データについては、個人の健康状態との間に相関関係を解明する動きが進み、消費者が気軽に遺伝テストを利用できるようにもなっています。一連のデータ利用は、完璧ではありませんし、データ量も今後さらに増え続けますが、データ利用は良い方向に進んでいると思います。

Q.データ利用に関する規制が、データ利用やイノベーションを阻害するとの懸念も根強い。

米国には個人の健康情報に関するプライバシーや情報開示などについて定めた「医療保険の携行と責任に関する法律(通称HIPAA)」があります。HIPAAのコンセプトは個人情報を機密にしつつ有益に使うというものですが、HIPAAの主旨と、運用実態にはずれがあると感じます。つまり、HIPAAは患者に自分の健康データをアクセス/コントロールする権利を与えていますが、ヘルスケアシステムが患者のアクセス権を制限しているのが現状です。この背景には、個人の健康情報が多くの場合クラウド環境で管理され、仮にこのデータが何かの拍子に複製されたり、暗号化されていないデバイスにダウンロードされたりと、不正利用の危険にさらされているという現実があります。Beth IsraelのHalamka最高情報責任者(CIO)によれば、彼の時間の約半分は(イノベーションのためではなく)データ保護に費やされているそうです。セキュリティの負担がいかに大きいかということがわかります。しかし、人やデータの流動性が高まる動きは止められませんし、データの動きに関する理解が浸透すれば、消費者がもっと自分のデータをコントロールできるようになり、データ利用方法も広がると思います。

Q.イノベーションにおけるクラウドインテリジェンスの役割が注目されている。

公開されたデータを利用して、イノベーティブなヘルスケアアプリやソリューションを開発するコンテストなどは各地で盛況です。もちろん参加者による投票や、主催者の投票などで優れたアイデアを選出しても、それが実際に市場の求めるヒット商品になるとは限りません。しかし、クラウドインテリジェンスは多くの人がアイデアを発信し、多くの人がアクセスできる有益なツールです。また、コンテストに限らず、消費者がこれまでにないタイプの情報を、これまでにない形で入手できるという点も重要です。米国では、患者同士が情報交換を行うコミュニティサイトなどが多くありますが、これは医師から患者にトップダウン式で情報/サービスを提供する従来のスタイルを変えました。つまり、患者同士が情報交換をすることで、例えば処方薬の服用効果、副作用、疾病の治療効果とその経過など、通常は医師から得られない患者の生の声を入手することが可能になったのです。しかし例えば、誰かが予防接種の弊害を発信した結果、(予防接種を受けない人が増え)一部の都市ではしかが流行するケースなどもあり、情報の真偽の判断を個人に委ねる危うさもあります。しかし、多くの人から意見を募れば、一般的に大きく外れることはないと思います。

Q.ヘルスケアをより気軽に安価で提供するサービスが出てきているが、従来のヘルスケアシステムにどのような影響をもたらすか。

国民がみな、気軽に必要なヘルスケアサービスを受けられるようにしようという風潮は広まっています。この結果、従来のヘルスケアサービスの提供の仕方や、医師と患者の関係などは大きく変わっていくでしょう。例えば風邪を引いた場合、これまでは予約した医者で15分程度の診察を受け、その情報や診察結果を記録し医師と患者で共有するというのが普通でした。しかし最近では、患者が現在いる場所や、利用しているデバイスにかかわらず、必要なときにネットでバーチャル診察を受けられるようなサービスが広まりつつあります。こうしたサービスを提供するのは、技術に詳しい医師のグループだけでなく、Kaiser Permanenteのような大手も含めて医療機関も同様のサービスを開始しています。最近では小売大手Wal-Martがヘルスケアサービスに参入していますし、従来のヘルスケアプロバイダーの垣根を越え、消費者が求めるヘルスケアサービスを販売する動きが、今後かなりの速さで加速すると思います。

Q.医療改革法の進捗がヘルスケア業界のイノベーションに歯止めをかけるとの見方もある。

確かに2010年に成立した医療改革法については、多くの問題が指摘されていますが、米国の医療保険制度の改革に焦点を当てた点で非常に大きな意味があるものです。そして特にヘルスケアIT分野においては、組織を超えたデータのやり取りや、その利用の方法を改善することに加え、患者とのより良い関係の構築に貢献すること、そしてこれらを支えるデータやデバイスに関しては相互運用性を確保することが不可欠であるという流れを作りました。そして2009年以降、医師や病院に電子健康記録の導入を加速させるため、実際に250億ドルが投資されています。以前では考えられないほどの規模の投資です。このため、改革法の内容についての批判や各種規則の施行に遅れがでても、すでに医療現場におけるIT化やデータ利用の動きは始まっており、この流れが止まることはないと見ています。

Q.2015年はどのような技術が大きなトレンドになると思うか。

今も利用が広がり始めてはいますが、オンラインコーチングの分野が大きな盛り上がりを見せると思います。オンラインで個人の健康管理や疾病管理に専門家がアドバイスや支援を提供するというもので、医療機関が中心となって希望者に無償で提供する場合もあれば、個人がヘルスケアのサービス業者から購入する場合もあります。健康管理が進めば将来的に医療費削減につながるため、このサービスを保険でカバーするケースもあり、シックケアからヘルスケアへの流れを後押しするものとしても、その可能性が期待されているのです。新しい技術という面から言えば、ウェアラブルデバイスの可能性も大きいでしょう。生体情報の収集以外の新しい用途や、収集データの利用方法など、ウェアラブルがどう使われて行くのかも注目されます。米国でのウェアラブルの普及率は10%とも言われ、すでに普及しているといっていい水準にありますし、1月に米ラスベガスで開かれた国際消費者製品見本市(CES)では50以上の時計型のウェアラブルデバイスが発表されています。このため、ウェアラブルが一度ヘルスケア分野に導入されれば、一気に大きな波となるでしょう。

インタビューを終えて

世界各国で会議を開催する度に、Holt氏は新しいデバイスの機能よりもイノベーションにかける人々の熱意に心を動かされると言います。国境を越えた医療ITソリューションの標準化を進める動きが思ったより大きく進展しないことへの閉塞感はあるものの、各国ごとにイノベーティブなアイデアを実現させ、より良いサービスやソリューションを生み出そうとする動きが非常に活発になっていると感じるそうです。ヘルスケアサービスの透明性を向上させ、消費者が洋服を買う感覚で気軽にヘルスケアサービスを利用できるようになる日は近いのか。鍵を握るのは各国のイノベーター達の熱意にかかっているといえそうです。

注釈

  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。