2015年3月26日

London Research International

世の中に存在するデータの量は飛躍的に増加し続けている。そして、そのデータが私たちにもたらす利益の可能性も同時に拡大している。本稿ではそのビッグデータに関する研究・イノベーション、そしてビジネス展開が活発化する欧州における最新動向を報告する。

1.欧州連合の戦略

今日、あらゆる場面でICTが活用されており、これによって、世界で毎分1.7ぺタバイト(1.7×1015バイト)ものデータが作られている。これは36万枚の一般的なDVDの容量に相当し、一日一人当たり6メガバイト以上のデータが作り出されていることになる注1。情報は人や機械、センサーなどから収集され、データ内容も、気候に関する情報や衛星画像、デジタル写真、ビデオ、ビジネス取引記録、GPS(全地球測位システム)信号などさまざまである。このようなデータがあふれる時代を迎え、欧州では、ビッグデータは今後の域内経済の大きな推進力になると認識されており、ビッグデータの可能性を最大限に享受するための基盤構築のため、さまざまな政策が打ち出されている。

欧州委員会は2014年7月に、データによって経済が発展していく、すなわち、データ駆動型経済の確立を支援、促進するために、ビッグデータにおける新たな戦略の素案注2をまとめた。データ駆動型経済においては、データ分野における研究・イノベーションが活性化され、中小企業に知識と資本がもたらされ、ビジネスチャンスが拡大すると考えられている。同戦略が作られた背景には、ビッグデータ市場における巨大な可能性がある。米国企業IDCの調査注3によると、世界におけるビッグデータ関連の技術・サービス市場は2010年の32億米ドル(3808億円)注4から、2015年には169億米ドル(2兆111億円)に増加し、その複合年間成長率は39.4%に上ると予測される。これはICT市場全体の予測成長率のおよそ7倍である。さらに、英国のIT分野における産業別技能委員会(e-skills UK)の報告注5によると、英国だけで、大企業で働くビッグデータに特化した専門スタッフの総人数は、今後5年間で約2.4倍に増加するとみられている。

ビッグデータは、医療、食糧安全保障、気候、エネルギー効率、高度道路交通システム、スマートシティなど多分野に大きな可能性をもっている。欧州連合は上述したその戦略案の中で、世界のデータ市場で競争するために、次の7つの行動目標を定めている。

  • 競争力、公共サービスの質、市民の生活の向上のための中心的役割を果たす存在となるようなデータ・イニシアチブのサポートをする。
  • 特に中小企業に利益をもたらすことができる、インフラやスキルの基盤となる可能性のある技術の開発を行う。
  • 公開データソースや研究データ・インフラの大規模な共有、利用、開発を行う。
  • 技術や法律などにおける障害を取り除くために、公的研究によるイノベーションに焦点を当てた取り組みを行う。
  • 関連する法的枠組みや政策が、データを利用しやすい環境を提供する。
  • デジタル化により、公共の運営管理とサポートサービスのさらなる効率化を図る。
  • データ技術の進歩を直接市場に反映させるために公的調達を利用する。

同戦略の成功のためには、欧州連合の各組織と加盟国の連携による実行計画が不可欠となる。

同戦略は、もともと2013年11月に開催されたICT2013会議で決定されたビッグデータに関する戦略イニシアチブを基にしている。同イニシアチブは欧州のデータを取り巻く、一貫したビジネスエコシステムを育成することに重点を置いており、その育成のための鍵が、官民パートナーシップ(PPP)の形成と定義された。

2.官民パートナーシップ(PPP)注6

2012年時点においてグローバル・ビッグデータ市場における売上げ上位20位以内に、欧州企業はたった4社しか入っていなかった注7。この状況を打開するためにも、欧州はデータバリューチェーンを強化する必要性があり、それによって活気のあるビッグデータを軸としたエコシステムと、データ駆動型イノベーションビジネスモデルが発展すると考えられている。データバリューチェーンは、データ作成、解析、利用、付加価値作りなどデータに関わる全ての活動を含む、ビジネスの一連の価値の連鎖を意味する。

欧州委員会は欧州の民間セクターと協力して、データ駆動型経済への円滑な転換のために、研究者、研究機関と協力してデータに関する研究・イノベーションを行い、データを取り巻くコミュニティーの形成を進めている。

2014年10月に、欧州委員会と、民間の企業と団体から構成されるビッグデータ価値組合(Big Data Value Association)注8は、共同で25億ユーロ(約3400億円)注9を投資する官民パートナーシップに署名した。同パートナーシップ(BDV PPPと呼ばれる)に期待される具体的な成果は以下の通りである。

  • グローバルデータ市場における欧州企業の売上げの比率を30%まで引き上げる。
  • 2020年までに欧州におけるデータ関連の雇用を新たに10万件創出する。
  • エネルギー消費を10%削減し、ヘルスケアを改善し、産業機械の生産性を向上させる。注10

BDV PPPはIBM、シーメンス、SAP、ベルリン工科大学(Technical University of Berlin)など、24の加盟団体注11によって、ベルギーに設立された。この組合は欧州においてデータコミュニティーの成長を確立するための第一歩であり、欧州経済のイノベーション促進、強化、活性化の原動力となり得ると言われている。

欧州委員会は、2014年から2020年までの期間を対象として、研究成果を市場に反映させてイノベーションを促進させるための、ホライズン2020と呼ばれるサポートプログラムを実施している。同プログラムでは、PPPプロジェクトへ20億ユーロ(約2720億円)以上の投資が計画されている。欧州委員会は、そのうちの5億ユーロ(約680億円)以上の資金をBDV PPPへ割り当てることを既に決定している。それほど、ビッグデータは重要視されている。BDV PPPは、データ駆動型経済への移行のために欧州委員会が実行した最初の成果であり、高い期待が持たれている。

ホライズン 2020ではビッグデータに直接関連したプロジェクトの一般公募を行っている。第一回目の募集テーマはビッグデータと公開データにおけるイノベーションとそのビジネスへの活用であり、合計約6億6000万ユーロ(約898億円)の資金提供が計画されている。公募期間(2013年12月から2014年4月まで)は既に終了しており、現在は、プロジェクト選定のための最終協議が行われている。第一回目の選定プロジェクトに期待される成果には以下が含まれている。

  • 官民セクター両方の公開データへのアクセスとそのデータ価値創造を向上させ、皆が公開データを自由に利用することで、数百の多言語アプリケーションの開発に繋げること。
  • 活気があり、成長するエコシステムの中で、ビジネス・アクター(個人および団体)が互いに関わりを持ち、実用的かつ国境、言語、産業の枠を越えたデータ・サプライチェーンを形成すること。欧州企業が世界市場で、数十に及ぶ革新的なデータ分析ソリューションを開発すること。
  • データ科学者やデータ関係労働者が利用できる、教育材料を提供すること。最先端データ分析技術、並びに欧州のデータ・サプライチェーンを運用できるスキルを持つ、データ専門家の育成を行うこと。
  • ビッグデータユーザー、データ技術提供者などのステークホルダーを含む、ビッグデータを取り巻くコミュニティーの統合と効果的なネットワーキングを可能にすること。

第二回目の公募は現在行われており(2015年4月14日締め切り)、予算は約5億6000万ユーロ(約762億円)である。今回は以下の成果が掲げられている。

  • 欧州のエコシステムにおいて、ビッグデータ分析技術のパフォーマンスや最適化の進行状況を一般に公開し、数量的に測れるようにすること。
  • 拡張性、正確性、実現可能性を備え、数千のイノベーターや大規模システム開発者らが利用できる、先進的なリアルタイムあるいは予測に基づくデータ分析技術の開発をすること。
  • データの量や多様性に遅れを取らないための、有効性が実証された開発技術を持つこと。
  • グローバル市場における地位向上や、データを多く取り扱う数百の欧州企業で新たな雇用の創造に繋がるような、欧州公開データの技術的可能性、そして価値創造における可能性を実証すること。

3.加盟国政府の対応例

英国

英国政府は、将来の経済成長を約束し、グローバル競争において先頭の地位を守り抜くために「8つの輝かしいテクノロジー」("Eight Great Technologies")が重要であると考えており、それらの一つにビッグデータを挙げている。同政府は欧州連合の戦略計画発表以前より、データインフラ整備に取り組んでいる。2012年9月には1億8900万英ポンド(約348億円)注12の投資を実行し、更に2014年2月には一般市民や学者がビッグデータをより活用しやすくするために、新たに7300万英ポンド(約134億円)の資金提供を発表している注13。この発表はビジネス・イノベーション・職業技能省により行われたが、それによれば英国のビッグデータ市場は2017年までに2億1600万英ポンド(約397億円)の経済効果をもたらし、58,000件の雇用を生み出すと予測されている。政府による資金援助は主に研究に充てられ、合計55のプロジェクトを通して、ヒトの病気の解明から交通機関の問題解決までさまざまな分野においてイノベーションを後押しすると期待されている。表1に具体的な資金提供機関とその目的および投資額を示す。

資金提供機関 主な目的 投資額
The Medical Research Council(医学研究審議会) バイオインフォマティクスを駆使し、ヒトの病気を更に理解する。 5000万英ポンド(約92億円)
The Arts and Humanities Research Council(芸術人文研究委員会) 研究者しか利用できないデータを一般公開する。 400万英ポンド(約7.4億円)(21の新プロジェクト)
The Economic and Social Research Council(経済社会研究会議) 民間機関や地方自治体から提供されるさまざまなデータをさまざまな分野における研究者たちが利用できるようにする。 1400万英ポンド(約26億円)(エセックス大学、グラスゴー大学、ロンドンカレッジ大学、リーズ大学に新たに設立される4つの研究所。)
The Natural Environment Research Council(自然環境研究会議) 英国の研究コミュニティーが既存の環境データを活用できるようにする。 460万英ポンド(約8.5億円)(24のプロジェクト)

表1:英国政府によるビッグデータに関する資金援助

フランス

フランス政府は2013年4月にイノベーション2030ワールドワイドチャレンジと呼ばれる、イノベーションプロジェクトの公募を立ち上げた。同公募では2030年までにフランス経済に貢献すると認められるプロジェクトに対して、公共投資銀行(The Public Investment Bank)と共同で合計3000万ユーロ(約41億円)を出資する予定である。これには、国内外を問わず、世界中から起業家が応募できる。この応募を通して優秀な人材を発掘し、将来のフランス経済を担うリーダー的人材を育成する狙いがある。応募は課題ごとに7つの分野に分かれており、"ビッグデータ"はその一つである。ビッグデータ分野では、データ利用の向上、データの新たな利用法並びに解析モデルの定義と発展を目的とするプロジェクトを支援する。応募・選考期間は以下の3つのフェーズから成っている。

  • フェーズ1

    スタートアップ・フェーズ(スタートアップ段階のプロジェクトが対象)

  • フェーズ2

    リスク削減フェーズ(商業化を目的としたり、意欲的なビジネス計画を準備しているR&Dプロジェクトが対象)

  • フェーズ3

    発展・商業化支援フェーズ(商業化が可能となったプロジェクトが対象)注14

フェーズ1は(2013年12月2日開始~2014年5月15日終了)は既に終了しており、合計58のプロジェクトが選定され注15、それぞれ20万ユーロ(約2720万円)の支援を受けることが決定している。現在はフェーズ2の応募期間中(2014年10月2日開始~2015年3月2日終了予定)であり、合計40のプロジェクトが選ばれ次第終了となる。フェーズ3は、2016年に選考開始予定だが、このフェーズでは公募は受け付けず、フェーズ2で選定されたプロジェクトの中から最終的に7つに絞り込み商業化支援をする注14

4.課題

米国の全米技術アカデミー(National Academy of Engineering)は同団体の2014年の出版物である"The Bridge"注16の中で、「ビッグデータの世界的視野」について述べている。その中で、欧州が現在、あるいは将来直面するであろう、ビッグデータ活用における問題点として以下を挙げた。

  • 公用語のみならず、欧州各国のデータに関連する政策や産業分野が異なることから、データエコシステムが未だ断片的であること。
  • データ研究への取り組みが断片的であること、そして研究結果についての効率的な情報交換が欠落していること。
  • データ関係の仕事に従事できる、高度なICT技術を有する人材が不足していること。
  • 法律を改定する際に伴うプロセスが複雑であること。
  • 個人情報保護に関する方針が定まっていないこと。

データ構築と共有化が進む中、欧州連合は、特に最後に挙げた、個人情報をめぐる問題を無視することはできない。だが、欧州は個人情報の保護と権利の主張を優先させたい一方で、それによってテクノロジーやデジタルサービスの発展の可能性を制限してしまう恐れがあるという矛盾に直面している。これに関して、当時の欧州委員会副会長であるネリー・クルース女史(Neelie Kroes)は、「我々のどのような行為も基本的権利と引き換えにはできない。ビッグデータを使いこなすことは、同時に個人情報管理も究めるという意味も含むべきだ」と述べ、欧州連合の個人情報保護を重要視する方向性を示した。

5.最後に

ビッグデータ市場の先頭に踊り出るために、世界の各国が競争を繰り広げていることは明らかである。欧州は、グローバル競争に遅れをとったことにようやく気づき、抜本的な計画を実行しない限り、さらに後退するかも知れないという危機感を持った。そして、研究・イノベーションやPPPへの資金提供という形で戦略を実行に移し始めた。重要なことは、ビッグデータの可能性を最大限に活かし、経済活性化に向けて十分に機会を見出すために、ICTインフラ整備を進める他国のそのスピード以上に、欧州が戦略を実施できるかということである。

注釈

  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。