2015年3月30日

ワシントンコア リサーチャー
小林 悦子

米国経済全体が緩やかな景気回復を迎える中、米国シリコンバレーでは、現在、積極的なベンチャー投資をバネに急成長するIT新興企業が再び目立ちつつある。本稿では、シリコンバレーの原動力であるベンチャー投資状況を概観した上で、近年シリコンバレーにおける注目分野の中から、ハードウエア産業、デジタルヘルス、および金融サービスに着目し、注目株の企業や技術開発に関する最近の動きなどを紹介する。

1.ベンチャーキャピタルの巨額投資に湧くシリコンバレー

シリコンバレーは過去15年の間に数回の大規模な景気低迷に直面したものの、現今はベンチャーキャピタルからの巨額の投資に恵まれ、雇用機会に富み、活気に満ちている。大手コンサルティング企業PwCとベンチャーキャピタル業界団体であるNational Venture Capital Associationが共同発表している米国のベンチャー投資に関するデータによると、ベンチャーキャピタルが2014年にシリコンバレーのIT新興企業に投じた資金額は、総額234億ドルで、2013年比86%増、2000年のドットコムバブル以来、最高の投資額を記録した。また、シリコンバレーの社会経済に関するシンクタンクのJoint Venture Silicon Valleyによると、2013年第2四半期から2014年第2四半期の一年間におけるシリコンバレーの雇用増加率は4.1%、約5万8千件の雇用を追加し、これもまた同様に2000年以来、最高の増加率を記録した。この盛り上がりはドットコムバブルとは異なり、安定した段階的成長を通じて到達したものであり、シリコンバレーの成長は、ビッグデータやモノのインターネット(IoT)を含め、多くの前途有望な新しい技術に起因しており、この明るい動向はしばらく続くと同団体は考えている。シリコンバレーの現状がバブルの再来ではないことには他の専門家の間でも同意する声が多く聞かれる。

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このような活力あるベンチャー投資は、シリコンバレーのIT企業が株式上場を見合わせる理由の一つとも見られている。2014年の上場が最も期待されたが上場しなかったシリコンバレー新興企業の一社は、Uberである。2009年設立の同社は、画期的なタクシー配車アプリケーションによって5年半で総額29億ドルもの資金調達に成功し、2014年12月の資金調達の時点で企業評価額は400億ドルと算定された。この企業価値は、1990年代に10億ドルにも満たない企業評価で上場し、公開株で資本を募り成長したYahoo、Amazon、CiscoおよびeBayの4社の現在の株式時価総額の合計に相当する額である。Uberには及ばずとも、2014年に100億ドル規模の企業価値を受けながらも、上場を果たしていないその他のシリコンバレーIT新興企業には、写真共有アプリケーションを提供するSnapchat、別荘や個人宅などを中心とした宿泊仲介ウェブサービスを提供するAirbnb、およびファイル共有ウェブサービスを提供するDropboxなどが含まれる。概して、株式上場は、大規模な資金調達のための有効手段であるが、上場するには、財務報告や情報開示に関するさまざまな法令規則への遵守が必要であり、その準備に多大な時間と費用がかかるほか、上場後にはそのような法令遵守への継続的な対応に加え、機関投資家などからのより厳しい監視下に置かれ、株価の行方に緊迫しながら事業を成長させなければならない。現在の潤沢なベンチャー資金の大波は、新興企業に上場を適時まで遅らせるという選択肢を与えている。

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2.モノ作りへの回帰

シリコンバレーにおける最近の話題の一つはモノ作りである。シリコンバレーは、その名に由来する半導体産業だけではなく、過去約30年にわたり、ソフトウエア産業が大きな存在だった。そのようなシリコンバレーに近年ハードウエア産業が返り咲きしようとしている。

その代表例は自動車産業である。製造業の代表例である米国自動車産業の聖地といえばデトロイトであるが、電気自動車時代の到来はシリコンバレーのエンジニアを刺激し、独自の自動車作りを駆り立てた。カリフォルニア州最大の自動車メーカーであり、電気自動車ベンチャーであるTesla Motorsは、電気自動車がガソリン燃料自動車より優れていることを証明したいという思いを抱くシリコンバレーのエンジニア同志によって2003年に設立された。同社は、現在カリフォルニア州に約6千人の社員を抱え、そのうちパロアルト市の本社に数百人、残りの大半はシリコンバレー近郊のフレモント市の同社工場に勤務している。フレモント市の工場では2014年に約3万5千台であった年間製造台数を、2020年までに年間50万台にするという目標が掲げられており、同地区の地元経済の活性化に留まらず、他の関連企業を同地に集積させるなど、同社がシリコンバレーに与える影響は大きい。例えば、同社向けに座席や天井システムを製造しているオーストラリアの自動車部品メーカーであるFuturis Automotiveをはじめ、自動車関連ビジネスがシリコンバレーへの進出を果たしている。

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Teslaに続くはシリコンバレー内のキャンベル市を本拠とするRenovo Motorsである。同社は、電気自動車のスーパーカーを開発する新興企業で、ITセキュリティ企業Verisignの元商品管理ディレクターであるChristopher Heiser氏と、18年間大手半導体メーカーIntelに務めたベテランエンジニアであるJason Stinson氏によって2010年に共同設立された。2014年8月には20人に満たない少数社員で開発した製品第一弾、米国初の完全電気スーパーカー「Renovo Coupe」が約53万ドルの値札をつけて披露された。さらに、未来の自動車像といえる自動運転カーの開発に勤しむのは、シリコンバレー2大IT企業GoogleとAppleである。前者は2014年12月に本格的なプロトタイプを完成し、同社社員向けシャトルとして、または同社キャンパスのあるマウンテンビュー市内の公共サービスとして提供することを検討している一方で、後者に関しては自動運転カーとも見られる電気自動車の開発に数百人投じて取り組んでいるという匿名関係者の発言が2015年2月半ばに報道された。

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また、小型ハードウエアに関しても、近年、多種多様な技術がシリコンバレーで芽生え、急成長している。特に2014年は、そのようなハードウエア新興企業による鳴り物入りの株式上場や、大手IT企業との大型買収契約が顕著な年であった。例えば、2002年設立のGoProは、スポーツやアクション撮影に最適な小型のウェアラブル・デジタルカメラ製品で人気を博し、2013年には10億ドル近い売上を達成し、2014年6月、NASDAQ市場への上場時、その企業価値は約30億ドルと評価された。また、学習能力を備えた賢いサーモスタットを開発する2010年設立のNestは2014年1月にGoogleによって32億ドルで買収、さらに、3Dゲーム用バーチャルリアリティ・ヘッドセットを開発する2012年設立のOculus VRは2014年3月にFacebookによって20億ドルで買収されることがそれぞれ発表された。

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ハードウエアは、リリース後にバグの修正などオンラインで更新することが可能なソフトウエアと比べ、設計、生産、サプライチェーン管理などリリース前に保証すべき課題が多い分、初期投資の負担も大きく、リスクの高いビジネスである。しかし、近年、3Dプリント技術やソフトウエアツールの発展によって、ハードウエアの設計やプロトタイプの作成がより容易となったことで、ハードウエア新興企業は初期段階で製品開発や市場分析に注力できるようになった。また、資金面では、2009年に設立されたKickstarterを代表とする、アイデアに共感する不特定多数の人々から資金を募るクラウドファンディングという手段も登場したため、最初からある程度まとまった資金調達を果たせなくても小規模な実験ベースでビジネスを立ち上げるという米国らしい起業支援の土壌は一層強化される傾向にある。さらに、少し前までは効率性を追求し、特定の分野において突出した競争力を確立するためには水平分業が最適であるとする見方が多かったが、最近では、モバイル分野など、ハードウエア、ソフトウエア、サービスすべてを一括制御する垂直統合ビジネスモデルこそ、よりよい顧客経験を創出し、長期にわたる顧客関係を維持するための手段であるとする見方も増えつつあり、上述のハードウエア新興企業が高額でIT企業大手に買収されている事実はそれを例証しているとも解釈できる。

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3.デジタルヘルス業界が直面する機会と課題

米国のベンチャーキャピタルが現在注目している分野の一つはウェルネスも含め医療ケア全体とさまざまなインターネット技術の交差点に生まれた「デジタルヘルス」である。サンフランシスコを本拠とするデジタルヘルス分野の新興企業アクセラレーターであるRock Healthによると、ベンチャーキャピタルによる同分野への2014年の投資額は全米で40億ドルを超え、その額は2013年比で2倍以上、2011年比で5倍近く急増した。2014年で目立ったデジタルヘルス投資分野は、医療ケアの幅広い利用をサポートするビッグデータの集約・分析や、医療ケアサービスや保険を購入するための消費者向けツールである。これは、2010年に制定した医療保険制度改革法(Patient Protection and Affordable Care Act:PPACA)、通称オバマケアのもと、国民が医療ケアの種類や保険プランなどをよりよく理解し、適切なサービスを選択できるようにするために、最近、医療費やサービスの質などに関するデータがより多く一般公開されるようになり、それらのデータを利用したツールやサービスの開発が新たなビジネス機会として各界が注目していることを物語っている。

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2014年の投資額を地理的に区分すると、その半分近くがシリコンバレーを中心としたカリフォルニア州北部に集中している。米国の医薬産業の中心は、ボストンやニューヨークを含む東海岸であり、その地域で有望なデジタルヘルス新興企業の成長も見られる一方で、東海岸の企業は、概して科学を重視し、商品の市場化までに時間がかかる傾向が強く、また、従来の医療ケア業界のビジネスモデルであるB2Bに注力する慣習が根強い。それに対し、シリコンバレーは対消費者ビジネスが強く、市場化を先行させ、新ビジネスを続々と生み出す傾向がある。このような文化的違いから、対消費者志向が重視されるデジタルヘルス分野を投資対象とするベンチャーキャピタルの多くが東海岸ではなくシリコンバレーに集中する傾向があると専門家は意見している。

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一方で、シリコンバレーのデジタルヘルス企業は、医療分野に関わるがゆえの障害にも直面している。米国の医療ケア市場規制当局である食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)認可に代表される同市場に対する厳格な規制への対応がその代表例である。Googleの共同設立者のSergey Brin氏は、装着者の涙から血糖値を測定するコンタクトレンズや、癌細胞など体内の疾患兆候を検知し、手首の装着したバンドに結果を報告するナノ粒子の開発など、斬新なアプローチで医療分野に乗り込んでいるが、同分野の厳しい規制に対応することの難しさを痛切に実感しており、そのような規制に多くの起業家は二の足を踏むと話している。同氏の妻、Anne Wojcicki氏が起業し、Googleからもベンチャー資金を受けている遺伝子検査企業23andMeは、個人に疾病の発症リスクなどを知らせるサービスを提供していたところ、このようなサービスにはFDA認可が必要であると2013年11月にFDAから警告を受け、結果として米国における事業展開が行きづまり、その後FDA認可取得に励みながらも、海外市場を優先せざるを得ない状況に追い込まれていることも、Brin氏がFDAに対して批判的な見解を持つに至る背景にあるといえるかもしれない。

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このようなFDAが課す試練に負けないシリコンバレー企業の例はAliveCorである。同社は2012年12月、スマートフォンに装着可能な心電図モニターによって利用者の心電図を記録し、主治医に伝送できるという心臓モニタリング端末技術で初めてFDA認可を得て、医師による処方箋として同端末の普及が可能となった。さらに2014年8月には、心臓発作の前兆と見られる不正動脈の一種である心房細動を自動検知し、利用者にアラートで知らせるアルゴリズムに対してもFDA認可を取得した。この際には、約6千人による同社の計測端末とアプリケーションの利用経験をもとに、心房細動を検知するアルゴリズムの正確さと効果を証明したことが認可につながったという。

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4.ウォール街に対抗するシリコンバレー

米国の金融業界は、オンラインやモバイルサービスを取り入れる動きにあるものの、支店の窓口業務や紙の小切手などデジタル化されていない旧態依然のサービスもまだ多数残っている。シリコンバレーにおいて、そのような状況に商機を見出し、ITを駆使して、従来の金融機関よりも、低い手数料、より効率的な金融サービスを提供し、1兆2千億ドル規模の金融サービス市場の分け前を狙う新興企業の動きが活発化している。そのような金融サービスには以下が含まれる。

資産管理:従来、資産管理というとファイナンシャル・アドバイザーの資格を有する専門家などが対面や電話で相談にのり助言するといった形態が一般的であったが、ITを駆使した新しい資産管理サービスでは、ロボアドバイザー(Roboadviser)と呼ばれる個人投資家向けオンラインポートフォリオ管理ツールを提供する。これは、個人投資家への簡単な質問から審査したリスク許容度をもとに、自動的にポートフォリオを調整し、安定した資産分配の維持や節税効果を高めるといったサービスで、従来のファイナンシャル・アドバイザーより割安価格で提供されている。2007年設立のWealthfrontや2009年設立のPersonal Capitalは、これまでに管理資産総額10億ドルを超え、資金面では1億ドル以上のベンチャー投資の獲得に成功している同分野のシリコンバレー企業の一例である。

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個人間ローン貸付:同分野のリーダー格と言われる2006年設立のLending Clubは、ローンを借りたい個人と貸し出す個人や企業をマッチングする世界最大のオンライン・ピア・ツー・ピア貸付市場を運営している。同市場は、多数の銀行やクレジットカード会社より低利率でローンを組むことができ、2014年9月までに貸し出したローンは総額60億ドルを超える人気サービスである。同社は、2014年12月にニューヨーク証券取引所に上場し、企業価値は85億ドルと評価された。

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このようなシリコンバレー発の金融サービスは、特に、人とのやりとりよりもオンラインですべてを処理したいと望む若い世代を惹きつけており、こういった次世代の就業人口層の取り込みは、ウォール街にとって顧客を奪う脅威となりうる。J.P. MorganのCEOであるJamie Dimon氏は2014年2月、同行の投資家会合の場で、個人向けバンキングやペイメントサービスなどを提供するIT企業の強みを指摘し、シリコンバレーのIT企業は同行が将来直面する強敵であると述べている。一方で、ウォール街の金融機関が有する巨大資本と、先述の医療業界同様、金融業界に課された厳しい規制の遵守という障害などを考慮すると、シリコンバレーの新興企業が、今すぐにウォール街を征服するには及ばず、むしろ成長した暁には、大手金融機関に買収されてその大きな懐に囲まれることを望んでいるという専門家の意見もある。なお、近年、金融IT新興企業へのベンチャー投資が急増している都市として、ウォール街のお膝元であるニューヨークや、ロンドンが話題に上がっているが、金融IT分野へのベンチャーキャピタルの投資額が世界最大の地は今尚シリコンバレーである。

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5.多様化が進むシリコンバレー

近年のシリコンバレーの占有者はIT企業のみならず、同地の優れた才能を求めてさまざまな業界の企業が集っている。2015年1月にシリコンバレー中心地であるパロアルトに研究所を開設したばかりのFordは、同研究所においてビルトイン・インターネット接続や、最終的には自動運転カーなどの新しい自動車技術を推進させることを期待し、同研究所のリーダーとしてAppleのシニアエンジニアDragos Maciuca氏を抜擢した。同社CEOであるMark Fields氏が同研究所に込めた思いは、同社がシリコンバレーのエコシステムの一部になることであるという。

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シリコンバレーのビジネス・戦略コンサルティング会社である650Labsの設立者Mark Zawacki氏によると、IT業界以外で、新製品・サービスの開発から業界調査、ベンチャー投資、提携関係の偵察、買収など、さまざまな目的で、シリコンバレーに戦略的拠点を開設する多国籍企業の数は200以上にのぼる、としており、自動車、医療ケア、金融、モバイル、小売などを含め、10以上の主要業界クラスターが形成されているという。そして、例えば、金融サービス業界クラスターがモバイル・通信業界クラスターと協力しあうなど、異なるクラスター間での連携がダイナミックに交差しあう状況が生まれており、このような構図は世界のどこにも見られない、と同氏は述べている。

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インターネット、そしてクラウドやモバイルの進展により、データや事務所の所在に関わらずにビジネスが動く今日の社会においても、他の都市では真似できない豊富なビジネス機会や起業家支援を求め、世界中のトップクラスのエンジニアが物理的に赴く地がシリコンバレーである。IT企業が牽引してきた特定業界の集積地からモノ作りをはじめとした幅広い産業までをも取り込み世界経済の縮図にもなりうるシリコンバレーの動きからますます目が離せない。

注釈

  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。