2015年3月30日

株式会社NTTデータ経営研究所 公共行政サービスコンサルティングユニット
上瀬 剛

シンガポールは世界でも最先端のIT国家として知られているが、今後のITの進化、イノベーションの大きな鍵を握るIoT(Internet of Things)の分野でも政府主導で注目すべき取り組みを進めている。現在は政府の次期IT戦略の見直し過程にあり、今後その全貌が明らかになっていくが、技術面に加えて国民生活への還元までを見据えた同国の取り組みについて解説する。

1.国家戦略の重要性

シンガポールは、アジアの金融、経済のハブとしての地位を担っていることは言うまでもないが、IT活用という面でも、国連の電子政府ランキングの2014年版(United Nations E-Government Survey 2014注1でも4位を占めるなど、上位国の常連であり、世界有数の先進国である。

そうした中で、今回はIoT(Internet of things)に係る政府の戦略や指針について紹介する。同国は、地理的な特色(総面積が淡路島程度)からも、政府のIT戦略が同国の経済、企業活動に対して及ぼす影響は大きい。例えば同国の非接触型の電子マネー基盤であるCEPAS(Contactless ePurse Application)注2は、関連する民間企業、業界が連携し、政府の強力なリーダーシップのもとで進められている。このような構図はIoT分野でも見られ、同国政府の動きや方向性は、今後の同国内、ひいてはアジア全体への展開という点でも注目すべきである。

2.IoTの政府戦略上の位置づけ

シンガポール通商産業省の担当大臣であるTeo Ser Luck氏はIoTが企業のビジネス変革(Transformation)や生産性向上にもたらす貢献について、国際イベント(IoT ASIA 2014)の中でPRしており、IoTは同国におけるIT戦略面に加えて経済戦略上も重視されている注3

一方で、実現のために取り組むべき課題として複数のセンサー基盤統合の必要性に言及しており、Teo氏は、公的部門からの例を挙げ、「排水システムを監視し、互いに連携しながら水位の上昇をリアルタイムで警報する水位センサーとモニターカメラが今までどのように使用されてきたか」を引き合いに出している。また、政府のIT部門であるInfocomm Development Authority of Singapore(IDA)では、今後IoTは人々の生活に(プラスの)影響を与えることが期待されているとしたうえで、一例として涙から糖尿病患者の血液内の糖分レベルをセンサーが検知する仕組みを紹介している。ただし、実現に向けた技術面の課題が、データ層、セキュリティ、コミュニケーション層で残っているとしている。

IoTに関する技術面での標準化を加速させる動きもあり、IDAはIoTに関する標準化委員会を立ち上げるとともに、同分野での対外的発信力を強化することを目指している。一方で、プライバシー、匿名性確保を今後詰めていかなければいけない課題であるという認識を示している。

3.ITビジョンにおけるIoT

次に、さまざまなITの技術面での政府ビジョンにおけるIoTの位置づけについて解説する。IDAでは、IT技術の将来の方向性、トレンドについて示すInfocomm Technology Roadmapを定期的に更新、取りまとめており、最新のものは第六版に当たる"Infocomm Technology Roadmap 2012"(2012年11月30日公表)である注4。同ロードマップでは、9の技術テーマを取り上げている。

  • Big Data
  • Cloud Computing
  • Cyber Security
  • ICT and Sustainability
  • Comms of the Future
  • Social Media
  • New Digital Economy
  • User Interface
  • Internet of Things

今回は、上記のうち"Internet of Things"に係る注目点について解説する注5。ここでは、4つのテーマ(「IoTの活用領域」、「IoTの進化」、「IoTのゲートウェイおよびネットワーク」、「IoTにおけるセンサーの接続およびそのネットワーク」)からなる、IoTの全体像を提示し、4つのテーマが互いにどのような関係を持つかを示すとともに、スケーラビリティの確保を要件として示している。また、4つのテーマのうち、3つのテーマ(「IoTの進化」、「IoTのゲートウェイおよびネットワーク」および「IoTにおけるセンサーの接続およびそのネットワーク」)と、3つの期間(「3年未満」、「3年以上5年未満」および「5年以上」)を組み合わせた表を示している(以下、「ITR 2012 Executive Summary Booklet」より引用注6)。

【図】

図:ITR 2012 Executive Summary BookletのP26 RADARを和訳

この表から、例えば、「Context-aware computing」、(コンテキストアウェアネス(外界の状況を認識する技術)を実現するための要素技術)を、「IoTの進化」において、比較的初期段階である「3年未満」に位置付ける一方、「Behavioural Analytics」(行動分析)を、「5年以上」に位置付けていることが見て取れる。

IoTの具体的な牽引要素、具体的なアプリケーションとして、サプライチェーン、政府機関、小売業、ヘルスケア、運輸、エネルギーなどの分野について分析を行っているが、特に興味を引くアプリケーションとしては、緊急時およびイベント時の人の集団の管理(Wi-FiやGPSによる位置情報を、監視カメラなどからのセンサー情報と組み合わせて分析することでリアルタイムでの通行路誘導を果たそうとするもの)、小売分野では、消費者の嗜好に基づき商品を推奨したり、あるいは買い物客向けの商品の陳列・配置支援を行うといったものが例示されている。

4.注目すべき政府の取り組み

4.1 次期IT戦略

次に、今後の政府戦略でのIoTの位置づけについて、政府の公開資料に基づき考察する。現行のITに関する政府戦略は、2005年に取りまとめられた「iN2015 Masterplan注7」であるが、現在は次の10年計画(マスタープラン)の取りまとめ作業を進めているところである。

「iN2015 Masterplan」がもたらした輝かしい実績は、シンガポール電子政府は2009年以来、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の小尾敏夫研究室が発表する「電子政府世界ランキング」において5年連続1位を獲得していること、世界経済フォーラムが発表する「Networked Readiness Index」において4年連続2位を獲得していること、国連の2012年電子政府ランキングの「e-participation」(ICTを通した、行政プロセスへの参画)において2位にランクされ、特別賞を受賞していることからもうかがえる注8

IoTは同戦略が目指す3つのi(intelligence, integration, innovation)によるスマートコミュニティーの中で大きな柱となる可能性がある。この次世代のスマートコミュニティーを技術面で支えるのが、Smart Nation Platform(SNP)と称される次世代プラットフォームで、この中ではセンサーデータが安全かつ匿名化された形で管理、共有され、幅広いものが互いにつながる社会(pervasive connectivity)を目指している注9

また、IoTに限らずだが、センサーをはじめとするデータの増加(ビッグデータ)およびその解析によって、「予期して先手を打つ政府(anticipatory government)」を提唱し、単にツールとしてのIT活用のみならず政策立案や市民指向のサービスにこうしたデータ活用をつなげていくという方向性を示している。

4.2 地域でのパイロット事業

具体的なIoT事業もパイロットとして進行中であり、Jurong Lake District(JLD)という地域注10では、15の事業が20以上の企業の協力によって進行中であり、センサーも1000以上が用いられている。

このうち"uClim"と呼ばれるパイロットプロジェクトでは、狭い範囲内での微細な気象に関する情報(microclimate)を監視し、定量化、見える化するために温度、湿度などをセンサーによって計測し、都市計画作りの際における人々が快適に過ごせる空間づくりに役立てようというという取り組みが進められている。

4.3 家庭へのIoT導入

こうしたIoTを実現する際のアプリケーションやデバイス(ウェアラブル端末を含む)は日進月歩である。しかし、単体での取り組みでは広がりも限定されてしまうことから、インターオペラビリティ確保のための取り組みとして、IoT@Home initiativeが進められており注11、オープンスタンダード、オープンアーキテクチャの原則の下、さまざまな企業の連携により取り組みが強化されている。

また、気候、環境などと並ぶIoTでの重点分野である住宅系でのIoTの取り組みがSmart homeとして紹介されている。Smart homeはSingapore homeとしても紹介されており、ウェアラブル端末や家庭の機器類がIoTのアプリケーションあるいはデバイスとしての役割を果たすことで、例えば居住者の健康状態、快適度などが簡単に見える化される。IDAによる展示会"IoT@Home exhibit"によると、コップ、フォーク、容器、リストバンドなどのさまざまなものがセンサーを有するIoTデバイスとして展示されており、例えばコップの場合にはどれだけ水やコーヒーを飲んだか、砂糖がどれだけ含まれているかをセンサーが検知するとともに、フォーク(smart fork)は食習慣やどれだけ食事の食べるスピードが速いかといったデータを収集することができる。シャツ(スマートシャツ)は、着ている人の心拍数、呼吸から睡眠の質まで把握することができる。このような形でさまざまなデバイスから集まってきたデータは、タブレットで利用できるアプリ上に集積された上、グラフなどで簡単に数値やデータの変化などが表示される。また、デモ上では自分のデータを見るだけでなく母集団全体と比較した結果も把握することができる。また、例えば朝起きてシャワーを浴びる時には自動的に暖かいお湯が出て、シャワーから出ると部屋のエアコンが知らぬ間に調整されているというシーンも想起されているようだ。

5.最後に

今回の調査の結果、シンガポールでは政府が中心的な役割を担う中で家庭や環境など、さまざまな分野でさまざまな注目すべき取り組みを進めていること、またそのプレゼンスを国内のみならず対外的にも積極的に発信しようとしていることが確認できた。中でも注目しているのは、こうしたIoTを単にIT業界、機器業界の枠内に閉じた技術開発に止めるのではなく、国民の生活にメリットをもたらすものとすべく、パイロットプロジェクトが他分野で多数進んでいるということがあげられよう。また、デバイスからのデータおよびその分析結果の利活用という点では、例えば健康を保つ、快適さを提供するというかたちで還元するためのアプリケーションを提供したり、あるいは予期的なサービスというかたちで実現しようとしていることも注目される。

ITの世界は技術面および利活用の面いずれでも日進月歩であることは言うまでもない。そうした中で、次の10年の国家IT戦略がこれまで(2005-2015年)よりも大幅な進化を遂げることを予告する象徴として政府によるIoT関係での取り組みを紹介してきた。次の国家戦略がどのようなITの未来像、ひいては今後のシンガポールの将来像を示すものとなるかは、同じ先進国としてよきパートナーでもありかつライバルでもある日本としても参考となる点が多々あるのではなかろうか。そういう点で、今後の戦略の取りまとめ、公表が非常に待ち遠しいところである。

注釈

  • 本文中に記載されている会社名、製品名は各社の登録商標または商標であり、敬称名は略させていただきました。