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2023年7月20日展望を知る

製品別カーボンフットプリント算定の最前線

気候変動対策が世界中で加速しているのは周知のとおりだ。そのような中、産業界の脱炭素化のカギとみられているのが製品一つ一つのライフサイクルにおけるGHG排出量、すなわち製品別カーボンフットプリントである。正しい形で製品別カーボンフットプリントが製品購入先に提示されることにより、購入先はよりGHG排出量の少ない製品を選ぶことができ、それが販売元にとってより低炭素な製品を製造するインセンティブとなる。この記事では、製品別カーボンフットプリントが正しく算定される世界の実現に向けた課題とグローバル動向について紹介する。
目次

脱炭素のカギとなる製品別カーボンフットプリント

温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas)の排出量削減を追求するためには、あらゆる業界での脱炭素に向けた努力が必要とされています。企業は規制強化、投資家からの要求、顧客嗜好の変化といった外部環境の変化に対応するため、脱炭素に貢献する方法を模索しています。
GHG排出量削減に向けたアプローチは、GHG排出量を正しく把握することが最初のステップです。2001年のGHGプロトコル(事業者排出量算定報告基準)のリリースにより、組織レベルでの排出量算定の取り組みが加速し、世界中の多くの組織で排出量情報が開示されるようになって来ています。一方で、脱炭素への取り組みを加速させるためには、組織レベルの排出量だけでなく、個々の製品レベルでの排出量である製品別カーボンフットプリント(CFP:Carbon Footprint of Product(※1))の考慮も不可欠です。企業がCFPを提示することにより、最終製品の購入者がより排出量の少ない製品を選択できるほか、国や政府が製品の排出量に応じた規制を課すことや、サプライチェーン内の企業が排出量情報に基づいてサプライヤーを選択することも可能になります。これが、低炭素な製品を製造することのコストメリットや競争力向上につながり、バリューチェーン全体の脱炭素に向けたドライバーとなると考えられます。

(※1)

Carbon FootPrint(CFP)と区別するため、英語圏ではPCF(Product Carbon Footprint)と呼ばれることが多い。また、日本では「製品別」をつけずに「カーボンフットプリント」と表現されることも多い。

製品別カーボンフットプリントの算定と課題

CFPの算定は環境への影響を評価するための、最も広く認識されているアプローチの一つです。CFPには製品のライフサイクル全体(資源採取~廃棄/リサイクルに至るまで)で排出されるGHGが含まれます。

図1:製品のライフサイクル

図1:製品のライフサイクル

製品ライフサイクルの各段階は、様々なプロセスで構成されており、それぞれのプロセスに多数のステークホルダーが関与しています。そのため、すべての情報を考慮するCFP算定は非常に難しいものとなります。CFPの算定には、ISO 14067、PAS 2050、GHGプロトコル製品基準などの基本的な規格やルールがあります。しかし、いざそれを適用してCFPを算定しようとすると一筋縄ではいかず、正確で信頼できるCFP算定に向けては、数多くの多様な課題が存在します。この記事では、主要な課題と考えうる解決策について紹介します。

1.基準の曖昧さ

業界固有のガイドラインや製品カテゴリルール(PCR)を持つ一部のケースを除き、多くの企業は上述の基準を参照してCFPを算定しています。これらの基準は多種多様な業界をカバーしていることもあり、具体的なCFPの算定方法に関して解釈の余地が残されています。結果として、たとえ基準に従っていたとしても「ライフサイクルのバウンダリー(算定対象範囲の境界)が異なる」、「データソースの不整合」、「計算方法がわずかに異なる」などの要因が積み重なり、最終的に得られるCFPは製品を比較するには不十分となってしまいます。

また、製品間でのCFPの比較を困難にしている概念に、CFP算定における二次データ利用があります。CFP算定には一次データと二次データという考え方があり、一次データとは製造機器から得られたデータや、サプライヤーから得られたデータなど、製品固有に得られるデータを指します(※2)。理想的なCFPは一次データの積み重ねで算定されます。一方で二次データは業界平均の値や推定値などを指します。当然ながら二次データをもとに算定されたCFPは、実際の排出量との乖離が大きくなってしまうほか、どの二次データを利用するかによって算定されたCFPの値が変わってしまいます。

しかしながら、上述の基準では一次データの利用を促すような仕組みが導入されておらず、算定が簡易になる二次データの利用が一般的になっているのが現状です。二次データ利用の弊害として、例えばバイヤーが部品製造の排出量に業界平均値を使っていた場合、たとえサプライヤーが製造時の排出量を削減する努力をしていたとしてもそれが最終的なCFPの削減に寄与しないため、サプライヤーの排出量削減のインセンティブに繋がらないといったことが起きます。

基準の曖昧さという課題を克服するための解決策として、業界横断の厳格な基準を定義し、各企業の解釈の余地をなくす、という方法が考えられます。また二次データの利用に関しては、CFP全体のうち一次データを用いて算定された割合を表すPDS(Primary Data Share)という概念を導入し、CFPと併せて公開することにより、CFPのユーザーがCFPの品質を判断できるようにする方法が考えられます。

WBCSD(World Business Council for Sustainable Development:持続可能な開発のための世界経済人会議)は、PACT(Partnership for Carbon Transparency:炭素透明性のためのパートナーシップ)の下で、上述したような解決策を取り込んだフレームワーク(Pathfinder Framework)の策定を主導しています。このフレームワークは、既存の基準に沿った形でそれを補完するものとして機能し、さまざまな業界での利用を前提としており、業界ごとの特定の要件に対応するための拡張が可能です。またPACTではCFP算定の方法論に加えて、バリューチェーン間でのデータ交換に関する技術仕様(Pathfinder Network)も策定されています。

このフレームワークは正しいCFP算定に向けての大きな一歩であると言えますが、不十分な点も残されています。例えば、大量の製品一つ一つに対しての現状のフレームワークに従った算定が可能なのか、自己認証や第三者認証のルール/仕組みづくり、特定業界に適用する際の解釈余地の残存、といったような課題があります。Pathfinder Framework v1.0が公開された約1年後の2023年1月にはv2.0が公開され、その後もPACTの活動は続けられています。

2.データを安全に共有するメカニズムの欠如

CFPを正確に算定するには、企業は製品に関連するバリューチェーン全体を把握し、すべての排出源を特定する必要があります。今日のバリューチェーンは、世界中の多層のサプライヤーを含む複雑なものであることが多く、関係者でデータを交換することは、サプライチェーンの深さや複雑さ、サプライヤーの企業規模の幅の広さなどにより非常に困難なものなります。また、サプライチェーン内企業の機密情報を守る必要があるということがデータの共有を難しくさせています。排出量に関する詳細な情報がリバースエンジニアリング(※3)を可能にし、企業の競争優位性を保つために重要なコンポーネント構造、材料、サプライヤー情報などがデータ共有により流出してしまう懸念があります。

最近では、バリューチェーン全体で排出量に係るデータを安全に共有することを目的としたイニシアティブが設立されています。自動車産業ではCatena-X、化学産業ではTfS(Together for Sustainability)、すべての産業界を対象としたESTAINIUM協会などがあります。イニシアティブによってはITインフラの提供も進めており、これによりバリューチェーンに沿ってデータを安全に共有することが可能になります。
ESTAINIUM協会は、産業界の脱炭素を促進する先進的なイニシアティブの1つで、さまざまな業界の志を同じくする企業/アカデミア/その他の団体が議論するためのプラットフォームを提供しています。

(※2)

一次データ、二次データは厳密な定義は基準ごとに異なる。例えば、本稿で扱っていない組織レベルのGHG排出量においては、一次データとはサプライヤーから受領したデータを示す。

(※3)

リバースエンジニアリングとは、製品を分解、解析するなどして仕様や設計、製造方法などを明らかにすることを指す。購入先が製品自体に加えて排出量の詳細情報を知ることで、例えば原料比などの本来知りえなかった情報を得られてしまう懸念がある。

産業界の脱炭素を目指すESTAINIUM協会の取り組み

ESTAINIUM協会は、バリューチェーンに沿ったCFPの算定、交換、削減、オフセットを主なテーマとした、特定業界に閉じないオープンで独立した非営利団体です。標準化された安全な排出量データの共有を可能にするためのプラットフォームとして設立されました。NTT DATAも設立メンバーとして参画しています。ESTAINIUM協会では排出量データの交換時にデータ受領者がデータの正当性を検証できる仕組みを非中央集権(Decentralized)のアプローチで可能とするCFP算定のためのインフラを策定しています。非中央集権のアプローチをとることで、企業が自身の持つ情報の開示範囲をコントロールできるようにし、機密情報が守られる安全な情報流通を実現しようとしています。ESTAINIUM協会は、ITインフラの策定に限らず、バリューチェーンからの排出量を効果的に削減するために、包括的なアプローチを採用しています。

図2:産業バリューチェーンを脱炭素化するための包括的な排出‐吸収アプローチ(※4)

図2:産業バリューチェーンを脱炭素化するための包括的な排出‐吸収アプローチ(※4)

NTT DATAは、他のESTAINIUMメンバーとともに、CFP算定に関連する問題を含め、GHG排出からGHG吸収までの道筋を多段の複雑なバリューチェーンに沿って確立するという課題の解決に注力しています。世の中に複数存在するCFP算定ルールやデータモデルの整合、品質や検証に関する基準、安全で信頼できるデータ共有インフラストラクチャとテクノロジーの確立、カーボンオフセットに関しては高品質の炭素除去プロジェクトを炭素会計メカニズムに統合するためのガイドラインの策定などが検討されています。
ESTAINIUM協会内には異なるトピックをテーマとした以下の3つのワーキンググループ(WG)があります。

WG1:技術とインフラストラクチャ(Technology and infrastructure)
WG2:標準の互換性(Standards and norms compatibility)
WG3:炭素回収、使用、保管、補償(Carbon capture, use, storage and compensation)。

これらのWGの活動と現況が一般向けにホワイトペーパーとして公開されています(※5)。ESTAINIUM協会は、パイロットプロジェクトを通して協会内での検討内容の実現可能性を確認する予定で、すでにいくつかのパイロットプロジェクトは開始されています。

(※4)ESTAINIUM協会HP

https://www.estainium.eco/en/our-vision/

目指すべき世界

かつて、消費者向けにCFPラベル表示する取り組みが日本を含むグローバルでなされましたが、ルールが厳密すぎる、算定コストが高すぎる、表示するメリットが少ない、といった理由で対象は一部の商品にとどまり、社会全体への普及には至りませんでした。

現在のPACT、ESTAINIUM、Catena-X、TfSなどのイニシアティブでは、まずは消費者向けではなく企業向けのCFPを考慮する、算定ルールを明確で実行可能なものにするなど、過去の反省を踏まえて、ステップを分けた取り組みがなされています。

脱炭素のカギとなるCFP開示を成功させるためには、適切な算定ルール、企業間での情報交換ルールとその普及、そしてITインフラが必要です。安全で信頼できる低コストなCFP開示を可能にすること、そしてCFPの開示と低減が企業のコストメリットや競争力向上につながる仕組みが、世界のGHG排出量削減のためには重要です。
NTT DATAはイニシアティブ活動やお客さまとの活動を通して、上記のようなルール策定・普及、ITインフラ整備、CFP開示・低減を促す仕組みづくりを推進します。企業のビジネス活動が脱炭素につながる世界を目指し、持続可能な未来の実現に貢献していきます。

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