NTT DATA

DATA INSIGHT

NTTデータの「知見」と「先見」を社会へ届けるメディア

絞り込み検索
キーワードで探す
カテゴリで探す
サービスで探す
業種で探す
トピックで探す
キーワードで探す
カテゴリで探す
サービスで探す
業種で探す
トピックで探す
2024年3月19日展望を知る

データスペースを活用した産業データ流通の未来と新規ビジネスの可能性
~製造業が直面するエコシステムの変化~

IoTの普及により、製品の稼働データ、製造履歴データといった産業データが流通し、データを通じて新しいビジネスが生まれる時代が訪れた。そんな時代に、自社が関わるエコシステム、サプライチェーンで価値を提供し続けるためには、データを利用した業務・製品情報のトレーサビリティが重要になる。その鍵を握るのが、データスペースだ。本稿では、NTT DATAグループのコンサルティングファームであるクニエのCS事業本部シニアパートナー 須藤 淳一氏の話をもとに、データスペースの現状とこれから、そして、来るべき未来に向けて企業が備えるべきことの要諦をまとめた。
目次

データの主権を守り、サイバーフィジカルシステムを実現するデータスペース

現時点では、『データスペース』という言葉は、あまり認知されていないかもしれません。データスペースとは、国境や分野の壁を越えて、多数の企業・組織間に跨るデータ共有を実現するデジタル空間のこと。欧州委員会が2018年4月に公表した「共通欧州データスペースに向けて」や、2020年2月に公表した「欧州データスペース(European data space)」のビジョンが源流になっています。そういった経緯から、これまでは欧州を中心とした取り組みでしたが、2024年は日本でもデータスペースという言葉が普及すると考えられています。

データスペースが取り扱うのは、産業データです。産業データといえば、以前は製造履歴や利用履歴が中心でした。しかし、IoTによってさまざまな機器類がつながる今では、ユーザーの使い方や機器類の制御システムなどのデータを連係させ、新たなサービスを生み出す動きも増えています。

図1:産業データの流通とは何か

図1:産業データの流通とは何か

一方で、データをつなげて産業データを流通させるには、課題もあります。例えば、各社・製品の通信方式が異なり簡単につながらない、企業間でデータを安全かつ簡単に共有する手段がない、データをつなげることでサイバーセキュリティ対策のコストが増える、各国法規の重要データを社外や国外に流出させる恐れがあるなどです。これらは代表的な悩みであり、万国共通の課題です。ゆえに、企業・国家間の協力・協調が必要です。そこで、国際ルールにもとづき安全かつ公正にデータ管理できる仕組みを構築して、積極的にデータを交換、流通させる動きとして、データスペースという考え方が誕生しました。

図2:産業データ流通の実現への課題に対するデータスペース

図2:産業データ流通の実現への課題に対するデータスペース

データスペースの強力なコンセプトのひとつが、『データの主権(Data Sovereignty)を守ろう!』です。ネットの利用履歴やECサイトの購入履歴など、B2C領域ではGAFAのようなプラットフォーマーがデータを独占してきました。不当な干渉・データ濫用の恐れを考えると、特定のメガプラットフォーマー基盤でのデータ連携は、データ生成者/保有者のデータ主権が守れない可能性があります。そこで、産業データでは、そのデータを生み出して取得している人、もしくは、実際に使っている人が主権を持ち、データ自体は手元に置いたまま、必要な時に必要なだけ、許可した相手に対してデータを共有する仕組みが求められています。

現在、データスペースが最も進んでいるのは、欧州です。すでに、ドイツ・フランス政府が発表した、セキュリティとデータ主権を保護しつつ、データ流通を支援するための基盤である『GAIA-X』などの大きな枠組みが生まれており、その中で、さまざまな国、業界が独自のデータスペースのコンセプトを打ち出しています。

図3:各国のデータスペース

図3:各国のデータスペース

日本では、一般社団法人データ社会推進協議会(DSA)が推進しているデータスペース『DATA-EX』、経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が推進しているデータスペース『Ouranos Eco System』がコンセプトを公開しており、今後、詳細な内容を詰めていくといった状況です。

ちなみに、『Ouranos Eco System』では、最終的に業種横断的なシステム連携の実現をめざし、人流・物流DXおよび商流・金流DXまでカバーするようなコンセプトを持ち合わせています。まず最初のプラットフォーム立ち上げ時のスコープとして、EV(電気自動車)に搭載するバッテリーのCFP(カーボンフットプリント)が含まれており、ここを皮切りに、その他の部品や自動車全体に広げていくことを念頭において、取り組みが進んでいるようです。今後は利用する業界・製品を増やして、工業製品全体のトレースをするプロダクトパスポート、CO2などの排出量をトレースするグリーンプロダクトパスポート、最終的には、従業員の教育履歴などをトレースするキャリアパスポートにまで拡大して、循環経済実現を実現していく基盤が整備されると考えられています。

では、データスペースは、どういった社会を実現させるのでしょうか。まず、データスペースはひとつではなく、業種業態単位で多数、誕生するでしょう。例えば、自動車用、医療用、都市用のデータスペースなどです。それらのデータスペースが有機的につながり、サイバー空間上で最適制御をしたり、データ分析をしたりすることで、フィジカル空間に役立つ情報がフィードバックされるといった仕組みが考えられます。つまり、現実世界のデータを連携させて、ネット上で分析。それを現実世界の発展に役立てるのです。この思想は以前からありますが、データスペースによって、より実現に近づくでしょう。そういった意味では、サイバーフィジカルシステム自体を実現するための環境としても、データスペースというものが一つキーワードになってきます。

データスペースを活用したバッテリー業界の取り組み

このデータスペースの活用にいち早く動き始めているのが、バッテリー業界です。その理由のひとつが、「原料採掘→電池製造→販売・使用→回収→リユース・リサイクル」といったバリューチェーン全体を規定する『欧州バッテリー規則』。欧州バッテリー規則では、このバリューチェーンにおいて、それぞれ規則が定められています。これらの規則を守らないと、欧州圏では車や携帯電話などバッテリーを使う製品を売れないという時代が間近に迫っているのです。

例えば、原料採掘。リチウムイオンバッテリーは、リチウム、コバルト、ニッケル、グラファイトなど数種類のレアメタルが使われており、これらの産出国には、紛争や人権といった問題を抱えているケースもあります。そのため、2025年からは、原材料の採掘・加工・取引における社会および環境に関するリスクについてデューディリジェンス(適当かつ相当な調査)・ポリシーを策定し、その実施を義務付けています。また、電池製造では、生産時の不良品または使用済みバッテリーから再資源化した再生材を一定の割合で使用することが義務付けられます。

なかでも重要視されているのが、2027年に適用されるバッテリーパスポートの導入です。ブロックチェーンを活用して、バッテリーのモデルや原材料、使用状態、健全性、CFPの情報をクラウドで見られるようにして、トレーサビリティを確保しなくてはいけません。

図4:欧州バッテリー規則とは

図4:欧州バッテリー規則とは

このバッテリーパスポートを実現するデータスペースが、『Catena-X』。自動車のグローバルバリューチェーン全体にわたるE2E(エンドツーエンド)のデータチェーン構築、運用、共同利用のための環境を構築します。現時点で、10のユースケースが想定されており、サーキュラーエコノミー全体の情報をつなげる予定です。その結果、トレーサビリティやサプライチェーン上のビジネスパートナーマネジメントを可能とする環境を提供できるようになります。

では、バッテリーパスポートによるトレーサビリティが起点となり、どういった変化が発生するのでしょうか。実は、グローバルではEVだけでなく、系統電源に対してバッテリーを導入する産業戦略があります。EVで使用できなくなったバッテリーを系統電源や非常用電源などに転用する需要は確実に存在しており、再生可能エネルギーの観点から見ても、そのニーズに対応しなくてはいけません。また、EVメーカーとしても、バッテリー交換で、車両の航続距離を安価で維持できれば、中古車価格が維持されるため、車両の資産性担保でEV新車購入への懸念を払しょくできるといったメリットがあります。

これらの実現に対して、バッテリーパスポートによるトレーサビリティは大きな力を発揮。すでに、さまざまな企業がつながり、系統電源にEV用バッテリーをリサイクルする取り組みが活発になり、国内でもさまざまな事例が生まれています。

図5:国内でも高まる多用途へのリユースの動き

図5:国内でも高まる多用途へのリユースの動き

データスペースを活用したMaaSが製造業のあり方を変革する

ここまでは、いち早くデータスペースの活用を始めたバッテリー業界を例に挙げて話してきました。ここからは、製造業全体に話を広げて、『MaaS(Manufacturing As A Service)』について解説します。

データスペースが本格的に稼働すると、生産、材料、品質不良といった情報を束ねて、バリューチェーンを構築するMaaS事業者が出てくる可能性が指摘されています。具体的には、顧客が4週間後に必要となる部品をMaaS事業者のアプリに登録すると、データスペース環境を利用して、加工機メーカーや加工機を使っている製作サプライヤーなどを調整。空き状況に応じて発注・納入をしてもらうコーディネーションや最適なスケジューリングを行うサービスなどが可能になります。

図6:MaaS事業者が設備データ、生産予定から最適パートナーを選定

図6:MaaS事業者が設備データ、生産予定から最適パートナーを選定

これまで、製造業には社外秘のデータが数多くありましたし、当然、現在も外には出せないデータが沢山あることでしょう。しかし、今後は、真に競争力の源泉となる秘匿データと、情報共有することで他企業との差別化ができる新たな価値を生むデータを見極めていくことが必要になります。例えば、CO2削減状況や再生材料の利用率、社員の残業時間など、公開しても競争に差し支えがない情報は、データスペースの中で上手に流通させることで、既存のエコシステムやバリューチェーンを超えた新しいビジネスへとつなげるべきだと考えます。

典型的な例は、V2H(Vehicle-to-Home)です。まず、EVと家電製品、蓄電産業がつながります。それだけなく、それらの製品を提供する製造業間で情報をシェアする電力を最適化するような家庭内BMS(Buttery Management System)エコシステムも生まれると思われます。加えて、バッテリーのリサイクルリユースに関連する業者が新しく出現することも想定されています。この経済圏を自社だけで一から構築するのは、簡単なことではありません。データスペースを使って、さまざまなデータを上手く、早くつなげるスキームを考えていくことが必要です。

図7:各種エコシステムが連携してデータなど相互利用する世界が

図7:各種エコシステムが連携してデータなど相互利用する世界が

自動車産業における既存のエコシステムは、完成品を製造する完成車メーカーのもとに下請け業者が連なる、単一業種のケイレツ的関係でクローズな体を成していました。しかし、CASE(Connected、Autonomous/Automated、Shared、Electric)の時代となり、ソフトウェアの比率が高まることで、拡張的でオープンなエコシステムに変わりつつあります。これを更に発展させて、データスペースを活用することで自動車とは全く異なる業界とつながり、相互利用を加速させるエコシステムを実現する。それこそ、企業がグローバルで生き残っていく重要なポイントとなっていくはずです。

冒頭、2024年はデータスペースという言葉が普及する年と述べました。それは、データスペースに対して自社がどのように備えるのかを考える年でもあります。今後、多くの業種業態で独自のデータスペースが立ち上がるはずです。その際、どのデータスペースを選ぶか、という議論をすることよりも、接続して利用するには、自社が何をすべきかを検討しておくほうが、時代に乗り遅れません。ぜひ、データスペースに自社の情報をどう適切に流通させるかという観点で、システムやプロジェクトを再考してみてください。

本記事は、2024年1月26日に開催されたNTT DATA Foresight Day2024での講演をもとに構成しています。

お問い合わせ