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2017年2月27日INSIGHT

複数体のロボットが人間に与える変化

人工知能やロボティクスの発展によってロボットが当たり前のように働いている未来。 そこでは、どんな情景が広がるのでしょうか。 複数台のロボットが人とコミュニケーションを図った 最新の実証実験を、第一人者の石黒浩教授が評価します。

意思決定を促す3体のロボット

結婚を決めたカップルを対象に

石黒 ようこそ、大阪大学までいらっしゃいました。企業が行った実証実験の結果が伺えると聞いて楽しみにしていました。

大阪大学 石黒 浩教授。1963年滋賀県生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授・ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。工学博士。社会で活動できる知的システムを持ったロボットの実現をめざし、これまでにヒューマノイドやアンドロイド、自身のコピーロボットであるジェミノイドなど多数のロボットを開発。2011年大阪文化賞(大阪府・大阪市)受賞。2015年文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞受賞。最先端のロボット研究者として世界的に注目されている。

大阪大学 石黒 浩教授。1963年滋賀県生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授・ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。工学博士。社会で活動できる知的システムを持ったロボットの実現をめざし、これまでにヒューマノイドやアンドロイド、自身のコピーロボットであるジェミノイドなど多数のロボットを開発。2011年大阪文化賞(大阪府・大阪市)受賞。2015年文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞受賞。最先端のロボット研究者として世界的に注目されている。

稲川 石黒教授の研究室にお邪魔するのは、前回の見学会以来ですね。

私たちの部署では、複数体のロボット対話による心理効果がどうマーケティングに活用できるかという強い関心があります。ビジネスの現場での本格活用に向けて、ぜひアドバイスをいただきたいと思います。

NTTデータ テレコム・ユーティリティ事業本部 ビジネス企画室 ロボティクスビジネスチーム 課長 稲川竜一

NTTデータ テレコム・ユーティリティ事業本部 ビジネス企画室 ロボティクスビジネスチーム 課長 稲川竜一

稲川 今回、リクルートテクノロジーズ社と2016年7月に共同で行った実証実験は、先生の論文などを参考にしながら取り組んだものです。まずは、実験の模様をまとめた動画をご覧ください。

石黒 この映像は、どこで撮影されたものですか?

稲川 結婚前のカップルが、プロのアドバイザーに結婚式に関する相談ができる店舗「ゼクシィ相談カウンター」です。ここでは、結婚準備や式場について様々なことを相談できますが、その中の1つとしてブライダルジュエリーもご案内しています。

ブライダルアドバイザーの方が、カップルの2人から結婚式に対する希望を聞いた後、その希望に合う結婚式場をピックアップする時間があるんですね、その7~8分をいただき、人間の代わりにロボットが指輪の選び方、買い方を説明するシーンです。

(動画内の音声)
Sota(ブルー)「あっ、お客さんだ。ここに来たってことは、ついに結婚するんですね」
Sota(ピンク)「今日は結婚が決まったラブラブなお二人と指輪のお話がしたいな」
Sota(オレンジ)「そこの綺麗なあなた、いま幸せですよね」
Sota(ブルー)「やっぱりね」
Sota(3体)「結婚、おめでとう!」

石黒 それぞれのロボットの役割分担があるのですね。

稲川 ブルーが男性、ピンクが女性、オレンジがいろいろ知っている先生という設定です。

ブルーと対面する形で左側に男性、ピンクと対面する形で右側に女性がいて、挙式のアドバイスを受けに来店した際にブライダルジュエリー(本検証では婚約・結婚指輪)に対する購買意欲を喚起しようと。

ゼクシィ相談カウンターはジュエリーショップと提携しています。顧客の送客につなげられるかを検証するため、本検証ではジュエリーパンフレットの持ち帰り率の向上を検証しました。

ロボットは目線を男性と女性、両方に目配せしながら語りかけています。ロボット同士の対話にカップルが参加していく感じを出していますね。

Sota(オレンジ)「まず指輪には、婚約指輪と結婚指輪があるわよね」
Sota(ブルー)「もう彼氏は、彼女に婚約指輪を買った?」

稲川 ここで、タッチパネルで「いいえ」ボタンを男性が押します。

Sota(ブルー)「これからってことだね」
Sota(ピンク)「婚約指輪って高いけど、一度しかつけないイメージがあるのよね」
Sota(ブルー)「なんだかもったいないな。そこの彼氏もそう思うよね?」

稲川 この後も、タッチパネルでロボットと双方向のインタラクションをしていきます。

石黒 タッチパネルの使い方はテンポが重要ですよね。常にポン、ポンと適度に押せる感覚が大事です。一定周期でやるとリズムに乗ってくる。逆に説明が長すぎると、対話に参加している感覚が失われてしまうんですね。

稲川 相槌を打つような感覚ですね。今回、意思を問うタイミングでのみボタンを押してもらいましたが、もう少し回数を増やしていいのかもしれません。

石黒 そのとき3個以上の選択肢を出さないで、瞬時に選ばせる方がいいです。イエスとノーのフィードバックだけで対話が進んでいくと、結構引き込まれますよ。選択したという行為が残るのも重要なんです(※1)

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石黒 女性側のピンクのロボットが、男性に話しかけることはありますか?

稲川 あります。そのときは目線(顔)を男性の方へ向けますし、会話や質問の内容も男性に向けたものだとわかるので、間違えられることはありませんでした。

石黒 音声認識は使わなかったのですね。

稲川 ええ。認識に失敗した際のリカバリーが大変になるのはわかっていましたので。今回は複数体のロボットとのやり取りを経験することが目的なので、タッチパネルにして良かったと思います。加えて、後で確実に分析できるというメリットもありました。

Sota(ピンク)「ところでみんな婚約指輪にどのくらいお金をかけているのかな」
Sota(オレンジ)「30万円から40万円程度が多いみたい」

稲川 金額の話のような、面と向かってだと聞きにくい、角の立つような質問も入れています。

また、前半で婚約・結婚指輪に関する基礎知識の情報を提供して土台をつくり、後半では統計情報(※2)で「婚約指輪を買った夫婦は離婚率が低い」といった情報を提供して意思決定を促したのも特徴です。

二人で相談して「どっちかな」と話しながらボタンを押すケースもありましたね。

対話のつくり込みが肝心

石黒 今回のロボットの役割は、ブライダルジュエリーのパンフレットを紹介するだけなのですね。

稲川 実験のKPIを何にするかという議論はありました。その場でブライダルジュエリーを購入して頂くわけではなく、パンフレットを渡す業務なので、部数をいかに持って帰ってもらったかを実験の測定値にしました。

店舗によりますが、結果的には実験前のロボットがいない状態に比べると、4日間(合計8日間)の実証実験を通じて、持ち帰り率は2倍になりました。

石黒 カップルをどこか特定のジュエリーショップに誘導しようという目論見はなかったのですね。

稲川 ファッションスタイルなどの選択肢によって、好みのデザインが載っているカタログを紹介しましたが、今回の目標は「指輪を買いたいと思わせる」ところまでですね。

石黒 なるほど。きっと次は具体的な意思決定をさせるようにしたらいいですよ。こうやってロボットが人間に代わって販売業務をする際、僕は「対話戦略」がすべてだと思っています。

大阪髙島屋の紳士服売り場に設置した「ミナミちゃん」の場合、実際に購入してもらうことにこだわりました。髙島屋でいちばん売り上げがある販売員を数ヶ月かけて観察し、彼女の対話戦略を組み込んだんですね。

大阪髙島屋で接客をするミナミちゃん(提供:大阪大学)

大阪髙島屋で接客をするミナミちゃん(提供:大阪大学)

数日間ならイベントとして非日常的な存在のロボットに関心が向けられるでしょうが、これまでの実験の結果、イベント性の効果の持続はせいぜい3日間だとわかっています。ロボットが人間に代わるためには、ちゃんと対話を通じて人間を説得できるようにしなくては。

年齢、性別、性格、売り場の状況、全部想定して対話の中身をデザインできたらいいですね。

男女も「ケチ」「見栄っ張り」といったタイプ別に場合分けして、それらの相性まで考えると、どちら側を説得すれば買ってくれるのかなど、説得の仕方が全部変わるんですよ。

ストーリーを伝える存在

稲川 ミナミちゃんと違って、今回の実証実験では3台のロボットを使いました。この台数は適正だったと思われますか。

石黒 男女が相談する意思決定ですし、悪くなかったと思いますよ。ただ、3台の関係性は複雑なので、対話の構造に気づく必要が出てきます。

私たちの研究室では複数台のロボットを使って様々な実験を行っているので、共同研究をしていただければ、対話戦略をいくらでも教えられます(笑)。

少しだけヒントを教えると「人はなんのために対話するのか」を考えればいいんです。簡単に言えば、自分の中にないストーリーを取り込んで、共感し、自分の想像の世界を膨らませることにあるんですよね。

ただ、取り込むときに納得できないこと、共感できないこともあるわけです。共感しやすくするため、男性役、女性役のロボットをいかに使うかという枠組みを考えればいい。人はそこに冷静な観察者として引き込まれていくはずです。

※1論文「ロボットの複数体化が対話感に及ぼす影響:展示会におけるボタン入力対話体験の評価」(飯尾 尊優、吉川 雄一郎、石黒 浩、 大阪大学 / JST ERATO)

人間に対して「ロボットとよく対話できた」という感覚(対話感)を向上させるため、複数ロボットを使うことを提案。実証実験の結果、単体のロボットよりも複数ロボットとの対話の方が対話感が増すことが示唆され、対話の基本目的である情報提供や関係性構築をもたらすのに有効であると明らかにした。 https://kaigi.org/jsai/webprogram/2016/pdf/344.pdf

※2夫婦関係調査2015(リクルートブライダル総研)

http://bridal-souken.net/research_news/2015/06/150630.html

ロボットとの信頼感のある対話

一緒に意思決定をする感覚

稲川 実証実験では難しさもありました。技術者ではない方が、毎日3台のロボットの電源を点けてセットアップするのは大変です。実際にやってみて、運用性の課題もわかりました。

石黒 コストやメンテナンスといった体制面ですよね。研究室ではそこまで踏み込めないですが、とても大切なところです。感覚がわかったと思うので、次はもう一歩深いところでデザインできればいいのでは。

稲川 今、「ビジネスシーンでロボットを使いたい」という私たちのクライアントが増えている中で「こういう配置やシチュエーションならうまくいく」という助言をいただけますか。

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石黒 婚約指輪に関しては、男女の間で意思決定するバランスだから良かったと思いますよ。それが、例えば「1人の男性を説得する」といったケースでは、女性がいたらダメなんです。すべての対話において、パターンを変えないといけません。

よく私たちが設定するのは、1対1で人間同士で対話するとき、ロボットを「陪席者」として隣に置くというシチュエーションです。

昔は医者の横に「大丈夫よ」「そうよ」なんて言う役割の看護婦さんがいましたが、それに代わるものです。最近は人手が減って医者とマンツーマンで喋らなくてはいけないでしょう。あれって結構、緊張しませんか?

稲川 確かにそうですね。

石黒 あくまで主役は医者と患者の対話ですが、横に置いたロボットが相槌を打ち、ときどき代わりにロボットは先生と喋るわけです。患者はそれを横で見ている。すると意思決定がすごく楽になるんですよ。1人で意思決定しなくてもいいと感じるので。

東大病院と阪大病院の外来で臨床実験(※1)をしたときは、実際にアンドロイドを医者の横に置くと、患者の理解度が有意に上がることが示されました。

機械と人間のいいとこ取り

───あらためて伺いますが、人間ではなくロボットでこうした対話を使うことのメリットを、石黒教授はどのようにお考えでしょうか。

ishi06石黒 まずは当然、人件費が安くなるという利点は挙がりますね。次に、今回のように台数を簡単に増やせるので、シーンを描きやすいという利点があります。

自閉症の子どもや認知症のお年寄りでも、ロボットにだけは心を開きやすいということもわかっています。人間同士の場合は「こういう風に言ったら、どう感じるだろう」といったプレッシャーがある。でも、ロボットなら感じません。そういうメリットを活かした対話をやるべきなんですね。

稲川 そうですね。

石黒 一方で、人間は「機械は嘘をつかない」という先入観を持っているので説得されやすいんですね。わざわざATMから出てきたお札を数える人は少ないですから。

ミナミちゃんは横で聞いていると怖いです、押し売りに近いじゃないかと。しかし、かなり強引に対話で誘導しても、お客さんがついてきます。人間の売り子さんから買うよりも、はるかに安心して買えるからなんです。

人間に対しては、猜疑心を持つじゃないですか。「この人は、質の悪いものを売り付けようとしているのでは?」などと疑いだしたら切りがない。反対に、圧倒的な信頼感が機械にはある。それが喋るから、ロボットは割と両方のいいとこ取りなんです。

人間との共存、その第一歩

稲川 ロボット3体を使い、今以上にサービスを発展させることで成功するパターンがあるとするなら、今回やっとその入り口まで来れたかなという感があります。

これからビジネスとして広げていかなくてはいけない中、今の範囲でどこまでをビジネス化できるかを考えています。

ishi07例えば、ロボットやアンドロイドの利用が効果的な客層というのはあるものでしょうか。

石黒 それはもうすべてです。人間というものは、いつも新しいメディアを求めています。人間にとって、最も理想的なメディアは「人らしいもの」なんですね。人間の脳はそうできている。

仮想の世界ではない現実の世界で、人らしいものを認識するようにできている。だから、将来ロボットは必ず使い物になります。

その際は遠回りに思えても、なんらかの「仮説」を立てることが必要になると思いますよ。新しいシステムを入れるとき、どういった仮説とデザインポリシーがあるのかはこの先重要ですから。

稲川 なるほど。先進技術を補強する仮説とデザインポリシーを立て、それをビジネスの現場でわかりやすくパターン化した形で届けられるようにしたいですね。

石黒 アドバイスを1つするなら、ビジネスモデルを変えなくてはいけないということでしょうか。

ishi08これまでの社会はグローバル化ばかりでした。技術を誰でも使える製品にして、世界中に配っていた。でも、ロボットにはローカル化が必要なんです。スマホはどこにでも持っていけるグローバルなものですが、ロボットは「そこにいること」に価値がないとダメです。

人間と同じなんですね。「あなたの存在感はなんですか?」と言われた時に「自分はどこらへんにでもいる普通の男です」とは名乗りませんよね。ロボットも同じような存在感を備えていきますから、スマホのビジネスと同じロジックでロボットをつくっていると失敗します。

───人間と同じように、ロボットも決して置き換え可能な存在ではないと。

石黒 ロボットは100%の仕事ができない道具です。音声認識だって、まだ人間のような聴覚の繊細さを持つことは不可能。こうした不完全な道具が許されるのは、ひとえに「その存在に価値があるから」ですよ。機能にだけ価値があるのなら、完璧でないと許されません。

稲川 少しくらい音声を誤認識したって、許容できそうです。

石黒 そう。今後、3台のロボットと人間のやり取りで、わざと「えっ、ちょっとわかんない」とか「ごめん、間違えた」という対話を加えたら、急激に存在感が強くなるはずですよ。

稲川 機械じゃないと思わせるというシナリオづくり……これはITのエンジニアだけでは取り組めなさそうですね。

石黒 経験が必要ですから、ここは研究者の出番です。ただ、対話の研究というのは進んでいないんですよ。「どういう単語を何回喋ったか」といった解析ばかりに終始していて。これから共同で研究できるといいですね。

稲川 そうですね。その結果、本質的な対話をビジネスでやっていけば、ロボットが社会に溶け込んだ未来が近づくのだと思います。そうしたユーザーを獲得してビジネスモデルをつくるのは、きっと私たちの使命ですね。

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※1東大病院と阪大病院の外来で臨床実験

大阪大学、産業技術総合研究所、東京大学による「臨床現場へのロボットの導入実験」では、臨床場面にアンドロイドを持ち込んで、アンドロイドの陪席によるコミュニケーションへの心理的影響を実証実験。患者へのアンケート結果から、診察の満足度への向上が見て取れた。 https://79c66609-a-1c6c1f76-s-sites.googlegroups.com/a/irl.sys.es.osaka-u.ac.jp/top/home/research/hospital_robot.pdf

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