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2017年4月10日技術ブログ

交通系ICカードから電子マネーへ

2001年のデビューから16年目を迎えた交通系ICカードのSuica。 鉄道における利用だけでなく、本格的な普及を果たした 電子マネーとして、社会インフラを担うまでになりました。 インバウンドの利用も見据えた次世代の構想とは。 Suica普及の立役者、椎橋章夫さんに聞きます。

改札機から社会へ広がった夢

センターサーバー型に進化

椎橋章夫さんは、鉄道に限らないICカードの利用について、構想段階から実現まで携わっています。現在は、JR東日本メカトロニクス株式会社(※1)の代表取締役社長を務めています。

JR東日本メカトロニクス株式会社 椎橋章夫代表取締役社長。1953年埼玉県生まれ。1976年埼玉大学工学部機械工学科卒業。同年、日本国有鉄道入社。1987年、民営・分割化により東日本旅客鉄道株式会社入社。本社設備部旅客設備課長、同Suicaシステム推進プロジェクト担当部長、執行役員 IT・Suica事業本部副本部長などを歴任、Suicaプロジェクトの指揮を執る。2012年JR東日本メカトロニクス株式会社入社。2006年、東京工業大学大学院(博士課程)修了。工学博士。

JR東日本メカトロニクス株式会社 椎橋章夫代表取締役社長。1953年埼玉県生まれ。1976年埼玉大学工学部機械工学科卒業。同年、日本国有鉄道入社。1987年、民営・分割化により東日本旅客鉄道株式会社入社。本社設備部旅客設備課長、同Suicaシステム推進プロジェクト担当部長、執行役員 IT・Suica事業本部副本部長などを歴任、Suicaプロジェクトの指揮を執る。2012年JR東日本メカトロニクス株式会社入社。2006年、東京工業大学大学院(博士課程)修了。工学博士。

───Suicaは現在、どれくらい普及しているのでしょうか。

全国での相互利用が開始しましたので、北から南まで、政令指定都市にあるバスや鉄道は基本的にどこでも使えるようになりました。カードの発行枚数は相互利用が可能な全てのカードを含めて、およそ1億枚。その半分以上の約6,500万枚がJR東日本のSuicaです。

このような状況ですから、Suicaはもう社会インフラになったのかな、という気がします。交通機関の利用にプラスして、今では生活サービスに広がっています。最近ではビル入退館システムにおける利用など、以前とは違った「認証」という使い方もされています。

───Suica導入で陣頭指揮を執った椎橋社長は、今新たな構想を描いていると伺いました。

仮称「eMoney(イーマネー)」と呼んでいるものですね。eMoneyの着想に至ったのは、交通系ICカードがこれだけ巨大なインフラになるとサービスを1つ付加するだけでも、非常に大変な作業になるという問題認識からです。多数の端末を改修するだけでなく、センターサーバーもソフトウェアを改修しなければならない。カードも折に触れてセキュリティなどを上げてバージョンアップをしています。

これをもう少し簡単にしないと、新しいサービスが事実上付加できなくなるのではないか、そうした危機感がありました。そこで、処理能力が大きいセンターサーバーにもっと仕事をさせようと思ったのです。

クラウド型ID認証システムの模式図

クラウド型ID認証システムの模式図

端末とカードの負荷をもっと下げて、シンプルで簡素なシステムを目指しています。このため、端末側の処理を全部センター側に持っていってしまおうとするものです。それがeMoneyと呼ぶシステムです。別の言葉に言い換えると、「クラウド型ID認証システム」ということになります。

───センターサーバーに仕事をさせられるようになったのは、何が一番の理由だったのでしょう。

一番の決め手は、ネットワークがかなり進化してきたということです。ネットワークが高速になり、しかもコストが下がってきました。センター側にもクラウドという概念が登場しました。

このようなサーバーが安価に借りられる環境も出てきたのも大きいです。以前はやろうとしてもなかなかできなかったことですから。

新しい社会の姿を見据えて

───著書『ペンギンが空を飛んだ日—IC乗車券・Suicaが変えたライフスタイル』(交通新聞社新書)(※2)の中で、交通系ICカードが最初は切符として続いて様々な決済に使われていき、ゆくゆくは社会インフラになる構想が当初からあったと解説がありました。eMoneyもそのビジネスモデルの流れ上にあるものですか。

Suica導入時に示された、三重円のICカード展開図。鉄道事業から始まり、その他の事業を手がけるグループ企業、徐々に社会へと浸透させていく構想が当初から描かれていた

Suica導入時に示された、三重円のICカード展開図。鉄道事業から始まり、その他の事業を手がけるグループ企業、徐々に社会へと浸透させていく構想が当初から描かれていた

そうです。なぜ、こうした三重円のモデルで考えなくてはいけなかったのか。それは「移行期間」があるからです。

Suicaが世に出る前は、磁気券のお客様がほぼ100%でした。そこにICが数%入ってきて、今ではICが93%位まで達している。そういう世界になるまでには、磁気とICの両方を使える環境が必要でした。しかし、両方に使えるということは二重投資になるのです。

新しい社会の姿を語る時は「今ここでICという機能を入れておかないと、こういう未来が訪れませんよ」と二重に投資をする理由を多くの人に示し、理解してもらわなければなりません。

───そのための構想図だったのですね。では今後、eMoneyはどのように普及していくのでしょうか。

私が最初にイメージしているのは、「IDを認証する」だけのシステムです。例えば、決済済みのアミューズメントチケットなど、すでに支払いが済んでいるものとIDを紐付けしておくと、その日、その時間に劇場に行き、端末にタッチ(認証)するだけでいいですから。

その次の段階では、タッチをしたらセンターで支払いと座席指定を同時にする、といった処理をする。こうして徐々にハードルを上げていき、最後はネットワークを通じてセンターで運賃の計算と決済をするようなシステムにつなげられればいいな、と思っています。

今、実験レベルとして、一番難しい改札機で試験しているところです。当社のビル内に仮想の駅を作って、5~6キロ離れた地点にワークステーションを置き、光回線を使い処理が何秒でできるかを試験しました。

現在の新宿駅や東京駅の改札機が約0.2秒で処理しているのですが、この試験の結果は肌感覚的にはそんなに変わりませんでした。ただし、正常処理の場合です。Suicaもそうですが、世の中の一般的なシステムは異常処理にどう対応するかというソフトの作り込みが重要です。

そうは言っても、試行結果から考えると「これはいけそうだ」という感触を得ました。そう遠い世界の話ではなくて、きちんと作り込んでいれば、必ずeMoneyのシステムが実現できると感じています。

───ものすごく大量の処理には対応できるものでしょうか。

アクセスも大量に来ますから、それはこれから色々と検証していかなければならない重要な課題ですね。

物理的な距離がものすごくある場合にも、いわゆるデータ通信だけで時間がかかります。だから端末をある程度まとめて、中継サーバーを置いた方がいいというシステムも考えています。全てがクラウドではなくて、エッジコンピューティングで処理するというのも、今日の潮流としては正解ではないでしょうか。

普及までに見えてきた課題

───鉄道に限らず、クルマにガソリンを入れるとか、船に乗るとか、飛行機とか、eMoneyがいろんな交通やサービスに繋がっていくようになると、どんな未来が訪れるのでしょう。

まず、1回のタッチで複数のサービスを提供できる可能性があると思っています。例えば、スマホの中に入ったeMoneyの特急券で改札をタッチしながら、到着地の観光情報をスマホに送信する、といった具合ですね。

今まで別々にやっていたことが、センターサーバーだとその連携がやりやすいのです。できるかできないかはこれからの取組み次第ですが、「夢」を含めて可能性があると思っています。

───チケットについては以前からeMoneyでコンサート会場での実証実験もされていますね。これから徐々に広がりを見せるものでしょうか。

2016年9月4日に行われたクラシック・コンサート「NTT DATA CONCERT OF CONCERTS」では、ICカードを入場チケットとして活用する実証実験が行われた

2016年9月4日に行われたクラシック・コンサート「NTT DATA CONCERT OF CONCERTS」では、ICカードを入場チケットとして活用する実証実験が行われた

そうなるといいですね。2020年のオリンピック・パラリンピックでは海外から人が大勢来ますから、試験的な形でもいいので、日本発の交通系ICカードによる質の高い社会インフラを見せたいところです。

例えば、選手村とか、役員スタッフが使うものとか、そういった形で実現できないのかなと。おそらく来日したスタッフも東京の中を自由に動き回りたいでしょうから、フリーエリア乗車券付きの入退館証、大会役員用の身分証のようなものを提供させてもらえたらいいと思っています。

───eMoneyに関して、これから乗り越えようとしている壁はありますか。

まずは、IDの登録を簡単にするにはどうすれば良いか、という課題があります。利用者IDをセンターサーバーに登録しておかないとサービスできないですから。

ICカードを発行する前に、IDを事前にセンターサーバーに登録しておくという方法も考えられます。この場合、「お手持ちのICカードが使えます」と言えるのは利点です。

社会インフラに育てるには、もっともっと簡単にして、持ったらすぐにサービスが受けられるというようにしないといけません。少しずつ便利さを実感してもらえれば、段々と広がって行くと思います。

※1JR東日本メカトロニクス株式会社

1992年に発足した東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)の子会社。駅機械設備などの整備とメンテナンスほか、ICカード・電子マネーソリューションの提供、コンサルティングなどを行っている。 http://www.jrem.co.jp/

※2『ペンギンが空を飛んだ日—IC乗車券・Suicaが変えたライフスタイル』

http://shop.kotsu.co.jp/shopdetail/003000000060/

顧客視点を貫きたい

大規模なシステム変更を瞬時に

───これまでのお話からeMoneyの姿が見えてきました。単に交通系ICカードが新しくなるといった話ではなく、スマホや社会の既存インフラに溶け込んでいく概念なのですね。

まさにそうです。クラウド型ID認証システムにおけるIDは、Suicaのようなカード内のチップにあるIDだけではありません。例えば、二次元バーコードもIDですし、生体認証の静脈などもIDになり得ます。

自分でカード型のSuicaを作っておいてそれを壊すような感じもあるのですが、突き詰めていくとこれからはそういう世界に入っていくのでしょうね。

───あらためて、eMoneyでセンターサーバーに処理をさせることのメリットについて、具体例として伺えますか。

カードと端末をとにかくシンプルにしてコストを下げ、その分センターにお金を回すというモデルなので、当然トータルとしてコストを下げていくメリットを見込んでいます。

例えば、システムに新しいサービスを付加するにはものすごくお金がかかるんです。消費税の改定で5%から8%へ、今度は8%から10%へと切り替えるのは、システムの規模が大きくなるほど大変です。普通のお店だと小規模な改修ですが、JRで全ての機器とセンターを改修するとなると、非常に大規模な作業になります。

その時、少なくともセンター側に処理が集約されていれば、センター側でのデータ、例えば消費税の数値などを変えれば改修が終わり、というこれまでの作業と比べたら夢みたいなことが実現できる可能性があります。

───消費税の改定はあくまで一例で、今後の変化にも対応しやすいということでしょうか。

そうですね。今の新しい端末では改修ソフトをダウンロードするなど自動化がだいぶ進んでいますが、現実的には古い端末などが混在しているので、システム改修のためのチームをつくって実際の端末のところに行き、ちゃんとソフトが動くかを確認する必要があるのです。

───Suicaに関してインパクトがあったのは、2016年にApplePayで利用可能となったことでした。運用が開始されてから、どのようにご覧になりましたか。

少し大げさなことを言えば、日本型の決済システムが世界に広がる可能性を感じました。やはり、これからはマルチマネー対応で高速に処理するシステムが世界に広がっていくという実感があります。そういう意味では、大変に良いきっかけになったと思います。

既存のサービスと紐付けたい

───マルチなサービスを考える上で、これから各社と協業するようになると思いますが、これから「こういうことができそうだ」という予想はあるでしょうか。

今はいろんなところで「こういうシステムを提供するのですが、活用の可能性はどうですか?」という話をしています。

私たち自身が「サービス」を全て提供することはありませんから、すでにサービスを提供している会社に対し、「これまでのシステムとeMoneyのサーバーを紐付けることで、こういうサービスができます」「その仕組みを作ったので、そこをご提供したい」という説明をしているのです。

今お話をしているのは、どちらかというと、ある程度の決済が済んでいるサービスを提供する企業なので、イベント系のチケットを販売しているところですね。

───そうした動きに関連して、NTTデータに期待することはありますか。

現在、システムを開発していただいています。まずは質のいいものをきちっと作っていただくということです。それに加えて、私たちは技術の会社ですから「どういうお客様に、どう使っていただけるか」といったことには、やはり弱いんですね。

NTTデータさんはその辺りにも強い会社ですから、長期のユーザーを開拓して、社会インフラとして広めていく「スタートダッシュ」の段階を、ぜひ手伝ってほしいと期待しています。コンサートで実証実験を行った仕組みなどは、早く本導入してほしいですね。

───オリンピック・パラリンピックもそうですが、アミューズメントや観光で来た方たちをもてなすシステムに紐付けると面白いでしょうね。

2020年に向けて、インバウンド用のIC乗車券のようなものは考えられます。いろんな情報を一度のタッチで提供できることを利用して、改札機通過時の案内をその人に合わせた言語で対応するサービスなどが可能だと思うのです。

また、今は駅ごとの表記にナンバーを付けていますが、あのようなサインシステムを上手に使って、駅の案内をわかりやすくする試みも考えられます。日本語の漢字がわからなくても駅の番号がついてれば、そこまでの切符が買えますよね。移動中もスマホでルートが案内できるかもしれません。

───日本語アプリで当たり前になっている便利さをインフラ側で提供できるのですね。テクノロジーとビジネスとアイデアを掛け合わせるという、今後のeMoneyの展開がよくわかりました。

現在はコンサートなどのデジタルチケットとして実証実験が行われているeMoney。今後はインバウンドを含めた観光サービスや地域サービス等へ段階的に拡大をはかり、社会インフラとして成長することを目指す

現在はコンサートなどのデジタルチケットとして実証実験が行われているeMoney。今後はインバウンドを含めた観光サービスや地域サービス等へ段階的に拡大をはかり、社会インフラとして成長することを目指す

生活を向上させるための基盤へ

───eMoneyというシステムは、最終的にどういったものとなることをゴールにしているのですか。

Suicaの導入時もそうでしたが、やはり「社会インフラ」になることが最終的な目標です。私は、社会インフラには2種類があると思うのです。

1つ目は「社会基盤」としてのインフラ。水、電気、ガスなど、社会を支えるためになくてはならないもの。鉄道もそうでしょうね。単一のサービスを提供し、どうしても必要な基盤となるものです。

2つ目のSuicaやeMoneyは、「生活基盤」としてのインフラと位置付けています。これは生活を向上させるためのもので、サービスに複数の機能があるもの。水や電気と違い、必ずしも生活になくてもいいんですね。

コンビニや携帯電話などは、生活基盤としてのインフラだと思うのですが、定義が難しい。段々と浸透してきて、社会になくてはならないものになったら、社会基盤のインフラとして定着するという性格もありますから。

───そうした段階になると、利益追求だけではなく、社会のためという性質も帯びてくるのではないでしょうか。

そうですね。社会から本当に求められるもの、私たちがこれからも変わることなく貫こうとしているのが、この「顧客視点」のイメージです。

これまで、Suicaはとにかくお客様視点で便利なものを作ろうとしてきました。クラウド型の時代になっても、この顧客視点から離れないようなシステム創りを目指しています。

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※「Suica」は、東日本旅客鉄道株式会社の登録商標です。

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