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2018年10月31日技術ブログ

忙しい先生こそAIを助手にすればいい

「学校にICT」を。文部科学省が旗を振り始めて10年が経つが、現場で効果は出ているのだろうか? どの教室にもある黒板は、ICTと連携できているだろうか? 老舗黒板メーカーの5代目が、100年前から変わらない黒板にイノベーションを提起します。

授業は“スマホ”で準備して“黒板”で見せる

100年変わらない黒板業界

坂和寿忠(さかわ・としただ)/株式会社サカワ 常務取締役。100年続く黒板メーカー、株式会社サカワの5代目。2009年の入社以後、「しゃべるくん」「Kocri」「ワイード」「Jyosyu」など、新しい時代の教育で活躍する黒板を開発し続ける。

坂和寿忠(さかわ・としただ)/株式会社サカワ 常務取締役。100年続く黒板メーカー、株式会社サカワの5代目。2009年の入社以後、「しゃべるくん」「Kocri」「ワィード」「Jyosyu」など、新しい時代の教育で活躍する黒板を開発し続ける。

───坂和さんは100年続く黒板メーカー「サカワ」(※1)の5代目です。まず、黒板業界について簡単にご説明いただけますか?

日本の黒板は明治時代、学校制度の始まりとともに普及し始めました。児童数も学校の数もどんどん増え、特に戦後は団塊世代の誕生にともない、黒板メーカーも増えつづけました。最盛期には、各都道府県に数社の黒板屋さんがあって、それぞれのエリアで共存していたようです。
ところがこの間、黒板の機能も使い方は全く変わっていません。書いて、消して、また書く。変わらない商品というのは、必然的に価格が下がります。すると仕事の取り合いになって競争が激しくなり、20〜30年前までは100社ぐらいあったのが、現在では30社ぐらいまで減りました。言ってしまえば斜陽産業です。

───それでも坂和さんが黒板メーカーを継ぐ決心をされたのはなぜですか?

ぼくは生まれたときに「こくばん」という名前を付けられそうになったんです。(笑) 家業を継がなくては、という義務感を幼いころから植え付けられていて、今思うと、なんとなくいつも頭の片隅には黒板があったような気がします。ただ、ぼくは大学で理系を専攻していました。入社当時の黒板は理系の要素がゼロだったので、正直、心躍る職業ではありませんでしたが。

ぼくにとってラッキーだったことに、入社した頃ちょうど文部科学省の「スクール・ニューディール構想<(※2)」で、電子黒板が学校に入り始めていました。ぼくは「東京で電子黒板を売ってこい」と東京支社を任され(支社といってもぼくひとりですが)、『しゃべるくん』という電子黒板を売り始めました。

教室の隅でホコリをかぶっていた電子黒板

当時、電子黒板は1台100万円ぐらいの価格でした。行政から予算が出ていますし、売れることは売れるんです。しかし数か月後に購入してくれた学校へうかがうと、教室の隅でホコリをかぶっている。せっかく生産しても、これじゃ意味がないと思いました。

電子黒板がホコリをかぶってしまう理由をひも解いていくと、案の定、操作方法に問題がある。難しすぎるんですよ。ただでさえ忙しい学校の先生にとって、こんな複雑なモノを覚える時間なんてありません。わざわざ電子黒板を使わなくても授業はできるわけですから、使うメリットが少ないんでしょうね。

───サカワさんは2015年にハイブリッド黒板アプリKocri(コクリ)(※3)をリリースしましたが、その開発経緯を教えてください。

転機は急速に普及しだしたスマホです。2014年頃だったか、スマホのアプリを使って何かできないかと思ったのがKocriの始まりです。

当時、当社にはアプリを作れる人はいなかったし、ぼくも何をしたらいいのかわかりません。とにかくインターネットでいろいろ探して、企画・制作集団であるカヤックさんに「黒板を変えたいんですけど、いっしょに何かできませんか」と、お問い合わせフォームから連絡しました。その後すぐにお返事いただいて、Kocriの共同開発が始まりました。

スマホを教室に持ち込もう!

このときぼくが提案したコンセプトは「スマホを教室に持ち込もう」でした。先生がスマホを手に教室に入って、授業のスタートからスマホを操作してポンポン進めていく、そんな授業をイメージしていました。

───先生たちの反応はいかがでしたか?

めちゃくちゃよかったですよ。スマホの画面のなかで教材が作れるので、極端な話、電車に乗っていても授業を準備できます。そのうえ、操作も簡単。パソコンの基本的なソフトを扱うレベルで、誰でも使える。

ところが実際に授業で使うとなると、高いハードルがありました。肝心のスマホに対する抵抗感です。教育現場には、先生がスマホを教室に持ち込んで授業するなんてとんでもないというイメージがあります。

タブレットの使用は文科省の整備指針の計画の中にも入っていますが、先生全員に配布するにはお金がかかりすぎます。ぼくとしては、今できることとして、個人のスマホをどんどん活用すればいいと考えています。一方、インフラの問題もあります。学校にはWi-Fiが飛んでいないし、教室の無線LANの普及率(※4)もまだまだです。

普通教室の無線LAN整備率/文部科学省「平成29年度 学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)」より

普通教室の無線LAN整備率/文部科学省「平成29年度 学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)」より

横長の黒板の良さを生かしたプロジェクター

───電子黒板界ではプロジェクターも進化していますが、サカワさんの「ワイード」(※5)も画期的です。開発経緯を教えてください。

「ワイード」はあくまでも黒板サイズいっぱいに大きく映せるというのが特徴のプロジェクターです。既存のプロジェクターのスクリーンサイズは4:3や16:9で、黒板の半分程度の面積にしか投影できません。たとえば、漢文の長い詩は全文書いて教えたいとか、教材で地図とパワーポイントを使うのに同時に映して説明したいとか、そんな先生たちの声を聞いていました。

黒板サイズに投影できるプロジェクターは技術的な難しさもあるようですが、色々と探した末、ある海外メーカーさんと巡り合うことができました。そのメーカーさんは、もともと黒板専用ではなかったものの横長に投影できるプロジェクターを開発されていて、ちょうど日本での販路を探していたところでした。そこで、提携して誕生したのが「ワイード」です。教材はKocri、プロジェクターはワイード、とセットで使っていただければ、理想的です。

───「ワイード」のプロモーションビデオはとても面白いですよね。どういった意図で作成されたのでしょう?

ありがとうございます。教育のIT教材が集まる「教育ITソリューションEXPO」に
出展した時、プロジェクター業界では後発であるぼくらが、お披露目するには、何かインパクトが必要だと考え、知り合いのクリエイターさんに製作してもらいました。商品名が決まる前に、まず歌詞ができて「♪ワイード、ワイード」という歌になったら、なんか面白いし覚えやすいから、商品名も「ワイード」でいいねと(笑)

ワイードのプロモーションサイト ※画像クリックでリンク先へ

ワイードのプロモーションサイト ※画像クリックでリンク先へ

───お話をうかがっていると、製品開発にスピード感があります。

ある意味、うちは日本的じゃないかもしれません。日本企業の製品開発って、検証に次ぐ検証で数年かけて完璧なものをつくり、満を持して製品化します。そのときは、まず既存にある市場でマーケティングしてみて、当たるかどうかも分からない状態でも、売上や利益を数字に出して予測をし、開発コストに見合いそうなら製作に着手します。たぶんその頃には、その製品はもうタイムリーではなくなっているのではないでしょうか。

でも、ぼくらは大手じゃないし、そこはフットワークを軽くして、面白そうなもの、便利なそうなものだったら、なるべく早くでまずモックアップを作って、すぐ展示会などに出します。そこで市場の反応を見つつ、ユーザーに使ってもらいながら修正していって、最終的に使えるものに仕上げていきます。

「とりあえずやってみる」精神でまずは先に形にすることを心掛けてますね。

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※1サカワ

1868年、漆塗業で現愛媛県の松山に創業。漆塗技術を生かして黒板を製作し、1919年、「坂和式黒板製作所」に。以後90年、黒板を作りつづけている。2009年に電子黒板「しゃべるくん」を発売。黒板のデジタル化に力を注ぎ、2015年Kocri(コクリ)を開発、発売。
http://www.sakawa.net

※2スクール・ニューディール構想

2009年に文部科学省が学校の耐震化、エコ化、ICT化の整備などをめざして打ち出したもの。ICT化の一環で電子黒板やPCをはじめとしたIT機器の導入、校内LANを活用したインタラクティブな授業システムなどが推進され、電子機器メーカーが電子黒板に参入するきっかけとなった。

※3Kocri

サカワが2015年に発売したスマホと黒板を使ったハイブリッド教材アプリ。アプリの中で教材がつくれるほか、PDFやjpeg、MP4などのデジタルデータをパソコンから移管して使うこともできる。アプリ使用料は1か月600円、年間6000円。現在特許出願中。
http://kocri.com

※4無線LANの普及率

「普通教室の無線LAN整備率」は34.4%とまだまだ低い。一方、校内LANの普及率は90.2%。
文部科学省「平成29年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」P5左図参照

※5ワイード

画面サイズ120〜140インチのワイドプロジェクター。従来型のプロジェクター(約70インチ)の2倍の幅。IRペンで画面をタッチすることでPC操作ができ、巨大なタブレット画面のように使える。プロモーションビデオもYouTubeで話題になった。
http://www.sakawa.net/wiiide/features

AI黒板で「未来の授業」を絶対的に楽しく

授業内容のビッグデータ計画

───今年リリースされたAI黒板「Josyu」(※1)は、何をきっかけに開発されたのですか?

ぼくは、実は1年前までAIについて何も知りませんでした。ある日、新橋の飲み屋さんで、知り合いから音声認識技術のAIを研究している大学の教授をご紹介頂きました。お話を伺ったら、これがめちゃくちゃおもしろい。これを授業に活かせないかなと思い、3日後には先生に相談に行ったのがきっかけです。

分かりやすい授業を行うには、教材やコンテンツが必要ですが、先生たちは忙しすぎてそれをつくる時間が十分にありません。そこで着目したのが、先生たちが「いつもやっていること」です。

先生は毎日、毎時間、授業でしゃべっている。その音声を聞き取り、テキストに起こして、そのまま使えるコンテンツとして利用できないか? と考えました。これをさらにデータ収集することで、授業のビッグデータとして習得すれば、様々な授業シーンで活用できるようになると考えています。

忙しすぎる教員を手伝うAI助手

───教員にとってのJosyu活用のメリットはどんな点にありますか?

まず、板書する手間と授業の準備が大幅に減ります。例えば、明治維新について授業する際に「西郷隆盛」と関連する「高杉晋作」「大久保利通」、この3つ書いてそれぞれの写真を用意するだけでも時間がかかります。Josyuは、先生の声を自動的に文字で表示してくれます。まだ開発段階ですが、授業後のまとめプリントも自動的に作れるようにします。そうすれば、まとめプリントから虫食い問題も簡単に作れます。

現在のJosyuはまだ、性能を検証する段階のα版で、先生の声しかテキスト化されませんが、今後は生徒の声もテキスト化する構想を練っています。授業中に手を挙げて発言する生徒はごく一部です。でも生徒が40人いたら、40人が何かの意見を持っているはず。それが可視化されて、先生のタブレットでも見ることができたら、もっと授業の可能性が広がります。

最近はグループディスカッションを取り入れた授業も増えています。このときもそれぞれのグループの声が可視化されれば、先生はディスカッションがうまくいっていないグループに指導に行くことができます。

このように先生ひとりではなかなかできなかったことをAIがやればいい。AI時代の授業は、まさにAIが先生の助手になればいいんです。そうすれば先生は、子どものレベルに合わせた個別指導やグループワークのファシリテーターなど、先生にしかできない仕事にもっと専念できると思うんです。アダプティブラーニング(※2)を実践するためにも、Josyu的な機能は必要だと思います。

黒板問題は受験の詰め込み勉強に行き着く

───児童側の板書をノートに写すという作業も変わりそうですか?

ぼくは板書をノートに書き写す必要についても疑問を感じています。毎回、板書をすべて書き写さなくても、事前に板書する内容はプリントで配布しておいて、各自が思ったことや必要なことだけを書き加えていけばいいんじゃないかと。

板書の文字をそのままノートに書き写していく作業って本当に必要なんでしょうか? 僕自身も実際に学生時代には板書をきれいにノートに写すのに必死になっていて、結局内容が頭に入ってないってことが多々ありました。黒板がずっと変わらずにきた理由を紐解いていくと、けっきょく受験勉強にたどり着くのでは、と考えています。日本の教育は「書いて、覚える」が王道です。ノートに書いて覚えて、受験を突破することが学校教育のゴールになっています。この仕組みが変わるといいなあと思っています。

───AIの活用によって未来の授業はどのように変わっていくと思いますか?

たとえば板書にかかる時間が半分で済めば、それだけ授業が早く進みますよね。生徒もノートを取る時間が半分で済めば、あと半分は、時間にほかのことができます。例えば、今までの半分の時間で分数を勉強し終わったら、残りの時間で、「分数って実際の仕事でどう使うの?」「分数は必要?」など、違う視点から算数の話をしてもいいですよね。

さらにいえば、受験というゴールに対しては、最低限必要な勉強を効率よくやるだけやって、空いた時間でもっと各自が興味のあることを掘り下げる時間に充てればいいと思います。「恐竜が好きだからもっと詳しくなりたい」とか「映画作るにはどんなこと覚えればいいのか」とか、「iPhoneは誰がどんな思いで開発したのか」とか。だいたい、昔と変わらない詰め込み型の授業を、毎日4.5時間も義務教育でやるなんて多すぎる! 好きなことをする時間がありません。その状態で、ものすごいスピードで変わっていく今の社会の中で、楽しみながら生き抜ける人になれと言っても無理ですよ。

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授業の形も変えられると思います。先ほどJosyuで授業をプリントにまとめられると言いましたが、アウトプットがテキストである必要もありません。たとえばJosyuは、自動音楽作成ソフトで重要単語をちりばめた曲を作ることもはできます。覚えることがゴールなら、歌って覚えたっていいですよね。『本能寺の変』(※3)のように(笑) プリントで覚えるより絶対楽しいと思います。先生にとっても、自分の授業が歌になったら楽しいでしょう。

まだ先の話だと思いますが、VRによって家でも授業を受けられるようになるかもしれません。すでにN高(※4)のようにネットを活用した高校がありますが、将来は、修了認定される中学校や小学校も可能になるかもしれません。

黒板はなくならない

───授業がバーチャルになった場合、黒板はどうなりますか?

やっぱり今後10年以上は黒板はなくらないと思います。低コストでいつでもだれでも直感的に使えてコスパがいいですからね。板書も、教室内で大勢に一度に説明するためにはまだまだ便利なので、なくならない。

だからこそ黒板を変えていかなきゃいけない。今後はアナログの黒板にチョークで書かれた内容をデータ化しようと思います。チョークの軌跡をそのままデータ化してクラウドに保存して共有できる黒板を作ろうとしています。先生が毎日毎時間、しゃべることも書くこともぜんぶデータに取って、授業をもっとやりやすくすることが、ぼくの使命かなと思っています。

───ところで最近、メニュー板などに黒板を使うカフェが増えていますね。

そうなんですよ、街中では黒板がけっこうオシャレで。(笑) ぼくはもともと黒板屋ですから、アナログな黒板の可能性も拡げていきたい。教室内にとどまらず、電車のボディをチョークで書ける車体にしませんか? と提案したり、チョークアーティストとコラボレーションして黒板アートで街を盛り上げる企画したり。日本中に、どんどん黒板を進出させていきますよ!

※1Josyu

音声認識ソフトで授業中の音声を自動保存するなど、授業中の先生の助手的な作業をするソフト。先生の声を自動テキスト化、キーワードを抜き書きし、その関連用語や映像をインターネット上からピックアップして提示する。たとえば歴史の授業で「西郷隆盛」というワードをタップすると、高杉晋作、勝海舟など幕末の関係者たちが黒板にパッとイラスト付で表示される。授業後、先生の話した内容がまとめてプリントアウトされ、虫食い問題プリントも作成できる。現在特許出願中。
https://AI-josyu.com

※2アダプティブラーニング

Adaptive Learning(AL)、適応学習。個々の生徒の進捗や能力に合わせた学習内容を提供すること。ICTやSNSを活用することで、生徒ひとりひとりの合った内容。学習レベルが行えると期待される。

※3本能寺の変

2人組のダンスユニット、エグスプロージョンの「踊る授業シリーズ」のヒット作品(2015年)。歴史上の出来事をテーマにしており、ほかにも「ペリー来航」「関ヶ原の戦い」などが数々のヒットを飛ばす。歌いながら歴史を覚えられる(?)と話題を博した。

※4N高

角川ドワンゴが運営する通信制の高校。通学コースのほか、インターネットによって時間や場所を問わないネットコースを備える。プログラミングの授業や、専門学校や企業とのコラボ授業など、普通高校にはない科目が特徴。2018年7月時点で7000名近い学生が学ぶ。高卒資格が取得できる。義務教育過程に加える学びの場として「N中等部」を2019年に開校予定。

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