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2018年12月27日INSIGHT

野口悠紀雄(経済学者)

最初の記憶は敗戦直前、4歳のときの東京大空襲。 以降、戦後の高度経済成長や、バブルとその崩壊を体験してきた。 工学を学び、大蔵官僚から文部官僚を経て大学人に転じた経済学者の目に、 現在の日本は、経済システムは、働く者の環境はどのように映るのか。 AIなど、ITが我々の未来をどのように変えうるのかについても聞いてみた。

東京大空襲の記憶

のぐち・ゆきお 1940年、東京生まれ。63年、東京大学工学部卒業。64年、大蔵省入省。72年、イエール大学経済学博士号を取得。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、現在早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問、一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。大蔵省在職中の67年に政府主催明治100年記念論文最優秀総理大臣賞を受賞。論文『情報の経済理論』で日経・経済図書文化賞、『財政危機の構造を中心として』でサントリー学芸賞、『バブルの経済学』で吉野作造賞。大ベストセラー『「超」整理法』シリーズの著者としても知られ、近著に『ブロックチェーン革命 分散自立型社会の出現』『仮想通貨はどうなるか―バブルが終わり、新しい進化がはじまる』『入門 AIと金融の未来』などがある。

のぐち・ゆきお
1940年、東京生まれ。63年、東京大学工学部卒業。64年、大蔵省入省。72年、イエール大学経済学博士号を取得。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、現在早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問、一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。大蔵省在職中の67年に政府主催明治100年記念論文最優秀総理大臣賞を受賞。論文『情報の経済理論』で日経・経済図書文化賞、『財政危機の構造を中心として』でサントリー学芸賞、『バブルの経済学』で吉野作造賞。大ベストセラー『「超」整理法』シリーズの著者としても知られ、近著に『ブロックチェーン革命 分散自立型社会の出現』『仮想通貨はどうなるか―バブルが終わり、新しい進化がはじまる』『入門 AIと金融の未来』などがある。

私の記憶は、1945年3月10日の東京大空襲から始まります。私は4歳とちょっとだったので、ふつうならもう少し前の記憶がありそうなものですが、まったくありません。たぶん、この日の記憶があまりに強烈だったために、それ以前の記憶がかき消されたのではないかと思います。猛火で赤く染まった深夜の空を、B-29の大編隊がこちらに向かってくる光景と、それを見たときの気持ちは、いまも鮮明に覚えています。非常に高度な技術に支えられた敵の飛行機が我々を殺しに来る。しかし我々は何も成す術がない。それは極限の恐怖でした。

私たち家族はかろうじて生き延びましたが、同じ防空壕にいた大部分の人は窒息死しました。私たちはたまたまドアの近くにいたので助かったのです。防空壕で一番危険なのは、酸欠による窒息死です。しかし我々はそんな教育は受けていませんでした。それどころか、焼夷弾が落ちたらバケツリレーで消火しろという訓練を受けた。その命令に忠実に従ったために、逃げ遅れて死んだ人は大勢いたはずです。その点、ドイツは教育が徹底していました。「防空壕に入ったら、ろうそくの火を高さの違う場所にいくつか置いておき、床に置いた火が消えたら立ち上がりなさい。机の上の火が消えたら子供を抱き上げ、頭の位置の火が消えたら外がどれほど猛火であっても壕から出なさい」。そう国民に教えていたそうです。

私は長い間、B-29が迫ってくるのを見たというのは、自分の記憶違いだと思っていました。なぜかというと、B-29は高度1万メートルを飛ぶ爆撃機なので、地上から見えるはずがないんです。しかし後でわかったことですが、B-29は低空で侵入してきた。日本軍は高射砲の陣地を早々に爆撃されてしまい、まったく防御できなかったので、B-29は易々と我々の上空に侵入できたわけです。それも我々は知らされていませんでした。日本の政府は国民を無防備な状態で究極の危機にさらし、何ひとつ守ってくれなかったのです。

当時の日本政府がいかに無責任であったか、特にドイツと比較するとよくわかります。ナチスの軍隊が行った残虐行為は、もちろん批判されてしかるべきです。ただ、ドイツの軍隊は国民を守った。特に東部地区はソ連軍の侵入によって壊滅しましたが、住民たちを助けるために、当時のドイツ海軍は全艦艇を動員したのです。つまり日本とドイツでは、軍の国民に対する態度はまったく違った。この大空襲の経験は、国家や政府に対する、私の不信の原点となっています。

大学は工学部を出ましたが、就職したのは大蔵省でした。工学部で応用物理学科に進んだのは、スプートニク(※1)の影響です。これを題材にした『October Sky』(邦題『遠い空の向こうに』)というアメリカ映画がありましたが、私はこの主人公と同年代で、スプートニク打ち上げのニュースを聞いたとき、世界を動かすのは物理学だと思ったのです。しかし企業の研究所で実習を受け、非常に狭いところに集中しなければならない工学の仕事に自分は向いていないことに気づきました。もう少し広い仕事をしたいと思い、経済学を学び始めたのが大学4年のときです。経済学部への学士入学は時間がかかるので、自分で勉強しました。工学から経済へ分野転換したと見る人も多かったようですが、経済学と工学部の教育は連続しているんですよ。後にアメリカに留学して経済学を学んだときも、まわりにいたのは数学や物理学をやってきた人たちばかりでしたし、経済学を勉強するのであれば、経済学部の勉強だけをしてもダメだと思います。

公務員試験を受けたのは、経済学を学んだことを証明するものが欲しかったから。公務員試験でいい成績をとれば、「私は経済学を勉強しました」と社会に堂々と言えると思ったのです。経済学でいうシグナル(※2)ですね。そんな理由だったので、公務員になる気はなかったのですが、紆余曲折あり、強引に引きずり込まれる形で大蔵省に入りました。

入省して4年目の68年、アメリカのフォード財団から奨学金を得て、経済学のMA(修士号)を取得するため、大蔵省に籍を置いたままカリフォルニア大学(UCLA)に1年間留学することになりました。ちょうどヒッピーの全盛期で、彼らは裸足で歩くのが特徴なんですが、裸足で歩けるくらいロサンゼルスの街はきれいでした。

当時のロサンゼルスは、一番安いアパートで月の家賃が100ドル。1ドルが360円のころでしたから、3万6千円ですね。大蔵省のころの私の給料は、たしか2万3千円くらいでした。当時の太平洋横断の飛行機代は、片道で私の給料の半年分。一度行ったら途中帰国なんてとてもできないので、それだけ覚悟が必要でした。ロサンゼルスの街には電車がなく、車は必需品でしたが、貧乏学生の私には当然買えません。もっとも朝から晩まで勉強漬けで、車で遊びに出かける時間もありませんでしたが。

アメリカは、日本とは比較にならないほど豊かな国でした。日本人は勤勉に働いているし、アメリカ人に劣らない能力もあるのに、なぜこんなに経済力に差があるのか。それが不思議でなりませんでした。サンディエゴから国境を越え、メキシコのティファナに行ったときも同じ疑問を持ちました。メキシコに入った途端、街も人も貧しくなってしまうのです。地理的条件や自然条件は同じなのに、ただ国境を過ぎただけで、なぜこんなに違うのか。その疑問はいまに至るまで解けません。

※1スプートニク

1957年に旧ソヴィエト連邦によって地球を回る軌道上に打ち上げられた、世界初の無人人工衛星。

※2シグナル

個人の能力を他人に知らせる「信号」のこと。

「1940年体制」の功罪

一般に日本では、1945年の終戦を境に歴史的な断絶があり、戦後に占領軍が導入した民主主義改革が、今日の日本の社会や経済をつくる原型になったと考えられています。しかし実際には、1940年の税制改正を筆頭に、戦時中、官僚によってつくられた経済システムが敗戦後も生き残り、高度経済成長の実現に大きな役割を果たしたのです。そして、それらの経済システムの多くは現在も続いています。これを私は「1940年体制」と呼んでいます。

1940年体制の影響は、経済、政治、教育、企業、あらゆるものに及んでいます。例えば日本の製造業は、いまだに水平分業に完全に移行できず、全工程を自社で一括して担う垂直統合のビジネスモデルに、ついこの間までしがみついていました。しかし世界の製造業の生産方式は、もう20年近くも前から水平分業型が主流です。日本の製造業が遅れているのはそのためであり、いま働き方改革で謳っているテレワークやアウトソーシングがなかなか普及しないのも、こうした企業の仕組みが関係しています。
1940年体制は大手企業には有利でしたが、ITによって経済活動は大きく変わりました。ITでは小さな企業が市場を介して協働するほうが効率的なんですよ。アップル社はその典型で、2000年代に入ってから中国を組立工場として使うという水平分業化に転換し、高収益を実現しています。

アイルランドは、かつて「ヨーロッパの最貧国」と呼ばれていました。小国であるために大規模な工場が立地できず、従来型の製造業の時代には発展できなかったのです。しかしITが出現して情報技術が重要になると、英語が話せ、教育水準は高いが賃金水準が低いという条件を備えたアイルランドに、世界中から様々なサービス業務が集まってくるようになりました。世界環境の急速な変化にいち早く対応し、大発展を遂げた好例です。

1940年体制は大蔵省にも存在していました。主計局にいたころ、私のひと月の超過勤務時間は300時間を超えていました。しかし、それだけの仕事をしていたかというと疑問があります。いまも日本の多くの企業がそうであるように、重要なのは仕事をしているかどうかではなく、その場にいることなんですよ。まずそういう企業や組織の考えが変わらない限り、働き方を変えるのは難しいでしょう。

戦中から根本的な仕組みの転換をすることなく生き延びてきた1940年体制は、次第に歪みを生じ、80年代後半にバブル景気を引き起こしました。当時私は、「地価高騰はバブルであり、このバブルが崩壊したら大変なことになる」と警告しましたが、誰も聞く耳を持ちませんでした。「豊かになるためには真面目に働く必要がある」という原則が成立しなくなり、真面目に働く人間はバカであって、土地を買って、転売して儲けるのが賢い人間だと多くの人が考えるようになった。バブルが破綻してもう何十年も経ちますが、その考えはいまの日本にまったく滅びずに残っていると思います。例えば「ふるさと納税」は、節税をして高額の返礼品をもらうという仕組みです。こんなありえないことが堂々と公的な仕組みになっていても、誰も批判せず、この仕組みをどう利用したら儲かるかということしか考えない。日本人の倫理観がおかしくなっているんです。

90年代に金融危機が生じ、それまでの日本の金融機関、特に長期信用銀行は崩壊しました。つまり1940年体制は、仕組みとしては変わった。ただ、考え方は依然として残っている。むしろ強くなっていると言っていいでしょう。それは政府に対する依存以外の何ものでもなく、リーマン・ショック以降は特に顕著です。1940年体制への執着から抜け出さない限り、日本が発展していくことはできません。しかし政府の施策に任せていれば、新しい経済構造をつくっていけるだろうといまだに思っている。そんな日本の社会に、私は憤りを感じています。

旺盛な筆力で多数の書籍を執筆・刊行している。昨年と今年は単著のみで12冊を上梓したから、2ヶ月に1冊というペース。『野口悠紀雄Online』には動画オンラインセミナーなどが収録されている。www.noguchi.co.jp

旺盛な筆力で多数の書籍を執筆・刊行している。昨年と今年は単著のみで12冊を上梓したから、2ヶ月に1冊というペース。『野口悠紀雄Online』には動画オンラインセミナーなどが収録されている。www.noguchi.co.jp

ブロックチェーンが働き方を変える

日本の将来に必要なのは先進的なサービス産業であり、そのためには高度な専門知識を有する人材の育成が重要な課題となります。その役割を果たすべきは大学ですが、残念ながら日本の大学教育はまだ20世紀型にもなっていない、19世紀型です。特に国立大学はそうです。日本の国立大学では、農学部の学生や教官数、予算が全学の約1割を占めています。しかし、日本のGDPで農業の占める比率は1%程度しかありません。それなのに10%の比率を占めるというのは、まさに19世紀型です。

日本の教育機関が変わらなくてはいけないことは明白です。特に顕著なのはコンピューターサイエンスの分野です。『USニューズ&ワールド・レポート』が発表した2018年世界大学ランキングのコンピューターサイエンス部門では、スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学を抜き、中国の清華大学が1位でした。上位10位の中で、シンガポールや香港も含めれば、中国系が過半を占めています。これに対して日本のトップは東京大学の91位。東京大学は、コンピューターサイエンスを学べる学科はあっても、清華大学のように専門家の養成はしていません。その結果、いまや中国と日本の関係は1位対91位になった。恐ろしい話です。

なぜ日本の大学が19世紀から変われないかというと、先生がやっていることと同じことをやらないと大学に残れないからです。だからコンピューターサイエンスなんて出てくるはずがない。先生がやっていないんですから。中国の大学はどこも文化大革命で60~70年代に一度破壊されているので、古くからの勢力がないんですよ。過去と断絶している。清華大学が世界一になった理由のひとつは、そこにあると思います。

仮想通貨が普及して送金が低コストでできるようになれば、働き方の幅は大きく広がります。例えば、個人が自分のウェブサイトで何らかのサービスを売るといったような、組織に依存しない働き方が可能になる。アメリカではフリーランサーがすでに労働力人口の3分の1近くを占め、あと10年もすれば労働力の過半を超えるだろうといわれています。

仮想通貨の基礎技術として注目されるのが「ブロックチェーン」です。ひとことで言えば、取引履歴が記録された台帳の仕組みのこと。従来のクライアントサーバーシステムによる中央集権型ではなく、P2P(ピアツーピア)(※1)による分散管理型の仕組みで、セキュリティ性が高く、改ざんや二重取引などの不正が事実上不可能なのが特徴です。

税務申告の電子文書は業者のタイムスタンプが必要ですが、そんな古臭い技術を使わなくても、ブロックチェーンがあれば簡単にできます。公証人もそう。日本で新しいスタートアップ企業が出てこない大きな理由は、公証人役場で定款を認証してもらわないといけないからです。しかしそんなものは、ブロックチェーンを使えばあっという間に出来てしまう。それにもかかわらず変わらないのは、既存勢力が強いから。大学もそうですし、公証人の多くは検事や判事から天下った人たちですから、強大な勢力です。そういうことがあらゆるところで根を張っているので、日本では起業ができない。

エストニアはアイルランドよりさらに小さい国ですが、ヨーロッパの中でもスタートアップ数が非常に多く、国を挙げてIT産業の発展を推進している電子大国です。ブロックチェーンはすでに国家のインフラに導入され、婚姻・出生・ビジネス契約といった政府の公的サービスへの応用が始まっています。ビジネスにおいても、自転車や自動車のライドシェアリングなどシェアリングエコノミー分野をはじめ、ブロックチェーンを活用したさまざまなプロジェクトが進められています。

こうしたブロックチェーン技術の応用は、スマートコントラクト(※2)と呼ばれ、これにより多くの仕事や業務の自動化が期待できます。重要なのは、その仕組みを用いて我々人間が何をするか。

そしてもうひとつ、AIがあります。AIは労働者としての仕事を自動化していくので、働き方を変えるのではなく、働く場がなくなっていくかもしれない。そこが問題です。しかし、人間でなければできない仕事は必ず残るはずなんです。その中で、自分にしかできない価値をいかに生み出すか。それに成功した個人や組織が、これから成長するのでしょう。

※この記事は、当社広報誌『INFORIUM』第10号(2018年11月30日発行)に掲載されたものです。

※1P2P(ピアツーピア)

Peer to Peerの略語。ネットワーク上に存在する端末が、1対1の対等な関係で直接データをやりとりする仕組みを指す。

※2スマートコントラクト

「契約の自動化」を意味する、ブロックチェーン上で契約をプログラム化する仕組み。第三者を介さずに信用が担保された取引を処理できるのが特徴。

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