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2020年10月21日INSIGHT

ダ・ヴィンチの理想都市から考える、新しい社会のすがた

グローバル化や産業構造・ビジネスモデルの複雑化などが要因となり、激しく変化していく現代。新型コロナウイルスのパンデミックによって、未来の不確実性はさらに高まっている。
感染症のパンデミックはこれまでにも、歴史を変えるほど私たち人類に大きな影響を及ぼしてきた。14世紀の欧州で大流行したペストは、教会と封建領主という2つの権力を失墜させ、社会構造を根底から変革した。しかし、これにより中世的な束縛から人間性が解放され、人間賛歌のルネサンスが花開いたといわれている。
この時代を語るにあたって外せないのが、レオナルド・ダ・ヴィンチの活躍だ。本稿では、ダ・ヴィンチの知られざる側面を紐解いていくことで、この未曾有の危機を乗り越え、新たな社会を創っていくためのヒントを探りたい。

ダ・ヴィンチが提案した、感染症の災禍をおさめる「理想都市」の形

『モナ・リザ』や『最後の晩餐』で知られるダ・ヴィンチ。芸術家としての側面が注目されがちだが、実は都市計画や建築をめぐる創造力にも長けた人物であった。例えば、現在のコロナ禍のような感染症の流行期に、ダ・ヴィンチは「密」を避けるための都市のあり方をデザインしていた。

1480年代初頭、当時ダ・ヴィンチが滞在していたミラノでは、数年間にわたって腺ペストが猛威をふるい、住民の約1/3が死亡した。科学への造詣も深かったダ・ヴィンチは、その原因が不衛生な都市環境にあることを見抜き、公衆衛生学的な観点からミラノの再建計画を構築。1480年代後半から1490年代前半にかけて、「理想都市」のアイディアを展開していった。

彼の手稿には、理想都市構造のスケッチとともに次のような記述が残っている。

「10個の街に、54戸の家と、3万人の住人を移しなさい。その家は、部屋がうまく配されて、風通しがいいようにし、そして、ヤギのようにひしめき合い、異臭が充満し、死に至るペストの種を撒き散らす人々の集まりを解きなさい」

つまり、ダ・ヴィンチが提案したのは、川沿いの10箇所に新たな街をつくり、ミラノの住民を移転させて人々を分散させるというアイディアだ。

しかし、ダ・ヴィンチのアイディアはそれだけではなかった。道路を上下に分割してそれぞれの役割を設定し、さらにその下に運河を張り巡らせ、都市を垂直型の3階層で構成するという、かなり大胆な計画も考案していたのだ。

分割された道路の上の階は美観が重視され、歩行者が生活するための空間とされた。大通りの両側にはアーケードが備わっていて邸宅や庭が並んでいる。大通りは、家の高さと同じくらいの道幅を確保し、中央に向かう傾斜によって雨水が下層階の下水循環システムに排出されるような設計にすることで、清潔に保たれる。下の階は、運河を活用することで、商業・衛生・下水設備として機能する。運河の流れは、街の空気を汚さないようなスピードで流れていて、理想都市の上層階と下層階は螺旋階段で結ばれている。

このように理想都市では、不衛生なものと、それ以外の人の動きや流れが交差しないような工夫が施されている。これはいわゆる、新型コロナウイルスの感染予防対策としても導入されている「ゾーニング」の発想だ。残念ながら実用化には至らなかったものの、衛生面や効率性を考慮した現代の都市計画にも通じる考え方であるといえよう。

階層化された街並みの図 (パリ手稿B 紙葉16表)

階層化された街並みの図 (パリ手稿B 紙葉16表)

ダ・ヴィンチの飽くなき探究心と理想を実現する力

ダ・ヴィンチは、芸術の世界ではもちろん、建築や科学などさまざまな分野で業績を残していたため、「万能人(uomo universale)」と呼ばれていた。その根底にあるのは、自然界の真理や自身の理想に対する「探究心」と、科学や技術的知見に裏打ちされた「実現力」だ。

『モナ・リザ』に描かれた女性が浮かべるあの特徴的な微笑みは、解剖学的視点から唇を動かす筋肉の構造を徹底的に観察したことで実現された表現だ。『最後の晩餐』では、光の入り方を数学的に捉えて観察した結果をもとに、遠近感の変化による錯視的効果が生み出されている。自身が理想とする芸術を生み出すために、ダ・ヴィンチは徹底的な観察を通じた科学への探求を欠かさなかった。

また、真理に迫るためのダ・ヴィンチの特徴的なアプローチの1つに、似ている物事から未知の対象の性質を類推する「アナロジー」が挙げられる。特に彼の心を捉えて離さなかったのが、「水の流れ」だ。ダ・ヴィンチは、水の流れと空気の作用との類似性を考察することで鳥が空を飛ぶ仕組みを発見したり、水の渦が生み出される要因と巻き毛ができる原因に共通するパターンを見出したりしていた。

もちろん、彼の描いた理想都市にもそうしたアナロジカルな発想が盛り込まれている。当時、人体における血液循環の研究をスタートしたばかりだったダ・ヴィンチは、都市を呼吸する生きものと捉え、「血液の循環」=「水や空気の流れ」と置き換えて考えることで、運河や道路、水路を用いて物資・廃棄物・上下水などの最適な循環システムを構築し、“老廃物”をうまく排出しようとした。

さらに、その具体的な実現方法まで提案できることも、ダ・ヴィンチの強みだったといえる。例えば、先に挙げた理想都市における大通りの道幅や雨水排出システムは、ブラッチョという当時の長さの単位を使って具体的に指定されているし、公衆便所は臭気の防止方法として便器の座部を旋回式にすることで利用時にだけ壁から取り出すといったような現代的な設計が提案されている。

さらに、ダ・ヴィンチの手稿には、運河を引くための大型機械のスケッチも残されている。そこでは、掘削で発生する大量の土砂を運搬できるようなシステムの詳細なアイディアや、それに関わる作業員の人件費までもが綿密に計算されている。大きな理想を抱きつつも、それを実現していけるだけの科学的思考力や技術的知見も持ちあわせていたことが伺える。

このようにダ・ヴィンチが描いた理想都市を紐解いていくと、先入観にとらわれない壮大で大胆な理想を掲げる一方で、多様な分野の知識や経験に裏打ちされた実現力をもって新たな社会を築こうとした、広義の「アーキテクト」としての側面を持った人物像が浮かび上がってくる。

現代で注目すべきは「情報の流れ」

ここで、現代に生きる私たちが置かれている状況についてダ・ヴィンチのようにアナロジーで考えてみたい。グーテンベルクの活版印刷が登場したばかりのルネサンス期とは異なり、現代はITが発達したことで「情報」で溢れている。ダ・ヴィンチは、理想都市を構築するにあたって「水や空気の流れ」に着目した。これを、「情報の流れ」に置き換えてみたい。

従来、「情報」を扱う技術=ITは、人手で行っていた既存の業務を効率化するために用いられてきた。しかし、長期的な方針を明確にしないままITシステムを導入したり、場当たり的に修正や機能追加を繰り返したりすることで、つぎはぎだらけだらけで環境の変化に柔軟に対応できないシステムがつくりあげられてしまっている事例は少なくない。さらに、ITやデジタルツールの導入自体が目的となってしまい、真の課題解決に至っていないケースも多くある。これらの問題は、情報を「循環」するものとして扱っていないために起こっているともいえる。

一方で、「すべての企業がソフトウェア企業になる」と近年言われてきたように、昨今新たに世の中に登場してきているサービスや商品、ビジネスモデルは、業界を問わずITやデータの活用が大前提となっている。

こうした現在の状況に対応していくには、ダ・ヴィンチが水と空気の流れの循環に着目して理想都市を設計していったように、まずはあるべき未来の姿を描いてさまざまなステークホルダーに示し、情報の流れを業務領域や事業分野を超えて循環させていく仕組みを「デザイン」していくことが求められるのではないだろうか。

デザイン(desing)の語源「desingnare」は、ラテン語で「進むべき方向性を記号に表す」という意味で用いられていたとされる。つまり、デザインという言葉は、広義の意味で「より良い形で目標を実現化するための計画・設計」と捉えることもできる。新たな社会を構築し、そこへ迅速にシフトしていくためには、最新の技術とシステム・データを活用することで情報が常に最適な形で循環しているような、これまでの常識にとらわれない未来像をまさに「デザイン」していくことが大切だ。

理想都市をデザインしてペスト禍を克服しようとしたダ・ヴィンチのように、私たちはコロナ禍の先にある社会の姿をデザインしていかなければならない。そうした、現代のダ・ヴィンチのような存在こそが、NTTデータが重要視する「トップアーキテクト」である。「アーキテクト」は、建築や都市計画で用いられる言葉という印象があるかもしれない。しかし、あるべき未来という理想を追い求める強い信念を持ち、経験と実践、そして観察に裏打ちされた技術力によりそれらを現実のものにしていける人物のことを、私たちはあえて「アーキテクト」と呼びたい。

AI、IoT、ブロックチェーン……道具はすでに揃っている。コロナ禍という未曾有の危機を抜け出し、ルネサンスのような華々しい時代を作りだしていけるか否かは、アーキテクトたちの活躍に掛かっている。

参考文献

ウォルター・アイザックソン著、土方奈美翻訳『レオナルド・ダ・ヴィンチ 上・下』(文藝春秋、2019年)
池上英洋著『レオナルド・ダ・ヴィンチ:生涯と芸術のすべて』(筑摩書房、2019年)
長尾重武著『建築家レオナルド・ダ・ヴィンチ―ルネッサンス期の理想都市像』(中央公論社、1994年)

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