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2023年3月23日展望を知る

量子コンピュータが金融業界にもたらす可能性とリスク

実現すれば従来型のコンピュータより高速な計算が可能となる量子コンピュータ。すでに大手金融機関では活用に向けた取り組みが本格化している。本稿では、金融業界での活用の可能性と、リスクについて紹介する。
目次

1.量子コンピュータへの期待の高まり

量子力学の現象を利用して並列計算を実現する量子コンピュータは、実現すれば従来型コンピュータより高速な計算が可能なため、各国でハードウェアの開発と利活用に向けた検討が進められています。日本でも内閣府が「量子技術イノベーション戦略」を定め推進しており、2023年には国産初号機が誕生する見込みです。
量子コンピュータは大きく分けて2種類の方式があります。これら二つの方式はともすれば混同して(曖昧に)語られがちですが、実装方式や発展状況、できることに大きな違いがあります。ひとつは汎用的な計算が可能な「量子ゲート方式」です。実ビジネスへの適用は10年以上先と見込まれている研究段階の方式ですが、IBM社等の主導で応用研究ができる環境になりつつあります。もうひとつは組み合わせ最適化問題に特化した「量子アニーリング方式」で、実社会の問題を対象にしたPoCが活発化している実用段階の方式です。

現時点では使いこなすにも高い専門性が必要な状況ではありますが、こうして進展著しい量子コンピュータについて、金融業界でもビジネス活用への期待が高まっています。本稿では量子コンピュータがもたらす金融業界への可能性とリスクについて、特に注目すべき点を紹介します。

2.金融業界では金融工学への適用が期待

金融工学とは「値動きのある金融商品のリスクやリターン、理論的な価格などを、数学やコンピュータを駆使して数値化し、分析し、リスクヘッジやリスクマネジメントに役立たせたり、投資や資産運用の意思決定に役立たせたりすることを研究する」ことです(※1)。金融工学には非常に多くの計算が必要で、現行のコンピュータでは柔軟な金融取引や精緻なリスク量評価を、即時に実行するのが難しいと言われてきました。量子コンピュータがこの課題を払拭し、資金証券領域での新たなビジネス、たとえば、ローリスク/ハイリターンな投資先の組み合わせを見つけるポートフォリオ最適化や、投資や資金貸付時のリスク量を定量的に計算するリスク量計算、金融派生商品の価格を計算するデリバティブ・プライシングなどに活用することが期待されています。
ポートフォリオ最適化について、NTTデータが行った量子アニーリング方式を用いた実験を紹介します。この実験では、通貨の値動きの相関を並べ替えることができました。これにより、相関が低いもの同士を組み合わせて投資を行うことでリスクヘッジをすることができます。相関の並べ替えの際、計算の対象となる投資先が増えるほど計算時間がかかりますが、量子コンピュータによる高速計算が、収益に直結する可能性があることがわかるでしょう。

図1:量子アニーリング方式を使ったポートフォリオ最適化(NTTデータが実施)

図1:量子アニーリング方式を使ったポートフォリオ最適化(NTTデータが実施)

現時点では適用可能な処理が限定的で、チューニングの難しさなど技術的な制約が多く、その実現には数年かかる見込みです。しかし、大手金融機関すでに「いち早く量子コンピュータを使いこなす」べく取り組みを始めています。
たとえば大手米銀は、先に挙げたデリバティブ・プライシングやリスク量計算などの用途で、量子コンピュータの応用研究を続けています。
また日本においても、日本IBM社と東京大学、慶應義塾大学が中心となって推進する量子イノベーションイニシアティブ協議会には大手銀行が名を連ね、量子コンピュータの社会実装実現をめざしているのです。

3.量子コンピュータ実用化の際のリスク

量子コンピュータ実用化の影響は必ずしも良いことばかりとは言えません。なかでも高速計算により、現在広く使われている暗号技術(RSA暗号)が破られ、セキュリティリスクをもたらすことが懸念されています。
RSA暗号は、「古典的コンピュータでは、巨大な数の素因数分解を行うことは難しい」性質を利用した公開鍵暗号システムです。インターネットの暗号化技術を支えており、インターネットバンキングでも利用されています。量子コンピュータは、この素因数分解を解いてしまうため、RSA暗号が突破されてしまう可能性があるのです。

図2:RSA暗号のしくみ

図2:RSA暗号のしくみ

インターネットバンキングなどでお金を扱う金融機関にとって、この暗号の危殆化は死活問題です。そこでRSA暗号に代わる次世代の暗号として、量子コンピュータによる解読に耐える「耐量子計算機暗号(PQC:Post-quantum cryptography)」の標準化が、世界の暗号技術標準に強い影響力を持つNIST(米国)(※2)の主導で進められています。

各国の有識者の見解を踏まえると、実際に量子コンピュータによる暗号解読のリスクが顕在化するのは、早くとも2030年より後の時期になると見られています。現在実現されている量子コンピュータの計算能力を踏まえると、暗号の解読は差し迫った危機ではありません。しかし、各国で暗号の標準化や適切な運用の規定を定めている機関(例:CRYPTREC(日本)(※3))は、危機の顕在化が予想される時期を踏まえ、暗号方式の移行期限をレギュレーションとして定めています。2023年現在は、耐量子計算機暗号対応のロードマップの最初のフェーズである標準化が進められている段階です。2024年ごろには標準化が完了し、2025年ごろには対応した製品が市場に出そろっていくと思われます。

システムを利用する側である一般利用者は、耐量子暗号への対応に関して特に意識する必要はありません。一方、金融機関を含むシステムを提供する側は、2025年から2030年の間に耐量子暗号への切り替えを完了させる必要があります。システムは、おおむね5年おきに刷新する場合が多いため、影響確認などを考えると、刷新タイミングに合わせて耐量子暗号への切り替えを行うことが最善だと考えられ、システムロードマップに組み込んでおく必要があるでしょう。

4.今後に向けて

技術的にはまだまだこれからとなる量子コンピュータですが、来るべき実用化に向けてさまざまな検討が進められています。金融機関においても、どういった利用方法があるのか、どこに留意しなければならないのかといった点を踏まえ準備を進めていくことが大切です。

NTTデータでは、海外に設置したイノベーションセンターと連携した量子コンピュータの研究開発を推進するとともに、金融ビジネスへの活用可能性を引き続き検討していきます。また、耐量子計算機暗号の導入などによる暗号の安全性を確保や、暗号技術に限らず認証情報(ID・パスワード等)の窃取に伴うリスク検討・対策強化のご提案によって、金融システムのトータルなセキュリティ強化に貢献します。

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