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個の影響力の高まりが、個を意識した社会システムへの転換を促している。個の持つ力、個の持つ情報に寄り添う形の社会デザインが新たな価値を生み出す起点となり、今後の企業および社会の持続的成長の礎となる。

個の影響力の拡大

テクノロジーにより「個」は大きな力を手に入れた。この約10年間でモバイルデバイスや高速インターネットは世界中の都市に普及した。これにより、個はSNSを通じた発信力やあらゆる情報へのアクセシビリティを手に入れ、低廉化されたデジタルサービスを用いて自らが置かれた社会に働きかけ、その在り方を変える力を持つようになった。

創造的・生産的な特技を持つイノベーターが、身近な問題から、世界的に共通している課題の解決まで、至るところで大きなイノベーションを生み出し、社会やコミュニティを日々変革しつつある。

例えば米国では、視線以外すべての随意運動が不可能になった患者のコミュニケーションツールを、一人の女子高生が開発した。これはアイトラッキング(視線検知)とブレイン・マシン・インタフェース※1によって、絵文字が表示されている画面に向けた視線と脳波から、患者の意図を汲み取り、テキストメッセージ化して介助者に送信するものだ。ボランティア体験で気づいた課題を、最新のテクノロジーと若者文化との融合によって解決したこのツールは、世界中の声なき人々を救うかもしれない。

テクノロジーを手にした自由な個による挑戦が大きなうねりを生み出し、一人の行動が連鎖的に広がることで、社会を変える力になりつつある。

個を意識したビジネスデザイン

企業もこのような個の影響力を無視できなくなり、個を意識したビジネスへのシフトが鮮明になってきている。

ある映像配信サービス企業は、利用者の視聴傾向に合わせて新たな作品を提案する、興味を引くワンシーンを作品の中から切り出して表示するなどのパーソナライズされたサービスを提供しているが、近年では、利用者の嗜好に合わせた作品を自らが撮り、配信するといった新たなパーソナライズの形で自身のビジネスを拡大させている。

遺伝子情報を簡単な器具で採集し、アプリで生活のログを集めることで、遺伝子レベルでレコメンドする健康サービスもある。個人の体質や体調の変化に応じて、適切なサプリメントやメニューを提示してそれらを自宅まで配達したり、さらには3Dプリンティングで最適な食事を目の前に作り出すことさえ試みられている。

個に対して、個をぶつけることでマーケティングを強化しようという動きもある。多数のフォロワーを持つバーチャルインフルエンサーを、高級ブランドが相次いで広告塔に起用している。それ自体の存在感がブランドの革新性を引き立たせる一方で、人間のモデルには避けられないコストやリスクとは無縁で、長期にわたって一貫したブランドイメージを確立することができるのだ。これは個の志向や行動を起点にして個の存在感によって強く働きかけようとする新たなビジネスモデルであり、個と社会の接点として必要不可欠になったスマートデバイスがもたらしたものである。

個が持つ情報の価値

これまでになく、一人ひとりの志向や選択が価値を持つようになる中、それをどこまで他者と共有するのかという問題も顕在化してきている。

敢えて自分の個人情報を提供することで、パーソナライズされたサービスやコミュニティネットワークを享受することもできる。個の発する膨大なデータを独占するプラットフォーマーが巨大な存在となり、我々は知らず知らずのうちにそれらに依存するという構図はこの先も続くのだろうか。

パーソナルデータ※2をめぐっては、管理や規制の動きが活発になりつつある。情報銀行はその一つだ。個人の同意に基づいてパーソナルデータを預け、それを第三者に提供可能とすることをめざすこの仕組みは、社会や生活の様々な局面で個の情報を活用したサービスを生み出しつつも、パーソナルデータが利用される経路や提供範囲を、個人の権利として管理できる。パーソナルデータを安全に管理し、その価値を最大限に引き出しながらも過度の独占を防ごうとする試みである。これはパーソナルデータの主導権を一人ひとりの個人にシフトさせる枠組みとも言えるだろう。

こうした個が持つ情報をめぐる大きな潮流は、明らかに個々人のプライバシー情報に大きな価値があり、その言葉・思考・行動そのものがさらに価値を生み出す源泉となることを意味している。

優秀な個の獲得競争

個の能力や意志が価値を生む社会において、企業は単に労働力としての人間を集めるだけでは生き残れなくなっている。個を重視したビジネスを生み出すために求められるのは、社会や企業の課題をアイデアやテクノロジーで解決しようとする人材を獲得することだ。企業において従業員の個性を尊重し活用しようとする動きは一般化している。

スポーツ用品の買い手が流行に敏感な女性や健康維持を願う高齢者と多様化していることを背景に、自社に多様な人材を集めることで、競争力の高い製品を創り出しているスポーツ用品メーカーもある。この企業は、女性や高齢者、障がい者でも働きやすい環境整備を行い、顧客と従業員双方の個を尊重することを自社の価値としている。

このような人材の獲得に関する変化は国境を越えて広がり始めている。米国のコンサルティング会社が2018年に発表したレポート※3では、2030年までに世界中で8,500万人以上の高度人材不足が起こり、それが引き起こす損失は8.5兆ドルにも及ぶと言及している。このような中、カナダや中国では、専門知識や高度な技能を持つ移民を優先的に受け入れ、家族も含めた生活面のサポートなどで優遇を行っている。途上国から先進国への移民の流れが、単純労働者から高度人材へシフトしている状況は欧米を中心に2000年頃から続いているが、その波は日本にも及ぼうとしている。

個に寄り添うビジネスは、優秀な個を起用することでより創造的なものになる。企業や国家の求める戦略も、その潮流と軌を一にしようとしている。

個を基点とする世界

大量生産・大量消費の時代はとうに終わり、社会の在り方が個重視の方向へと再編されつつある。企業に求められるのは個に寄り添ったモノやサービスであり、それらを拡散させるのも、モノやサービス自体だけではなく、それを発信する個の魅力にかかっている。

個に寄り添ったビジネスの起点となるのは個が発する情報だ。個が持つデータや情報は「新しい石油」と呼ばれる一方、漏洩や不適切な取り扱いは、個人・企業の双方にとって大きなリスクにもなる。今後企業や社会には、個の持つ能力、個の情報を適切に捉え、それらに寄り添う形で自身のサービスをデザインしていくことが求められるだろう。それは個が持つアイデアこそがイノベーションの源泉となり、持続的発展の鍵になるからに違いない。