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恩恵をもたらすテクノロジーは分断や格差といった新たな社会課題を顕在化させる。進化するテクノロジーとの共存に向けた倫理醸成か、ルール導入か、デジタル社会の未来を描くためには意識や行動の変化が求められる。

テクノロジーが生み出す分断

テクノロジーの進化によって人類は様々な力を手に入れた。テクノロジーが新たなサービスやイノベーションを生み出し、それらがさらに新たなテクノロジーを生み出すという循環が生まれている。

テクノロジーの進化は、イノベーションを生み出すためのコストを下げ、誰もがアイデアを具現化し、その価値を世に問うことが容易な世界を作り出した。また、地理的・時間的な制約がテクノロジーによって取り払われつつある現在において、イノベーター達が、自身のスキルや意欲を最大限に発揮できる場所を求めて、自らが望む場所へ移ることも容易になっている。そして、規制の少ない国や地域にイノベーターが集まり、そこを起点として世界にイノベーションが伝搬されていく。

このような状況が進むと、新たな壁も生まれかねない。最悪のシナリオは、テクノロジー時代の「持つ者」と「持たざる者」に分断されることだ。ある共通する価値観やテクノロジーを持つコミュニティがその恩恵を享受する一方で、時間を経るごとに「持つ者」の一員となるためのコストは増え、同質性の高いメンバー同士が結束していくことになりかねない。そして、富裕層と貧困層、イノベーションの推進派と反対派など、両者の溝は深まっていく可能性がある。

デジタル格差への警鐘

テクノロジーは社会生活をよりよいものへと向上させるが、実際に社会生活が営まれている物理空間においては、新たなヒエラルキーを生じさせ、社会の分断をも生み出しかねない。テクノロジーの恩恵を受ける人々がいる一方で、その恩恵を享受することができず、発展に乗り遅れる辺境地域や社会的階級もある。

例えば、HealthTech※1がもたらす先進的な医療は、多くの人の健康に役立つものであるが、享受するために高度な知識や技術が求められたり、利用コストが増大するようになると、富裕層以外の人々が、基本的な医療すら受けられなくなる事態を招く恐れもある。

スウェーデンは、現金の流通量が対GDP(国内総生産)比の約1.4%以下※2であり、キャッシュレス化が急速に進行していると言われている。一方で、デジタルデバイスの扱いに不慣れな人やサイバー攻撃のリスクを憂慮する人々がキャッシュレス化への反対を訴える団体を立ち上げ、現金の流通がなくならないように働きかける社会運動も起きている。

デジタルデバイド※3はデジタルテクノロジーに不慣れな高齢者や社会的属性に関するものとされてきた。言語のリテラシーが無いと日常生活が阻害されるように、テクノロジーがあまりに普遍的なものになると、デジタルリテラシーの差が人々の日常的・社会的なあらゆる不利益や危険に直結することになり、その分断はさらに埋めがたくなっていく。

デジタル化という急激な変化についてこられない人々がいるのもまた事実である。社会の在り方そのものがテクノロジーを前提とした社会に変わりつつある中、デジタルリテラシーを持ち合わせること、またリテラシーを高めるための活動は極めて重要な優先課題となるだろう。

新たに生じる問題

テクノロジーは、我々の行動や思考に大きな変化を及ぼすような新たな社会的問題を生じさせている。

IoTによりあらゆるモノやヒトまでもがつながる時代になってきている。デジタル化が進むほど、多種多様なセンサで個人や企業の行動、考え方などがセンシングされ、オンラインネットワークを介して世界中に広がっていく。それは利便性やサービスの品質を向上させると同時にサイバー攻撃の脅威にさらされやすい環境を生み出しているとも言える。IoTセキュリティの問題は、個人から企業、国家まで幅広いステークホルダーが持つ知と力を結集させつつ解決しなければならないだろう。

また、AIの発展により様々なコンテンツが自動的に生成できるようになったが、同時に偽のデータを作り出すことも可能となった。近年、深刻になりつつあるのがDeepfakeだ。AIによって作られた、選挙の候補者が敵対候補を罵っている偽動画は、まるでその人物が本当に話しているかのように自然に見える。もはや、ちょっとした知識や技術があれば誰でもフェイクデータを作り出すことができるようになっている。より高度かつ精巧になるフェイクデータは、人々が気付かないうちに個人や集団のバイアスを深め、社会的分断を進めることにもなりかねない。フェイクデータの真偽を判断することはますます難しくなるが、フェイクを見破るためにもAIが用いられていくのである。

倫理観の必要性

テクノロジー自体は善でも悪でもないが、作る側や使う側の人間にはそれらが存在する。

近年注目を浴びる生物学においても、新たな技術は希望と同時に悪夢も引き起こしかねない。ゲノムを改変して新たな細胞や生物を作る合成生物学や、病気の原因になる遺伝子を操作する遺伝子編集技術は様々な難病を解決し、環境の変化に耐えうる作物を創り出すなどの恩恵をもたらすだろう。一方で、未知の脅威や軍事利用の可能性もあるばかりか、新たな種類の人間や生物を造り出すことは許されるのかという倫理的な問いを突きつける。中国で遺伝子の一部が編集された双子の女児が誕生したというニュースは世界中の注目を浴び、倫理や法規制論争を過熱させている。

このようなテクノロジーの進化により生じた課題に対し、我々は一歩立ち止まり、倫理を議論するテーブルに着く必要があるのではないだろうか。

迫られる選択

デジタル化が進展する社会では、過去になかったほどのメリットを我々は享受できるだろう。だが、一歩誤れば世界を分断するような、かつてなかった問題を顕在化させる。我々はこれらをどう乗り越えていくかの岐路に立たされているのかもしれない。

イノベーションを牽引してきた米国では、テクノロジーがもたらす倫理的影響についてのガイドブックを作るという試みがなされている。EUはイノベーションにさらされる個人の保護に注力する方針に舵を切り始めた。信頼できるAIの倫理指針案が検討され、人種や性別による差別を防ぐことや、AIによる判断を人間が監視することなどAI開発のための10の必要条件を定めている。法的観点では、GDPR(EU一般データ保護規則)のような規制が始まっている。保護されるべきプライバシー情報の範囲が拡大され、個人情報を取り扱う企業の規模に関わらず規制が適用される。

進化するテクノロジーと共存していくためには、技術を作る側と利用する側の倫理観の醸成か、社会によるルールや法規制の導入か、AND/ORの選択が必要になる。倫理と規制の平衡点はまだ定まってはいないし、確定されることはないかもしれない。しかし、ルールがあるからこそ生まれるイノベーションも存在する。このバランスへの答えを試行錯誤することが、新たに我々に課せられた社会課題となるだろう。