特別対談:生活者視点で描く、新しいこれから。

~めざすべき社会像とそのために必要な人材とは~

コロナ禍で顕在化した新たな課題を踏まえ、私たちはよりよい社会をどのように創っていけばよいのか、また、そのためにはどのような人材が必要なのか。慶應義塾大学総合政策学部教授の國領二郎氏と、NTTデータ代表取締役社長の本間洋との対談を通じ、新しいデジタル社会像の要諦を探る。

目次

0.新しい社会をリ・デザインする方向性

新型コロナウイルスは、社会を一変させた。この変化を乗り越え、新しい社会像を描くためには、デジタル技術の力を活用していくことが必要不可欠だ。NTTデータ経営研究所ではNTTデータグループが保有するデジタル技術に関するさまざまな知見を活用し、ニューノーマル時代の新しいデジタル社会に関する提言、「Re-Design by Digital ~デジタルによる社会の再構築~」をまとめた。

「新しい社会をデジタル技術でリ・デザインする」とはどういうことか。慶應義塾大学総合政策学部教授であり、政府の一連のデジタル政策にも詳しい國領二郎氏と、NTTデータ代表取締役社長 本間洋との対談を通じ、考えていくこととしたい。(司会はNTTデータ経営研究所 三谷慶一郎)

1.コロナ禍で見えてきたこと

(1)オンラインとリアルのベストミックス

司会 コロナ禍で1年半が過ぎました。社会全体に大きな打撃を与えたこの非日常の経験を通じて、どのようなことをお感じになられたでしょうか、またこの経験を通じて見えてきたことは何だったのでしょうか。

本間 私たち自身の生活を振り返ると、テレワークやオンライン会議が想像以上に活用できることがわかりました。他方、学びや学習・知恵出し・アイデア出しはリアルで空間を共有する方が優れているという、リアルの良さも再認識されたと思います。

一方、社会を見ると、さまざまな課題が浮き彫りになり、合わせてデジタル技術を活用して新しい社会の仕組みを作ろうとする「BBB(Build Back Better)」という動きが加速しました。NTTデータも、ehCOS Remote Health という遠隔医療診断ソリューションを、スペインを通じてチリやペルー、ポルトガルに提供したり、北米でPCR検査の受付システムや患者の管理システム、病状分析システム等をいち早く提供するなど、この状況下でも新しい仕組みを提供しています。

日本では「あれができていない、これができていない、ここが問題だ」という声が多く聞こえますが、欧米では「あれができた、これもできた、次はこれをやろうじゃないか」と前向きな反応が多く見えます。これからはこうした考え方で、アフターコロナでは、オンラインとリアルのベストミックスを作っていくことが大事だと思います。

國領 オンラインでも日常生活は一定程度対応できるという発見をしたこと。リアルの持つすばらしさを改めて実感したこと。いずれも同感です。私はコロナ禍に突入した時に慶應義塾のCIOをしていて、いきなり3万人の大学生にオンライン授業を行うことになりました。大学は現場力がないと言われがちですが、「やってみれば案外できる」。本間社長がおっしゃる通り、日本はとかくできないことに目を向けがちですが、切羽詰まった状況では、現場力の強さが出てくるのだと感じました。

ただ、授業は実施できるけれど、授業外での学生間のコミュニケーションには問題があり、学生たちの疲労によるメンタルの不調を心配しています。リアルで一緒にできることの良さを改めて感じているところです。

ただ、コロナが過ぎ去っても、人間の行動は元には戻らないでしょう。大学間の共同プロジェクト授業や国際的なプログラムはオンラインにより参加が容易になり、国際学会に参加する回数は以前よりも増加しています。先進的な大学などはオンラインならではの価値を追求した様々なプログラムを始めています。「オンラインとリアルを混ぜた新しく最適な形態」を見つけ出したプレイヤーがアフターコロナにおいて勝つのだと思います。

(2)見えてきたデジタル技術の活用という課題

司会 多くの人々がデジタル技術のメリットを体感した反面、様々な場面で日本社会におけるデジタル技術の活用能力が低いことが暴露されてしまいました。この点についてはどのようにお考えでしょうか。

國領 個人的に「活用に向けての弊害」が露わになったことは前向きに評価しています。今まで「デジタル技術なんて要らない」と言っていたのが、強制的にやらざるを得なくなってしまった。たとえば、学生の写真をクラウド上にアップすることについては、プライバシーの観点から抵抗があった。しかし、オンライン環境で容量が間に合わなくなったので、クラウド移行せざるを得なくなり、「どうやったらできるか」という議論ができるようになりました。

本間 ITの歴史を振り返ると、2000年9月に発表されたe-Japan戦略には電子商取引・電子政府の推進、IT人材の育成などが謳われていました。およそ20年を経て2019年5月に待望のワンストップ・ワンスオンリー・デジタルファーストの推進のためのデジタルファースト法案ができました。とてもよくできた法案ですが、これからというときにコロナ禍になってしまい、結果として様々な社会課題が残されたまま、となっています。

このe-Japan戦略から20年間、日本のIT投資は、10兆円から20兆円程度で横ばい、IT人材が100万人程度なのも変わっていません。
日本のITは、独自にシステムが進化してきた「ガラパゴス」と言われます。パッケージソフトでも、日本だけがカスタマイズを多く行い、周辺系との接続対応も多く、手間もコストもものすごくかかっています。
この背景には労働市場も影響しています。最近多少変わってきたとは言え、日本は、転職が少ない縦割りの村社会的文化の中で独自のものを作り、改善・改良をしていったことが独自の進化につながってしまったと思います。
結果として、日本のIT投資の7~8割は維持・メンテの「守りのIT投資」で「攻めのIT投資」は2~3割に過ぎません。この割合は、欧米とは逆です。彼らは標準化されたシステムで、発達した労働市場を背景に、転職したての人材でも直ぐに対応できるという特色があります。

さらに、将来的にIT要員不足(経済産業省は2030年にIT要員が、45万人が不足すると予想)を踏まえると、企業における非競争領域はパッケージや共同化、クラウドサービスを活用し、強みの競争優位性があるところでがっちり作っていくというように、標準化する領域と独自性を出す領域は分けて攻めのIT投資に力をかけることが大事だと思います。

2.今後めざすべきは、「つながるDX」が一人ひとりに最適なサービスを実現する社会

司会 厳しいコロナ禍を、社会を転換するきっかけと前向きに考えたいですね。大事なのは「どのような社会を目指すか」ということだと思いますが、いかがお考えでしょうか。

本間 これからがデジタル化を加速していくのに重要な時期だと思います。あるグローバル製造業で、100社以上の関連する工場・販売会社・部品会社を横通しでサプライチェーンをつなぎ、迅速な意思決定を行った事例があります。「つながるDX」というか、これまでの自組織内のDXから関係者を巻き込んだDX、そして社会全体のDXへと変えていく必要があるでしょう。
例えば行政と金融機関の連携なども去年から増えてきていて、行政サービスもキャッシュレスにしようという動きもあります。
あらゆるステークホルダーがつながることで、個社では実現できなかったことができるようになります。そして、そのためには課題に対して着眼大局で、全体のトータルデザインをきちんと設計していくことが求められます。
供給者視点ではなく生活者視点で、使っていて心地が良い、温もりのあるサービスを提供することが大切になります。そのためには、業界を越えて活動できるような人材を増やしていかないといけません。

國領 複数の会社が連携しながらサービスを創り出すためには、オペレーションをきちんとしなければなりません。
私自身がよくDXを説明する際、「従来の均質化したサービスから一人ひとりにカスタマイズされたものになる」と表現しているのですが、この場合のオペレーションを考えると、システムの基盤は標準化しながら、エンドの顧客に近いところはカスタマイズするということが設計思想として重要になる局面だと思います。

現在、全国の自治体システムを標準化するということが検討されています。これはこれで重要なのですが、発想を逆にしてカスタマーインタフェースの部分は一人ひとり、1億2千万個の独自インタフェースを創り出せるといいと考えます。これを実現するためには、提供側がプロダクト思考ではなく、サービス思考で開発し、エンドユーザに近いところのアグリゲーターがネットワーク上からいろいろなサービスを集めてくることになると思います。

例えば防災情報。本来、住民一人ひとりにとって提供されるべき内容は異なります。
高台に住んでいれば川の氾濫が関係ないように、実際に住んでいるところが危ないのかが知りたいと思うはずです。
最近はそういったことができるシステムづくりが盛んです。大学でもコロナ禍を機にLMS(学習管理システム)を入れ替え、一人ひとりの学生の進み具合にカスタマイズしてインタフェースを作るクラウドベースのサービスを2、3か月で立ち上げることができました。今までだったら2年仕事だったと思います。

本間 デジタルの良さは、個をとらえたサービスで実感できます。本当にデジタルを推進しようと思ったら、デジタル化の目的は何かというビジョンを明確にして、利用者に共有し、共感してもらうことが大切です。
私がCDO(※)となっている山形県酒田市のデジタル変革戦略では、住民にとって便利になる、職員にとって作業を軽減し、より市民に寄り添える、そして地域が元気になるために、一人ひとりに適した、使いやすく温もりのあるサービスの提供を掲げ、市民参加型で実現していくことをめざしています。

  • (※) CDO(Chief Digital Officer):DX推進に向けての最高デジタル責任者

3.新しい社会構築のために必要なデジタル人材

(1)求められるのはアーキテクチャに裏付けされたデザインができる人材

司会 日本社会におけるこれまでのデジタル化推進状況は、必ずしも十分とは言えませんでした。今後はどのような点に留意して加速させていくべきなのでしょうか。

國領 デジタル人材の育成、確保という話が大きいと思います。IT業界のキャリアパスがベンダーの中だけのキャリアに閉じてしまっています。例えばアメリカの大学の図書館のエキスパートの場合、昇進のためには一つの大学に閉じず、大学図書館マーケットの中であちこち就職します。IT業界もキャリアパスをうまく作って流動性を高めていきながら、世界共通的なツールを活用していくことが必要です。
デジタル庁でも「リボルビングドア」、行政機関と民間との間で人材が行き来する仕組みが必要だと議論し始めています。人材流動化の機運が高まっているのではないでしょうか。新しい仕組みを作っていく良いタイミングだと思います。

本間 IT投資の目的は、人手の代替から、デジタルで新しい商品やビジネスモデルを作っていく、革新的な自動化をするという方向に変わってきています。この変化の中で、NTTデータはデジタル人材がどうあるべきか、議論してきました。お客様のビジネスを理解するだけでなく、高度なデジタル技術の知見を有し、活用できることが必要です。こうしたデジタル人材を、社内でも育成し、お客様へも提供しています。具体的には、3年ほど前からデジタル人材育成プログラムを強化し、国内でのべ3万8千人が受講しています。また、CDO、CIOを派遣してほしいというお客様からのニーズに応え、実際に派遣も始めています。コミュニティを作り、お互いに学べる仕組みや、お客様の方からもデジタル人材育成の研修に参加いただく取り組みも行っています。

國領 お客様とベンダーとの関係性が変わり始めているというのは大きなポイントですね。ITゼネコンと言われてしまったように、ユーザー側には人材が育たず、ベンダー側に丸投げになってしまっていることも少なくありません。こういうのを作ってとユーザー側が考えてベンダー側にお願いするという構図から、極端に言うと仕様書をゼロから作っていくところから一緒に考えるような関係にならないと、改善しないという感覚があります。

本間 今までは企業の中にある事務処理マニュアルをベンダーが読み解いてシステムを作ることができました。WHATが明確だったのでHOWを考えることができたわけです。今は新しいサービスや商品、ビジネスモデルを考えるという、WHATがない状況なので、それを一緒に考えるCo-Thinkingがものすごく重要になっていると思います。NTTデータではお客様であるユーザー企業に人材を送り込み、内製化のお手伝いをしています。ユーザー企業とベンダーで人材を一緒に育成していくことが大事だと思っています。

本間 これから特に必要になるのが、全体を見据えて、アーキテクチャに裏付けされたデザインができる人材です。建築家の隈研吾さんは土木工学とアーキテクチャを理解したうえでデザインされ、「家を建てているのではなく、人々の暮らし方や街づくりをしている」と述べられています。デジタル化においても同様だと思います。國領先生のご意見はいかがですか。

國領 同感です。アメリカでは、IT(情報技術)とIS(情報システム)とは別の領域として扱われていますが、日本では、「情報システム」という考えはあまり根付いていません。MIS(経営情報システム)の分野では、1970年代からソシオテクニカルシステムというコンセプトのもとで、ソーシャルシステムとテクニカルシステムの統合設計を行っています。これはつまり、不合理な社会の仕組みをそのままシステム化するとバグが発生するので、その仕組み自身も直してしまおう、というわけです。日本でもこの概念を根付かせないとうまくいかないのではないかと感じます。

本間 コロナ禍での医療リソースの問題でも感じたことですが、感染状況や検査状況、病床やワクチンの状況といった情報はそれぞれは管理されていたものの、うまく活用できていないように思えました。つなげて全体を見れば「打ち手」が変わると思います。日本人は、一人ひとりは優秀なのに全体知が足りない気がします。「つながるDX」が必要ですね。

國領 基盤的な検討から、もっと上の話まで総合的に考えるという発想があるからこそ、建築におけるアーキテクトは社会モデルを意識しながらハードウエアを提供する空間設計ができています。歴史をたどると、豊臣秀吉が京都の合理的街区整理をしたなど、日本人に決してできないことではないと思います。

(2)デジタル人材を育てるには

司会 アーキテクトという言葉は元々社会課題を解決する技術者という意味で用いられていたそうです。大河ドラマになっている渋沢栄一も、全体を考えて全く新しい仕組みを作った人ですよね。

本間 渋沢栄一は「結合魔」と言われるくらい、優秀な人々を発見して育成し、つなげたと聞いています。
建築業界でいえば、代表的な建築家として丹下健三さんがいますが、東京大学の丹下研究室などを出た人がトップアーキテクトとして活躍したり、その他にも多くの方々が業界で活躍しています。このように、産学で一体となって優秀な人材を育てていくことが大事だと思います。

國領 教育にもリボルビングドアが必要だと思います。現場でバリバリにやっていた方を大学に呼ぶと、最初はいいのですが4年くらい経つと知識が古くなってしまいます。大学のポジションを「上がり」にしてはいけません。水と同じで「溜めるとよどむ」ので、「かき混ぜ続ける」ことが大切で、慶應大学SFCでは人材が行き来できるようにしています。
また、大学自身も、地域の活性化といった社会課題に直接関わるケースが20年くらい前から進んできています。
デジタル技術がないと課題が解決できないので、ここでもデジタル人材への関心が高まっています。様々なレベルがありますが、今どき「Google」のツールを使えるだけでも相当いろいろなことができます。高齢者を支える方法や地域のごみを何とかしたいという問題意識を持った若者はたくさんいるので、これらITツール使いつつ対策に取り組む中で、「デジタル技術のプロとしてやっていきたい」という人が現れるのではないかと思います。
課題に取り組みたい若者にデジタル技術のツールボックスを渡して、現場で問題解決をさせながらハイレベルなことをする人とつなげて現場を作るようにすると、その中で人材が育っていくと思います。そのためには、身元確認や年齢確認ができるなど、自由に使える基盤を。社会的に整備していくことも大切です。

本間 そのような教育は日本の中では、慶應大学SFCが先進的だと思いますが、標準的なカリキュラムに含まれているのでしょうか。

國領 総合政策学部を含めて必修として、ITツールがどういうものか、は全員がわかるようにしています。中には不得意な学生もいますが、社会課題を解決したいと思った時に、先生も含めてITツールを使って取り組むことができます。

本間 何かをやりたいという気持ちが高まったときに、対応できるようにしてあげるのが大切ですね。
今回の國領先生との対談で多くの気づきがありました。産学の連携が重要だと思うので、ぜひ今後ともご指導のほど宜しくお願いいたします。

司会 課題を解決したいと思う中で学ぶことが重要ですね。そうなるとすべての国民がアーキテクトになれますね。
お二方から大変貴重なお話をいただきました。本日はありがとうございました。

4.まとめ ~デジタルで「Re-Design」した先にあるもの

本対談では、コロナ禍の経験を通じ、デジタル技術の持つポテンシャルを再確認するともに、それを活用する能力は以前、不十分で伸ばす余地があること。目指すべきは、様々なプレイヤーが「つながるDX」が実現できる社会であること。そのような社会を構築するためにはデジタル人材、特に全体像を見据えて新しい仕組みをデザインができる人材が必要であることが議論された。また、合わせて、ユーザー企業とベンダー企業は、ともに新しい価値を創造するようなパートナーシップを持つ必要があることも述べられた。

提言「Re-Design by Digital」では、コロナ禍を過去の柵(しがらみ)を捨て去り、新しい社会をデジタル技術の力で再構築するチャンスとみなすべきだという思いを込めた。
そこで重要なのは、私達一人ひとりが、めざすべき未来をより具体的にイメージし、共感を経てともに前に進むことだと考えている。
NTTデータは「情報技術で新しい仕組みや価値を創造し、より豊かで調和のとれた社会」の実現を企業理念としてきた。コロナ後にこそ私たちがめざすのは、まさにこの、豊かで調和のとれた社会であり、それはデジタルがもたらす、一人ひとりに合わせた価値を提供できる社会であるといえる。

以上

本間 洋

株式会社NTTデータ 代表取締役社長
本間 洋

國領 二郎

慶應義塾大学 総合政策学部 教授
國領 二郎

1959年生まれ。82年、東京大学経済学部経営学科卒業後、日本電信電話公社入社。86年よりハーバード・ビジネススクールに留学し、88年ハーバード大学経営学修士号(MBA)、92年同大学経営学博士号(DBA)を取得。93年より、慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授、2000年より同教授。2006年より同大学総合政策学部教授などを経て、2009年より総合政策学部長。2013年より慶應義塾常任理事に就任し、現職に至る。