はじめに
昨今のAIの進化と共に、AIに起因する問題が多発しています。この状況を踏まえ、世界各国で法規制やガイドラインなどAIに対するガバナンスの強化や、G7や国連を中心としたAIガバナンスの国際協調の動きが進んでいます(図1)。特に2024年までは欧州を中心に規制を強化する方向にありましたが、2025年に入ってその方向が大きく変化しています。本稿では各国とG7の最新動向とビジネスへの影響を紹介します。
図1:AI規制の国内外動向
各国のAI政策(1)~日本~
2022年までは総務省や経済産業省からAIの利活用における原則やガイドライン、および、各省庁からAIの出力の誤りが人命に直結する医療や自動運転、財産への影響が大きい金融分野などで個別のガイドラインが公開されていました。しかし、生成AIの登場によって、社会に対する影響の大きさや国内外の状況が大きく変化したことで、政府はAI戦略会議を設置し、新たな取り組みを開始しました。
まず、AI戦略会議の議論を踏まえ、内閣府、総務省、経済産業省の連携による、事業者向けの新たな統合ガイドラインである「AI事業者ガイドライン」が2024年4月に公開されました。このガイドラインは、総務省の「AI開発ガイドライン」ならびに「AI利活用ガイドライン」、経済産業省の「AI原則実践のためのガバナンスガイドライン」をベースにして、生成AIなど新しい要素も取り込み、事業者向けのガイドラインとしてまとめたもの(図2)で、AIの開発・提供・利用を行う事業者が共通して参照可能なものです。2025年3月末には生成AIに対する新たなリスクや契約への対応、ガバナンスの事例(弊社の取り組みも紹介)等を追記した第1.1版が公開されています。
また、2024年5月のAI戦略会議では、大規模基盤モデルなど、社会的影響が大きくリスクも高いAI開発事業者を対象に、ソフトローを補完する法制度の要否を検討する「AI制度研究会」の設置を決定しました。この研究会は「リスク対応とイノベーション促進の両立」「柔軟な制度設計」「国際的な相互運用性」などを原則に掲げ、AI開発者や専門家へのヒアリングを踏まえて2025年2月に中間とりまとめを公開しました。
中間とりまとめでは、「政府の司令塔機能の強化」と「安全性の向上」の実現にあたって、関係官庁および事業者からの協力と情報提供が得られるように法制化による対応が適当との提言がされました。これを受けた「AI関連技術の研究開発・活用推進法案」が2月末に閣議決定され、通常国会に法案が提出、4月下旬に衆議院を通過しており、その行方が注目されます。
図2:AI事業者ガイドラインの構成
各国のAI政策(2)~アメリカ~
2022年まではプライバシーや金融、雇用など分野ごとにAIの利用規制や、これらの分野への自動意思決定システムに公平であることの透明性の義務を課す「アルゴリズム説明責任法案」など、分野ごとの法規制が進められてきました。また、AIを用いたシステムを設計、使用する際に考慮すべき5つの原則を定めた「AI権利章典」や、AIによる市民の自由意志や差別、組織の評判やセキュリティ、グローバルな金融システムやサプライチェーンへの悪影響を想定した「AIリスクマネジメントフレームワーク」といった形で規制強化が行われてきました。
2023年10月末、生成AIの急速な発展を踏まえ、バイデン大統領(当時)がAIの安全性に関する大統領令を発行し、全政府機関に最高AI責任者(CAIO)の任命およびAI年次報告書の行政管理予算局(OMB)への提出が義務付けました。さらに2024年10月には、「AIに関する国家安全保障に係る覚書」と「国家安全保障におけるAIガバナンスとリスク管理推進のための枠組み」を公開しました。
しかし、2025年1月に就任したトランプ大統領は、就任から間もなく、前大統領の政策を撤回しました。新たに国家安全保障や経済協力強化のために、自国のAIの優位性を高める行動計画を180日以内に提出するよう命じる大統領令に署名するなど、これまでとは全く異なる政策を推進しており、注視が必要です。
各国のAI政策(3)~EU~
2021年4月に法案が公開されたEUのAI規制法は、2024年3月に欧州議会で可決、5月に加盟国による理事会で承認され成立し、7月12日に公布、8月1日に発効しました。発効から半年後の2025年2月2日から「受容できないAI」の禁止が施行され、8月2日には「汎用目的型AI(生成AI)」に対する規制が施行されます。
この規制法は、「リスクベース・アプローチ」により倫理の観点からリスクを4つにカテゴライズし、対策を義務付けています(図3)。違反した場合は最大で3,500万ユーロ(約57億円)あるいは全世界売上高の7%の大きい方の金額という巨額の賠償金が課されます。また、この法律はEU内でAIのサービスを提供する事業者であれば、海外の事業者であっても適用されるものであり、注視が必要です。また、生成AIは、さまざまなユースケースが想定されることから、「汎用目的型AI」として、独立して開発・運用上の義務、透明性義務、学習データの開示義務など、固有の規制が課されます。本法の執行を担う「AIオフィス」では、法令遵守の具体的なガイドラインを策定しており、「汎用目的型AI」を対象としたガイドラインである「Code of Practice」は2025年5月を目途に発効する見込みです。
こうした規制強化を進めてきたEUですが、2024年9月に公開されたドラギレポートでEUにおけるAIの競争力強化の必要性が打ち出されたことをきっかけに、規制よりも競争力強化を重視する方向に政府のトップが傾いてきました。この方向性の変化が明確に示されたのが2025年2月にパリで開催されたAIアクションサミットです。フランスやEUによるAIへの巨額投資が表明され、フランスのマクロン大統領は、EUはAIのルールを簡素化してビジネスに友好的なものとし、アメリカと同期する必要があることを表明しました。すでにAI規制法が施行されている中で、どのように対応していくのか注目されます。
図3:EUのAI規制法の概要
G7広島AIプロセスの創設
2023年のG7広島サミットでは、グローバルAIガバナンスが主要トピックとなり、責任あるイノベーションと実装の推進が宣言され、大きく2つの取り組みが示されました。1つはAIガバナンスの相互運用性の確保です。日本、アメリカ、欧州でAIに対する規制の考え方が異なっていることを踏まえ、たとえ制度が違ってもAIガバナンスとして相互に運用できるようにするために、国際機関を通じた国際技術標準の開発および採用の推進を図るものです。その代表的なものとしてISO/IEC 42001 AIマネジメントシステムが挙げられます。
もう1つが生成AIに関する議論のための「広島AIプロセス」の創設です。これは2023年中に結論が得られるように定期的に議論が進められ、同年12月に広島AIプロセス包括的政策枠組みが承認されました。主に12か条からなる国際指針と、12か条の指針に対してAI開発企業が取るべき対策事例を例示した国際行動規範で構成されています。具体的には、AI関連企業が製品を市場に投入する前に外部の専門家のチェックを受けることや、人がつくったものと区別するためAIの生成物には原則として「電子透かし」などが適用されるべきとしています。
広島AIプロセスの活動は2024年の議長国イタリアに引き継がれ、2024年5月のOECD閣僚会合で新たな国際枠組みとして「広島AIプロセス フレンズグループ」が創設されました。
OECD加盟国を中心に49の国と地域の賛同を得ています。また、6月のG7イタリアサミットでは、国際行動規範に基づいたモニタリングの試験運用への期待が示され、7~9月にかけてパイロットが行われました。このモニタリングフレームワークは12月末にG7で最終合意され、OECDにて2025年2月から正式運用が開始されました。そのローンチイベントでは日本からNTTやNEC等6社が、アメリカからMicrosoft、Google、OpenAI等6社が参画を表明しました。モニタリングへの応答は任意ですが、回答した企業の名前と内容は公開されるため、生成AI開発の透明性と説明責任の促進に寄与すると期待されます。また、フレンズグループの会合が2月末に都内で開催され、モニタリングのグローバル展開を支援するためのパートナーコミュニティの設立と、コミュニティへのNTTやMicrosoftなど日米のAI企業、OECDやJICA等の機関、合計16者の参画の表明がありました。
AI政策のビジネスへの影響
AI規制法を進めてきたEUも規制緩和の論調が目立つようになり、競争力強化の方向に傾いたことで、AIの利用に対して世界的にイノベーション推進を重視する方向に変わりつつあります。また、日本のAI法案やG7広島AIプロセスのモニタリングフレームワークに見られるように、AIの利用に対して何らかの義務的な制約を課すのではなく、透明性を持たせる情報開示を求める方向になっています。こうした状況を踏まえると、AIを活用する企業には、自主的にガバナンスを確立し、AI利用の透明性を高めることが求められます。
おわりに
AI技術が発展し利用シーンが拡がることで、新たなリスクが顕在化し、それに対応するために各国の法規制や国際連携の動向が大きく変化することが予想されます。NTT DATAではこうした利用にあたっての新たなリスクや規制等の変化に対応し、お客さまから信頼されるAIシステムをお届けするために、これからもAIガバナンス活動を継続してまいります。
AI(人工知能)-ガバナンスについてはこちら
https://www.nttdata.com/jp/ja/services/data-and-intelligence/governance/
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