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顧客主導の時代へ 企業のCX変革が待ったなし
市場にモノやサービスがあふれる今、購買の主導権は顧客にある。スマートフォンやSNSの普及をはじめとするデジタルシフトの流れは、顧客の多様化や選択権拡大を加速させており、1つの商品が継続的に選ばれ続けることが難しくなっている。こうした背景から、企業にとってCXの重要性は増している。一方で、「CXを巡る企業と顧客の認識には、大きな乖離(かいり)があります」とNTTデータの奥田 良治は指摘する。
ある企業のリポートによると、8割の経営者が「優れたCXを提供している」と考えているが、「優れたCXを提供されている」と捉える顧客はわずか1割未満にとどまるという。「この数字は、CX施策の難しさを反映しています。ギャップを埋めるためには、お客さまの変化を敏感に察知し、一人ひとりのニーズにいかに応えられるかが重要です」と奥田は続ける。
テクノロジーコンサルティング事業本部 デジタルサクセスコンサルティング事業部 事業部長 兼 GenAIビジネス推進室 室長
奥田 良治
「CXの考えは最近のビジネスで生まれたと思われるかもしれません。しかし、その本質は日本で古くから“おもてなし”として行われてきた商習慣と変わりません」。例えば、なじみの小料理屋に訪れると、店主から自然と「いつもの部屋」に通してもらい、メニューを見る前に「寒くなってきたから熱燗(あつかん)にしましょうか?」「今日はホタルイカの沖漬けが入っています」と顧客にあった提案されるような場面だ。
「お客さまは料理とサービスに満足して帰路につき、『またあの店に行きたい』と考えます。こうした小料理屋でのサービス自体が、まさにCXです。しかし、企業が膨大な数のお客さまにCXを提供するとなれば、途端にその難易度は上がります。テクノロジーを使いながら、“おもてなし“を改めて再現していくのが今日のCXと言えます」(奥田)
“おもてなし”をテクノロジーで実現する CXの3大要素
CX向上において、押さえるべきポイントが3つあると奥田は説明する。
「(1)徹底的な顧客理解、(2)体験・業務デザイン、(3)着実な実行、これらは顧客満足度を高める上で今も昔も変わらないポイントです」
(1)徹底的な顧客理解とは、顧客情報を基にAI・データ分析により、インサイトまで理解することで顧客の嗜好やニーズを把握することを指す。(2)体験/業務デザインは、UXデザインや既存サービス改善など、顧客が商品やサービスを再び利用したいと思う仕掛けづくりを意味する。(3)着実な実行は、ECサイトなどの顧客タッチポイントを構築し、最適なタイミングで商品・サービスを提供することを表す。
小料理屋の例では、店主がこれまでの接客経験を踏まえ、お客さまの要望する「いつもの部屋」や料理を認識していることが(1)に当てはまる。また(2)は、おいしい料理やお酒を楽しみ癒やされる体験デザイン、そしてお客さまが「熱燗が飲みたい」と思ったときにすぐに提供できるよう、厨房では料理人が熱燗を準備する業務デザインを指す。そして(3)は、店主がお客さまを理解した上で、「いつもの部屋」に通し、魚介を好む顧客志向に即した形でホタルイカの沖漬けを提供するサービスを着実に実行できる状態だ。

図1:生成AIで進化するCX理解のポイント
テクノロジーを活用し、これら3つのポイントをいかに実行できるかがCX向上のカギとなる。そのためには、「“舞台裏”の仕組み構築、高度化が不可欠です」と奥田は強調する。
「CXは、よく表舞台と舞台裏という言葉で表現されます。表舞台はお客さまとのインタラクションの場面です。ここに注目が行きがちですが、重要なのは舞台裏です。顧客体験のデザインや、タッチポイント構築、データ整備・活用までを一気通貫で行うことで、表舞台で満足度の高いサービスが提供できます」(奥田)
コンシェルジュからプレーヤーへ 生成AIの動向
では、生成AIは、CXをどのように変化させるのだろうか。
奥田は「これまで、生成AIは人の意思決定とアクションを支える『コンシェルジュ』という認識が一般的でした」と話す。人がアクションを起こす際は、インプットを得て、考えるというプロセスを経て、アウトプットとして行動する。AIは一連の行動の全てをサポートする存在だが、中でも破壊的な影響を与えたのがアウトプットの領域だ。例えば、何らかの作品や文章といった成果物の作成をAIが代替しつつあることが革新的とする認識が広がりつつある。
こうした中で、生成AIはコンシェルジュから「プレーヤー」へと進化を遂げつつある。奥田は「生成AIによる企業活動の進化は、新たなフェーズに入っています」と話す。その好例が、2024年10月に発表された「SmartAgent™」である。同サービスは、AI同士のコミュニケーション結果なども利用して業務効率化を図ることが可能だ。

図2:SmartAgent™のイメージ(一例)
例えば、「SmartAgent™」を導入すると、従業員一人ひとりに、物事の判断を支援する汎用AI「パーソナルエージェント」が割り当てられる。指示を受けたパーソナルエージェントは、経理特化AIや法務特化AIなどの専門知識を持つ「特化型AIエージェント」とコミュニケーションを図り、従業員の意思決定を支援する。そして、アウトプットの際には、特化型AIエージェントから得た情報を基に、パーソナルエージェントが「デジタルワーカー」に資料作成を依頼する。AIがAIと協調することで、従業員が効率的に業務を遂行できるというわけだ。
奥田は、生成AIがCXに与える影響についてこう話す。「AI同士のコミュニケーションを含め、生成AIはマーケティングや広告プロモーションなどにも活用され、『CXの“舞台裏”の仕組み構築、高度化』を大きく推進しています。ただし、CX向上の本質は先に述べた3点に変わりはなく、それを実現するテクノロジーが進化したと言えます」。
生成AIがもたらすCX変革 数字で見る成果と効果
生成AIによるCX変革は、すでに具体的な成果を上げている。NTTデータが企業と共同で取り組む2つの事例を紹介しよう。
航空系カード会社では、「AIバーチャル顧客」として会員データをグループ化し、各グループのペルソナをAIエージェントとして仮想的に設定。AIエージェント同士のディスカッション結果から、ターゲットとマーケット施策を導き出す効果検証を実施した。その結果、高価格帯の商材にもかかわらず、販促プロモーションの購買率が3%向上した。
AIエージェントを使うメリットについて、奥田はこう説明する。「従来はフォーカスグループインタビューのためにモニターを集める必要がありましたが、AIエージェントを使えば容易に実施できます。購買率に結びついた点からも、顧客理解が深化していると考えられます」
豊洲スマートシティの謎解きイベントでは、顧客タッチポイントにおけるコンテンツの自動生成を実施した。ターゲット層に合わせてタイトルやビジュアルを生成AIで作成し、クリック率・サイト訪問率の高い広告を表示。ファミリー層には「家族で楽しめる」、20代女性には「デートにお勧め」とアピールし、コンテンツを出し分けることで来場促進を図った。「広告プロモーションも1つの対話であり、お客さまとの貴重な接点です。コンテンツ制作の負荷を軽減しながら、タッチポイントでお客さまにしっかりリーチできる効果的な手法として捉えています」と奥田は語る。日々進化する生成AIは、今後さらなる変革をマーケットにもたらすだろう。その“舞台裏”は着実に整いつつある。

図3:効果的なマーケティング施策の一例
本記事は、2025年1月28日に開催されたNTT DATA Foresight Day2025での講演をもとに構成しています。
CXイノベーションについてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/lineup/cx_innovation/
データ&インテリジェンスについてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/services/data-and-intelligence/
生成AIについてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/services/generative-ai/