背景
ある決済サービスの残高を、別の決済サービスで利用したいと思ったことはありませんか?たとえば、Suica、PASMOなどの交通系ICカードの残高を、PayPay、楽天ペイといったQRコード決済で使いたいと思ったことはありませんか?
交通系ICカードとQRコード決済はそれぞれ異なるエコシステムに属しています。交通系ICカードは主に交通機関や実店舗で利用されます。一方、QRコード決済はさまざまな店舗やオンラインショップで利用されます。このように異なるエコシステム間での連携はユーザーにとって非常に便利ですが、実現するためには多くの技術的な課題があります。もちろん、相互運用できることがビジネス上メリットになるのかということも重要な観点であり深い議論が必要ですが、本稿では技術的な観点から考えていきます。
交通系ICカードの残高はその事業者が管理しており、QRコード決済の残高はまた別の事業者が管理しています。これらのサービスはそれぞれ異なるシステムで動いています。もしあなたがQRコード決済の管理者だったとしたら、交通系ICカードの残高が実際にあることをどのようにして確認するでしょうか?皆さんは、当たり前のように交通系ICカードのシステムにアクセスして、残高を確認することができると思うかもしれません。実際、そのような運用もあり得るかもしれません。
しかし、これが別の国の別の決済サービス相手だったらどうでしょうか?そのシステムで確認できる残高は本当に正しいのでしょうか?表示された数字は手違いなく、いつでも正確な値なのでしょうか?資金は保全されていて本当に引き出せる状態にあるのでしょうか?もしかしたらその残高が、犯罪など不正な手段で取得されたかもしれません。
本当に安全に連携するためには、相手のシステムが信頼できることを何らかの手段で保証する必要があります。このような課題を技術の力で解決するために、NTT DATAではエコシステム間連携技術の研究開発を行っています。

研究開発の概要
私たちの研究開発は、それぞれのエコシステムのガバナンスを生かしながらも、異なるエコシステム間での連携を可能にすることを目指しています。具体的には、以下のような技術を開発しています。
- 1.システム運用状態の相互検証アルゴリズム
- 2.トランザクション秘匿化技術
システム運用状態の相互検証アルゴリズムは、各エコシステムのある時点の「状態」を、軽量かつ効率的に、分散して記録する技術です。エコシステムの状態を記録することで、あとからその状態を確認・検証することができます。完全に信頼できない相手のシステムを信頼するための重要な要素です。
トランザクション秘匿化技術は、サービス間での取引を隠す技術です。例えば、交通系ICカードの残高をQRコード決済に送金する場合、その中継者や受取者に詳細な送金内容を明かすことなく、安全に送金することができる技術です。実際のユースケースに合わせて、トランザクションの内容を秘匿化します。
エコシステム間連携を考えたときに、連携したいサービス同士に同じプラットフォームに参加してもらい、その中でやり取りする、というモデルもあり得るでしょう。技術的にはよりシンプルで理想的とも思える発想ですが、現実には難しいことがあります。それぞれのエコシステムはそれぞれ異なる企業が運営しており、ガバナンスやルールが異なるため、統一的なガバナンスを必要とするプラットフォームでの運用は難しい場合があります。
もちろん複数のエコシステム間が連携する際には、最低限のルールを定める必要がありますが、各々のエコシステムのガバナンスを生かしながら、バランスの取れた相互運用を実現することが重要です。
また、いわゆるブロックチェーンの世界では、見知らぬ人との取引を可能にするために、取引の履歴を改ざんできない形で記録することで、相手のことを信頼できなくても取引ができるようにしています。しかしながら実際のビジネス関係の中では、信頼を必ずしも100%技術の力で保証する必要はありません。現に、異なる企業が相互に信頼できる関係を築き、契約上の合意を交わすことで、相互運用を実現することもできるでしょう。全くもって相手のことが信頼できないというケースはビジネス上非常に稀だと言えるでしょう。
本研究開発は、広義の分散台帳技術ですが、純粋なブロックチェーン技術とは異なるもので、社会の受容を考慮しバランスを調整することを目指しています。技術の力で社会的に必要十分な信頼を保証する、このバランスをとることこそが、この研究開発の醍醐味です。
さらに、秘匿化技術については、AML(アンチマネーロンダリング)などの規制に従う必要があります。例えば、送金の内容を秘匿化することで、関係する口座が犯罪に利用されているかどうかを確認できなくなってしまう可能性が考えられます。開示の必要がある情報は対象者にのみ開示し、非対象者には秘匿化することが求められます。
新しい領域においては、規制当局との協議が必要になることもあるでしょう。技術の力でどこまで個人の権利保護をしながら、規制の力で社会システムを維持するかということも重要な観点です。

ビジネス展開
私たちの研究開発のターゲットとする市場は、決済サービスだけではありません。エコシステム間連携技術は、さまざまな分野における可能性があると考えています。例えば、トレーサビリティ技術や、サプライチェーン、カーボンクレジット管理、デジタルID管理など、多岐に渡る領域での応用が期待されます。
このように幅広く展開できる技術ではありますが、実際のビジネスにおいては、特定のユースケースに特化した技術が求められることもあります。
私たちは、まずは決済サービスに向けた技術を開発し、他の分野への展開を考えてきました。決済サービスはビジネス規模が大きい一方で、非常に重要なシステムであることも多いため、第一歩として進めるビジネス領域を模索しているところです。また、本研究開発は「ある程度」信頼できるという、緩やかな社会的信頼関係のある分野を主ターゲットにしています。例えば、国際間の決済取引や、大企業グループ間のサプライチェーンマネジメントなど、信頼関係が全くないわけではないが、相手を完全に信頼することはできないというような分野です。
従来の仕組みだけではハードルの高かった連携関係を可能にし、ビジネス上の価値を出すことができる新規事業を、ビジネスホルダーと共に模索していきます。
展望
NTT DATAでは2024年度より本格的に研究開発を開始しました。2024年度は最初の試作品(プロトタイプ)を開発し、技術の実現可能性を確認しました。2025年度はプロトタイプを精緻化し、実際のユースケースに合わせた実装を行い、外部の実際のステークホルダーを巻き込んだ実証実験を行うことを目標にしています。2026年度以降は、実証実験の結果をもとに、商用化に向けた開発を進める予定です。
私たちの研究開発はまだ始まったばかりです。技術的に成熟させなくてはならない点もたくさんありますが、こういった新たな需要を狙った新規技術開発においては、既存ビジネスの置き換えではなく、新規ビジネス領域を開拓することが重要です。新規の技術と新規のビジネス領域の組み合わせによる双方の育て上げが必要であり、それゆえ実際の使用例(ユースケース)を想定した実証実験を2025年度の目標として掲げています。
その中では、社会システムを維持するために技術の力でどこまで個人のプライバシー保護をするのか、信頼関係をどこまで保証するのか、さまざまなバランスを取ることが求められます。壮大なテーマですが、本年度以降の実証実験とその先の開発を通じて、社会と調和した技術を目指していきます。

図:初期プロトタイプイメージ
ブロックチェーンについてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/services/blockchain/
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