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製造業におけるデータ活用の背景と課題
製造業におけるデータ活用は、業務効率化や生産性向上に不可欠な要素だ。しかし多くの企業では、Excelを用いたデータ管理による、情報のサイロ化や分析の遅延といった課題が顕在化している。重工業を中心に航空・宇宙、エネルギー、社会インフラなど幅広い分野で技術を提供し続けている株式会社IHI の航空・宇宙・防衛事業領域では、これらの課題を解決するため、BIツールTableauによるデータ活用を推進し、組織全体のデータドリブン文化の醸成に取り組んでいる。
IHIにおけるデータドリブン経営に向けた取り組み
NTTデータ 第一インダストリ統括事業本部の田中菜穂子が、その概要を説明する。「IHI様では2020年から22年度までの3年間、環境変化に即した事業変革への準備および移行期間と位置づけられ、経営方針、プロジェクトチェンジを策定され全社での改革を進められました。また、その後2023年度からのグループ経営方針2023においても、デジタル基盤の高度化や変革人材の育成、獲得といったキーワードを掲げられており、DXやデータドリブン経営に向けた取り組みを継続的に実施されています。」

株式会社 IHI 航空・宇宙・防衛事業領域 トランスフォーメーションセンター デジタルトランスフォーメーション部 PLM推進グループ グループ長の三橋克則氏は、2020年度からのデータ活用の取り組みを、次のように振り返る。「当時は関心のある部門のみに対し、手探りでデータ収集と可視化の支援を行っていました。各部門が独自にExcelでデータを管理し、データの形式もバラバラで、集約や共有が非常に困難でした。」
株式会社 IHI
航空・宇宙・防衛事業領域 トランスフォーメーションセンター デジタルトランスフォーメーション部 PLM推進グループ グループ長
三橋 克則 氏
しかし、翌2021年度、状況は大きく変化する。「この年、当領域の重点的な活動の一つにデータの利活用が掲げられ、本格展開が始まりました。」(三橋氏)。その目的は、管理作業の効率化と製造現場の品質向上により、新たなことに取り組むリソースを創出することであった。
同社がデータ活用を推進する上で効果的だったのが「脱Excel」というキーワードだった。このシンプルなメッセージは、現場に大きなインパクトを与えた。各部門から次々と案件が寄せられ、三橋氏らはそれに応える形でひたすらダッシュボードを作り続けた。その結果、1年間で50以上のダッシュボードを作成するという驚異的なスピードで、Tableauへの置き換えが進んだ。
NTTデータ コンサルティング事業本部 コンサルティング事業部 データ&インテリジェンスユニット課長の宿谷卓史は、この動きを次のように分析する。「データ活用は抽象的なテーマなので、なぜやるのかを分かりやすく伝えることが重要です。その中で脱Excelという分かりやすいテーマを掲げたことは、非常に有効だったと思います。」
この結果、データの集約と共有化という大きな成果をもたらしたと、三橋氏は語る。「これまで個人のPC内にExcelで保持されていたデータがTableauサーバーに集約され、共通のデータとして皆が見る形になりました。これにより、データがどこにあるのか、どのようなデータなのかといった確認作業がなくなり、データに基づいた議論を迅速に始められるようになりました。」
三橋氏はその効果について、具体例を挙げて説明する。「以前は、製造現場の担当者が製品の品質データを分析する際、複数のExcelファイルを統合する必要があり、その作業に数時間かかることもありました。Tableau導入後はリアルタイムに必要なデータにアクセスできるようになり、分析作業が大幅に効率化されています。また、集約されたデータを関係者間で共有することで、問題点の早期発見や、より効果的な改善策の検討が可能になりました。」
また、ダッシュボードの共通化も実現し、不要なバリエーションを排除することで、領域全体でデータの見方をそろえることができたという。
現場の力を引き出す:巻き込みの工夫
同社が特に重視したのが、現場の巻き込みだ。そのための工夫を、三橋氏は語る。「我々がリソースと費用を負担し、ユーザー側には要望を出すだけにしてもらうことで、現場の負担感を軽減しました。また、要望を受けたらとにかく粗くてもいいので1週間以内にダッシュボードを作成し、実際に動くものをスピーディーに見てもらうことでモチベーションを高め、データ活用の具体的なイメージを持ってもらえるように意識しました。」
NTTデータの宿谷は、この取り組みを「現場のやり方を変えるとき、その責任や手間を現場に負わせると、『なぜこんなことを』となってしまいます。我々がやるから一緒にやりましょう、と推進されたことが、多くの現場を巻き込む成果につなげられたと思います。」と評価する。
また三橋氏は、Tableau conferenceに参加した際の経験が、その後の活動に大きな影響を与えたと語る。「ユーザーの熱量やコミュニティの動きを見て、モチベーションを社内に持ち込みたいと思いました。」
宿谷は、Tableauコミュニティの重要性を次のように語る。「Tableauはユーザーコミュニティが非常に活発であることが特長です。Tableau conferenceやユーザー会を通じて、ユーザー同士が知識やノウハウを共有し、互いに刺激を受けることで、より高度な活用方法が生まれます。IHI様が積極的にコミュニティ活動に参加し、その熱量を社内に持ち込もうとしていることは、非常に素晴らしい取り組みだと思います。」
データ活用人材育成の仕組み:「スキルベルト制度」とは
そして同社は、Tableauの利用者拡大とさらなるデータ活用推進のために、NTTデータが支援した人材育成の仕組み「スキルベルト制度設計」の取り組みを開始した。
スキルベルトについて、NTTデータ コンサルティング事業本部 コンサルティング事業部 データ&インテリジェンスユニットの二田圭佑は、次のように解説する。「スキルベルトとは、データ活用に必要な役割・スキルを段階的に定義し、習熟度に応じて認定する制度です。企業側は段位に応じて分析業務へのアサインを決定することで、適材適所の人材配置を実現します。受講者側は、自身のスキルレベルを把握しながら、計画的に学習を進めることができます。」

NTTデータの宿谷は、スキルベルトの重要性をこう語る。「データ活用は、トライアンドエラーを繰り返しながらブラッシュアップしていくこと、そしてそれができる人を育てていくことが重要です。スキルベルトとは、組織においてデータ活用に必要な要素、具体的にはデータ活用に求められる役割スキル、技術経験などをいくつかの段階に分けて定義し、それを身につけるための学習コンテンツの開発や、認定する基準を設定するものです。社内独自の認定制度と思っていただければ、分かりやすいでしょう。」
二田が続ける。「スキルベルトは、書道やそろばんのように、習熟度に応じて段位が上がっていく仕組みをデータ活用に応用したものです。各段位でデータ活用においてどれくらいのレベルになっているかを明確に示すことで、受講者のモチベーションを高め、効率的なスキルアップを促進します。」
同社のスキルベルト制度は「IHI DATA STAR Program」と名付けられ、段位認定に星と貴金属イメージを用いるなど、独自の工夫が凝らされている。
三橋氏は、次のように語る。「航空・宇宙・防衛という領域から、空を見上げたらそこにいる星を名前に冠しました。段位認定は貴金属イメージも加えて、ブロンズスター、シルバースター、ゴールドスター、プラチナスター、ダイヤモンドスターという形です。プログラムのロゴや認定バッチも制作し、認定者に授与しています。」

NTTデータは、IHIのスキルベルト制度設計を3つのフェーズに分けて支援した。

- 構想策定フェーズ:IHIの現状をヒアリングし、データ活用における役割や必要なスキルを定義した。
- 開発フェーズ:段位ごとの役割やスキルを習得するためのeラーニングや集合研修などのコンテンツを開発した。
- 導入準備フェーズ:プレ開催を行い、コンテンツの課題などを洗い出し、本番リリースに向けて改善を行った。
中でも、構想策定フェーズでの「データ活用におけるありたい姿」は議論を重ねたと、二田は語る。「人材と組織の視点に分けて設定しました。人材視点では、分業であるデータ分析プロセスにおいて自らの守備範囲と専門性を深めること。組織視点では、人員がスキルを補完しあうことで組織としてデータ分析を一気通貫で行える状態を実現することを強く意識しました。この制度のトレーニングを進めることで、個々の成長と共に、組織としてデータ分析が自走していけるようになる関係を作ることができています。」
NTTデータが支援したスキルベルトの導入により、同社は以下の効果が得られた。
- 教育機会の拡充:eラーニングの導入により、従業員は自分のペースで隙間時間を活用して学習できるようになった。
- 学習モチベーションの向上:段位認定という目標ができたことで、従業員の学習意欲が高まった。
三橋氏は、スキルベルト導入の効果を次のように語る。「受講者からのフィードバックは非常に良好で、モチベーションアップ、スキルアップにつながったという声や、データを活用することへの理解が深まったという声がありました。」
今後の展望:さらなる事業成長を目指して
同社は今後もデータ活用を推進することで、さらなる事業成長を目指している。三橋氏は、今後の展望についてこう語る。「教育機会の提供、モチベーション向上という課題は解決できましたが、横のつながりを作るという課題が残っています。今後は、認定者を集めたイベントなどを開催したいと考えています。また、現状、この取り組みは領域の中だけですのでグループ全体、全社規模での取り組みに広げていきたいです。」
Tableauについてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/lineup/tableau/
製造業におけるデータ活用の最前線 ~ステップ別アプローチと活用ユースケース~についてはこちら:
https://www.nttdata.com/jp/ja/trends/event/archive/2024/129/
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