VRはもはや身近な存在へ
活況のVR業界
2016年第3回「豊洲の港から」のテーマは「VR(Virtual Reality)」。
仮想現実(VR)は、わたしたちユーザーには聞き慣れた言葉です。しかし、その印象は漠然としていて、利用方法といえば、イベントやゲームくらいしか思いつかないでしょう。
司会・ファシリテーターを務めた、NTTデータの残間光太朗が、「今日は面白いですよ(笑)」と口火を切った理由は、VRが持つ、“SF的なワクワク感”だけではありません。「VR元年」と言われる2016年の時点で、すでにVRが「様々な領域、レベルで技術が発展していて、さまざまな形で存在」しており、活況を呈しているからなのです。
この日登場したのは、AR(Augmented Reality。拡張現実)やMR(Mixed Reality。複合現実)(※1)を含む、広義でのVR業界を活性化させている、新進ベンチャーの方たち。カディンチェ株式会社の青木崇行さん、H2L株式会社の岩崎健一郎さん、株式会社ブイシンクの井部孝也さん、ナーブ株式会社の多田英起さん、テック・パワー株式会社の高澤義博さんなど、5社が、登場しました。
プログラムは、前半のプレゼンテーション、後半はディスカッションの二本立て。後半のディスカッションには、NTTデータでVR技術のエンタープライズへの適用に取り組む、技術革新統括本部の及川晃樹も登壇しました。
VRはインターフェイスの革命
プレゼンテーションでは、5社から、それぞれのサービスや製品、取り組みが紹介されました。
カディンチェが運営する「PANOPLZA」のサイトより。
カディンチェの青木さんは、自社が撮影から配信までを手がける「実写系VR」をプレゼン。360度動画をライブス配信するシステム「PanoPlaza Movie」のほか、OEMでバックエンドからフロントエンドまで受注している業務もあり、スマホをボール紙で作った箱にセットして映像を見る「ハコスコ」用のVRなどのコンテンツ制作・配信も行っています。なかには、バックエンドは不要だけどアプリはほしいというクライアントも存在し、バーチャル工場見学や、製品のVR体験、ジャーナリズムVRで制作協力している例も紹介されました。
青木さんは、ソニー株式会社で、画像信号処理を研究した後に独立しました。「今、実写系VRは撮影から配信、視聴、すべてのレベル、パーツでハードウェアが整い、中間プラットフォームも整備されている。これまで何度かあったブームとは違う」と、実写系VR市場が上向きになっていることを解説。新しい取り組みとして、フラットディスプレイと立体視させるメガネを使う、ステレオビュータイプの新製品「zSpace」を紹介しました。zSpaceは、メガネを装着し、スタイラスペンを使ってディスプレイ上のオブジェクトを360度自在に扱って表示させることができます。現在大手時計メーカーで部品表示や解説などに採用されているといいます。
UnlimitedHand。当日のプレゼン資料より抜粋。
H2Lの岩崎さんが紹介したのは、出力系の機器である「UnlimitedHand」です。出力系とはVR側のレスポンスを人間側にフィードバックする機能のこと。つまり「VRの世界に触れる」ソリューションです。「VRマーケットは急速に拡大しているが、入出力系の装置が欠けていて、(VR)世界への没入感が失われていた」と、岩崎さんは言います。UnlimitedHandは、電気信号で触感を与える機器で、腕に装着して使います。電気信号により、指先に重さを感じさせたり、触ったように感じさせたりできます。出力系だけでなく、逆にスムーズな入力系としても機能させることもできるそう。
岩崎さんはVRを「第三のユーザーインターフェイス革命」と指摘。「画面とキーボードが第一の革命で、マウスとGUI(Graphical User Interface)が第二だとすると、画面の枠を超え、空間と体験を共有するVRは第三の革命」と定義しました。今ゲームに大きく振れているVR市場に、「応用の可能性は他にもいろいろある」とし、リハビリ領域とリモートロボットに今後の大きな可能性があると睨んでいます。特にロボットは日本が世界的に強い領域なので、リモートロボットによる触感共有、体験の共有に期待を寄せているのです。
スマートベンダーのプロモーション映像から抜粋。
広義のVRで商品展開しているのが、ブイシンクの井部さんです。最新のリリース製品は“次世代自動販売機”「スマートベンダー」。一言で言えば、デジタルサイネージを持つ多機能自動販売機です。自動販売機が設置位置を認識しており、その周辺の観光、飲食、イベントなどの情報を、交通情報とともに提供します。スマホアプリとも連動しており、情報をスマホにそのまま移すこともできます。今は、日本語と英語、中国語、韓国語に対応していますが、「2020年までに10カ国語に対応したい」と、井部さん。
防災にも力を入れていて、警報発令後はすぐに防災情報を表示し、発災時には避難情報や、物資の提供情報なども表示する機能を持っています。さらに、購入サービスとして、購入者を合成したAR動画を作る機能と、wi-fi提供なども備えています。このサービスの重要な技術として「顔認証技術」が背景にあります。性別、年齢の識別だけでなく、例えば指名手配犯の識別も可能だといいます。
「やっていることはむしろARが中心で、VRはごく一部」と井部さん。自動販売機がARやVRを使うことで、利用者にドキドキ、ワクワクを与えるメディアになり、さまざまな形でリーセンシー効果(※2)に期待できるとしている。
ナーブの活動の概念図(同社サイトより抜粋)。
「すべての業界に向けて“VRクラウド”を提供している」と多田さんが語るナーブは、もっとも広範なVRのプラットフォーム開拓事業に取り組んでいると言っていいかもしれません。「ゲーム市場ばかりが注目されているが、本当はそれ以外の要素が多い。当社は網羅的にライフスタイルをフォローするプラットフォームと、今すぐ使えるサービスを提供する」と多田さん。具体的には、現状では「ハードウェアが決定的に足りてない」とし、リテラシーのハードルを下げた使いやすいHMDとコンテンツを提供します。ナーブのVERクラウドは、すでに不動産会社、旅行会社などで導入実績があります。
ポイントは、ナーブが提供するのは単なる“VR”ではないということ。例えば不動産業界では、VRを使えば内覧に行かなくて済むのではなく、顧客のスクリーニングに活用できます。その結果、業務の効率化、売上アップにつながるのです。一方、旅行業界では、VR体験によって旅行を促すことが目的といえます。つまり、ナーブが売るのは「コト」なのです。多田さんは「『ナーブと言えばコト売りのアマゾン』と言われるようになりたい」と今後の展望を語ります。大手広告代理店などからの資金調達が実現していることが、その可能性の証なのかもしれません。
テック・パワーの高澤さんは、自社のメイクアップシミュレーター「ModiFace」を紹介しました。非常に高精細な顔認証技術をベースに、忠実な色再現を可能にした、画期的なサービスです。利用者は、タブレットなどの各自の端末で自分の顔を映しながら、コスメを選ぶとメイクアップをバーチャルで行います。ポイントは「忠実な色・質の再現」と「リアルタイムの追従性」。この日のプレゼンでは、実演も行われました。ビフォアー/アフターの比較、すっぴんに戻してからのシミュレーション、モデルのメイクパターンを再現するなど、痒いところに手が届く機能の充実ぶりに、会場から感嘆のざわめきが起こるほど。「プレゼンすれば毎回女性からは大ウケ」という高澤さんの言葉にも納得の性能です。
シミュレーターはコスメメーカーのECサイトに接続できて、サイト内で試したメイクパターンの商品を、すぐに購入できる仕組みができあがっている。すでに欧米では世界的なハイブランドが導入していますが、「なぜか日本では導入が進んでいない」現状であることも語られました。
楽天野球団と開発したトレーニングシステム。
NTTデータの及川からも、現在の取り組みが紹介されました。NTTデータは 今年から超臨場VRメディアの開発を始め、その第一弾として楽天野球団と打者のトレーニングシステムを開発・リリースしたばかり。「事前に相手投手を撮影、レーダースキャンした投球を、打者目線で再現したシステムで、利用者はプロ野球のバッターボックスを体験できる」という、なんともSFチックで夢のような内容です。今後は、「アメリカの球団を視野に商品化を目指している」そう。ポイントは実写とCGを組み合わせた、現実感溢れるシミュレーターである点です。
現実空間と仮想空間とをリアルタイムにつなぎ、影響を及ぼしあう新しい空間技術。
直前に接触した広告が、購買行動に影響を与えるという効果のこと。 消費者が購買行動の直前に広告に接触するように設計することが、広告効果を高める上では重要である。
VRの登場は時代の要請
技術の発展が後押ししたVRの出現
この後、残間をファシリテーターに、及川も交えた6名で「VRの拓く新たなビジネス」をテーマにディスカッションを行いました。まず、ここで見えてきたのは、VR業界の活性は、時代の要請であったという必然性です。
最初の、「なぜVRを始めたのか、きっかけは何か。また、やり続けている魅力は何か」という問いに対して、岩崎さん、井部さんの「技術が出てきたから」という回答が端的です。岩崎さんはもともと東大で電気信号による腕の制御装置「PossessedHand(ポゼスト・ハンド)」(※1)を開発していましたが、UnlimitedHandの研究に移行。「(VR系の)大きなディベロッパーキットが出て、これは大きな波が来るだろうと思ったんです」。
井部氏は「キネクトv2(※2)」が出たことで、それまで扱っていたゲームからARを使った自販機業へとドメインを大きく移しました。「ECも良い伸びを見せていて、ビジネスになるタイミングだった」と振り返ります。VRの概念自体は1960年代に提唱されましたが、技術がそこにようやく追いついたという見方のほか、及川が指摘するように「進展した要素技術の組み合わせが、新しいメディアの登場を促した」という見方をすることもできます。
まだまだ伸びしろがある領域であることも、大きな魅力です。多田さんは「アメリカでもまだ勝ち組がいない世界。5年で15兆円市場になる産業が目の前にあるなんて人生で何度あるか分からない」と、事業を始めた頃は“ただの道楽”と言われていたが、最近、ようやく妄言だと言われないようになったと述懐。
また「いつ、VRが(ビジネスとして)伸びるのか」という質問に対して、高澤さんは「即利用可能」と答えるとともに、「2017年、2018年にはある程度市場が固まっている」と、非常に速いスピードで進展していくと予想し、参加者にVRの時代性を強く感じさせました。
「どんな領域でどんな可能性があるか」という質問には、青木さんは「HMD以外のハードウェアの可能性」を指摘し、「形状に囚われないことが普及の鍵」と見ているようです。井部さんが「記憶の刺激が認知症改善に役立つことから、ARは介護や認知症治療に活用できる」と考えているのもARの新しい可能性を感じさせる回答でした。MODIFACEのエイジング機能がBank of Americaで採用されたという高澤氏の発言も、VR、ARのまだ見ぬビジネスチャンスを感じさせる言葉でしょう。
360度動画などで使われる画像を平面に展開するとこのようになる。(”Old Suva Cemetery – virtual tour in the description” photo by Nick Hobgood [Frickr])
VRビジネスはここからはじまる
すべてのセッションの最後に、フォーラムリーダーで名古屋大学教授の山本さんから総括がありました。
山本さんはまず、「VRはもっと現実感・リアルが遠いと思っていたが、ターゲットが明確なリアリティを提供するソリューションであることが分かった」と感想を述べ、「周辺の要素技術がたくさんあり、インテグレーション技術がVRを支えている」と指摘。また、「VRは、突き詰めてしまえば体験の共有化が多様化しているということ」と説き、メーカーやコンテンツホルダーの枠を超えたプラットフォームの共有化の必要を訴えていました。
そして、VRの未来について「System of Experience、人間が共感するということの根源的な意味が分かってくれば、VRの将来が見えてくるだろう。すぐはビジネスにはならないだろうが、今個別に見えているものが、面になり、立体化していき、統合されていけば明るい未来があること強く感じている」と登壇者たちにエールを送りまた。
セッションの後は会場を移しての懇親会が行われました。会場には、各社が用意したVR機器が並び、参加者たちはビールを片手にVRを楽しげに体験し、新鮮な驚きを感じていたようでした。
(左)ブイシンクのスマートベンダー。(右)ナーブの賃貸物件管理会社向けパッケージ。
(左)カディンチェのzSpace。(右)H2LのUnlimitedHand。
一方で、懇親会の場でありながらもVR機器に鋭い視線を送る参加者が非常に多く、「すでに積極的に(登壇企業に)アポ入れしている企業も多い」(残間)そう。コンシューマー向けではあまり見られない今回のデモですが、実は業界内ではさまざまな形で実用化されています。多くの参加企業が今回のデモから、技術転用や新しいビジネスのヒントを得たようです。
山本さんは、これからのVR業界には「横のつながり、横展開が重要」と指摘しているし、残間も「こうした交流の場から、VRの新しいビジネスが広がってくれれば」と期待を見せています。VRが今後大きな市場に成長していくためには、こんなフラットな交流の場がさらに必要になるのでしょう。
電気刺激を用いた人体手形状の直接制御システム。 http://h2l.jp/products/
Microsoft社から発売された、ジェスチャーや音声認識により操作ができるデバイス。 正式名称は、「Kinect for Windows v2」。v1と比較し、画像取得の解像度が向上し、動体検知の精度が高まった。