NTTDATAグループカレンダー2026文献解説
受け継がれる世界の叡知―バチカン図書館―「未来をつくる知」
人間の生き方や思考法などに示唆を与える哲学書、感情を豊かにする文学書、科学の発展に寄与する理論書など、知の結晶であるさまざまな書物により人々は見識を広げ、心のあり方を深めてきました。そうした優れた知は、人間の成長を助け、社会の進化を後押しする、大きな意義を担う存在です。
今回は、そのような役割を担ったバチカン図書館所蔵の歴史的図書をご紹介いたします。
1月
ヒエロニムス『ウルガタ聖書』
15世紀 Reg.lat.87
エウセビウス・ソフロニウス・ヒエロニムス(347頃−420)は、キリスト教の教父、聖書学者で、現在のクロアチアに位置するストリドンで生まれました。裕福なキリスト教徒の両親のもとで幼少時代を過ごした後、12歳頃ローマに留学しラテン文学と修辞学を学び、19歳頃に洗礼を受けます。一時は教皇ダマスス1世の秘書となり、後に東方に赴きベツレヘムに落ち着いて聖書の研究と翻訳に没頭、東方神学の西方教会への移入に尽力し、ラテン世界に大きな影響を与えました。多くの著書や翻訳書を残しましたが、最大の功績は聖書のラテン語訳(『ウルガタ聖書』)であるといえます。
『ウルガタ聖書』は、教皇ダマスス1世の依頼により、それまで不統一があった聖書のラテン語訳の改訂に取り組んだものです。旧約聖書はヘブライ語原典から、新約聖書はギリシア語原典から翻訳されました。「ウルガタ」とはラテン語で「一般に普及した」という意味で、中世ヨーロッパを通じて唯一の権威ある聖書として各国語訳の底本となり、また中世ヨーロッパ文化の根源として未来をひらく書としての役割を担いました。16世紀になると、トリエント公会議においてカトリック教会公式のラテン語訳聖書と定められました。
2月
観世左近大夫『観世流五番綴半紙本(当流改章稽古謡)』
17世紀 Vat.estr.or.93
観世左近大夫(かんぜさこんのたいふ)は、観阿弥清次(かんあみきよつぐ1333−1384)を流祖として現在まで続く能のシテ方(主役)の流派である観世流の宗家のうち、八世以降の準世襲通称で、江戸時代までは九世、十世、十一世、十五世、十八世、二十一世が名乗りました。本書の作者である左近大夫は、生没年と編纂時期から九世から十一世までの可能性がありますが、特定するには資料が不足しています。
本書は、能の謡稽古に用いられる譜本の一種である謡本(うたいぼん)です。詞章を掲げ、その右側に旋律や拍子を指示する符号などが記されています。室町時代に謡が能から独立した音曲として普及、流行するのに伴い、稽古の手引書としての謡本が数多く書写されるようになりました。本書には、能の曲目である「阿漕(あこぎ)」、「敦盛」、「玉鬘(たまかずら)」、「卒塔婆小町(そとばこまち)」、「景清(かげきよ)」の五番(曲)が収められています。紹介している頁は「敦盛」の冒頭です。この曲目は、かつての源氏の武将で出家した熊谷直実(くまがいなおざね)が、一ノ谷の合戦で討ち取った平家の公達(きんだち)でわずか16歳の敦盛の菩提を弔うために一ノ谷に赴き回想にふけっている時に起こった出来事を表現した物語です。
『観世流五番綴半紙本(当流改章稽古謡)』は観世流の謡を学ぶために大いに役立てられ、ひいては能の発展を支える書の一つとして重要な役割を果たしています。
3月
小セネカ『道徳書簡集』
14世紀 Vat.lat.2212
古代ローマのストア派の哲学者、劇作家、宮廷政治家であり、修辞学者の大セネカの息子として小セネカとも呼ばれるルキウス・アンナエウス・セネカ(前4頃−後65)は、現在のスペインのコルドバに生まれました。幼少の頃ローマに移り修辞学と哲学を学び、30代で財務官となり、後に元老院議員になりました。幼いネロの教育を任され、ネロが即位した後も若い皇帝を補佐して善政に導きます。ネロの成長とともに政治の表舞台から遠ざけられるようになると引退し、文筆生活を送るようになりますが、やがて自死を命じられました。著作は大別して『道徳書簡集』などの哲学関連と、『メデア』などの悲劇を中心とする文芸作品があります。
『道徳書簡集』は、小セネカの友人であるルキリウスに宛てた書簡集で、20巻124編が現存しています。書簡とはいっても実際に発信されたとは限らず、書簡という体裁をとりながら自身の叡知を平易な文体で綴ったもので、幸福、最高善、富、神、死の恐怖など、人生のさまざまなあり方について論じた道徳論的な著作といえます。執筆したのは、公職を離れローマ近郊の別荘で文筆活動に専念していた頃のことです。小セネカの哲学関連の著書は実践倫理を主な哲学的主題としたものであり、とりわけ16~18世紀に広く読まれ、人間が善く生きることについて多くの洞察を披歴、未来を築くための精神的指針を示しました。
4月
アリストテレス『分析論前書』
13~14世紀 Vat.lat.2113
アリストテレス(前384−前322)は、「万学の祖」と呼ばれるようにさまざまな分野で後世に大きな影響を与えた古代ギリシアの哲学者です。ギリシア北部のスタゲイロス(後のスタゲイラ)に医師の父のもとに生まれ、17歳の頃プラトン(前427頃−前347頃)が創設したアテナイ(現、アテネ)にある学園アカデメイアに入学。師のプラトンが没するまで、そこで研究生活を送りました。その後、小アジアなどを遍歴しながら研究を続け、50歳近くになってアテナイに戻り学園リュケイオンを開き、学頭として研究と教育に力を注ぎました。代表的な著作には『形而上学』、『政治学』、『詩学』などがあります。
アリストテレスの「分析論」は、証明や論証、演繹などと呼ばれる推論を主題とした論理学に関する考察です。『分析論前書』では論証の前提となる演繹的推論(三段論法)を考察します。その成果に基づき公理や論証などの知の方法と構造を解明した『分析論後書』に先行する書です。本書では、大前提と小前提から結論を導く三段論法を分析、前提と結論から構成される推論を定義し、その妥当性と非妥当性、およびそれらの条件を明らかにしました。本書は、形式科学としての論理学の誕生を告げる記念碑的著作です。アリストテレスの論理学的著作の数々は、ヨーロッパ哲学を形成する原動力となり、哲学の発展をうながすために大きく寄与しました。
5月
クセノフォン『キュロスの教育』
15世紀 Urb.lat.410
クセノフォン(前430頃−前354頃)は、ギリシアのアテナイ(現、アテネ)に生まれた古代ギリシアの軍人であり、名文で知られる文筆家です。若い頃に哲学者として名高いソクラテス(前469頃−前399)の弟子となりました。前401年にペルシア王子キュロスの遠征に加わりましたが、キュロスが戦死すると敗軍の将として1万人のギリシア人傭兵の退却を指揮しました。この時の体験を記録した著作が『アナバシス』全7巻です。その後アテナイから追放され、スパルタ領のスキルスに移住すると、静かに執筆中心の生活を送りました。主な著作には、『ギリシア史』全7巻、『ソクラテスの弁明』、『饗宴』などがあります。
クセノフォンの著作は散文の範として後世まで尊重され、その一つである『キュロスの教育』全8巻は、ヨーロッパで広く長く読み継がれています。理想的な君主として仰がれたペルシア帝国の開祖キュロス大王(『アナバシス』のキュロスは同名の別人物)の生涯について述べながら、教育や政治、軍事のあり方を論じています。その文体は平明かつ洗練され、さまざまな議論や戦争の描写の間に数々のエピソードを加えるなど、歴史小説的な味わいに富んでいます。本書は、理想的な君主像や国家像を提示し、人々が社会を構築する上での多くの教訓を与え続けています。
6月
ベーコン『大著作』
14世紀 Vat.lat.4086
イギリス中世の哲学者、科学者であり、その博識から「驚異博士」とも称されるロジャー・ベーコン(1214−1294頃)は、イングランドのイルチェスターの生まれです。オックスフォード大学とパリ大学で学んだ後、パリ大学で教壇に立ちました。オックスフォード大学に戻ると、数年後に教授になり、やがてフランシスコ会に入ります。修道士として哲学や神学を研究するほか、法学や医学、自然学、言語学にも関心を広げました。知識はすべて経験に基づくとして独特の経験学を提唱し、経験の重視、光学における業績、工学的予見などにより、近代科学の先駆者とされています。
『大著作』は、教皇クレメンス4世の求めに応じて執筆された、7部から構成される著作です。当初は百科全書的著作を構想していましたが、時間的要因などからそれまでに書きためておいたものに基づき書物としての体裁を整え新たな一書とし、その要約・付記版となる『小著作』、『第三著作』とともに1年ほどで完成させました。既成の権威に寄りかからずキリスト教の真の知恵を追究することを支持し、その内容は神学、哲学、言語学、数学、光学、経験学、道徳哲学に及びます。本書は、ベーコンの学問に対する先駆的な思考を示すものであり、未来を切りひらくための画期的な道標となりました。
7月
ゲルマニクス『アラテア』
15世紀 Barb.lat.76
古代ローマの政治家、軍人、作家のゲルマニクス・ユリウス・カエサル(前15−後19)は、後の皇帝ティベリウスの弟ネロの長男として生まれました。紀元後4年にティベリウスの養子となり、ゲルマニア遠征などに従軍し、13年にライン河方面の軍司令官に任じられます。その後、属州ガリアとライン河畔の軍隊を指揮し、ゲルマンの諸部族との戦いに勝利しました。17年に東方属州の統治を委任され、アルメニアなどを巡察しましたが、19年シリアのアンティオキアで急死しました。軍隊からの信望が厚い一方、文学的才能に優れギリシア語で悲劇を書くなど教養人としての一面もありました。
『アラテア』は、詩人アラトス(前315頃−前240頃)が著した『ファイノメナ』(天象詩)をラテン語に翻訳したものです。古代ギリシアの天文学者エウドクソスの著作を韻文化した『ファイノメナ』は、星座の位置と形状、その出没について神話的伝承とともに綴った前半部と、気象上の予兆について説明した後半部からなっています。『アラテア』は、詩的な翻訳になっているほか、ゲルマニクス自身による訂正や加筆がほどこされています。古代ローマにおける天文学の知識と人々の関心を知る上で貴重な書であると同時に、文学作品としても今日まで広く読み継がれています。
8月
パッポス『数学集成』
9~10世紀 Vat.gr.218
アレクサンドリア出身のパッポス(生没年不詳)は、3~4世紀頃に活躍した古代ギリシアの数学者です。その生涯について、残された数学に関する業績のほかには、アレクサンドリアで教育に当たっていたことぐらいしかわかっていません。
『数学集成』全8巻は、古代ギリシアにおける当時までの幾何学を対象に、後の数学者が理解できるよう、ユークリッドやアルキメデス、アポロニウスなど名高い先駆者たちの業績に注釈を加える体裁で書かれたものです。幾何学のさまざまな論題について、それまでの成果を解析すると同時に、独自の解法による補足的な解説や問題の拡張を試みています。後にパッポスの名を冠した定理も多く、ピタゴラスの定理(三平方の定理)を活用した「パッポスの中線定理」や、16~17世紀の数学者ギュルダンにより再発見された回転体の体積についての定理「パッポス・ギュルダンの定理」などが挙げられます。その解説は、簡潔、明瞭です。また、現在では散失してしまった著作からの引用も多く、数学史における貴重な史料にもなっています。古代ギリシアの数学者の業績を後世に伝える本書は、デカルトやニュートンなど多くの学者に研究され、数学の進歩に大いに役立てられました。
9月
バシレイオス『ヘクサエメロン』
15世紀 Vat.lat.301
バシレイオス(330頃−379)は、カッパドキアのカイサレイアの裕福な家に生まれたギリシア教父です。「カッパドキアの三教父」のうちの一人として称えられています。コンスタンティノポリス(現、イスタンブール)やアテナイ(現、アテネ)に遊学しギリシア古典の深い知識を身につけた後、修道生活に入りました。修道院を建てると、後世まで範となる修道規則を定めました。カイサレイアの主教に選ばれてからは、教会と修道院の周辺に病院や救貧院などの福祉施設を開く一方、異端のアリウス派に対する論陣を張り、三位一体の正統的な教義の確立に力を注ぎました。実践的活動に大きな足跡を残し、東方教会の伝統の礎を築きました。
『ヘクサエメロン』は、バシレイオスが行った「創世記」第一章「創造の六日間(ヘクサエメロン)」についての9回連続の講話集です。「初めに神は天地を創造された」という文言を主題とした第一講話に始まり、以下第一章を順を追って解釈し、神による6日間の宇宙創造を極めて美しい文章で説いていきます。この講話以降、「ヘクサエメロン」という言葉は「創世記」註解の一ジャンルを指す名称として用いられるようになりました。ギリシアの自然哲学とキリスト教的創造論を統合し、世界が魂にとって神を認識するための教育の場であることなどを説いた本書は、信仰の重要性を広めるための推進力となりました。
10月
サンナザーロ『アルカディア』
16世紀 Cappon.193
イタリアの詩人ヤーコポ・サンナザーロ(1456−1530)は、ナポリの小貴族の家に生まれ、所領地の田園で少年時代を過ごしました。ナポリへ帰ると、人文主義的教養を身につけます。人文主義者の集いであるアカデミアの会員となり、やがてナポリ王の廷臣として仕えました。その後、政変により王がフランスに亡命する際これに随行しそのそばを離れませんでした。ナポリに戻ったのは、王が亡くなってからのことです。ラテン語の詩文に親しみ、『漁夫の歌』、『聖母懐胎』などの詩作品を著し、南部イタリアの人文主義を代表する詩人として活躍しました。
『アルカディア』は、愛に傷ついた主人公のシンチェーロが理想郷アルカディアに逃避し、神話的な自然を背景に牧人たちの恋の苦しみや怒りの歌、祭礼などの様子を見聞した様子を語る体裁をとった物語で、詩と散文により構成されます。流麗で優美な文体が繰り広げられ、閑雅を好む当時の人々に大変な好評を博しました。都会人による牧人生活への憧憬を述べる文学を一つのジャンルとし、また「アルカディア」を理想郷の代名詞としてヨーロッパの文学や絵画にも幅広く題材を提供するなど、文芸、文化の広がりと深まりを進める一端を担いました。
11月
ムリス『計量音楽の書』
15世紀 Cappon.206
ヨハネス・デ・ムリス(1300頃−1350頃)は、フランスの音楽理論家、数学者、天文学者で、ノルマンディーに生まれました。パリ大学で数学や天文学を学び、マギステル(修士)の学位を得て教壇に立ったと推定されています。その後、教皇クレメンス6世の招きでアヴィニョンに赴き暦法改革を行います。晩年には作曲家のヴィトリと交流がありました。音楽関係の著作は、『音楽の知識』、『音楽の諸部分に関する問答』、『ボエティウスによる思弁的音楽』、『計量音楽の書』、『対位法の技術』の5編が残されています。
『計量音楽の書』は、ヴィトリが著したとされる記譜法(楽譜を書くための規則)についての書『アルス・ノヴァ』を解説した理論書です。譜面を作成する際に、リズムをどのような音符で示せばよいか、それにはどのような種類が必要かなど、記譜法について計量記譜法を中心に具体的かつ明快な解説がほどこされています。計量記譜法は、音の高さだけを示すグレゴリオ聖歌の記譜法などとは異なり、個々の音符の長短を厳格に規定し、特定の形の音符や休符、その他の記号を用いて記譜するもので、13世紀にケルンのフランコ(フランコ・オブ・ケルン)により確立されました。ムリスの音階理論と計量記譜法に関する解説は、その後専門家の間に広く浸透し、音楽の発展に貢献しました。
12月
クインティリアヌス『弁論家の教育』
15世紀 Reg.lat.1881
マルクス・ファビウス・クインティリアヌス(35頃−95頃)は、弁論術を体系的に論じた古代ローマの弁論学者です。名の知られた弁論術の教師の父のもと、ヒスパニアのカラグリス(現、スペインのカラオラ)に生まれ、少年の頃ローマに出て弁論家としての修業に励みました。一旦ローマを離れ故郷に戻り弁論術を教えますが、再びローマに赴きウェスパシアヌス帝の治世に、初代勅任弁論術教授に任用され名声を博しました。およそ20年間弁論術を教えた後、引退して著述に力を注ぎます。著書には主著である『弁論家の教育』全12巻のほか、『弁論術衰退の原因について』という小冊子がありましたが現存していません。
『弁論家の教育』は、古代ギリシア・ローマの弁論術を整理、統合し、かつ自身の教育者としての経験を活用しながら実践的な弁論教育を包括的に論じた著作です。幼児教育に始まり、弁論の種類、着想など弁論について詳細に明らかにし、弁論家の資質についても述べます。また、教育における古典的教養の重要性を説き、詩人や歴史家、弁論家、哲学者の作家・作品に対する批評を加えています。ルネサンス期の人文学者や近代ヨーロッパの教育学者たちに大きな影響を与えた本書は、弁論の技術的な手引書というばかりでなく、理想的な人間を育成するための教育書としても高く評価され、広く教育に生かされています。
地球環境に配慮した資材を使用しています
【カレンダー用紙(台紙を除く)】(FSC認証紙)
生態系保護や労働者の権利順守を図りつつ、持続可能な森林管理を推進する森林管理協議会(FSC)が定めた基準に従って適切に管理された原料で製造・加工された用紙を使用しています。
FSC認証紙を選択することで、適切な森林管理を支援し、世界の森林保全に貢献できます。
- ※ FSC認証とは・・・環境、社会、経済の便益に適い、きちんと管理された森林から生産された林産物や、その他のリスクの低い林産物を使用した製品を目に見える形で消費者に届ける仕組みです。(出典:Forest Stewardship Council)
【リング】eco紙プラリング
再生紙を主原料とした、生物由来の資源を利用した商品に表示できる「バイオマスマーク」の認定を受けた留め具を使用しています。
環境に優しい紙製プラリング(原料の51%が紙、49%がプラスチック)で、強度はプラスチックの長所を活かしながら、紙が主原料のため、廃棄する際に可燃ごみとして処理できるためプラスチックごみの排出量削減に貢献します。
【包装フィルム】バイオマスCPPフィルム
カレンダーの包装に、植物由来の原料を配合した環境に配慮したCPP(Cast Polypropylene:無延伸ポリプロピレン)フィルムを使用しています。石油資源の使用量を減らし、CO2排出量の削減に貢献します。
地球環境に配慮した素材を新たに採用するなど高品質と地球環境への配慮にこだわりをもちNTT DATA環境方針に準拠した商品を目指しております。