小学生がプログラミングする時代
iPadで動く絵本を作ってみよう!
11月27日、日曜日。INFORIUM豊洲イノベーションセンターで、小学生を対象にした「プログラミングワークショップ」が開かれました。
2020年度から小学校でプログラミングの授業が必修化されます。21世紀を生きる子どもたちにどんなスキルが必要なのか? 教育界で模索が始まっています。そんな中で開かれたワークショップの様子をご紹介します。
講師はベネッセの後藤義雄さん。ここ数年、ITの最前線シリコンバレーで、現地の子どもたちにプログラミングのワークショップを開いてきた経験の持ち主です。
ベネッセホールディングス 事業開発本部事業開発部 プログラミング教育プロジェクトリーダー 後藤義雄さん。2011年、アメリカのシリコンバレーにベネッセのオフィスを立ち上げ、駐在員として滞在し、公立学校の教育やITを活用した教育について調査、研究。2016年に帰国し、新たな学習サービスの開発に携わっている
参加者は約20組の親子。低学年から中学年がほとんどで、高学年の子は3名でした。低~中学年の子どもは親といっしょにテーブルに座り、高学年の3人は親の付き添いなしで、1つのテーブルで囲みました。
ワークショップのタイトルは「ダンスとねんどとiPadを使って、動く絵本を作ろう!」。子ども向けプログラミング環境「Codeable Crafts(※1)」を各自のiPadにダウンロードして使います。後藤さんははじめに「Codeable Crafts」のコマンド「動く」「ジャンプ」「回る」「大きくなる」「吹きだし」などの動き方を説明。画面上でキャラクターがその通り動くことを見せます。
ここで後藤さん、「このコマンドを人間に命令するとどうなるかな? みんな立ってやってみよう!」。子どもたちは立ち上がると、「ジャンプ! 戻る! 回る! 大きくなって、Hi!」という後藤さんの掛け声に合わせて、モニターのキャラクターと同じように一生懸命、動きました。「はい、これでみんなプログラミングされたね!(笑)」と後藤さん。プログラミングとはどういうことなのか、子どもたちに体で実感させました。
それから「動く絵本」作りに入ります。はじめにキャラクターとストーリー作りです。まず、各自が白い粘土でキャラクターを造形し、そのキャラクターを主人公にした物語を考えます。「もうすぐクリスマスだからクリスマスの話にしようか」と、後藤さんからストーリーのテーマが示されました。
ここで、子どもたちに「キャラクター○○が○○○○するストーリー」という用紙が配られました。自分でストーリーを作り、そのストーリーを実現するためにプログラミングするというワークショップの意図が明確です。自分の作りたいものありきで、プログラミングはあくまでもツールであることを伝えているのです。
「トナカイが寄り道をして遊んでいる」「サンタさんが転んだ」「プレゼントが夜いろんなところに落ちている」など、子どもたちは頭をひねりながらストーリーを考え、それを「Coderable Crafts」を使って形にしていきました。どんな動きをさせるのか、背景はどんな風景がいいか、どんなセリフを入れるか、いろいろ試しながらプログラミングします。最後に作品を発表しあって、約2時間のワークショップは終了しました。
自分で作ったストーリーをプログラミングソフトで形にしていく作業に、子どもたちは没頭していた
プログラミングは楽しい
子どもたちの感想はどうでしょうか。
「プログラミングは初めてだけどできてよかった。面白かった」(低学年の女の子)、「キャラクターを思った通りに動かすのがむずかしかったけれど、もっとできるようになりたい」(中学年の男の子)、「ストーリーをつなげるのがむずかしかったかな」(高学年の女の子)。うちに帰ってもやりたい! という子がほとんどでした。
参加者の保護者にも感想を聞きました。
「これからの子どもたちにとって、プログラミングは鉛筆でものを書くのと変わらないことになると思うので、基礎を学ばせたい」(低学年の女の子の父)、「ツールが変われば想像力も変わりますから、新しいアイデアのきっかけになると思う。親もいっしょに学んでいきたい」(低学年の男の子の父)、「子どもにはデジタルがむずかしいという意識はなく、面白がって使っているので、どんどん伸ばしてあげたい」(高学年の女の子の母)などなど。今後も積極的に子どもたちをプログラミングに触れさせたいという意見が多くを占めました。
ワークショップは親子で参加。スタッフ(中央、オレンジ色のTシャツ)がサポートしながら進められた
また、今日のワークショップに協賛したNTTデータの川口一浩(ITサービス・ペイメント事業本部)は、「2020年のプログラミング授業の必修化に向けて、IT企業のリーディングカンパニーとして、うちができることがあると思う。当社のノウハウを生かした教材作りも考えていきたい」と話し、プログラミング教育への高い関心を感じさせました。
講師の後藤義雄さんによると、今日のプログラム内容は、アメリカのシリコンバレーで自身が行ってきたワークショップとほぼ同じとのこと。「シリコンバレーと日本の小学生のレベルは変わりません。むしろ日本の子どもたちのほうがきちんとやるという印象ですね。違いと言えば、プログラムの進め方です。シリコンバレーでは子どもたちの作業の進捗はバラバラでした。日本では作業の時間配分を決めて、ある程度、作業進捗を揃えてやっています。ただ、時間を区切ることによって子どものクリエイティビティを阻害してしまわないか、そこを常々、気にかけています」と日米の違いを説明してくれました。
ベネッセコーポレーションから発売されているアプリ。自分で作った人形や紙に書いた絵をカメラで撮影し取り込めるほか、キャラクターを動かす背景を選ぶことができる。作った絵本は、メールなどで共有することも可能。https://www.codeablecrafts.com/
プログラミング的思考が必要になる
シリコンバレーで行われていること
EdTech(エドテック)は、EducationとTechnologyの造語です。ITを活用した教育であるらしいことはわかりますが、これまでのeラーニングと何が違うのでしょう? ベネッセ事業開発本部の後藤義雄さんに、EdTechについて伺いました。
「教育を語る時によく言われるのは、百年前の先生がタイムスリップしてきても、違和感なく現在の授業ができるよね、と。世の中がこんなに変化しているのに教育はあまり変わっていないと。もっとも教育、特に小中学校の教育は、そう素早く変えられるものではありませんが、テクノロジーの活用という点では完全に出遅れています。テクノロジーを使うことで、もっと効率的な学び、これまでと違う価値を生み出す学びができるんじゃないかという考え方がこの5~6年、大きな潮流となってきたのです」
(資料提供:後藤さん)
───後藤さんはアメリカのシリコンバレーで現地の教育を研究されました。シリコンバレーの状況はいかがですか?
私は子どもが4人いて、みな現地の公立学校に通ったのですが、そこではITツールが、先生と生徒のコミュニケーションツールとして当たり前に使われていました。たとえば、宿題はオンラインにアップロードしておいて、生徒がめいめいやってオンラインで提出するとか。それを実現するために小学校1~2年生でタイピングやマウス操作に慣れるための授業があります。そういう基礎から始めて、3~4年生になると作文をタイピングできるようになるわけです。
───日本でもこれまでパソコンやインターネットを活用した学習が行われ、小中学校にはパソコンルームが整備されています。この5~6年でEdTechが注目されてきた理由は何でしょうか?
EdTechの背景にはタブレットの普及があります。“自分だけの端末”を持てるようになったことが、決定的な違いです。私がシリコンバレーに滞在していた2011~2016年は、ちょうどスマホやタブレットが普及する時期と重なります。パソコンは20年前からありましたが、一家に一台、リビングに置いてあったりしますよね。リビングで宿題してもいいけれど、タブレットなら子どもたちは自分の部屋で勉強できます。
親にITの価値が理解できるようになったことが、もうひとつの要因です。親自身がFacebookやInstagramを使い、それらの有用性を知っている。初期投資のかかるIT機器を使った教育を導入するには、親の価値観が、それを認めないとむずかしいですからね。この5年間で、ハードとソフト両面でその環境が整ってきたと言えるでしょう。
(資料提供:後藤さん)
あなたは何を考え、何を創りますか?
───2020年度に学校の指導要領が改訂されます。目玉の1つが、小学校でのプログラミング授業の必修化です。プログラミング教育の目的について、後藤さんはどのように考えておられますか?
文科省の意図は、プログラマーの養成というよりは、プログラミング的思考を育もうということだと思います。デジタル化が進む中で、それを活用して自分が作りたいものを実現していく人材を育てたいということでしょう。そこが今の学校教育の中で不足している部分だからです。
大きな視点で見ると、現在は第4次産業革命の始まりと言われています。AIが発展して、人間の仕事を奪うとか、不安げなイメージで語られることもありますね。これからの世界は今以上にさまざまな変化が起き、変化のスピードも速くなるでしょう。そんな時代に生きる子どもたちに必要なのは、どんな変化があっても、自分で考えて自分で作っていけるスキルであり、マインドセットだと私は思います。そのための有効な手段のひとつがITを使ったプログラミングなのです。AIに使われる人間ではなく、AIを使う人間になるためにはどんな学びが必要だろうかと。そこで必要なのは、ただプログラミングのスキルを身につけることではなく、それを使って自分が何を作るのかという思考です。
(資料提供:後藤さん)
───その点、今日のワークショップの手応えはいかがでしたか?
今日は、プログラミングを使えば簡単に絵本が作れますよということを教えました。それだけなら、クレヨンで絵を描くのと大して違わないと思うでしょう。ただ、プログラミングという道具を使えばクレヨンとは違ってこんなことができる、新しいものが作れるということを知ってもらうきっかけになったと思います。
───話はEdTechに戻りますが、EdTechは教育にどんな変化をもたらすと期待されていますか?
ひとつは教育格差の解消です。日本でも教育の格差が問題になっていますが、アメリカのそれは日本の比ではありません。それがMOOCs(※1)やKhan Academy(※2)の登場で、インターネットと端末があれば、だれでも良質な授業が受けられるようになりました。
次に、個別化された教育が可能になります。娘が通っていたシリコンバレーの小学校では、先生が算数の授業を4段階のレベルに分けて、それぞれの授業をあらかじめビデオに撮っています。授業前に子どものレベルに合ったビデオを渡し、家で見てきなさいと。それで、わからなかったところを学校で先生に質問しなさいと。このやり方なら、どのレベルの子どももわかるまで勉強できる。まさにITを活用することで可能になった教育だと思います。
───学校教育はEdTechで変わるでしょうか。
学校にはいろんな個性をもった子どもが入ってくるのに、出ていくときには画一的な人間になっている、そういう批判がありますね。EdTechにしたところで、その流れを効率化するだけでアウトプットは変わらないのでは、という声はあります。確かにそうだと思うんですね。アウトプットを変えられるかどうかは、やはり、教え方にかかっているのではないでしょうか。
MITメディアラボ(※3)の先生が「クリエイティブラーニング」という言葉を使っています。急速に変化していく世界で、想定外の状況になっても解決策を生み出せる力を身につけるためにはどんな学びが必要か。それは「子どもたちに創造できる機会を提供し、テクノロジーを使ってデザインし、ものを作り、表現し、共有する学び」だと言います。EdTechが教育を変えるというより、EdTechというツールを使って、あなたは何を考え、何を作りますか? という問いかけを、先生やまわりの大人たちが常々していくことが大切だと思います。
ワークショップの最後は、参加者全員で記念撮影
Massive Open Online Courses の略。インターネットを使って無料で受けられる大学の講義のこと。代表的なプラットフォームに、マサチューセッツ工科大学やハーバード大学が参加するedX、スタンフォード大学とプリンストン大学のCourseraがある。日本版にJMOOCsがある。
世界中の子どもたちに無料で良質の教育を届けることをミッションに設立された非営利団体。主に理数系の学習ビデオをインターネットで配信している。設立者はサルマン・カーン。子どもたちに算数を教えるために短時間の学習ビデオを作成し、それをYouTubeで配信したことがきっかけで世界的に広まった。https://ja.khanacademy.org/(日本語サイト)
マサチューセッツ工科大学の建築・計画スクール内の研究所で、デジタル技術の教育、研究を行っている。人間とコンピューターの協調をテーマにした研究が多い。2013年、日本人アーティストのSputniko!(スプニツ子!)が助教授に着任して話題になった。