驚異の学習スピード“質問するAI”LITRONとは?
LITRONは、文書読解を行うAIだ。マニュアルや論文等の専門的な文書をインプットとし、意味を理解したうえで、知識を構造化し、抽出する。例えば、医薬品の成分や効果が期待される疾患等が記載された添付文書をLITRONに学習させることで、医薬品の情報が表形式に構造化され、それをもとに薬の飲み合わせリスクを検出することが可能だ。
従来、飲み合わせリスクは医師の目で添付文書を読むことで、判断していたが、LITRONが抜け漏れなく構造化してくれるため、医師の判断をサポートすることができる。
LITRONによる文書読解
LITRONの強みは、なんといってもその学習スピード。一般的な文書読解AIでは、人間が大量のインプットデータを与え、AIは受動的にそれを“正しい知識”として受けとり、学習する。そのため、AIが成熟した学習レベルに達し、実用に耐えうるまでの時間と手間が課題となっていた。
この課題を、これまでのAIには無かった概念「対話的学習」(特許出願中)で劇的に解決したのがLITRONだ。LITRONは人間が与えるデータをただ学習するだけでなく、人間に対し、“この単語は薬の名称ですか?” “この単語とこの単語は同じ意味ですか?”といった「質問」をする。それに対し、人間が「はい/いいえ」と回答する結果を受けてLITRONはさらに学習を進める。これが「対話的学習」である。これにより、従来のAIによる学習期間に比べて、約1/5の時間(※1)でLITRONは学習してしまう。
従来手法とLITRONの差異イメージ
対話的学習のイメージ
(※1)特定の条件下での削減例であり、条件によってはより大きな削減が見込める可能性もあります。
生みの親は“新入社員”
そんなLITRONの生みの親のひとりが、NTTデータでAIを活用したコンサルティングを提供する4年目社員、根本啓行だ。
「LITRON開発のきっかけは、2018年。当時、入社1年目の頃です。同期とともにNTTデータグループ内のハッカソン(以下、ハッカソン)へ出場しよう、と決めたことがきっかけでした。取り組みテーマを考えていた当時、他のAI領域に比べると、文書読解をできるAI領域がまだまだこれから伸びる分野であったこともあり、もともと注目していました。また、どの業界どの企業にも文書は存在するので、ビジネスとしての可能性が大きいとともに、AIを活用した社会への貢献ができると期待していました。」(根本)
NTTデータ C&S事業本部 Data&Intelligence事業部
根本 啓行(2018年入社)
機械学習や自然言語処理を活用した幅広い業界の分析活用経験を持つ。現在はNTTデータの文書読解AI「LITRON™」のサービスを立ち上げ、技術の研究開発だけでなくお客様業務への適用まで取り組むことで、データ活用におけるお客様の業務変革を目指している。
出場を決めてから、ハッカソン開催までの期間は2か月。この2か月の間に、文書読解AIを開発すると決めて完成させたという。新入社員だった彼らは、自身の抱える業務をこなしながら、日々のランチ時間などを有効活用し、取り組んでいたという。
仲間とともに 職場とともに
「当時の開発メンバーは、AI・数学・システム・薬学などさまざまな分野の有識者でした。それぞれの得意分野を活かすことで、みんな“楽しみながら前向きに”取り組むことができ、短期間で完成させることができたと思います。」(根本)
職場の上司も、ハッカソン出場を応援してくれていたため、業務との両立が無理なく可能だった、と根本は振り返る。「この日とこの日はLITRON開発に時間を割きます。」そんな会話で上司とコミュニケーションをとりながら進めてきた。根本の職場が持っていた「若手社員の活動を応援する」、そんな組織風土もLITRON誕生にとって大切な要素だったに違いない。
華々しいストーリーのように感じるLITRON誕生秘話だが、完成までの道のりは決して平坦ではなかった。
「全く新しい技術を作らなければならなかったこと自体が今回の難しい点でした。通常は、新しい技術を作るのに世の中の技術を組み合わせてできることが多いのですが、LITRONは違います。自分たちでもこの技術が完成しないのではないか、と思うこともありました。しかし、仲間と協力して取り組むことで困難に見える壁に対して異なる視点を取り入れ、打開策を見いだし、前進できました。また、社会貢献の可能性がある技術をつくれるという点も、やりがいに繋がり、困難なときもモチベーションを保つことができました。」(根本)
ハッカソンから商用化へ
こうして、2か月でなんとか完成させた文書読解AI LITRON。
ハッカソンで審査員を務めていたData&Intelligence事業部長の谷中は、LITRONに大きな可能性を感じた。
谷中は、ハッカソン後の懇親会で根本にねぎらいの言葉をかけた。
「すごく面白そうなアイデアだと思う。1週間後にもっと詳しく聞かせてほしい。」
これをきっかけにData&Intelligence事業部がLITRON商用化に手を挙げ、その後4年間にわたり、社内のさまざまなノウハウをもとに実ビジネスでの活用に向けたブラッシュアップを重ね、現在の商用レベルに至ることとなった。(※2)
その過程ではさまざまな困難があったが、事業部長の谷中を始めとした周囲の面々の支えにより、ビジネス化への道を着実に進むことができたという。
本格的なビジネス展開に向けた第一歩を踏み出したばかりのLITRON。根本は今後について次のように語る。
「今後、LITRONをさらに広めていくには、より使いやすく、より分かりやすい技術にすることが課題だと考えています。LITRONの技術そのものは、お客様事業に貢献できるものであると私たちは信じていますが、現時点では、お客様にとって導入メリットが感じられるユースケースや使い方の提案が十分にできておらず、LITRONの技術自体の特徴も分かりやすく伝えることに苦労しています。一方で、NTTデータにはこれまで数々のソリューションをお客様に提案し、価値を提供してきたノウハウ、実績があります。お客様への説明などの面で、上司や先輩からサポートを得ながら、ワンチームで取り組んでいます。NTTデータとしてこれまで積み重ねてきた深い業務知識や、お客様とのリレーション構築力と、新しい技術を掛け合わせ、お客様がLITRONの導入に一歩踏み出してもらえるように、魅力的な新しい価値を提供していきたいです。」(根本)
若手が活躍できる組織とは?
LITRONの開発にとどまらず、周囲のメンバーを巻き込みながら、LITRON商用化を通じて社会への貢献を目指す根本。そもそも彼は、なぜ活躍の舞台としてNTTデータを選んだのだろうか?
「もともと情報技術が社会を変えると確信していた。そのなかでも就職活動中に出会った、NTTデータの社員から感じた、『相手の話に真摯に耳を傾ける姿勢』に惹かれ、NTTデータだったら仲間とともに協力しあいながら成長できると思いました。入社してからもこの判断は間違っていなかった、と思っています。」(根本)
NTTデータのチームワークや、相手の話を尊重しながら聞く文化が、若手社員であっても活躍できる環境に大きく影響していると言えそうだ。現在も、常日頃、連携しながら業務を進めることで、たとえトラブルが発生した局面においても、冷静にコミュニケーションをとりながら、着実に対処することができているという。
根本のような若手社員が活躍し成長をしていくことが、組織の成長につながっていくのだろう。
LITRONが目指す社会
LITRONの商用化を通じて、根本は社会に対してどのように貢献していくことを考えているのだろうか。
LITRONは現在、既に5件のPoCを行っており、いずれの検証においても、効果が発揮されることが確認できている。実用化を視野に入れた検討も着々と進んでいるところだ。
「LITRONは大量の文書を短期間で理解できる特性上、医薬の世界はもちろんのこと、精密機器のマニュアルの読解や、法律文章など『専門的で膨大な文章を読み込む必要がある業務』に大きな力を発揮します。業務の属人化の軽減や、人為的ミスの防止・削減につながり、安全性の向上や、人手不足への対応など、さまざまな側面で社会に貢献できるはずです。」(根本)
最後に根本は自分自身についてもこう語る。
「より豊かな社会をつくれる人間になれるよう、これからも成長し続けていきたいです。新しい技術が登場したとき、それを社会が受け入れ、人々の生活がより良いものになる。そういう営みに一人の人間として貢献できるように、NTTデータとともに歩みを止めず邁進していきます。」(根本)