職場づくりの成功のカギは100年以上前の過去にあり
私が初の著書『A World of Good:Lesson From Around the World in Improving the Employee Experience(従業員体験向上のための世界からの教訓)』を出版したのは2017年のことでした。その数年後に世界的なパンデミックが発生し、数千もの組織がこの著書で提案したような変革を迫られる事態になるとは、当時は考えもしませんでした。
2021年後半に、ニューヨークのコンサルタント会社が運営するブッククラブで、この本が話題になりました。そこで最初に聞かれたのは、「この本は新型コロナウイルス感染拡大前に書かれていますが、今だったら、コロナ後の従業員に向けた本としてどこをどのように書き換えますか?」という質問でした。少し考えて、私は「何も変えるところはありません」と答えました。現代の労働者が学ぶべき教訓は、昔から世界のあらゆるところに存在していたというのが、この本の前提となっています。2022年のリーダーが未来の職場を構築し、従業員とのつながりを深めて成功を収めるためのカギは、100年以上前からさまざまな文化や国にあったのです。
最初の著作に向けた研究で分かったのは、強靭で優れた組織を構築するために重要となる要素は2つあるということでした。その要素は、アフリカとデンマークから得られたものです。
成功のカギ1:従業員同士の交流を増やす
ウブントゥという言葉をご存知でしょうか。ウブンドゥはアフリカのズールー語で「人間愛」を意味し、「Motho ke motho ka batho ba bangwe(人は他者を通して存在する)」と「Umuntu gaunt ngabantu(あなたがいてくれるから私がいる)」というアフリカの表現が語源となっています。現代の言葉でいうと、「おたがいさま」「おかげさま」という考えを表すときに用いられます。ウブントゥは、地域コミュニティや家族、仕事のチームなどで、すべてがつながっているという意識で関係を構築していくことなのです。
この古くからの言葉を20世紀の西洋社会にもたらしたのは、南アフリカ真実和解委員会の議長だったデズモンド・ツツ大主教です。ツツ大主教は、ウブントゥの基本的な概念の下に南アフリカに和解をもたらすべく尽力し、ネルソン・マンデラ氏も1994年の新政府樹立時にこの原則を導入しています。現代の職場は、このハイブリッドな世界において、社員と社員を隔てている物理的なギャップを埋めていくという新たな課題に直面していますが、ウブントゥの概念を適用することでうまく対処できると考えられます。
「コミュニティとしての職場のつながりが強化されることで、業績もカスタマーサービスも生産性も向上します。社員が交流する機会が増えれば増えるほど、社員のパフォーマンスも組織の業績も向上するのです。」
コミュニティのすべての要素がポジティブな形でまとまることが、各個人と組織に大きな影響を与えるということが分かってきました。職場のつながりが強化されると、業績もカスタマーサービスも生産性も向上するという研究結果が出ています。職場でのつながりの強化は、社員の総合的な人生の満足度やこころの健康にも直結しています。同僚と話をして交流する機会が増えれば増えるほど、社員のパフォーマンスも組織の業績も上向くということです。
数年前に、ミネソタ州のアルバート・リーという小さな街で1万8千人の住民が参加するコミュニティ実験が実施されました。実験に参加した住民は、一緒に運動やボランティア活動を行い、地域リーダーとのミーティングに参加することが奨励されたのです。これは地域社会に対する一種の投資ですが、絶大な効果をもたらしました。住民の平均寿命は3年延び、市内の主要企業では欠勤率が21%低下し、医療費はなんと40%減少しました。
ここで直面する大きな課題は、社員や職場にとって良いとされることと、個人のニーズをうまく調和させることです。在宅勤務やリモートワークの導入によって、社員はお金を節約でき、仕事と家庭の両立が容易になるかもしれませんが、何らかの方法で社員が一緒に過ごす時間を頻繁に確保することが重要です。そのためには、社員のニーズに対する理解を深めて、障壁をなくし一緒の時間を確保しやすくすることが大事です。
成功のカギ2:従業員を信頼する
勤務する従業員に対する信頼度は、デンマークが世界一高いと考えられています。“How to Live in Denmark(デンマークでの暮らし方)”の著者であるケイ・ザンダー・メリッシュ氏は、「信頼はデンマーク社会の基本です」と述べています。社員に求められているのは業務を完了させることだけで、いつどこで業務をしてもよいのです。在宅勤務が一般化するコロナ禍以前でも、従業員は自宅勤務もよし、早退もよしとされていました。それほど従業員に対する信頼度が高かったということです。これはワークライフバランスに大きく貢献しており、統計ではデンマークの従業員満足度は世界最高レベルとなっています。
ウォール街大暴落、第二次世界大戦、米国同時多発テロといった、心に傷を残す大規模な事件に関する研究でも、危機の際に人々が雇用主に求める普遍的な4つの基本的欲求のうち、一位は信頼となっています。コロナ後の新たな働き方の整備が進む中、コロナ禍の期間中に築き上げた信頼を維持し、それに基づいた従業員体験を構築することが雇用主にとって非常に重要となります。
「コロナ禍によって、私たちの勤務形態は後戻りできないほど変化しています。社員の半数以上は、同僚の生産性が向上したと感じています。」
パンデミック発生当初は、従業員を信用し、「見えないところでの勤務」を許可しなければならないということに多くの企業は戦々恐々としていました。社員を監視・追跡する隠れたソフトウェアを購入して社員の動向を監視していた企業が多数あったという新聞報道もあります。しかし、コロナ禍によって、私たちの勤務形態は後戻りできないほど変化しています。社員の半数以上は、同僚の生産性が以前よりも増加したとしており、企業文化がコロナ禍の期間中に改善されたと考える企業は全体の90%に上ります。成功を収めている組織の大半は、従業員を信頼することの重要性をすでに認識していましたが、コロナ禍で雇用主はそれを実行に移すことを余儀なくされました。
一体感と信頼がもたらすものとは
従業員への信頼度が低い組織と高い組織を比較してみると、大きな違いがあることに気づきます。従業員を信頼している組織の方が、従業員のストレスは74%低く、生産性は50%高く、病気欠勤日は13%少なく、従業員の関与意識は76%高く、燃え尽き症候群は40%少なかったのです。
順調な関係性の土台となるのが信頼です。信頼は、人間の行動において最も重要な課題のひとつであり、私たちの人生に大きな影響を与えます。社員が各自にとって最適な方法で働くことを容認するという信頼は、社員に自主性と管理手段を委ねることに他なりません。この2つは幸福とウェルビーイングの構成要素として、とても重要なものです。組織の信頼は、成功する職場文化を築く上で今や不可欠なものとなっており、ほとんどの社員にとって、その文化の質は給与よりも重要度が高くなっています。
「組織における信頼はコロナ前よりも高まっており、この状況が変わらないようにする必要があります。それは、不平等さに対処し、より共感的で平等な職場を作り、社員がつながりを持てる機会を作るということでもあります。」
時間と働き方を選択する権限を社員に与えないということは、社員を信頼していないということです。もし信頼できないのであれば、そもそも信頼できない人材を雇った理由は何でしょうか。ここ数年間、フレキシブルな働き方が従業員と雇用主にもたらした恩恵は、どれも信頼なしには実現できないものでした。
コミュニティと信頼は非常に強く結びついています。社会の信頼度が高いと、自殺者数と交通事故死者数が減少します。信頼関係のある組織では、従業員が構築する社会関係資本が増大しますが、これが将来の成功に非常に重要であることが今ではわかっています。その影響は非常に大きく、国家レベルの社会関係資本は、今では幸福度を決定する要因として所得よりも重要になっているのです。
組織における信頼はコロナ前よりも高まっており、この状況が変わらないようにする必要があります。それは、不平等さに対処し、より共感的で平等な職場を作り、社員がつながりを持てる機会を作るということでもあります。それが優れた職場文化、ひいては利益や大きな価値を生み出す組織を醸成する道であると、歴史が示しています。
本記事はNTT DATAのCXO Magazineの記事“Looking Back to Get Ahead”を翻訳したものです。