世界のライフスタイルに変革をもたらす
グローバルに拡大するシェアリングエコノミー市場
「シェアリングエコノミー」とは、スマートフォンの普及やソーシャルメディアの発達によって急速に発展した、モノやサービスなどを交換・共有することで成り立つ新しい経済の仕組み。欧米を中心に目覚ましい進展を遂げ、世界中のライフスタイルに変革をもたらすと言われています。シリコンバレーを起点として、市場規模はグローバルに拡大。2014年度に約233億円だったシェアリングエコノミーの国内市場規模は、2018年までに462億円まで拡大すると予測されています。(出典:平成28年版情報通信白書 P139(※1))
シェアするのは、空間やモノから、移動手段、お金、育児・家事といったスキルまで様々。世界では空き家を活用して宿泊場所を提供する民泊や、一般ドライバーの車に相乗りして目的地まで移動するライドシェア、個人の所有するモノや専門的なスキルを提供するサービスなどが活用され、日本でもあらゆる分野で新たなサービスが生まれています。
(引用:シェアリングエコノミー協会資料)
こうしたすでにあるモノや人といったリソースの稼働率を上げることが経済全体を活性化する、という効果を期待できます。また、多くのスタートアップ企業によって生まれた新しいソリューションやイノベーションは、超少子高齢化時代を迎える日本の課題を解決に導く可能性も秘めています。シェアリングエコノミーの台頭によって、今まさに産業・社会のパラダイムシフトが起こりつつあるのです。
遊休資産の見える化を新たなビジネスに
日本のシェアリングエコノミーを先導する企業の一つとして、今注目を集めるのが2014年4月に創業した、株式会社スペースマーケットです。「世界中のあらゆるスペースを自由に流通させ、新たな価値を創造する」ことをミッションとし、古民家、映画館、お寺、球場、自治体の公共施設など、多種多様な場所を貸し借りできるプラットフォームサービスを展開。
当初は100件ほどだった掲載施設は、今や1万件を突破し、月間の問い合わせ件数は2,000件以上にのぼります。急成長するこの事業は、どのようにして生まれたのでしょうか。重松大輔社長は、「シェアという概念に大きな可能性を感じたことが起業のきっかけになりました」と話します。
重松大輔(しげまつ・だいすけ) 株式会社スペースマーケット代表取締役。1976年千葉県生まれ。千葉東高校、早稲田大学法学部卒。2000年NTT東日本入社。主に法人営業企画、プロモーション(PR誌編集長)等を担当。2006年、当時10数名の株式会社フォトクリエイトに参画し、新規事業、広報、採用などを担当。2013年7月東証マザーズ上場を経験。2014年1月、全国の遊休・空きスペースをマッチングする株式会社スペースマーケットを創業。一般社団法人シェアリングエコノミー協会代表理事。
「前職ではウェディングのビジネスを立ち上げましたが、結婚式場に営業に行ってもどこも平日はガラガラ。支配人の方に『お客さん連れてきてよ』とか『平日に利用する会社を紹介してよ』といった相談をよく受けていました。自分たちの会社に目を向けると、結婚式場とは逆で、土日にセミナールームが空いていました。自分自身も外部の会議室やセミナールームを借りて採用活動を行った経験があったので、お金払ってでも借りたい会社はあるはずだと。潜在的な空きスペースが見える化されると商売になるのでは、と思いました」
「一方で、海外のビジネスを研究していると、アメリカで『Airbnb』が伸びていて、そのイベントスペース版やミーティングスペース版もたくさん出てきていました。既存の企業の持ち物だけでなく、個人のモノが貸し借りされるという大きなトレンドがあり、『これは来るな』と思って、スペースを貸す事業を始めたんです」
当時日本ではまだシェアリングエコノミーという言葉は浸透していませんでしたが、重松社長は、サービスを始めた直後から次第に耳にするようになったと言います。それによって「自分がやりたいことはこれだ」と再確認できたそうです。
「当時、会議室の検索サイトはたくさんありましたが、私が求めていたのはちょっと違いました。というのも会議室だけでなく、あらゆるスペースの遊休時間を活用しながら、ITを駆使して検索から予約、決済まで一気通貫でできるようなサービスECがやりたかったんです」
「会議室を検索できるだけでは、誰もときめかないですよね。スペースを探す人は、今まで借りたいけど借りられなかったような場所が簡単に借りられる。スペースを貸す人にとっては、空いていた時間帯が稼働し始める。そっちの方が断然楽しいだろうなと、自分の中ではっきりとしたイメージが見えていました」
シェアの概念が一気に日本に入ってきたことは、スペースマーケットの事業の成長を大きく後押ししました。「この波にうまく乗って、なんとかビジネスを立ち上げることができました」と笑顔を見せる重松社長。日々を過ごす中でも、シェアリングエコノミーの広がりを実感しています。
「ここ最近、メディアでこの言葉を見ない日はないですよね。まさに個人が主役になる新しい経済の仕組みであり、これによって今まで使い道がなかったリソースがどんどん稼働し始めています。身の回りのあらゆるところで効率化や合理化が進んでいることをすごく感じますね」
シェア事業者の連携でスピーディーに課題を解決
まだ発展途上にあるシェアリングエコノミーには、現状の法規制では対応が難しいといった課題もあります。この新たな市場が日本経済を支える仕組みの一つになるためには、事業者同士の連携も必要です。そこで、重松社長と、地域体験シェア事業「TABICA」(※2)を展開する株式会社ガイアックスの上田祐司社長が中心となり、2016年1月に一般社団法人シェアリングエコノミー協会(※3)が設立されました。32社から始まった会員数は現在約130社と、1年で4倍以上に。日本のシェアリングエコノミーの広がりが、この数字からも見えてきます。
シェアリングエコノミー協会のサイトトップ
「新しいビジネス領域なので、どの事業者も手探りでやっているんですが、ぶち当たる課題って同じだったりするんです。また行政サイドとしても、一社ずつ相談に来られるより、まとめて一度に来てもらったほうが、効率がいい。こういうニーズや問題があるというのをとりまとめることで、事業者同士が共有できるだけでなく、一気に解決へとつなげることもできるんです。新たなビジネスゆえに既存の法規制との間にあるギャップが問題になっていますが、スピーディーに解決するためには団体を作ることが不可欠でした」
普及活動の一環として、2016年7月から11月に開催された内閣官房IT総合戦略室、経済産業省、総務省が集まる「シェアリングエコノミー検討会」に同協会も参加。シェアリングエコノミーサービスに関する自主ルール策定の必要性や既存の法律の問題点などについて、直接意見を述べました。このほか、民泊新法に対して意見書を提出したり、環境省との意見交換会に参加したりするなど、政府や官公庁との情報交換や提言に力を注いでいます。
また事業者同士の交流も活発で、同年11月には国内外から有識者を招き、日本初の「シェア経済サミット」を開催。隔月で会員同士の勉強会も実施し、現状や課題を互いに共有しながら企業の垣根を越えて学び合っています。
「シェアリングエコノミー市場は、アメリカは当然のこと、今中国がすさまじい勢いで成長しています。世界的に見ても日本は圧倒的に遅れている。そこをみんな何とかしたいと思っているんです」
「地域の暮らしを旅する」をコンセプトに、地域ならではのユニークな日帰り観光体験を掲載・予約できるプラットフォーム。2015年1月にスタートした。地域のホストがプランを自ら企画・運営するため、どの体験も受け入れは少人数。コミュニケーションがとりやすく、密度の濃い交流を楽しめることが特徴だ。
シェアリングサービスの普及と業界の健全な発展を目的とし、普及活動をはじめ、事業者間の交流・勉強会、シェアリングエコノミーに特化した保険といった会員向けサービスの開発などを行う。事業者が順守するべき、利用者保護やサービス品質に関するガイドラインの作成も視野に入れている。 https://sharing-economy.jp
官民一体のシェアリングエコノミー元年
シェアの概念を導入し、公助から共助へ
シェアリングエコノミーの動きは全国の自治体にも波及しています。2016年11月、静岡県浜松市など5つの自治体で「シェアリングシティ宣言」(※1)が発表されました。シェアの概念を導入することで、共助で地域課題を解決し、持続可能な自治体を実現しようというシェアリングエコノミー協会の取り組みの一つです。
「自治体は遊休施設をたくさん持っていますが、少子高齢化や人口減少が進むと税収は減り、インフラの維持が難しくなります。税金で運営していてリターンを出せない施設は、閉鎖せざるを得なくなるんですね。つまり、自治体が抱える問題をすべて公共サービスで解決するには、明らかにリソースが足りません。そんな課題をシェアリングエコノミーの力で解決することで、公助から共助へのパラダイムシフトを図りたい。そのために自治体と一緒に取り組んでいるところです」
シェアリングエコノミーの普及には、豊富な見識を持つ人材の育成が不可欠。スペースマーケットは各自治体に自社サービスを利用してもらうだけでなく、2016年4月から浜松市と提携し、職員の受け入れを行っています。
(提供:シェアリングエコノミー協会)
「浜松市役所から職員を1名派遣してもらい、1年間仲間として一緒に働いてもらいました。民間のスペース活用を現場で学ぶことで、大きな成長を遂げてくれました。我々も彼を通じて、自治体の考え方やロジックを勉強させてもらうことができ、一年があっという間でしたね。彼は4月に市役所に戻りますが、また入れ替わりで新たに一名の職員を迎え入れます。この取り組みはぜひ続けていきたいですね」
シェア事業者と自治体が同じ目線に立って学び合うことは、地方に山積する課題を解決する新たな鍵となりそうです。
浜松と東京をつなぎ、シェアを考える新たな試み
スペースマーケットとタッグを組み、先進的な取り組みを行う浜松市では、シェアリングエコノミーの意識が民間にも少しずつ広がっています。3月10日には、浜松市の「Any」、東京・大手町の「3×3Lab Future」いう2つの交流スペースを中継でつなぎ、シェアを考えるイベント「Sharing Economy Hamamatsu & Tokyo」が開催され、浜松市のベンチャー企業をはじめ、シェアリングの実践者や関心を持つ人など約50名が参加しました。
浜松会場の様子。約20名の男女が参加した
東京会場。出身者など、浜松と縁のある人を含む約30名が参加した
前半はインプットセミナーとして、3名の実践者が登壇し、それぞれの立場からシェアの最新事例を紹介しました。一人目は、「体験×シェア」にフォーカスをあて、地域ならではの観光体験を予約・販売するサービス「TABICA」を立ち上げた、ガイアックスの細川哲星(ほそかわ・てっせい)氏。二人目は「場所×シェア」の重松社長。そして最後は、NTTデータ オープンイノベーション事業創発室の吉田淳一が、コミュニケーション×シェアをテーマに、空間共有の仕組みとシェアを掛け合わせたユニークな事例を披露しました。
(左)株式会社ガイアックス TABICA事業 管理担当部長 細川さん(右)株式会社NTTデータ オープンイノベーション事業創発室 吉田
後半は、両会場ごとに「地方創生につながるシェアリングサービス」をテーマとしたディスカッションを実施。「東京と浜松で仕事をシェアし、行き来しながら環境を変えることでモチベーションや生産性のアップにつながる」「観光ガイドも兼ねたライドシェアを導入すれば、浜松のよさを知ってもらえるきっかけになりそう」といった具体的なアイディアが出されました。
このイベントを主催したのは、浜松市に拠点を持つ浜松信用金庫。浜松市はスズキ、ホンダ、ヤマハなど大企業が生まれる土壌があり、起業家精神が根付いた街。こうしたイベントを通して、若い起業家を輩出し、新たな挑戦を応援したいというが思いがあります。新規ビジネスをサポートしてくれる地元の金融機関の存在は、シェアリングシティとして大きなポテンシャルと言えるでしょう。
重松社長は、浜松市との今後の取り組みについて、こんな展望を持っています。
「今スペースマーケットに登録されている浜松市の民間施設の中には、地元の人だけでなく、東京の人に借りられているものも出てきています。今後は公共施設だけでなく、民間施設の取り扱いも増やすことで、浜松に人を呼び込み、うまくお金を回す仕組みを作っていきたい。そうすることで東京一極集中の流れを少しでも変えていきたいですね」
効率化が究極まで進み、無駄のない時代に
シェアリングエコノミーの世界的な広がりは、ITの進歩があってこそ。ITを駆使したシェアリングエコノミーは、今後どういう形で進化していくのでしょうか。重松社長はこのように話します。
「例えばオフィスで言うと、会議室だけでなく空いているデスクひとつでさえ誰かに貸して対価を得たり、食の面では、ひとり暮らしの料理上手なおばあちゃんが一度にたくさん作り、集まった人と食事をしてお金をもらうような新たな仕組みが広がったり。ITの進歩によってあらゆるジャンルで合理化、効率化が進み、究極的には無駄なものがなくなっていくだろうと思っています」
「また、どんなサービスも提供者と利用者が互いに評価し合い、どんどん見える化していくことで、良くも悪くも嘘がつけない時代になっていくでしょう。お客様にとってより良いことを適正な価格で提供するサービスが残り、広がっていく。そんな時代になっていくはずです」
日本の現状に目を向けると、諸外国と比較して、シェアリングエコノミーの認知度と利用率は低く、利用したくない理由として「事故やトラブル時の対応への不安感」を挙げる声が特に多くなっています。(出典:平成28年版情報通信白書 P146(※2))
「日本は諸外国に比べてリスクを考え過ぎる国なんです。『Uber』の日本法人の社長は、『世界中でこれほどリスクについて心配しているのは日本だけだ』とアメリカ本部から言われたそうです。逆にサービスのクオリティに対して非常に厳しいからこそ、日本で勝てたサービスは、他の国でも勝つことができるだろうと思っています」
シェアリングエコノミーの普及において、日本が持つポテンシャルは決して低くありません。
「利用者はていねいにモノや場所を使って、ちゃんとお礼を言う。提供者もおもてなしに気を配るなど謙虚な人が多いので、親和性はあるはず。税金ですべてをカバーすることが難しい時代にあって、より良いサービスの目利きができる賢い消費者になっていくことがすごく大事ですね」
シェアリングエコノミーの普及に向けて官民一体となって動き始めた今の状況を、重松社長は“シェアリングエコノミー元年”と呼んでいます。民泊新法の解禁が予定される2018年に向けて、また大きな動きがありそうです。
「民泊新法の解禁後、一気に大きな流れがくるでしょう。我々もそのタイミングで民泊事業に乗り出します。今はまさに“夜明け前”です。シェアリングのサービスは多くの人が普段使いするようになってこそ本物。今後もリピーターや新規ユーザーをさらに増やして、ゆくゆくはアジアに進出したいです」
日本で磨き抜かれたシェアリングサービスが国境を超える日も、そう遠くはないかもしれません。
シェアリングエコノミー協会が認定したシェアリングエコノミーサービスを活用して地域課題の解決に取り組む、とする自治体による宣言のこと。シェアリングシティに現在認定されているのは、秋田県湯沢市、千葉県千葉市、静岡県浜松市、佐賀県多久市、長崎県島原市の5つ。 https://city.sharing-economy.jp/